1本より2本

 

辻 和人

 

 

あの後、ミヤコさんとは
下北沢の魚のおいしい店で会いまして
3時間近くも楽しくお喋りできちゃいました
うん、この人とは気が合うな
合う、合う、
合うよ、こりゃ、
ってんで
5月の連休の最終日に江ノ島でデートすることになりました

快晴
あ、来た来た、ミヤコさん
手を振った途端
ミヤコさんが着ていたクリーム色のチュニックが
ひゅらひゅら、ひゅらーっ
風が強いか
そのくらいの波乱はあって良し
じゃ、行きましょうか

長い長い弁天橋
並んで歩くとまだ緊張するけど
遮るもののない橋の上で海の塩っ辛い風に思い切りなぶられて
(やだあっ)と髪を押さえつつ
(しょうがないなあ)という表情を浮かべるミヤコさんの様子に
ちょっと心がほぐれてきた
そうだ、話題話題
「江ノ島なんて久しぶりなんです。」
「私もですよ。」
ミヤコさん、ぼくと同じ神奈川県の出身なのに
中学以来、ほとんど来てないそうだ
うーん、近場の観光地なんて特別な日でもなけりゃ
滅多に足を運ばないもんな
で、今日、その特別な日をもっと特別にしなきゃ

お昼の混雑の中、奇跡的に座れた店で
生しらす丼頼みました
「やっぱり新鮮なのはおいしいですね。」
「本当ですね。」
「獲れた所ですぐ食べられるっていうのが最高ですね。」
「本当にそうですね。」
「わかめのお味噌汁もいい味じゃないですか。」
「ええ、潮の香りがするみたいで、本当ですね。」
どうすると、また
「本当に」と「ですね」の隙間で
するするするーっと
不安が駆け抜ける
そうなんだよなあ
だいぶ親しくなってきたけど
まだ探り合ってるんだよなあ

江ノ島はこの辺では有数の聖地なんだけど
ここの神様は人間のすることに結構寛容でね
神社への坂の両側にはいろんなお店がニョキニョキ生えている
食べ物屋さんとか民芸品屋さんとか
「あれ、かわいいですね?」
彼女が指さしたのは
貝殻を使ったアクセサリー
貝は生き物だから、ポッコポコ、姿が不規則
一つとして同じものなんかない
ミヤコさんはこういうちょっと雑音が入ったデザインが好きなんだなあ
子供の頃フィリピンで過ごしたことがあるせいか
東南アジア風の目が回るような模様の服が好きって言ってた
(今日は違うけどね)
君たちのポッコポコした形態が彼女の心を捉えたおかげで
探り合いが溶けて
気持ちが回るようになってきた
ありがとうっ
「あはっ、ほんっと、かわいいです。」

神社に着いた
海が青いな
こんな当たり前に青い海を誰かと見るの
何年ぶりだろう
「わぁ、きれいな海ですね。今年初めて見る海がこんなにきれいで良かったです」
「きれいですね。喜んでもらえてぼくも嬉しいです。」
ごった返す参拝客に混じって
商売っ気たっぷりの神様の前で
ぼくたちもぱん、ぱん、手を合わせる
そこまでは良かったけど
やれやれ
ぼくたちカップル未満なんだよな、という意識が頭をもたげてきて
海を見て晴れていた気分が
チキショー
またまたちょっぴり薄暗くなったりして
うーん、ぼくも修行が足りないなあ

前回の下北沢の居酒屋では
「もうかれこれ20年以上詩を書いてます。
お金には全くならないし、好きでやってるだけなんですが、
片手間でやってるというのとは違うんですね。
ぼくの書いている詩は特殊な性格を持っていて、
詩人の世界でも余り受け入れられているわけじゃないんですが、
好きなことをただ好きにやってる、っていうのが自分の中では誇りなんです。」
なんて打ち明けたら
「そういうの、いいと思いますよ。
私も好きなことは絶対続けたいし、そのことで何を言われても大丈夫ですよ。」
なんて返事がきたんだよね
ああ、この人強くていいなあ
わかってくれそうだしわかってあげられそうだよ
好きってことか?
酔った頭でガンガン希望を膨らませたんだけど

おいおい
後退しちゃいかんだろ?

神社でお参りした後は頂上にある植物園へ
「江ノ島の頂上ってこんな風になっていたんですね。
ああ、この辺はツツジが満開。」
ぼくは昔来たことがある
「植物園なのに珍しい植物が少なくて、
微妙に垢ぬけないところがいい味出してるでしょ(笑)。」
「のんびり落ち着けていいじゃないですか。」
ちょっと昭和な感じを残しているのが
ぼくたちのような40越え男女には似つかわしい
けどさ、40越えっつっても
「花」が欲しいことがあるんだよ
少しは勇気を出してみろ
「ミヤコさん、ここでミヤコさんの写真撮ってもいいですか?」
あっさり
「いいですよ。」
花のアーチの下に立ってもらって
はい、パチリ
目尻の微かな皺が美しい笑顔
やったぁ
これでミヤコさんをいつでも取り出すことができるぞ

下に降りて喫茶店で休むことに
体は休んでいるけど頭は休んじゃいない
「もういいだろ。」「決断だ。」「勝負だろ。」……等々の声が
うるさく内側から響いてくるんだな
目の前のミヤコさんの話も最早聞こえない
「ちょっと海岸まで歩きませんか?」

小雨の降る中、傘をさして海岸へ
人気のない波打ち際まで行った
ぼくの人生の中では余り前例がないけど
そうさ、ここは、いきなり、で良し
「ミヤコさん、ぼくはあなたのことがすっかり好きになりました。
結婚を前提としておつきあいしていただけますか?」
おお、とうとう言っちゃったか!

少し考えてミヤコさん
「ありがとうございます。でもちょっと待って下さい。
まだ辻さんのことよくわかっていないと思いますし。」
ふーん、やっぱりな
ここは踏ん張りどころだ
「今すぐお返事いただけなくてもいいんですよ。
ぼくはこういう気持ちでいるってことを知ってて欲しいんです。」
雨が急に強くなってきた
「もう帰りましょうか。それとももうちょっと話しましょうか。」
「いいですよ。歩きながら話しましょう。」

それから海岸の近くを歩いた歩いた
ぐるぐるぐるぐる、雨、ざーざーざーざー

「辻さんは貯金する習慣ありますか?」
「私、将来的には自分の家が欲しいんですが、家を買うことについてはどう思われますか?」
「仕事をやめるつもりはないのですが、家事をやる気はありますか?」
問いかける目は真剣そのもの…

年収は少ない方だけど贅沢しないので貯金はそこそこあります
持ち家には拘らないが、いい物件があれば購入はOK
家事はねえ
今まで最低限のことしかやってこなくてね
たいした料理も作れないし掃除や洗濯も得意じゃないけど
やる気はありまくるよ
だってさ
一緒に生活するのに不可侵の領域があるなんてつまんないじゃない?
その代わり、ぼくは一家の大黒柱なんかにはなりません
「主人」なんかにはなりません
ミヤコさんが「主婦」になることも望みません
柱は1本より2本がいいに決まってるでしょ?

雨が弱まってきて、もう少し話したいって
藤沢の居酒屋に入った
結果
「わかりました。おつきあいのお申し出、お受けします。」

その夜のメール
「本日はありがとうございました。楽しかったです。
また、申し出をお受けして下さり、嬉しかったです。勇気を出した甲斐がありました。
天にも昇る気持ちです。
ミヤコさんは現実的にしてロマンティストの、
とても思慮深い女性だと改めて思いました。
結婚情報サービスの方には活動休止を申請しました。
またお会いしましょう。」
「こちらこそ今日はありがとうござました。
また、お申し出ありがとうございました。嬉しかったです。
すぐにお返事できなくて申し訳ありませんでした。
でもいろいろ将来設計的なこともお聞きしたかったんです。
辻さんみたいな方はいそうでいない方だと思います。
私という人間をよく理解してくださっているし、
女性に対し深い思いやりをお持ちだと思います。
これからお互いパートナーとして確信が持てれば何よりですね。
私も活動休止を申請しました。
どうぞよろしくお願いいたします。」

決断しちゃったよ
決断してくれちゃったよ
どっと疲れが出ちゃったよ
生身の人間の計り知れなさを思い知ったよ
このまま
2本の柱として立てるかどうか
いっちょ頑張ってみようじゃないの
天にも昇る気持ちを抱いて
おやすみなさい

 

 

 

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