辻 和人
お昼寝マット騒がしい
どったんばったん
いち早く寝返りに成功したコミヤミヤ
ぷっくり太くなった両腕で上半身支え
お腹大きくしならせ
ぷっくり太くなった膝曲げて
ぷるぷるぷーる、そーれ
マット、蹴るっ、蹴るっ
惜しい
もうちょっとでハイハイ成功なんだけどなあ
出遅れた感のあるこかずとんもこのところ寝返り成功してる
苦手だった右回りも成功した
そーれ、マット、蹴るっ、蹴るっ
ぐらっ、勢いつけすぎか
あーらら、転がっちゃってマットの外へ
マットの厚さ2センチだけど
この2センチ、乳児には高い崖と同じ
仰向けになって手足バタバタ
あーらら、泣いちゃった
しょーがない、助けてやるか
なことしてる合間にスマホ覗いた
えっ
「この度9月8日、父・鈴木志郎康は腎盂腎炎により他界いたしました」
志郎康さんのアカウントで息子の野々歩さんより
ご病気重いことは聞いてたので内心覚悟はしてたんだけど
もう会えないのか、声聞けないのか、この世にいないのか
心臓にぎっと来た
志郎康さんとは長い長いおつきあい
いろんな思い出があるけど
やっぱり最初にお会いした時のインパクトがすごかった
社会人2年目の4月だ
現代詩は好きで読んでいたけど遂に自分でも書きたくなってね
有名な鈴木志郎康氏が講師をつとめる詩の講座へ
ごっつい眼鏡のごっつい顔は雑誌で見た通り
書いてきた作品を恐る恐る提出
「ふーん、ツジさんは随分面白い感性してますねえ」
あ、ほめられた
「でも、ここ、おっかなびっくり瞼の上を歩くんでしょ?
ただの道が危険地帯みたいになるんだから緊迫感が必要なんじゃないの?」
そーかあ、残業終えて深夜書き直し書き直し
で、次回
「テッポウウオに狙われるっていう発想はいいね。
熱のある日だから/くねった道を直線として捉えてしまうんだ、も秀逸だと思う」
秀逸だって、やったー
「だけどその後、ミミズのような/赤味を帯びた道たちとの 情交、のところ
唐突なんだよね
迷った末にそういうところに出ていくというのが
実感としてきちんと描かれていなければならないと思う」
休日、家に籠ってウンウン言いながら書き直し書き直し
で、次回
「道が女性のイメージになるでしょ?
道と女性が重なる、ということは何らかの姿があるはずです。
それが全然見えてこない。
うまくいってたのに馬脚を現したな、という感じ」
難しいなあ、どうすりゃいいんだ、書き直し書き直し
で、次回
志郎康先生、初心者なのに容赦ない
そんなこんなで一編を半年書き直し書き直し
他の受講者の方々、おんなじ作品を何度も見せられてあきれ顔
ごめんなさい、ぼくもしつこいよな
でも志郎康先生、何度提出しても涼しい顔
作品を手に取ると眼鏡の奥一瞬ぎろっとさせて
次の瞬間には「ああ、この人これが言いたいのね」って顔する
で、「これが言いたいんならちゃんと言いなさい」ってなる
「肩は弓なりになって、ってことは最初と呼応する感じになるわけね。
ま、これで完成ってことでいいでしょう。
次は、道なら道を歩くイメージをしっかり持った上で
その場にいる気持ちで言葉を展開させていくといいかなあ」
はい、次に生かします
お昼寝マットの上でどったんばったんやっている
コミヤミヤとこかずとん
実は朝5時くらいから練習してるんだ
夢うつつの中
隣のベビーベッドから体を回転させるどたって音が聞こえてくる
ひねって
転がって
うまくできないとひぇーんうわぁーん
朝起きると頭髪は汗びっしょり
赤ちゃんはいつでも真剣勝負
お気楽なんてことはない
それを受け止めてあげるのがパパの仕事さ
それで
ぼくもどったんばったん
ひねったり転んだりしたのを
たまにはひぇーんなんてしながら
志郎康さんに受け止めてもらったってわけ
志郎康さん、ありがとうございました
ぼくには詩の生徒なんかいないけど
コミヤミヤとこかずとんがいる
その場にいる、気持ち
わっ、こかずとんの足がベビーサークルの柵に絡まった
救出しないとな
救出してもまた柵ぎりぎりまで転がってくるだろう
「ああ、こかずとんはこれがやりたいのね」
「やりたいんならちゃんとやりなさい」
お昼寝マットの中央に連れ戻す、その場で
蹴るっ、蹴るっ
*この詩は、2022年9月に、師であり友人であった鈴木志郎康さんが亡くなった知らせを聞いて書いたものです。
*取り上げられている詩は「きょとんとした 曲がり角まで」詩誌「卵座」9号(1989年4月1日発行)に掲載