日菜子さん

 

駿河昌樹

 
 

ほんとに思っていること
たまには
言ってみようかな

ことばは唯一の鏡である
ということ

唯一の羅針盤である
ということ

唯一のモーターである
ということ

なにをしようとするにも
じぶんの位置や
じぶんの顔つきなんかを
ちょっとでも
確かめたいだろう?

そんなとき
役に立ってくれる魔法の機械は
ことばしかない

じぶんのことを
ムリしてでも語ろうとすることばで
ある必要もない

「両切り煙草を吸ってみて咽せたあのカフェ…」とか
「新しいiPhone、もう内田さんは買うつもりなんだって」とか
「机のパソコンの後ろにどうしても埃が溜まる」とか
そんなものでもいいのだ

すべてのことばが
必ず正確に
きみの鏡となるから
羅針盤となるから
モーターとなるから

だから
どんなことばでもいい
きみは
書き止め続けるべきなのだ

大根
ごま油
長ネギ(もし新鮮なよいのがあったら)
豆腐
七味唐辛子の入れ替え用

などと記した
買い物メモの裏に
急に
意味もなく
「タコ」なんて
書いてしまいたくなったら
ちゃんと書くんだ
「タコ」と

単語を吟味もせずに
ある時
むかしの恋をきみは走り書きしたくなる
長いつやつやしていた髪の
日菜子さん
数ヶ月しかあいまいなつき合いが続かなかったが
しかし
初夏のたくさんの花々の色彩にあふれ
いい香りがどこにも漂っていた
あれらの時間の思い出を
日菜子さん
この名前にすっかり引き寄せ直そうとして

走り書きでいい
それを
人目にちょっと触れさせたらいい
Twitterでいい
見知らぬだれかさんが
偶然目に留める
日菜子さん

それだけでいいのだ

そこで
日菜子さん

詩となる

日菜子さん

詩が
はじまる

 

 

 

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