冬の中の流れることばをとめて

 

ヒヨコブタ

 
 

好きな歌手の歌詞ばかりを集めた詩集のようなものを数冊パラパラとめくっては
この数十年を思っている

この歌が大好きだった頃は、と
あまりに輝かしいこととは無縁だと思っていた
その頃のじぶんの若さ
このまま這い上がれずに沈んだままなのかと怯えたいくつもの夜

通い慣れたカウンセラーは
昔精神科というものがコンビニのように立ち寄りやすく、奇異なばしょではなくなることを願っていたという

その数十年、這いつくばって生きてきたわたしは
あの頃のようには絶望もしない

世界では理不尽がまかりとおるのにも
憤慨することは変わらないのに
わたしじしんというのは
変わっていくものだとそれじたいは受け入れることができるような齢にはなったのかもしれなくて
それがあまりに残酷な裏表を持っていることもわかるから
時々は思いきり涙を流す
誰のための涙なのか
わたしじしんがまだ理不尽をゆるせず
人ではなく、人の中にたしかに感じる理不尽と戦っては涙する

年老いた人達と数少ない兄弟に
送った手紙は沈黙の返事しかない
もう大丈夫だよといっても意味がないことも
少しは、のみこまなければならないのだろう
のみこみ、咀嚼して強くなりたい

ああ寒い冬が
わたしのこころには優しい
寒い冬や雪はいつも味方だと思う
そこになんの汚れもなく、しんと冷え切って
わたしには静けさが残るから

ぱたりと倒れながら、涙しながら
今日も冷えた空気を受けて、少し歩く

 

 

 

書くことでゆるされるという思いが、ある

 

ヒヨコブタ

 
 

手紙を書いた
手紙というよりも訴えになっていた
可愛らしい便箋で11枚になってしまったそれは
お願いだから、もうやめてと
大切に思っているひとたちに書いたもの

わたしの現状を知らないひとたちに
知ろうとせずに、頭がおかしいと決めつけているひとたちに

なぜこうなったのか、そしてなぜこんなふうな手紙を書かねばならぬのか
わたしにももうため息すら出ずに
暗闇で小さくなっていたいと思うほどの

ひとを変えたりしようとは思わない
それはできることではないのだ
知っている
けれどもそれが偏見に満ちたものでわたしを切り刻んできたものなら
変えてほしい、無理でも
せめて知ってほしい、それを綴った

下書きは倍以上だったから
要点をなるべく纏め、脱線し過ぎぬように
警戒を解けるように

もう届いて幾日にもなるが
どうやらこれも受け入れられるものではないようだ
わたしは、そんなとき落ちこむ
当たり前なのだけれど
落ちこんで闇のほうをみてしまいたくなる

けれども踏ん張って
今まで通り踏ん張って生きている

誰かが言うこと、することに100%の正解があるとは思わない
同時に100%の間違いがあるとも思わない
ここで、わたしとその人たちはすれ違ってしまう

そのことが、大変に悲しい

考えるのをやめ、何かを盲信してしまうのが
一番親しかった家族であるというのが

事実ではないことで今まで幾度責められたろう
わたしが嘘をついていると幾度責めれば
彼らは安定したのだろう
そこに本当の温もりなどないというのに

じぶんを、来し方のじぶんを美化する気など毛頭ない
お願い
今回だけは読み深めてほしい
できれば抱きしめてほしい
泣きながら思っている
こころが泣きながら感じている

けれども少しほっとしている
わたしがやさしい嘘をつかなくていいことに
彼らを必要以上にほめたたえなくていいことに
もう気がついたから

 

 

 

もうケーキを焼かなくていいよ、の夏

 

ヒヨコブタ

 
 

8月の誕生日、その前後の子ども時代の後遺症が体やこころからとびだしてくる
もらえなかったのはものじゃなくて気持ちだった
ほしかったのも、誕生日を喜ぶふつうの親だった
わたしはもう、ひとのぶんもじゅうぶんにケーキを焼いた
誰かが喜ぶのを見たくて
けれども私に焼いてくれる人は現れない

ならばもう焼かないのだ
誕生日はケーキを買ってもらうのだ
ランチも少しだけ豪華に
後遺症を慰める薬にはなるかもしれない

親が祝わなかろうと何もない普通の日と変わらなくてつらかろうと
わたしはそんな子どもたちに伝えるよ
あなたが生きていれば嬉しい

ごちゃごちゃに絡まったただでもややこしい世の中が更に絡み合って息苦しい
心臓が苦しい時もある
さてもうここまでというときまで、
誕生日ケーキをほおばる夏でいい、これからずっと

 

 

 

わたしが子どもだった頃、ちいさな

 

ヒヨコブタ

 
 

たくさんの神様がいることは子どもの世界でも当たり前だった
〇〇ちゃんをお祭りに誘ってはいけない
△くんはまた異なる神様のおうち
そんなふうに当たり前のこととして覚えていた
そうしなければ、うっかりすると彼らの顔に戸惑いと諦念が浮かんでしまうことをしっていた
信仰というのは自由だと幼稚園のシスターは教えてくださった
異なるからということで争ってはならないということだと
子どものわたしは考えた

仏教の幼稚園の子たちは少しだけ勉強が進んでいた
そして少し誇らしそうだった
僅かなほんの僅かな時期

わたしのなかに特別な信仰はなくても
他の子の数人には強い何かがあることは
当たり前だった

それでも迷ったとき、悲しみの中にあるときは
マリア様を思うことがわたしには自然なことだった

余裕の見えない今のこの数十年に
子どもだった彼らを思い出す
諦念の中に居すぎないことを
異なることを威張らないことを
少しだけ願う

人は少しずつ異なる
顔や体つきと同じように
それを言い出したら争いばかりになる
争うのはもったいない
せっかく生きて生まれてきたのに

まるで子どもなわたしには
時々起こる違和感や他者を強く排除することがたまらなくなる
同じように、少しでも同じように生きていたいのに

家族の中でも変人なわたしを
わたしは何度も諦めようとした
けれども誰かが呼び止める
幼かったわたしのような
諦めていいの?と

信じているのは生きていくこと
誰のことも貶まずに生きていくこと
当たり前が通じなくても

もともと変人だったんだからと開き直る
変な子といわれて大きくなったわたしなのだから
今更絶望で総てを諦めたりはしない
傷ついた人に塩を塗りたくないのだ

八百万というだけあって
あまりに多い神様の
そのすべてを知ることはないだろう
その神様たちを知ることは無理だろう
それでいい
ただ、静かに見ている
静かに通り過ぎる

先祖たちが知っている
わたしのなかにも受け継がれている
なにかを
見つめ直す頃に来たのかもしれない

 

 

 

横たわって手をのばした、世界に

 

ヒヨコブタ

 
 

ここしばらく
横たわって過ごしていた
世の中のこと、もっと小さな世界のことに
ずいぶんと頭を悩ませてしまった

暑すぎる梅雨の晴れ間に
にょきにょきとわたしは起き上がって
少しずつ歩き出すまでに回復しつつある

どうにもならぬかなしみや怒りに近いものは
やはりあって
世界は通常とは思えない
もぐりこんだわたしの世界の平穏は
途端破られそうにもなる

髪を短くしてもらう間に
少しだけふふっと笑う相手の
小さなヒントのようなものを受け取る
そうだった
これが大事にしたいことだったんだと
ふりかえるとあきれてしまいそうな
ただ真剣に悩んでいたことを理解する

会いに行ける相手ですら今
元気かどうかわからぬ世界に
奇跡的とは大げさだが生きている
少しだけまたふふっと笑う

誰のことも貶まずにいられますように
誰のことも見下さずに生きていられますように
たとえそうされたとしても
その次元に落ちませぬようにと
思い返す

過度な心配は負担になり、わたしはすぐに倒れてしまう
相変わらず弱く、世の中の片隅にいてもいいのかとさえ思う
それらを
ふりはらってふりはらい続けて生きている

 

 

 

天の川のような手拭いと

 

ヒヨコブタ

 
 

若い、たいへん若い人が旅立ち
そこにいたる苦悩ははかりしれずとも
せめて頑張って生きたねと声をかけたいばかりで

親である知人からの便りには
そっと夜空のまるで天の川のような手拭いと
近況を報せる手紙
いまきっとあの夜空のようなうつくしいところに
そのこは確かに、いるのだと
わたしも思いたいのだ
安らかな気持ちで、夜空をかけていることを
思っていたいのだ

一つ、また一つと歳を取る
それが当たり前に思えず、何度も人生から降りようとしたわたしにとっては
世界はいつも異質だった
わたしはこの世界に向いていないのだと

そうではなかったのだ
大変に小さな世界にいただけで
あらゆる人の価値が認められると知ることで
存在していいのか、というスタートラインが見えた
そこから歩き出すのにどんな妨害があろうと
一度決めたわたしは歩む
この人生はいつか終わるのだから

いろんなひとが降りてしまう
でもそこに毒を吐きかけるのはとつてもなく嫌だ
どんな思いでそこまで這ってきたのだろう
想像もつかないこともあっただろう

またいつか、それまでおやすみなさい

わたしの人生が終わるときも
またいつか、それまでの挨拶でいい

 

 

 

あまりにあまりな春よ

 

ヒヨコブタ

 
 

桜が咲き誇る日を遠い目で眺めていたときはすぎ
沿道のツツジは満開に。
春から夏へと移りゆく時季を待ち望んでいたのは
少しでもよい兆しを待っていたからだろう。
かなしみに押しつぶされそうなニュースが続くのはなぜだろう。
あまりに、あまりに。

時間の経過とともに癒されるということをわたしじしん信じて生きてきた。
生きていられるうちには喜びが感じられることを信じ続けてきた。
少しの喜びでいいのだ。大きなものを望むとき、人は尊大になりすぎる。

歴史というのは何かと考える。
人のあり方について考える。
今なお戦禍にある人たちに尊大になってはならないと戒める。
それでもことばや気持ちにこころがずきずきする。

過去を知ることは未来に必ず繋がるのだろう。
その過去への認識を誤ってはならないと更に戒める。

知らないふりをして生きてはならない。
外国から見たこの国のありよう、犯した罪、
それらは事実として学び続けなければ
また一歩ずつ認識がずれていくのだろうと
それがかなしい。

受けとめ、思考すること。
いったん手放して現実のなかにいることを確認すること。
同時並行でできることは確実にあるのだと。

嘘を並べればそれらは必ず明らかになる。
ズルをすればじぶんまではだませない。
そんな生き方しかできないけれど
今日も少しの勇気を持って一歩踏み出す。
かなしみや怒りにとらわれすぎぬように。
他者やじぶんを責め過ぎぬように。

あまりに過酷だ。生きるというのはときに。
それでも喜ぶことが互いにあると信じれば
明日は必ずあるのだと今日も踏み出す。

 

 

 

日常のさざなみは強く

 

ヒヨコブタ

 
 

わたしの日常はざわめきつつも守られているのか
どうしてふつうを生きていられるのだろうか
なぜなにどうしてが重なって
ぷつんと糸が切れるような

このような世界を想像しなかったわたしは
平和にとぼけて生きていたのだろか
世界に目を向けていればその兆候に気がついたのだろうか
そしてできたことはあったのだろうか
また今できることは何なのだろうか

ベビーカーが広場に並ぶ
なくなった子供の数だという
避難して駆け込む先は地下
それすらも守られていないばしょ
大江戸線ほど深いという
まだまだ寒いだろう
そこで夜が明けるのを待つ日々のひとのこころをわたしは知らない
知った気になることはゆるさない

かつて子どもだったわたしは
先祖の墓参りすら許されぬことを悲しんだ
その国にもその人々にも先祖がいるだろうに

せめてもの墓参り
そこで暮らした日々に思いを馳せる日
それが政治により叶わぬ年があることに
ときに苛立った

不意をつかれたような戦争だ
脅威というのは別のところにあると思っていた

なんの理由があって祖国を暮らしを生活を奪う
根こそぎ破壊しそれでも足りずに命まで奪うのだ

わたしは考えることをときにやめる
その人たちが救われる道を考えることも
疲れて横たわる
体を横たえて思考をとめる

誰もが親族を亡くしたあの戦争は
ついこの前だと大人になってから思う
こどもの頃には大昔だと思っていた
田舎町には関係ないと思っていた

それがどうだろう
ただ語られないうちに時が進んだだけだったとは
もうこどもでいられないわたしは
知ることを選び
知ることを拒絶もする

ずるいと思う大人には
わたしはなりたくないのに

桜が咲き誇る
かなしい気持ちでみている
桜を穏やかに眺めていたい
ふたつの気持ちがどこにもいかない
それらを持って今日を明日を生きるのだと

 

 

 

2022年2月ウクライナに思う

 

ヒヨコブタ

 
 

あの緑色のような明るい光が飛び交うのを
ぼんやり眺めていたころ
わたしはまだこどもだった
戦争体験を聴くことも多かったころだ
それでもいったい世界で何が起こっているのか
わからずにいた
緑のような光のもとでどのくらいの人が傷つけられているのかすらわからずにいた

戦争というのはいったい
侵略というのはいったい
人からあらゆるものを奪うことはいったい

わたしには一生解せぬ考えや行為

誰一人として死んでほしくないせめて今日だけは
子どもの頃からの祈りを
いつもこころに秘めているというのに
それは打ち砕かれ、嘲笑うように破壊されていく

傲慢な考えだと友がわたしにいったのは
当たっているかもしれない
子どもじみて上から目線だと

総てが大人になった人間の合理性からは
かけはなれているのだから
言われても泣くことしかできない
それでも下を向いて踏ん張っているじぶんがいる

戦争はだめだ
と思うとき
あの無言の背中を思い出す
あの人はその体験をなにも語らなかった
子どもである人達もなにも知らない
ただ、壮絶な死と隣り合わせだったろう
他の人を振り落としてでも還ってきたのだろう
あの人がいた国が、今侵略と攻撃のただなかにいる
わたしに何ができるだろうか
おこがましくていい
そう嗤うなら嗤えばいい
わたしの大事なこころは
悲しみにいつも寄り添うだけのゆとりを持っていたいんだ

 

 

 

不穏さのなかに生きるということは

 

ヒヨコブタ

 
 

この感染症との闘いが
いつまで続くのかわからぬままに
ヒト同士が傷つけ合うのを嘲笑うような
そんな世界が
つらい
少しの平穏はいつも願うのに
互いの心や行動をどこかで疑い合うのは
嫌だと

私たちの表面的な武器は
紙切れのようなマスク
少しの消毒液
これでよく堪えてきたものだと
じぶんたちを奮い起たせたいといつも思う

どこかに楽園があるとするならば
いつもそれはこころの奥に眠っている
それなのに忘れてしまう、つい現実の厳しさに
そのことがとても悲しい

いつでも楽園は手を広げ待っているだろう
楽しさは悲しみに必ず勝つのだと信じている
愉快なことが苦しみに負けるはずもない
豊かさとはそこに必ずあるだろう

いつまでも続かない悲しみも苦しみも

たとえ紙切れと消毒液で闘わなくてはならぬとしても
楽園は待っているだろう

存在は忘れてはならないだろう
負の気持ちに支配を許さなければ
必ずや笑顔が勝つと今日も信じている

ピアノを奏でながら、少しずつこころを取り戻すようにわたしは生きている