DAYS / チーズ

 

長田典子

 
 

朝。儀式のような目覚めが繰り返される。

生まれ育った家の布団の中で頭だけ目覚める。目をつぶっている間は気が付かない。ここが、そこからとても遠いところだなんて。目を開ける前の一瞬に、聞きなれい外国の言葉が突然聞こえて、ああ自分はここにいたのかと知る。妙な胸苦しさに覆われながら目を開ける。

その日の課題はお互いの家族の歴史について話しあうことだった。わたしたちは、予め調べておいた家族のルーツや伝えられた言葉や家族の宝物を発表しあっていた。ときどき笑ったり不思議に思ったりしながら。そして、それぞれの家族の運命がそれぞれの国の運命ときっちり重なっているのに気がついて悲しくなったりもした。

時々みんなで遠くまで旅行した。すれ違うこともあって喧嘩をした。たとえば、割り勘の仕方ひとつにしても、それぞれの流儀があったから。いきあたりばったりで、なんの計画もなく、ふざけながら歩いたり、肩を組んで歩く恋人同士の後ろから、キース!キース!と言ってからかったり、意味もなく追いかけっこをしたりした。草の上に落ちていた汚いボールを蹴りあってどこまで続くか競争したりもした。ときどき政府御用達のばかでかいヘリコプターが上空を隊列を組んで飛ぶのを見上げて、どれだけ自分たちが遠い国に来ているのか思いをめぐらした。

イスタンブールで育ったという西洋人の顔をした男は、目の淵に太く濃いアイラインを引く黒い髪の女の耳元で愛しているとささやき、黒い髪の女の手を引っぱって、スーパーマーケットの中に消えていった。たぶん二人は陳列棚の間で抱き合って激しくキスをかわしていたんだろう。だけど誰も気にせず口にもしなかった。昼下がりのコーヒーショップのテラスに座り、ブルドッグやシェパードを連れて散歩をする人たちをぼんやり眺めたり、菫色の空を流れる雲を見ていた。そんなふうにして二人が戻るのを待っていた。

帰宅時、アパートのエントランスに入ると、チーズ、ケチャップ、オリーブオイル、黒胡椒なんかが過剰に入り混じった匂いがアパート中に染みついていると感じる。夕食時は、毎日きついチーズの匂いが換気扇を通じてどこからともなく漂ってきて食べる前から胃が痛くなりそうだ。醤油や味噌の匂いがドアの隙間から外に染みだしていくこともあるのだろうが、わたしもいつのまにか手に入りやすいトマトソースやチーズにスパゲッティを絡めて食べるようになる。

 

 

※本作品は2011年同人詩誌「ひょうたん」に発表した作品を大幅に改稿した。

 

 

 

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