深む日の

 

薦田愛

 
 

河はびょうぼうと草むすほとりを従えて
みるまになずむ炭いろの底ひへ横たわっている
きょう海ぎわから干魚を摘んできたひとから
淡路島のちりめんじゃこを三枡買い
日に五本の路線バスで北の町に行った
かつて宿場町だった旧街道沿いの薬局が
日替わりのカフェとして使われている
きょうはパンといちじくの日だという
去年おととし困るほど実った畑のいちじくは
ことし小さな実をつけるばかり
来る日もくる日もいくつものいちじくを剥いていたつれあいユウキの指は
ことしまだ乾いたままだ
南の町で収穫祭がはじまり
出かけてきたひとたちがこちらにも足をのばすので
しずかな町の道筋もいつになく車が多い
路線バスは五分も遅れている
北の町の日替わりカフェまで三十分ほど乗るのだが
週末で終バスがひとしお早いから
二十五分しか居られない
けれど
いい
いいのだ
花の季節でも紅葉でもない桜並木の土手や雲の影を宿した山ひだ
刈り入れを終えた田や畑をながめて揺れ
古民家がちな家並みのあいだを揺られ
だから
いい
いいのだ
小学校駐在所住民センター前とバス停を通り抜けながら
いつか遅延は取り戻され
終点ひとつ手前で降りて一分
ああ
手をふるひとふりむくひと卓にむかうひと
いい
いちじくの箱を前にかがむひと
二十五分のティータイム
ふるい瀬戸の器に切り目ほおっとかおりたつ
いちじく入りのパンはったい粉のスコーン無塩のバターふた切れの白むぐり
おおぶりのいちじくの実そして
地元の低温殺菌牛乳といちじくだけでつくられたスムージーむぐう
みっちり密でおだやかにあまく
いい
きのうきょう きゅうに
しんと涼しくなって居たたまれない身体
はだざむいきょうの喉を
つらぬくつめたさではないゆるりなだれる
いちじくの
濃き紅の皮ではなく実のうす褐色うす緑とけのこるしょくぶつ
飲みいそぐなど食べのこすなど惜しくてならないけれど
バスが
折り返して行ってしまう
きょうさいごのバスが
あと五分
スマホの時計を覗き込む私のつぶやきに
かがんでいたひと奥に居たひとまで店先に出てくれた
口ぐちに
バス止めとかなきゃと笑みながら
いえだいじょうぶもう行きます美味しかった
ことばを置きお代をおき手をふって

降りたつバス停は記念美術館前
蛇行する手前の土手を選べば家への路
河をわたり
ふたつ先の橋まであるく
びょうぼうのむこう
堤に立つ細いすがたは
おんなのひとのりんかく犬をつれて
たやすくだきあげられそうな犬が
はりさけそうに吠えている
いいきかせるおんなのひとの声がかききえる
こんにちは
はりあげるとまなざし
このこねえとみあわせて
こわいのかしら
きっとねえ
しらない
みしらないひとと
しらないまましたしくことばをかわし
おきをつけて
ありがとう
ひとり
ひとりにもどると
ひと刷毛
なずむ
そらが降りてくるから
足をはやめ
ふたつめの橋ちかくのちいさな直売所に
すべりこみ
水菜ひとたば購って
坂をたどり
ああ
家の畑のいちじくはどうだろう
畦を踏み
裂けたなすのありかをたしかめ
すすむと
おや おぐらい葉かげに赤黒く
枝の分かれめにありありと
去年おととし啄まれていたのに
きょう いえ今年
ついばまれた傷もなく
けれど熟れていると知れる
実り
きょう
北の町で飲みほしてきた混ぜもののない秋
に差し招かれ
てのひらを粘りつくミルクで汚しながら
もいで
帰る
朽ちた曼殊沙華よこざまの束を踏む
あしもと
昏れて

 

 

 

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