辻 和人
ンルルルン
ンルルルン
この土日は実家に帰る
親の顔を見に
じゃなくて
猫の顔を見に、ね
帰る、帰る、帰る、帰る
ルンルン
祐天寺のオンボロアパートで面倒を見ていた
ノラ猫のファミとレド
ペット禁止なので頭を下げて伊勢原の実家で飼ってもらっているんだけど
年に一度、お正月の時くらいしか帰らないぼくが
ほぼ毎月顔を見せるようになった
引退した父親がトイレの掃除とごはんを担当
母親が寝かしつけを担当
ああ、ホント、ありがとうございます
ぼくがちょくちょく顔を見せるようになったから
両親もちょっと嬉しそうだったりして
というわけで
ファミちゃん、レドちゃんには感謝なのです
ただいまーとドアを開けると
冷蔵庫の上で並んで寝そべっていたファミとレドが
半眼を開け
ぴくっと耳を立て
背中をしならせてノビをしたかと思うと
トトトッと隣の戸棚を器用に利用して降りてきて
タンッと着地
足元にまとわりついてきた
覚えていてくれてるんだなあ
マイペースなファミは挨拶を終えるとすぐに毛づくろいを始めるが
ぼくが荷物を置きに2階に上がるとサーッとついてくる
気の弱いレドはこちらから近づくとビクッと逃げるが
しっぽの付け根を優しく撫でてやるとお尻を高く持ち上げて
撫で続けていると寝そべってコロッとお腹を出す
両親にお土産の和菓子を渡し
じゃあ、家族水入らず、ご飯でも食べましょうか
「和人、婚活はうまくいってるのか?」
鱈の水炊きをつつきながら父親が聞くので
「うん、まあまあ順調だよ」って答えたら(ミヤコさんの話を出すのはまだ早い)
「合唱サークルで知り合った女の人にお前の『真空行動』を貸したら
お嫁さん候補を紹介したいって言ってきたぞ」と
とんでもないことを言う
あ、『真空行動』っていうのはぼくが昨年出した詩集で
ファミやレド他、ノラ猫をかまったことが書いてある
いい歳した男が猫ちゃんに振り回されて
こりゃいかん
こんな人にはしっかりした奥さんがついてなきゃダメだ
その人は思ったんだろうな
すみませんねえ
ご心配おかけして
「お父さん、とりあえず今のままで大丈夫だからさ
その人にはお礼を言っておいてね」
ぐつぐつ煮える鍋の中から豆腐を小皿に取った
ところで、ところで
その鍋を見つめているのは両親とぼくだけじゃないんだよね
レドちゃん
母親の横の空いてる椅子に飛び乗って
真剣にテーブルを眺めている
あーあ、甘やかしたばっかりに
食いしん坊のレドは人間の食べ物に興味を持ってしまった
朝昼夕、人間と一緒に「食卓につく」ことになってしまった
ファミはキャットフードで満足してるってのに
困ったもんだよ
しょっぱいものは猫の体に悪いので
鍋からすくった鱈の身をポン酢にはつけず
ふぅふぅーっ
冷まして掌に載せて口元に持っていってやると
フンフン、匂いを嗅いだかと思うとすごい勢いで
パクッ
満足そうに口を動かした
全く……
おいおい、そう言えば
レドは基本、白猫だが
目の周りと鼻の横としっぽは黒い
特に鼻近くの黒い染みは印象的だ
母親はチャップリンみたい、なんて言ってる
おいしいものを見るとチャップリン風チョビ髭をぴくぴくさせるんだ
そんでもってミヤコさん
左の眉の辺りに
ポチッと
ホクロがある
目立つという程じゃないが
無視することはできない
レドもミヤコさんも
このアクセントの効いた目印に
生まれた時からつきあってきたわけだ
チョビ髭のないレドは考えられない
眉のポチッのないミヤコさんは考えられない
ポチッ
ポチッ
ポチッ
笑ったり
ポチッ
ポチッ
ポチッ
驚いたり
感情が揺れて眉が上下するたびに
ポチッ
小さな自己主張
わがままなレドと折り目正しいミヤコさんは
性格的には一見正反対だけど
隠し持っているものは同じなのかもね
ポチッ
ポチッ
ポチッ
ぴく
ぴく
ぴく
ポチッ
ぴく
ポチッ
ぴく
笑いたい、食べたい、怒りたい、甘えたい
レドは臆病な猫で出会った頃は逃げてばかりいた
ちょっと近づくと
チョビ髭ぴくぴく
でも食いしん坊で甘えん坊で
お皿にミルクを注ぐと
ぴくぴく
しっぽの付け根を撫でてやると
ぴくぴく
今はレドについてはかなりわかってきているけど
ミヤコさんについては
まだまだわからないことが多い
喧嘩したことないから
怒った顔見たことないし
泣いた顔も見たことない
本気で甘えた顔もまだ見たことない
ポチッ
ポチッ
ポチッ
ちょっと覚悟も必要だけどさ
ねえ、レドちゃん
ぼく、ミヤコさんの未知のポチッを
これから幾つも幾つも拝むつもりでいるから
応援しておくれよ、ね?