芦田みゆき
突然、そしてゆっくりと、目を、見開く。
ここは、どこなのだろう。遠くにミントグリーンの寺院が見える。
窓から傾れこむ騒音。生温い風。
私の背から、細い糸を引いて流れ出すものがある。
「お願いだ、放ってくれ」
空気中に散るセピア。
「吐かせてくれ、吐かせてくれ」
テーブルに置かれたコーヒーカップが、小刻みに震えている。
見ると、カップに残されたコーヒーの表面も、隣に置かれた、グラスに注がれた水も、同じように震えている。
それは、私の身体の一部が、テーブルに触れていることから起きているのだ。音。傾れこむ騒音が、ものすごい速度で空気を伝わり、私の皮フを震わせている。
ラヂオの音。モノラルの音が、ひとつひとつカタチを作っては、床に零れ落ちていく。
ネイプレスイエローのタイルに、血が混じる。
流れ、過ぎていく自動車の音。目の前で、煙草の灰が、崩れ落ちる。
(From notes of the 1980s.)