辻 和人
高い
高い
高いところだ
高いところは気持ちいい
見晴らしがいい
見下ろすことで偉くなった気分になれる
近づく者はそうそういないから安全安心
だから
高いところへ
高いところへ
レドがちょっと元気になってきたとの母の電話
週末、実家のドアを開ける
あれ、いない
ファミはあくびしながら近づいてくるけど
レドがいない
どうしちゃったの、聞こうとしたら
わ、あんなところに
「おかえり。レド、少し足に力がついてきてね。
今週の頭くらいから冷蔵庫の上に登るようになったよ。
びっくりだねえ」
真っ白に真っ黒斑点のレドが
顎を地につける格好で
高い
高い
冷蔵庫の上で寝そべってる
ありえない
つい先日まで
ピョコッ ピョコタッ と
足を引きずりながらやっと歩いていたのに
椅子を脚立代わりにして顔を近づけて挨拶
顎筋を撫でると
目を細めて
ゴロゴロゴロ
高い
高い
空気が震動する
お茶を飲みながら父から様子を聞く
排尿排便障害は相変わらずだけど
足腰は幾らか回復した
まだ足を引きずってるけれど
動きはすばしっこくなったという
やがて
そろりそろりと降りてきたレド
前足で前方を確かめながら
慎重に慎重に着地
ぴちゃぴちゃ水を飲んでいる
「そのうちまた冷蔵庫に登るから見てごらん。上手にジャンプして登るよ」
ピョコッ、ピョコタッ
怪我をしてから昼寝は床かソファーの上
それでも台所を横切る時は
冷蔵庫をちらっちらっ眺めていた
高齢の両親が買い物の回数が少なくて済むようにと買い替えた
大型の冷蔵庫だ
レドにとってそこは天上
天上の空気を吸って
昼寝する
最高だ
下界ではクールに擦れ違ったりするファミとも
天上ではべったりくっつきあって寝る
高い
高い
高いってすばらしい
そのことを忘れられないレドは
足を引きずりながら
高い
高い
を取り戻そうと
機会を伺ってたってこと
ノラ猫時代
高い
はそこらじゅうにあったな
木や塀をさささっと登って
屋根に飛び移って
更に別の家の屋根へ
ひょいひょい
同じ敷地でも活用できる空間の量が人間とはまるで違う
飛び移る時、体は
矢のように
光った
高いところが苦手なぼくは
空中を駆け上る猫たちを
口をあんぐり開けて眺めてた
人間の上昇志向には嫌悪感があるけど
猫の上昇志向はいいなあ
人間の目指す高さは比喩にしか過ぎないけど
猫はほんとの高さを目指すんだ
その時だ
ピョコーッッ
ピョコッタッッッ
台所をうろうろしていたレドが突然
冷蔵庫の横のテレビが置いてある棚に飛び乗った
第一関門突破
ここからが大変
体を半分冷蔵庫側にひねる
後ろ足、ぶるぶる
弱い弓のように震え
それでも
ピョコーッッ
真っ白に真っ黒斑点の体が矢になった
光った
ピョコッタッッッ
わぁ、立った、立っちゃった
誇らしげな黒目がまん丸丸だ
気持ちいい
見晴らしがいい
偉くなった気分
安全安心
そういうものさえ越えて
今悠々と毛づくろい
いいぞ、レド
高い
高い
高いなあ