小関千恵
塀から放たれ
空は反転した
彩度は急激に落ちて
ご近所は裸足でしか歩けなくなった
人のもの 人肌
自分と人を隔てる境は見えなくなった
外の塀が無くなったとき 同時に
こころの中の箱も消えてしまっていたこと
‘わたしのものごと’ を 容れるばしょが無くなっていたこと
それに気がつくまでに
30年近くかかったこと
0からはじまり
肉体から紡ぎ直していた器は
動脈や静脈、内臓
あらゆる管が絡まって
今はこの身体にたぶん良いように合わせてある
酷い人にもやさしい人にも出会った
だから とにかく編む一目は尊きもので
そのあとのわたしに
わたしはわたしの器に
この容れ物に
注がれていくものは流れていくものと捉えながら
詰りながら 確かめている
彩度の落ちた景観の中でも
魂は 夏の銀杏の樹の下へ 自然と集うことができた
はずなのに
萌えるあの大きな銀杏の下での
再会は
密会として告発されて
わたしはそれを知ったとき
大人にならないことを誓った
あの銀杏の淋しい黄色がいつか美しく見えるようにと
本当の話を聞いてくれる人に出会えるようにと
反転した空にぶらさがった風船を
逆さまに見ていたずっと
それを取ろうとする手を
三和土の底からわざと見過ごしていたのは
愛を知り始めたころの
歯痒さからの仕業
いまここの詩がまだ書けないよ
それが全て誰だって
なのかどうかも
いつだって
いまここの
あのそこ と
いまここ
2019秋