野上麻衣
あんたぁ、歯がきれいやね
湯船で向かいにすわったおばあさんにほめられる。
最初は「はだきれいね」といわれたとおもってへらへらした。
おたがいに素っ裸なので、目にうつるのはからだのこと
九州の湯はあつい。
銭湯ではめがねをはずすので
ほとんどみえない目でそのひとをぼんやりながめる。
つるん、そんな音。
90年をいきた魂が
からだにあわせてしずかにたちあがる。
あたまを洗いおえてふりかえると
おばあさんはお風呂場を杖をついてあるいていた。
まんまるの背中
そのみっつの足でたより、たつ、ままのからだをあぁきれいだな、
とわたしはおもう。
おばあさんたちが湯船にあつまってする話はおいしいうどん屋さん。
閉店したおでんやさん。
旅立った知り合い。
ここにいつもいる丸顔のひとの話。
あのひと、最近どうしてるかしら。
そしてきっとべつの日は、
べつのだれかがこの場所でおなじ話をしている。
お風呂を出ると、
90歳のおばあさんの髪をべつのおばあさんが
ドライヤーでかわかしている。
あ、ここにも手がみっつ。