今井義行
蒼空よりも 俄雨よりも 薄曇りがすき
それは・・・・・・。
翔ぶ心よりも 濡れそぼつ 服よりも のしかかる 気圧がなく
Highになって
墜落死する ことなどなく Lowになって
渇愛死する
ことなど なく────
手ぶらで 暮らしていきやすい お天気です
そんなふうに 想える 季節が 在るんですね
わたしの大脳には、チョコレートコスモス※
が 夥しく 咲いています
神経の 網の球体のなかの 混沌、 野原に
黒紫の華々。 脳の隙間に霧が漂っている
春なのに 褐色の細ながい 秋(クキ)が
巡らされ 靡いている Cosmos────宇宙の秩序
宇宙の秩序 さ迷う 混沌の 野原が。
(わたしは 花にあかるくなくて、ネットで 出会った
イメージとしての花を 心情にあてはめて 象徴させる者です)
5月の早い朝 陽の射さない わたしの部屋へ
とても激しく 雨の降る音がした
横殴りの 風の音も 響いてきた
朝だというのに 赤い夜みたいだ、と想った
チョコレートコスモス群は茎の
ねじれに 惑いつつ 細ながい
指示系統に 或る伝言を 託したようだ 「起て」と。
けれど その指示が 末端まで届かない
ベッドから 起ちあがると 足の裏が
厚い毛糸の靴下を履いているようで体の感覚がない それで わたしは
ベッドの縁に 腰を沈ませたのだった・・・・・。
コスモスは 倒れても起ちあがる 華々なのに
「こころのかぜ」を患った チョコレートコスモスの華々が
「尿を」と 指示系統に 次の伝言を 託しても
トイレに行った わたしの股の細い茎は
うなだれたまま 尿道から
一滴の しずくさえ 落としは しなかった
これは、心因性の ≪広義の Impotence≫ なのだろうか────
Impotence を 勃起不全として捉えるのならば
いまでは ED外来が 多くある 時代だけれど
53歳になる わたしには 生殖は もう要らず
性愛の上で ひとつになるのは 器官の結合とも想えない
それが、お互いの 幸せ 希望で あるとは。
それは、随分 一方向的な 性愛への思考です
「こころのかぜ」を患った チョコレートコスモスの華々が
「愛を」と 指示系統に 次の伝言を 託しても
その指示が 末端まで届かずに 半ばで 折れる
近ごろ、稀有な 出来事が ありました
わたし、生身の花を観にいったのです 不意に散歩したくなって
亀戸天神の まばゆい藤棚で 風と戯れていた 花房
生身の花を観たと 共に 生身の風が観えたよ、と
・・・・・・・・・・そんなふうに 感じられました
朱い太鼓橋を 沢山の人たちが 渡っていくのが観えました
お参りというより彼岸へと向っていくようでもありました
そして、休息日の 週末 前日の 軽ヨガプログラムの
余韻に 低温浴のように 一人 まどろんで いたとき
滋養のある ものを持って 訪ねてきて くれた人がいた
インターホンの無い戸を ノックする音がして開けると
その人は 風に膨らむ ワンピースを着て 直線的に立っていた
しろやあかの コスモスのように
水彩画のモデルに なる訳ではなく、
やがて その人は 薄物になると 曲線的な美になった
そして、滑らかな白磁の 一輪挿しのように「きっと」
と わたしに 言った 「愛をつづける」と
「愛、をする」と言ったのだ
わたしは シャツを 脱いだ
シャツを放って ベッドに 並んで 二人は横たわった
それなのに────・・・・・・・・・。
茎の華奢なコスモスが 雨風に倒れても 起ちあがるようには
わたしが 起ちあがらない (ごめんなさい。)
どのように しても、して もらっても
わたしの 精嚢では
いまも 精子が 生産されて いるのか、精液は 出ない
気配さえない 指示系統が 精管に 至っていないようだ
Highになって(蒼々と舞い過ぎ)
墜落死する ことなどなく Lowになって(泥溜りに嵌って)
渇愛死する
ことなど なく───
「High Low , Yes No で 死んでいった人が多くいる」
と、わたしは訪ねてきてくれたその人にベッドで言った
(チョコレートコスモス それは わたしの 脳内でしか 咲いていない
けれども・・・・・ その華々が 褐色であることに 力を、感じはするんだ)
Highになって
墜落死する ことなどなく Lowになって
渇愛死する
ことなど なく────
「そうやって 死んでいった人が多くいる」と
わたしは 訪ねてきてくれた 人にベッドで言った
そして「わたしって誰?」と相手の檸檬の形の
黒目に少し寂しげな 微笑がやどっているのをみた
「 High Low , Yes No 」の間の 空洞のトンネルを生きている
わたしは 相手の目をみて 想った あなたは、
わたしを “ どうして それほどに 愛して くださるの ですか ”
“ どうして このような わたしを ”
(それはもう、だれにも わからない 神の領域として
すべて まかせて みる ことに しよう)
わたしの大脳には、チョコレートコスモス
が 夥しく 燃えています
神経の 網の球体のなかの 混沌、 野原に
黒紫の華々。 ほかのコスモスとは違って
多年草の 褐色の細ながい 秋(クキ)が
巡らされ 靡いている Cosmos────宇宙の秩序
Cosmos────宇宙の秩序 さ迷う 混沌の 野原が。
彷徨も また 秩序、なんだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから、二人は 外へ出て
古くからの住宅街を歩いていった 狭い露地には各々の人の
育てている 花や実があった
地下足袋や皮手袋や作業衣を扱う商店のある
交差点を通り過ぎていくと
空は夕暮れてきて 葡萄色にそまった
わたしは、その日 二人がしたことを
けっして 忘れはしない、と 想った───
※チョコレートの甘い香りがする。耐寒性のある多年草で、
空0原産はメキシコ、大正時代に渡来した。(ネットより引用)