薦田愛
四方に山なみ丹波の田は日に日に稲の緑がせりあがり
風も水面をわたって届く のだったが
なんてこと
夏越の輪もくぐらぬうち
あっさり梅雨が明け
おおおおひさま元気だ
いちめんのひなた午前十時のおもてにでるや
みるみる頬が焦げる
町なかならばね
軒先づたいに日陰を選んでビルからビル時どき地下街なぁんて
買い物のしようもあるけれど
大通りをはさんで田畑時どき店舗の田園地帯のここには
軒先もアーケードも見当たらない
大通り沿いの時どき店舗も
ひろびろ敷地の奥に鎮座
道路がわは恐ろしくひろいパーキング
お買い物いくら以上二時間無料なんて文字
見当たらない
そのひろびろを突っ切り
歩いてあるいて店に入る
運転免許ももたない大人用三輪車もましてや自転車も乗らない
徒歩の私は
晴雨兼用傘たたんで
体温チェックカメラに睨まれる
引っかかりませんように
惜しみなく降りふる暑熱に満身射られ
融解まぎわ
眩しかったから
あの日も
畑に出たユウキが昼どきに戻ってくるのを
待ちながら
日に三度いただく味噌汁をつくろうと
鍋を出して手が止まり
そうだあれ どうかな
京橋のオフィスから銀座の南端へと出かけていた
ランチに行列のできる敷居の低い和食の店
づけのまぐろ重に穴子天 豚汁しらす重
いわし天の定食も美味しかった
なかに夏場の
冷や汁
とびきり
できるかな あれ
ユウキの血圧対策で
塩分の多い出汁の素をやめ
無添加パックで出汁をとるようになって
タッパーに入れたのが冷蔵庫にある
きゅうりは畑でとれた巨大なのが玄関わきに四、五本
大葉はちいさな庭の隅や砂利のあいだで繁茂
サンダル履きで大きめのを
そうだな三枚くらいかなと摘んで
たしか豆腐も入るはずだけれど
薄揚げならあるからお湯かけて油抜き
炙って刻んで入れよう
もの忘れ茗荷もカナメな感じだけど
ないなりにつくろう さてどんなだか
いつもの味噌汁は鍋に八分目でふたりの二回分
これは一回分を大きめの椀で出してみようかな
お試しだからね
椀で出汁の量を計ってステンレスのボウルに張り
麦味噌は大さじ一杯くらいかな
おたまのなかで入念に あっ
きゅうりを入れるんだから気持ち濃いめでもいいかな
って
きゅうり二分の一本ぶん大急ぎでスライサーにかけ塩もみ
ややあって絞って投入ゆらあっ
緑のひらひら麦味噌色の半透明を
ゆらゆらあっ
洗って鋏で細く切った大葉もはらり
ゆらあっ
あっ なんとなくだけど
すりごま振ってみよう
ひとさじ掬って うん
こんな感じかな
蓋して冷蔵庫へ
がらっ 引き戸が軋んでユウキ
お帰んなさい 食べられるよ
「やあ汗びっしょりだわ シャワー浴びる」
おひさま惜しみないからね
ずっくり濡れた作業着脱いでユウキがシャワーをつかう間に
ゆうべのおかずの残りとご飯をならべ
冷やしたそれを
大ぶりの椀に満たす
着替えて「いただきまぁす」
まず椀を手にとる
どうかな ああ どんなかな
ずずっ ごくっ
「あ、これ、いけるね! さっぱりして」
いいよね よかった 冷や汁っていうんだよ
本当はお豆腐入れるんだけど 茗荷もね
「じゃあまたつくって 豆腐と茗荷入れて」
つくるよ
木綿豆腐と茗荷も入れてね
レトルトをくれたひとがいた
冷や汁の
宮崎のソウルフードなのよと
言っていたのではなかったか
たぶん四半世紀も前
食べたのだろうか 食べたんだろう
おもいだせないのだ なんてこと
受け皿ができていなかった もったいない
四半世紀前の私にくちびるを嚙む
四方に山の丹波でひと巡り
日脚がぐぐんとのびて折り返し
日ごとぐんぐん昼間が短くなっているのに
しろくまぶしく惜しげないおひさまに焦げ
熔けおちる私の一片一片を
歩くひとのない道沿いひろいあつめ
木綿豆腐と茗荷と大葉と一緒に提げて帰る
庭の大葉はまだ小さい
きょうユウキは仕事からまだ帰らない
ねえユウキ 私たち
昼も夜も
身の内をしたたり落ちる一杯の冷や汁をよすがに
いちにち一夜をどうにか涼しく
越えてゆこうよ
美味しそう。
穏やかな食卓に、涼しげなお料理。
さりげない思いやり。
いいね!
ともきちさん
嬉しいコメントを、ありがとうございます。
日脚は一日ごとに短くなっているはずなのに、暑気はいっこうにおさまる気配がなく、戸外(おもて)に出るのに勇気、思いきりのいる季節ですね。
涼しいひと皿、ひと椀を頼りに、なんとか乗りきって、実りの季節へとたどり着きたいですね。