西暦2020年弥生蝶人酔生夢死幾百夜
佐々木 眞
山頂に辿りつくと、そこはマイカーで登ってきた大勢の60年代の若夫婦で渋滞して、身動きできないほどである。よく見ると、そこには一本の桜の大樹があって、幹にとりついた2匹のセミが、誰かがカメラを向けるとポーズするのである。3/1
私は先輩方の要請に几帳面に応えながら、少しづつ自分の役得を増やしつづけていたが、その地道な積み重ねが、立身出世につながると確信していたようだった。3/2
大学の正門前に大勢の学生が、一団の黒い影となって佇んでいたので、私は、自分の広告作品が掲載されている小冊子を、自転車で通り過ぎながら、バサリバサリと投げ入れた。3/3
脳障害を持つ息子は、マシラのように機関車に飛び乗って、スロットルを握りながら、速度や方向を自在に調整している。これはヤバイと思った私は、笑いながら見物している機関長に頼んで、やめさせてしまったが、障害児の楽しみを奪ったのではないかと、苦に病んだ。3/4
友人たちは、もうとっくの昔に出発してしまったので、焦りまくって電車に飛び乗ったが、切符を家に置き忘れていまったので、行き先が分からない。確か西湖なんとかに宿泊するはずだ、と思いだして、西湖なんとか駅を見逃さないように、必死に目を凝らしている。3/5
そうだ。携帯で家に連絡すればいいのだ、と思いついて、番号をプッシュし始めたら、押された数字が、ボロボロと下に崩れ落ちてしまうので、ものの役に立たないのだ。3/6
「いいかい、何の特徴も無いボリュウム商品を貸し出したって、ブランドイメージは上がるどころか、下がってしまうから、その辺はよーく気を付けようね」と、私はプレスルームのサッチャンに注意を与えた。3/7
アランドロンの遺作のその映画のラストシーンでは、ハイテクを駆使したヘアメイクが登場する。最新技術が生み出したその薬品を、お腹の中に注入すると、毒キノコのような小さな粒粒が誕生して、主人公の顔貌を一変させるのだ。3/8
逗子で横須賀線に乗って、鎌倉に着いたところに、ブルータスのバイトの学生が乗り込んできて、「これ、大至急校正してください」というのだが、なんで私の行動が分かっていたのだろう。3/9
全集にどの作品を入れるか迷いに迷っていると、起きているのか、眠っているのか、夢を見ているのか、醒めているのか、さっぱり分からなくなってくる。3/10
北鎌倉の名刹の住職の話では、パタンナーのワタヌキさんが、商品企画室で悪質ないじめに遭っているというので、「義を見てせざるは勇なきなり」と、勇躍私は救助に赴くことにした。3/11
町内の銭湯を10日間ほど借り切って、身内に秘蔵映像やアート作品を見せたり、うまい料理を食べさせたり、熱いお湯に入れたりしたので、みんな新型コロナウイルスのことなど忘れて、普通の暮らしを楽しんでいた。3/13
私がバカダ大学の国文科の学生だった頃、卒論は西村健次の「ここでともかく手掴み踊」を題材にした「作品はタイトルで決まり」という趣旨の駄文だったが、担当教官の前で「手掴み踊」を披露したら、さすがバカダ大学でなんと「優」だった。3/14
三鷹から中央線に乗ったら、どの車両も「不思議少女アリスの部屋」とか「ピンクハウスの部屋」とか「アンゴラウサギの部屋」などの、様々な意匠を凝らした特別装飾が施されており、私はそれらのどれにも乗るのも躊躇したほどだった。3/15
地球人の外でとくしてのマスオ、エヒランスという音入れてゐた。3/16
フィリピンの大学で、現地人の学生が、日本からの留学生の身代わりを演じているのに、総長も、学長も、教授も、事務長も、それを知りながら、口を噤んで、大学の国際的なアルバイトに協力していた。3/17
彼女が、私の全身にヒシとしがみ付いて、身動き一つしないで、息を凝らしているのは、隣の部屋の様子を窺っているからなのだろうが、私は、そこで雁首を揃えている物凄いメンツのことを、彼女に伝える訳にはいかなかった。3/18
社長の私が身体検査を受けていると、商品AとBではどちらがいいか答えなさいという問題が突然出てきた。誰が発案したかと第Ⅰ秘書に電話すると営業部長だというので私はすぐに首にした。同じ質問を第2秘書にしたら商品部長だというので、また首にし、第3秘書に聞いたら社長ですというので私は私を首にした。3/19
さらさらと流れゆく水の上に、上からポツンと真っ赤な椿の花が落ちたけれど、私は、別に何も悟らなかった。3/20
ともかく、困った時には、遠くの空の上の方に、真っ黒な「第8の十字架」が姿を現して、いつも私を見守ってくれるのだ。3/21
その伊太利人の家主が、どうでもいいことにいちゃもんをつけるので、頭に来た我々は、一同団結して店子組合を作って、家賃不払いストライキに突入した。3/22
宮廷の旧弊を大改革する話を聞いているうちに、酷く疲れてきた私は、またうとうとしてしまった。この節は、意欲的な人が積極的に前向きの話をしていると、その泡立つ口角を見ているだけで急に何もかもが嫌になるのである。3/23
春休みの小学生新聞のトップ記事は、町内随一のラブラブ夫婦の夫の浮気を知った若妻が、その仕返しに、夫の情人を刺殺したという、現場血塗れカラー写真付きの特ダネだった。3/24
私は、村の金持ちのこの娘を、若い衆みんなが狙っていることを知っていたので、この部屋から出してはなるまいと眦を決して、しかし、そのためにはどうすればよいかも分からず、ただ右往左往していたのよ。3/25
私が道楽で始めた連続講演会の開始時間が迫っていたので、私は、例のL字型の抜け道を駆け下りて、会場に向かおうとしたのだが、なんといつもは無人のその道に、無数の黒人が犇めいており、中には角で昼寝している奴までいる。さあて如何したものか。3/26
私は超難病を治す特効薬を発明したのだが、それを他人に知られるとヤバイので、懸命にひた隠しにした。3/28
八難よ起こりうる世の中地震のお前ではないと互いに乗った出なう。3/29
真正ではなくガセウイルスに過ぎなかったのだが、それでも60人中3人が昇天してしまった。3/30
最近成田空港づくりに反対の人が減ってきたので、心配だ。3/31
「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第84回
西暦2020年卯月蝶人酔生夢死幾百夜
中国の銀行に一度入金すると帰ってこない懼れがあるので、私は金庫に潜入してそれがどこにあるか確かめることにしている。今回は「永久凍結」と書かれた麻袋に入っていたので一安心した。4/1
ある日、ふと思い立ってバスに乗って駅前の広場に行って、街角で思いの丈を歌ったら、自分の歌声が他人の声だったので、驚いた。4/1
「若い時には苦労をせにゃならん」と誰かが言うておったので、私はインドネシアの孤島のジャングルで独り暮らしをして、ひどい孤独にじっと耐え続けた。4/2
私の口から飛び出した数字は、数珠玉のように連なって、部屋の窓から出て、屋根を超え、空高く、登りに昇って、成層圏を離脱して、250万光年先の、遠く遥かなアンドロメダ星雲まで、続いていた。4/3
進駐軍に雇われた私は、南京虐殺に加担した、或いはさせられた兵隊からの聞き取りを、何冊もの帳面に書きつけたが、その内容は、彼らが家族はもとより神仏にさえ告白しないだろうと思われる、慄然たるものだった。4/4
思いっきり辺鄙な山奥に移住して、およそ10年。毎日「ポツンと一軒屋」の取材が来るのを、今か今かと待ち構えているのだが、いつまで経っても、誰ひとりやって来ない。4/5
私は、ついに百年目に、その悪党と巡り合ったので、そいつを、ギタギタに八つ裂きにして、積年の恨みを晴らしたのよ。4/6
たまたま百人一首を暗記していたので、私は「素人かるた大会」で、全部の札を独り占めしたものだから、大勢の善男善女の、激しい恨みを買うことになってしまった。4/7
「自粛せよ、自粛せよ、なにがなんでも自粛せよ」と、その猪八戒に似た醜い男は、誰も聞いていないのに、ぺらぺらへらへら朝まで喋り続けるのだった。4/8
新幹線に乗っていたら、車内呼び出し放送があったので、受話器を取ると、死んだはずのサカイ君が、「2課の営業がやって来て「クラシックマガジンに2Pで280万円のタイアップ広告を出して欲しい」というてきているが、どうしますか」という。4/9
朝から晩までヘンデルを聞いていたら、頭がヘンデルになった。4/10
大阪の心斎橋そごうの子供服売り場の前で、子供が踊り狂っているので、何事かと思って近寄ってみると、私がつくったCMのビデオが売り場で放映され、ブルーハーツが「リンダリンダ」を歌っているからだった。4/11
コロナ騒動でガラガラの電車に乗ったら、向かい側の席に座っている客の、頭と胸と下半身はじっとしているのに、胴体だけが、左から右に猛烈な勢いで流れているのだが、これは恐らく最近証明された「ABC予想」の動かぬ証拠なのだろう。4/12
久しぶりに42度の高熱が出たので、検診してもらったら、案の定陽性だったが、医師も看護師もみな逃げ去ってしまったので、仕方なく私は帰宅した。4/13
私はコロナで生活に窮したので、自分の原稿には、従来の値段の他に著作権料5%をプラスして請求しようと思った。それはいいのだが、問題は、どこからもさっぱり注文が来ないことだった。4/14
コロナコロナ、自粛自粛で、窮死寸前にまで追い詰められた私は、完全にブチ切れ、全裸で公道に躍り出て、完全感染、他力本願、霊肉一体、酒池肉林の一大イヴェントに参加したのよ。4/15
またしても、突然の地震で、列島全体が完膚なきまでに破壊されてしまったので、コロナ騒動も、無かったことに、なってしまった、とさ。4/16
その小僧が、「おいらは1年間一生懸命福祉職員をやったから、来年は本来の仕事の寿司職人に戻らせてくれよ」と必死の面持ちで訴えるので、私は仕方なくそれを許してやった。4/17
有名な総合電機メーカーに雇われて、その会社が経営する「のんき村」の支配人になったのだが、その村の住人たちから、毎月いくら賃貸料を取ったらいいのか、誰も教えてくれない。4/18
私は勝手に教室のレイアウトを変えて、生徒たちを、好きなところに座らせ、私の指揮で私がつくった最新の曲を演奏させた。4/19
妻が「早く早く」と呼ぶので、急いで玄関先に出てみたら、春先のこんな日には珍しくナミアゲハでもクロアゲハでもなくアオスジアゲハでもない、黒い綺麗なアゲハチョウが花にとまっていたという。恐らく春型のカラスアゲハならん。惜しいことをした。4/19
「夢見る部屋」に入ろうとすると、入口が、「一般人用」と、「婦人用」の2つに分かれていたが、その理由は誰も知らなかった。4/20
匿名の篤志家に雇われた私は、衰えかけた「世界貴族連盟」の人々を救済するために、毎月米1俵に味噌醤油を添えて、地元の郵便局から世界中の貴族たちに送り届けていた。4/21
開拓者たちが、この公民館に到着してから、だいぶ時間が経つが、誰一人身動きもしないので、私が台所に立って、雨水の湯を沸かし始めたところ。4/22
電車が驀進して来たので、仕方なく線路の下にある大鉄傘の上に滑り降りようと、何度も試みているのだが、果たして間に合うだろうか?4/23
「台湾の新幹線や地下鉄はみんな日本製だ」と、なんの根拠も無く言い放ってしまった私は、「ああまた放言しちゃったなあ」と後悔したが、時すでに遅かりし由良之助。4/24
宣伝課の春の社員旅行のバスに乗り遅れた私は、懸命に後を追いかけたが、あともう少しというところで、ギュンとスピードを上げたバスは、たちまち左側の壁に激突し、その場で大爆発を起こして、炎上してしまった。4/25
「だいたいよう、おらっち平民だけが、朝から晩まで汗水たらして働いて、糞高けえ税金を払ってるちゅうに、おめえたち坊主や貴族どもは、たらふく喰らって、1円も税金を払わないなんて、これほどおかしな話は聞いたこともないぜよ」と私がぶちかますと、彼らは逃げ去った。4/26
彼は、誰かに頼まれて「筍」という歌をうたったところ、その場の人たちがいたく感動して、100万円近い投げ銭をしてくれたので、「そんなことはよくあるの?」と聞いたら、「たまにありますよ」と答えた。4/27
「皆さん、この紅い小さなポーチの中に、10億円が入っています。吉原のトルコ嬢が何十年もかかって貯めた汗と涙の結晶です」とその男が言うたが、くだんのトルコ嬢との関係は分からなかった。4/28
その茶室には、いつもさっきまで主人と客人が対坐して喫茶していた気配が残っているのだが、何度訪れても無人であり、いわば「無の定型」とでも称すべき空間を構成しているのだった。4/29
1日2日3日と順番に並んでいる標的を、私は、ただただ機械的に、射撃していた。とてつもなく消耗だった。4/30