おりてゆく人

 

野上麻衣

 
 

記憶はひとつなぎ
ある記憶、ひとつ
とおくから

べつの記憶
ふたつ、
みっつ

ただ、
からだに頼り
やみをくぐり
やさしい音をあびれば

人はそこにいる、と
記憶はそこにある、と

かたっていたのは
そのなかの、こども
すべてのなかの
あかるいこども

 

 

 

よくみる人

 

野上麻衣

 
 

たとえば、声。
目のすみ具合、
肌のいろ、
起きたての体のうごき。

まいにち
そのときのいのちのあるを
くらやみの中で目をこらす、
おう、
とき。

どちらかが
きげんのわるい日は
目がさめたらぶつかる。
どちらがご飯をつくるかでけんかする。

くりかえす日々の
さいごのさいご
だれがいつなにする決まりを
ほおりなげた。

からだは
その日、そのときを生きるようになって
よく、みて
よく、きいて
よく、しるように。

 

 

 

あわてる人

 

野上麻衣

 
 

これまであつめたものをはなれて
うつって
よって
くらす人ができて、
かわること。

山のみえる、
ちょっとたかいところの家で
いまからくらす。

あたらしいところへ歩いていくから
たくさんのものをおいていく。
靴はじょうぶなものだけ、
もちものはリュックに入るだけ、
手はあたためておいて。

おいてきたら
おいてきすぎて
好きなものまでおいてきて、
あわててとりにかえる。

はしってさ
ころんでさ

まにあって、よかった。

 

 

 

まよう人

 

野上麻衣

 
 

ひとりでいればまよわない。
どれも自分のぶんだけ
きめて
かんがえて
する、こと。

ふたりになったとたん、
くらす人と
わたし、
ふたつをえらべなくなって
まよって
いらっとして
ひとりでいればよかった。

クッキーみたいに
はんぶんにわって
たベられたらいいのになあ

◯でも
△でもない
こたえでもなくて
なまえもない
でも、しってるもの。

ふたつの声を
おさらの上においてみる

ばらばらの声は
いつか
一枚のクッキーだったのかもしれない

 

 

 

ねむる人

 

野上麻衣

 
 

起きればとなりに人がいるようになった。
それでもときどき、目がさめた瞬間
となりに人のかたちがみえて
おどろくことがある。

わたし、どこにいる

10年以上つづけたひとりぐらしの、からだ。

大体はさきに
おやすみなさい、をいう番。

くらしはじめた頃は
ねるよー
ねるよー
とひとりでひろい家のなかをまわり
1日のおわりをつげた。

ぐーすか
すーぴー
寝息をたてるころ
となりの人はようやく布団にはいる。

となりの人はあまりにしずかにねむるので
わたしはわたしのまま
ぐーぐー
ごろごろ
起きるまですこやかなねむりをつづける。

それから、おはよう、をいう番。

 

 

 

ほんの散歩

 

野上麻衣

 
 

この蝶はなんてなまえ?

歩く速さに
蝶がついてくる

たちどまる

たちどまって
また
歩き出す

アオアゲハ
だよ。

きみのとなりを
ふわりふわり
かるく旋回

めずらしいのか
南の海みたいな、
あお
きみは最近
海をみただろうか

手をふって
蝶とわかれる

ほんの散歩
三人であそんだら
ひとりに立ち返った

 

 

 

白について

 

野上麻衣

 
 

島にきて二日目
港から 山へ

朝の海をうかべた靄は
肌の上のしずく
半径1メートルの
白い情景

その色は
詩の役目を担っていた

ここでは
風だけが動いて
季節は止まっているね

この島には
港がふたつ
どちらに舟がつくかは
その日の風向きできまる

雲をみあげ
波をながめることは
遠くの風をよむことなのだった

 

 

 

岬のひと

 

野上麻衣

 
 

そのひとは
たっぷり
水辺を泳ぎきり
海のさきっちょをながめて
舟にのった

とってきたばかりの
檸檬をしぼる
その手で
波にふれ

海鳥の声に
しんと沈んで
オールを漕いだ

ずっと ずっと
ながめていれば
ひとびとは
とおくに ちかくに
波になびいて

安心して。
風がはこんでくれるから。

あの場所は
いつものつづき
うたっているのは
岬のひと

 

 

 

声を漕ぐ

 

野上麻衣

 
 

ぷかぷかと浮かぶ
雲みたいな声は
本人ではなく
だれかのいるほうから
聞こえてきた

(声はその人が持っていなかった)

まず椅子を用意する
声が座れるように
ぜんぶで8つ
どちらかあまってしまっても
かさなってゆくから
心配ない

(声は椅子に座りたがらない)

それから
舟をくみ立てる
泡はからだに沿って音をたてる
そのかたちをたどり
水面を漕いでゆくことにした

(声は舟に乗ってくれるだろうか)

2メートル先
水の中で声がする

ぷぅーと吹かれたラッパのように
からだがふるえる
ずっと手のひらにあった
ひとの、声