Colonia Dignidad

 

工藤冬里

 
 

撫で肩の法制度を用いてレンズを通す鼻先の史実が髪型の正史としてカットされていく
陽の当たる建設現場の感染症差別がシュシャン城の全てを特例にする
城へ行きたいというヒッチハイク二人組を乗せてギクシャ君は何と仲直りするのか
原則ではなく特例を勉強するのだ
公正の感覚だけはある人物像が描かれていく
美しいとは見過ごすこと
或いは茶を飲んで考えるプロジェクトで飼われていた王は日溜まりにエステルを見ず木乃伊化している

私たちは特例に賭け特例は私たちを青い釉薬の施された煉瓦の城に閉じ込めようとする
それは詩による迫害の音響である
音楽はユバルによって創始されたが詩の始まりはそれよりも古いのだから
音楽は音楽ではない
音楽は恋愛沙汰ではない
音楽はJAZZではない。
全ての音は詩として変化し得る
カザヴェテスの「too late blues 」のラストシーンで、自分だけが音楽だと思っていたゴーストは他者の演奏によってやっと自分を聴く
それはスポットライトではない
この詩は一呼吸で演奏される
この詩は普通のものであろうと努める
ヘビなどの色は象徴的に付けられた
ロックはルーパーは使わない
エステルはエステの語源である
改装フェスはワークショップであって、ステージではない

 

 

 

#poetry #rock musician

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