由良川狂詩曲~連載第14回

第5章 魚たちの饗宴~全由良川淡水魚同盟

 

佐々木 眞

 
 

 

♪タラッタ、ラッタラッタ、ウナギのダンス
ニッポンウナギは世界一 あ世界一、ラッタラッタラア

と歌いながら半身に半身を寄せ合って一体になることを夢見ながら愛のチークダンスを踊っていた2匹の男女ウナギも、顔を赤らめて席に戻ったところで、全由良川淡水魚同盟議長のタウナギ長老が重々しく口を開きました。

「諸君! いよいよわれらの危急存亡のときは迫った。
諸君! われわれ魚類はいったい何のために生きているのであるか?
それは魚世界の真理を追究し、究めつくし、1匹の魚としての正しき生をまっとうするために、ではないだろうか?

諸君、ではまず、われらをとりまく世界の歴史と構造を調べてみようではないか。
地球誕生以来46億年、われらの祖先である複合細胞生物誕生以来12億年。
そしてわれら魚族の大繁栄期であったBC4億年から2億年を経て、われらの輝かしきヘゲモニーは、その後彗星のように現れた爬虫類、なかんずくプロントザウルスや剣竜、ティラノザウルスなどの恐竜たちによって簒奪され、彼らが滅びたあとは、カンガルー、ウマ、ゾウ、ネズミ、サル、キツネなどの哺乳類、わけても500万年前に登場したかの奸佞邪智をもってなる最悪最凶の最強存在、すなわち人類によって無惨に奪い去られ、あまつさえ平和愛好生物、平地いや平河川に乱を好まぬ絶対平和主義者として数億年の輝かしき伝統と実績を誇るわれわれのレーゾン・デートルすら土足で踏みにじられ、かのバイブルに謳われしごとく『われは漁る者、汝は漁られし者』との汚名と屈辱に甘んじつつ、既にして無慮1万年が経過したのである。

改めて問う、われらにとりて、世界とはなんぞや?
それは全生物的抑圧と被虐の階級ピラミッドの最下層にあって、日々大いなる苦痛を甘受せざるを得ない。そういう世界である。
弱肉強食の食物連鎖のもっとも弱い環、それがわれわれの日夜呻吟し、苦渋に喘ぐ世界である。

ふたたび諸君に問う。われらにとりて、まったき生とはなんぞや?
それは真理と善と美を求め、それによって深く充たされる生ではないか。
それが魚たちの、魚たちによる、魚たちのためのくらしではないだろうか。

幸福とは、究極のアレテー、すなわち卓越性に即してのプシュケ、すなわち魂のうるわしき活動である、とアリストテレスはいうた。
しかし残念ながら、こんにちわれわれの前途から幸福へ到る道は、あらかじめ遠く彼方に失われている。わたしたちの不倶戴天の敵である人類の無知と横暴と独裁によって……
彼らは全生物の全歴史にわたる共有財産としての地球を、自然ともども完膚なきまでに破壊しつくし、天地創造以来連綿として続けられてきた種族多様性保存維持の神聖なる責務さえ放棄して顧みようとしない。

おお、諸君! われわれはなんというおぞましく悲惨な世界に生きているのであろうか!われらあらゆる私情と万難を排し、悪辣非道、無知蒙昧、鬼畜米英のかの人間どもを、この地上、この水中よりすみやかに撲滅せねばならない!

一日も早く、ふたたび全世界の頂点に立ち、全生物界を嚮導し、自らの運命を自らの手中に握りしめたるかの輝かしき西暦紀元前2億年、魚類大黄金時代の御代へと帰還することこそ、われらの悲願であるう。

最後に言う!
わが親愛なる全由良川淡水魚同盟の同志諸君! 人類打倒暴力革命の最前線へ、真紅の旗、流血淋漓の旗を掲げて参加せよ!
全世界をふたたび獲得するために、われわれはいまこそ団結せねばならない!」

北朝鮮の最高指導者、金正恩の演説を徹底的に研究した最長老タウナギの、およそ2時間半にわたる基調報告というよりアジ演説がようやっと終了するや否や、人民大会堂、いや聖なる大広間を立錐の余地なく埋め尽くした由良川のすべてのフィッシュ・プロレタリアートは総立ち泳ぎとなり、尾ヒレ、背ビレ、胸ビレのすべてを狂ったように揺り動かして、ヤンヤ、ヤンヤの拍手大喝采を、なんと10分以上にわたって送り続けたのでした。

 

空白空白空白空白空次号へつづく

 

 

 

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