55歳の2月16日

 

今井義行

 
 

55歳の2月16日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
独りで屋内に居ると
つい 調べ過ぎてしまう

──・・・・ なにか、大きなことではないか、と
検索ヲ し過ぎて シマウ

55歳の2月13日に 池袋の北口で
初対面のおんなと 夕方
待ち合わせをして 逢ったのだった

北口を出てすぐの 「珈琲伯爵」という店の
赤い看板を 目印に指定したのは おんなだった

「初めまして、YumuYumu です」と
30歳の 白いマスクをした おんなは喋った
どこかしたたかな 上目遣いだった

池袋の北口は ラブホテル街だ

「初めまして、Swan です」と
わたしも応えて 2 人は並んでラブホテル街へと
歩いていった

「あら 人見知りなのね、分かるわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああいうサイト、使うの 初めてでしょ」
「時間とお金の無駄遣いかもねぇ」

コンビニで買える プリペイド式の電子マネー
ビットキャッシュを オンラインで浪費した
1,500 円ずつ 1カ月半買い続けて
利用料金のチャージに充ててきたのだった

55歳は 寂しかったので
セックスフレンドを 探した

ひらがな 16 文字の ID をモバイル端末に
入力すると 視えない電子マネーは
視えない精虫のように

オンラインの 大海へ 泳いで行った
視えない誰かへ たどり着こうとして

マッチングサイトはおびただしい男性女性会員を
抱えているが 1 つ 1 つは
ハンドル名の姿の吐息 のようなものだ──・・・・

マッチングサイト内で さまざまなユーザーと
さまざまなメッセージを並行して送信し合う中
或る日 対話が 急速に 展開していったのが

YumuYumu ──・・・・
30 歳のセックスフレンドを探す既婚者だった

〈こんにちは、
YumuYumu です。お返事どうも。
早速ですが 近いうち 会えますか?〉
〈こんにちは、Swan です。
あさって 水曜日
16:00の ご都合は いかがですか?〉
〈大丈夫です。
そしたら先に初対面の条件の話を聞いてもらえますか??〉
〈はい。どのような??〉
セックスフレンド は
即会い即ホ お金で割り切りということだろう

と 想った

〈金額は こういうのの定番と聞く2万円に少し差をつけて
私なりにホテル代以外 2万2千円初対面だけお願いします。
条件は以上です。〉
〈金銭のやり取りに関わることは
現場で 変更したりせず クリアにお願いしますね〉

すると、おんなは 途端に 饒舌体になった

〈よくお金の話しをすると業者だとか売春がどうとか言われて
酷く中傷されます。でも男性目線だとわからないかもですが、
女性からしたらこういうサイトでの出会いで
初対面の条件をつけるのは当たり前なんです。
中には、ホテルで豹変する人とか、女性が情報共有できる掲示板では
被害者女性の書き込みがたくさんあります。
女性に来るメッセージって本当に9割が酷い内容で、
返す気にもならないような内容です。
常識なんて微塵も感じないんです。
そもそも挨拶もできない人、写真を載せてないのに
写真を要求して来る人、例を挙げると切りがないですが、
「生でいくらですか?」「友達と2人で攻めまくってあげましょうか?」
「売春儲かってますか?」「業者じゃなければ会いたいです」
「縛ってあげるから会おうよ」
「おっぱい見せてくれたら会ってあげるよ」とか。
こんなメッセージがほとんどで、挨拶から始まり、
まともに会話できる人があまりにもいないんです。
なので女性は多少のリスクを背負ってもらい女性の身を案じれる人で、
初対面のリスクを背負ってくれる人なら真剣に考えてて、
信用してみても大丈夫そうだなと思えるんです。〉

〈ああ、そうなんですね。──・・・・ 解りました、よ。〉

ホテルの 502 号室の中へ 2 人で入ると
30 歳のおんなは 白いマスクを外して 喋った
紡錘形の 白い二十日鼠のような 口元だった

「Swan さん、先に お約束のものをください」
つりあがった小さな眼が 私のバッグを見つめた

私は 銀行の封筒から2万2千円を出して
おんなの 手に 渡した
「YumuYumu さん、ほら、確認してください」
洒落た内装の 502 号室という 空間で
1万円札が2枚と千円札が2枚 たなびいて
私は とても不思議な 気持ちになった

毎日 倹約を迫られている 低所得層の私が
大きな金額のはずの紙幣を気安く扱っている
ビットキャッシュ決済の日々でお金に対する
感覚がいつのまにか狂ってしまったんだろか

2万2千円あればランチに 30 回は行けるよ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんなことやっちまってホントに良いのかい
こんなことやっちまってホントに良いのかい
Swan さんよ ──・・・・

「あと、ピル代や性病検査代に使いたいから
もう少し カンパお願いします Swan さん」
「ああ、それは無理だね!!」

「おうむ返しに ぴしゃりと 言わないでよ
私、結婚してるんだから 定期的に 検査が
必要なのよ
どちらが移したとか うやむやに出来ないの
貴男だって 検査しておく必要があるからね
それだったら 良いわよ
先に浴びて ベッドで 横たわってて頂戴」

「YumuYumu さん、貴女こそ 豹変したね」

私は 言われるままに シャワーを 浴びて

ダブルベッドの片側に大の字になって身体を
置いて みたのだったが
気持ちが萎えてしまってエレクトしなかった
マッチングサイトで 知り合った
30 歳の 初対面のおんな YumuYumu さん
上着を脱いだだけで 私の頭の脇に腰掛けた

「サイズを測ろうと思ったのに無理だわね」

「ばか正直な私にも問題があるのかもしれないが
私はいま 酷い人間不信と 生活費の散財に
苛まれている ところなんだよ」

「あのね 貴男が エレクトするまで
2時間も 3時間も 待ってられないわよ
AV でも観ながら オナニーをしてなさい
私、リングでも買ってくるわ
増強リング 3 千円位 するんだから、ね
Swan さん ──・・・・」

そうつぶやくと おんなは
上着を着て 502 号室の ドアノブに手を
掛けた 「カンパの1つもできない男!」

「きみ、きちんと戻ってくるんだろうね」
「そんなこと条件に入っていたかしら?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は そのあとずっと独りで待っていた

私は そのあとずっと独りで待っていた

私は騙されてしまったのだろうか と想っていた
55 歳の 2 月 13 日に
私の 「男性」は 終わってしまった 気がした
その感情は いびつな 結石となって
私の泌尿器内を引掻き回し出していたのでないか

そうして 3日後 ──・・・・
55 歳の 2 月 16 日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
YumuYumu 色 とでも 名付けたい
マッチングサイト巡りの 或る 顛末 だろうか

けれども、 呆気に取られてばかり いられない
泌尿器科外来へ 向かう力を 持たなければ!!

 

 

 

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