あっちのあれ

 

長尾高弘

 

 

なにやってんだろう?
絵を描いてんのかな?
画板なんか立てちゃってるぞ。
その割には何描いてんだかわからないなあ。
遠くを見ているふりをしてるけど、
あれは抽象画ってもんじゃないか?
こんにちは。
何をなさってるんですか?
見ればわかるだろう。
何を描いてらっしゃるんですか?
見ればわかるだろう。
あ、いやどこですか?
あっちのあれだよ。
は?
あっちのあれ。
確かに描かれているものと同じようなものがある。
あっちのあれとしか言いようのないものが。
こんなに広い景色を前にして
たったそれだけというくらい小さいものだ。
もっと近くで描けばいいじゃないか、
と思ったけど、口にはしなかった。
でも、あっちのあれにそんな赤いものありましたっけ?
これはな、そっちを歩いている人の生命の炎だ。
そっちって、
あっちのあれとはずいぶん離れてるじゃないか。
それに生命の炎だなんてねえ、
よく恥ずかしげもなく言えたもんだ。
では、そこの緑は?
こっちの木の葉っぱだよ。
青いのは?
海に決まってんだろう。
肌色もありますが。
あの家のなかの裸の人だ。
かなり盛りだくさんらしい。
でも肌色の部分は裸の人には見えなかった。

 

 

 

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