辻 和人
あれからミヤコさんとは毎日メールするようになってね
「今日はお疲れモード><のため、早めに zzZZ ・_・ことに。
あと1日頑張りましょう (=^・^=)
お休みなさい^^」
だってさ
ケータイの画面の中から
「女の子」が手を振ってるよ
ミヤコさん、意外と顔文字・絵文字いっぱい使う人なんだよなあ
字だけの無粋なメール返しちゃって悪いけど
はい、頑張りますよ
お休みなさい
デートは週一のペースでいろんなトコに行った
中野のタイレストランに行った、渋谷の沖縄料理店に行った
行った、行った
美術館や映画にも行った
ミヤコさんのオススメは世界報道写真展と脱北者の人生を描いた韓国映画
うーむ、お固い
「です」と「ます」を語尾にくっつけて
取引先の人に対するように、にこやかに、丁寧に、話し
そんでもって
ケータイの中ではちゃっかり「女の子」だ
行った、行った、行ってみた
40代「女子」の世界
未知だったこの世界
うん、いい、すごくいい
水曜の夜、会社が退けて吉祥寺に急ぐ
ミヤコさんが以前入ったことのあるお店に案内してくれるという
ぼくも人並みなことしてるなあ
待ち合わせ場所でピンクのカーディガンが目に飛び込んでくる
派手でもなく淡くもないその色調が
40代「女子」としてのミヤコさんの現在地を示している
「ここ、前に職場の人と来たんですけど、感じ良かったですよ。」
公園入り口近くの焼鳥屋さん
なるほど
大衆的な価格設定だが清潔でオシャレ感も少々
会計はここのところワリカンでさ
無理していい店なんかには行かなくなった
毎週アフターファイブに異性の人と会う
特定の趣味をやるとかじゃなくて
ただその人と会いたいから会う、なんて
人並みな、ね
ことをするっていうのが
まーぁー何だかー
不思議ぃーなんだなー
その不思議をひと串つまんで
顔を軽く見合わせて
じゃ、いただきます
「せっかくだから酔い醒ましに公園ちょっと歩きましょうか。」
「あ、いいですね。」
はい、ここは夜の井ノ頭公園です
こんなに広かったっけ?
こんなに暗かったっけ?
木ってこんなにごわごわしてるもんだっけ?
この時間帯でも歩いている人はそこそこいるんだけど
人影は半分食われたみたいに細っこい
ミヤコさんは平然としてカッカッカッと歩いているけど
大丈夫なの?
「いやあ、意外に大きい公園なんですねえ。」
「ええ、一人で歩くときっと怖いと思いますよ。」
え?
ぼくがいるから平気ってことですか?
エヘヘ
頼られちゃった
人並みって奴を随分長い間遠ざけていたけれど
人並みも一つ一つ違うんだね?
そんなことにこの年齢で気がつくってのも
悪くないや
揺れるピンクのカーディガンが闇の中でぽっと目立って
そこだけあったかい感じがするぞ
「また仕事で海外行ったりしないんですか?」
「いいえ、しばらくありません。」
みたいな会話を続けていて
おりゃ?
そろそろ一周なのに駅への出口が見えない
「ツジさん、出口あそこです。私たち、通り過ぎちゃったみたいですね。」
おりゃりゃ
暗くて全然わからなかった
何度も来たことあるのに、井ノ頭公園、昼と夜とじゃ大違いだ
「すいません。気がつかなくて。
引き返しましょうか?」
言いかけて
うん、よし!
「あのー、どうせですからもう一周歩きませんか?」
さあ、どう出るか?
「いいですよ。歩くの気持ちいいですね。歩くのは好きなんです。」
ヤターッ
ミヤコさん、ここぞってトコで決断力がある
一周するのに20分はかかるのにさ
今日は週の真ん中で明日休みじゃないのにさ
じゃ、ぼくももう一つ決断するよ
「あの、手、握っていいですか?」
「いいですよ。」
生身のミヤコさんの生身の手に
生身のぼくの生身の手が近づいて
そしたら生身のミヤコさんの生身の手も近づいてきて
触れて
合わさって
ぎゅっと
一つになった
暖かい
柔らかい
ぼくとミヤコさんが辿り着いた
人並みの感触だ
生身の人並みの感触だ
ぐるぐるして、ぎゅっ
ぐるぐるして、ぎゅっ
ぐるぐるして、ぎゅっ
微かな光を跳ね返してひたひた動く
黒い黒い池の水が、今
大好きだ
食べたり飲んだりして、そして歩いて結ばれて行くって、いいですね。
ありがとうございます。特別なことは何もしていないのですが、そうした「平凡なこと」全てが特別なのです。