むらさき落ツル

 

薦田 愛

 
 

「その、ジカビダキ、だっけ?」
――えっ?
「きみが言ってた、なんだっけ? 鳥の」
ああ
ジョウビタキっていうの。
オレンジ色の身体に黒い頭
スズメより少し大きいっていうんだけど
わたしが見たのはほっそりしてて
大きさもスズメと同じくらい
網戸に止まったり手すりにも
小首かしげて可愛いんだ
写真撮りそこねたけど
近づいてもすぐに逃げないよ
「ジョウ、ジョウビ、タキ?」
そう、ジョウビタキね
その子がどうも、ガラス窓に激突してるみたい
ゴツッ ゴトッ
ゴンッ コトッ

内側からユウキが貼ってくれた
紫外線防止フィルムのミラー効果で
じぶんの姿がうつったんだよ
ナワバリ意識のつよい鳥で
異性にまで攻撃しかけたりするんだってよ
「へええ、それはすごいね!」
だからじぶんの姿が映っているとも知らずに
ガラスに激突ってこと、よくあるみたい
そのストレスでフンを落としていくんだって
フン害報告はネットにたくさん
車のミラーやフロントガラスも危ないみたい
「ああっ」
まさか
「それだったのかあ! 汚れてた、紫の」
むらさき、の?
「だぁーっと流れてた、誰のしわざかと思ったら」
ああ、それ
ジョウビタキだ
でも、渡り鳥だから
十一月から三月くらいまでだって
春になるとどこか
たぶん北のほうへ飛んでゆく
「でも汚されるのはたまらないから
ミラー、たたんでおくわ」
そうだね、それがいい
それにしても
紫のおとしもののもとは
なんだろう
やっぱり紫なのだろうか
だとしたら
上の階のベランダには葡萄の棚らしいものが見えているけれど
グリーンぽいから違うなたぶん
そういえば
赤い鳥は赤い実を
白い鳥は白い実を
なんて唄もある
それなら
ジョウビタキはオレンジ色の実を
食べるんじゃないか
オレンジ色の鳥はオレンジ色の実を
いやいやカラスだって
ビワの実がなるとあんなに興奮する
食い散らかしがそこらじゅう
だから
紫色の実を食べたとしても
紫色の鳥にはならない
待てよ
赤い鳥は
赤いおとしものをするのだろうか
白い鳥は白いおとしものを

ある日地元の高校で
里山を歩くワークショップ
そして干し柿作り
坂の多い住宅街のひとすみ
こちらからも向こうからも
造成されて
ここだけ残ったのですよと
生物エコ部の松本先生
十年がかりの調査をまとめた里山マップによれば
アカマツクロマツモウソウチク
カワラナデシコアキノキリンソウ
茸だけでも百三十種
市内でここにしかない草木百般
案内される校内の
「裏山」と呼ばれる細長い里山エリアやハーブ園
立ち止まっては説明してくださるなかに
小暗い茂みのようないっぽんの木かたそうな葉
「これがシャシャンボです。
紫の実がなる。
和製ブルーベリーですね。
鳥が食べにくる」
むらさきの
ブルーベリー
これだったろうか
ジョウビタキの
むらさきの餌
おとしもののもと
小高い高校からヒトの足で五分のわが家へは
小柄なジョウビタキの翼でもひとっ飛び
きっと
冷たい外気のなか
干したバスタオルのまんまんなかを
深く染めた
むらさき、の
むらさき落ツル
あれはこの
シャシャンボの実
ついばまれた和製ブルーベリーのなれのはて
シャシャンボの――
メモする私は列から遅れ
湿りを帯びて傾く土の道の先
高枝伐りばさみを
ヤマガキの梢にさしのべる先生を囲んで
ワークショップは続いている

ヒヒ ピイヒ
ゴツ
ピピ ピイ ヒィ
ゴツッ
朝と言わず午後と言わず
来る日も来る日も
激突
「外側に貼ろうかな、クッション材」
結露対策に使った余りが少しある、とユウキ
いいかもしれないね
ぶつかって死んでしまうこともあるっていうから
映らなくなればもう
おとしものだって

けれどふいに
訪れは絶え
ベランダの
コンクリートに残るむらさきを
こそぎながら
耳をたてる
声をさがす
渡りの季節にはまだ早い
「別の餌を見つけたかな」
そうなのかな
べつの枝
べつの里山へ移っていったのだろうか
白く冷たいバスタオルは
よごれずに
かたく乾いた夜風をふくんでいる

 

 

 

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