塔島ひろみ
下水処理場の屋上に
咳が出始めた父親を押しこめる
すぐ迎えに来るからと、尻を、思い切り押して走って帰る
夏雲の下 老いた男女がボールを夢中で追いかけていた
フットサルコートになっている屋上の公園は 周囲を有刺鉄線で囲われている
元気な爺が追いつき、思うさま蹴上げると
ボールは天井の針金に突き刺さった
その裂け口から見せしめのようにポタリ、ポタリと、黒いモノが滴り落ちる
ボールを失い、老人たちは汗を拭き拭き見晴らしの良い一画に集まる
眼下には濁った、あまり美しくない川が静かに流れていた
ここから人が飛び降りられるわけがないのに
屋上に鉄条網をめぐらす意味
奴らは俺たちが鳥だと知ってるんだよ
カラスのように口をとがらせて 一人が笑った
紫色の花弁を揺らして ムクゲが笑った
羽を震わして セミが笑った
カラカラ カラカラ
笑い声が立ち籠める
俺たちが自由だと 知ってるんだよ
仰向けに寝そべると鉄網越しに
ギラギラと美しい青い空と雲があった 一雨来そうだ
早く迎えに来ないかな
鳥が呟く
数日後。
防護服に身を包んで屋上を訪れた保健所員が
ブルーシートをめくってビックリした。
全部、もぬけのカラになっている!
(7月某日 小菅西公園で)