寒空の下で

 

みわ はるか

 
 

朝起きると窓から見える山々には早くも雪が積もっている。
どうりで寒いはずだなと急いでファンヒーターの電源を入れる。
朝晩の気温の下がり具合は尋常ではなくぶるぶると震える。
窓には結露も発生していた。
これから本格的な冬がやってくるんだと思うと少し身震いした。

夜7時頃、ダウンや毛糸の帽子を着込んであえて外に出てみた。
意外と空いているお店がたくさんあったのには驚いた。
真剣に患者の口腔内を観察している歯医者さん。
誰もいないのに明かりが灯してある神社。
カウンター席10席程のラーメン屋さんには観光客であろう外国人でいっぱいだった。
トタン屋根で作られた簡易なお店からはおでんのいい香りが漂ってくる。
みんなの楽しそうな声がわたしの気分を高揚させた。
白い息を弾ませながら15分ほど歩くと図書館が見えてくる。
そう、わたしのお目当てはここだった。
21時までとわりと遅くまで開館しているのだ。
こんな遅い時間にも関わらずたくさんの高校生やスーツ姿の大人がいた。
参考書とにらめっこする人、PCに向かっている人、朝刊や雑誌に目を通す人、黙々と本を読む人。
みんな1日の終わり、静かな館内で好きなように過ごしていた。
こういう雰囲気が好きでわたしはよく足を運ぶ。
今まで数回引っ越しを重ねてきたけれど、まずその地域で探し出したのは図書館だった。
本が好きというのもあるけれど、それと同じくらいその雰囲気や空間が心地いいからだ。

わたしが長椅子に座って新聞を読んでいると、隣に初老のおじいさんが腰を下ろした。
70才はとうに超えていると思われる。
細身できれいな白髪、縁のないない眼鏡、わりときちんとした服装で靴は革靴だった。
どんな本を読むんだろうと、そっと視線をそちらに向けると「物理学・幾何学」みたいな題名のものだった。
いかにも小難しくてわたしなんかには到底理解できそうにない。
そこでわたしは想像する。
昔はどこか大学で物理学を専攻し、そのまま大学に残り研究に明け暮れていたのか。
はたまた、電機メーカーのような企業の研究職あるいは開発部門に従事したいたのか。
それとも、物理学というものはただの趣味で本業は畑違いの農業や営業職だったりして・・・。
こんな人を支えてきた奥様はどんな人なんだろう。
いつもニコニコしていて夫の帰ってきたころに熱々のクリームシチューを出すような人か。
気難しそうな性格に耐えかね夫とは距離を置き自由奔放に自分の人生を謳歌しているような社交的な人か。
同職でいつもああでもないこうでもないと議論を家庭内でも繰り広げているような人か。
色んなことをチラチラ観察しながら想像していると「ん?}というような困った顔をされてしまったので思いを巡らすことは中断した。
その人は21時のチャイムが鳴るとさっと席をたち、今や自動貸し出し機となったPCの前でその本の貸し出し手続きをしていた。
慣れた手つきだった。
わたしも慌てて新聞をもとの場所に戻し上着を着込んだ。

外に出るとぐっと気温は下がって顔に当たる風は突き刺すように痛かった。
鞄の中に潜ませておいた帽子と手袋を急いで出した。
スナックや居酒屋が並ぶ道沿いはきらきらしていけれど、行きと違ってほとんどのお店は閉まっていた。
羽の生えたよく分からない生き物の置物につまずいた。
人の姿が見当たらないコンビニの若い女の店員さんは金髪のさらさらした長い髪をいじりながら大きなあくびをしていた。
少しくたびれた背広を着たサラリーマンがとぼとぼと歩いていた。
その日の月は雲に隠れたりそうでなかったり中途半端な姿だった。

明日が来るのが怖い時がある。
なぜかよく分からないけれどなんとなくそんな日がある。
ずっと暗闇でもいいのになぁなんて。
首を左右にぶんぶん降って自宅を目指す。
たまに後ろから来る車に注意を払いながらぽつぽつと歩き続ける。
あのおじいさんはもう家に着いたかなぁと考えながらもう一度空を見上げると月はもう完全に雲の後ろに隠れてしまっていた。

 

 

 

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