あの幻冬

 

小関千恵

 
 

10年前の今日は、雪が降っていた
10年経った今日は、風が吹いている

猫は10歳、歳を取ったはず
わたしも10歳、歳を取ったはず

コーヒーを淹れている
同じ電動ミルを使い続けている

眩しさは同じように、
陽は日に差している

ずっと、同じ部屋に住んでいた

何処かを見つめている、わたしがいた
何処かを見つめていた、わたしがいる

浮かんでゆくクラムボン
あれはなんだ 不思議だったから、ついていった

いつか、わたしを閉じ込めて、
何処かへと連れさった、あのクラムボン

今、この場所から、
そのクラムボンを、大空に見ている

何処かを見つめながら、居なくなるわたしを、
かぷかぷわらう、クラムボンの中に見る

(死んだ?)

何度旅から帰っただろう
陽が差す 冷たい空気を抜けたあと
変わりようの無かったものたちが
なんも変わらんかったよ、って
教えながら、ほんの少し揺れていた

わたしは、
この部屋で何度も眠った

 

 

 

 

 

Untitled, 2020

 

小関千恵

 
 

夜に、
融合を遂げたチョウチンアンコウのムニエルを食べさせる

たわみに合わせて、うなづく

肌よりも、こぼれるものが触れていく
微かに結ばれている道の上で
血の流れにしっかりと掴まっている

月も、花も、見ないで
立ち漕ぎをした
丸い 夜の形を真っ二つにして
そうだ お金があればよかったよね
お父さん

白痴に向かい
行方不明になる影

光が、
一面におちてくる

月の内部は 母胎だったんだ

帰っていくね
いつか必ず、普通に死ぬから

束縛せず
孤独のまま 依存し合った
隣に居あわせながら 互いの地上で
星々と話し合った

夜が鳴いている

わたしは
夜の鳴き真似をする

10年

とうめいなおとになりたくて
住み続けた西窓の部屋がいまとても豊かだ

根を裸にして光と熱を見つめる

切り落とした水に
果たされなかった光が乱反射を起こしている

その光に、ただ揺られている

 

 

 

 

 

夜が鳴いている

 

小関千恵

 
 

きみはすぐにあかりをつけるから
夜が行方不明だ

夜が鳴いている

夜がきみを探して鳴いている

あかりを消して
みてごらん

押し入れに隠れた夜のこと
家出をした夜のこと

夜、 夜、 と 呼んでごらん

夜の鳴き真似を してごらん

眠れない夜に
まあるい夜が
寝息を立てているよ

夜はこたつでも
まあるくなるよ

 

 

 

 

 

ただ感じる

 

小関千恵

 
 

目を落とす
きみに落とす

探す 抜ける
それが旅だ

鏡 わたし
分からない気配

呼ばれていない
身体 確かに

生まれた日と
死ぬ日のことは
わからない

悲しみも 喜びも
わたしには 残らない

誰にも わたしを 愛せやしない

ただ感じる

ただ感じる

いま この震えを

ただ感じる

ただ揺れる

そのまま ただ解る

きっと そのまま忘れる

永遠の上 死の真下

月のような球体で
浮かんでいる

月のように隠れ
月のように現れる

裏側で
うたっている

 

 

歌、小関千恵

 

 

 

 

「 HOME 」

 

小関千恵

 
 

 

最初に
光を写した

塵や屑が埋もれている草叢に
光が差していた

塀を外し
光を庭にして
大好きな生き物と触れ合う生活
光という永遠の中で
限りあるもの同士が
美しい音を立てながら
豊かに関わる日々

そんな喜びを想像した

塀が無いと、
石が飛んでくるのだろうか
それも、生き物との関わり

人々の恐れの余波の先、
想像を超えるところで
砕かれていくものがある

石を投げる人の気持ちは分からないと思っていたけれど
きっとわたしも
石を投げていたことがある
閉じ込められた箱の見えない壁に向かって
幾度も
何を傷つけていたのかはあまり分かっていない

離れあって 浮かび上がる

フレーム
空白空0フレーム
空白空白空白00フレーム

瞳の中
瞳の中の瞳の中
瞳の中の瞳の中の瞳の中の・・・
そんな無限には
最初の瞳
自分の瞳があることを
忘れないようにしていたい

やぶれた道の
やぶれた隙間にこころを隠しながら

無関心の空へ
人に贈る以外の
高鳴りで

はじかれ

みとめあい

ひずんで
おちる

無限数のみちの ひとすじ

心の奥から生えていく

空へ
差していく

光が家だった

風を着て

光の家に
住んでいた

 

 

 

 

小関千恵

 
 

握られた手を解くことができずに
もう片方の手で
体の中から桃を取り出し
大切に見せることができたら分かってもらえるものだろうかと思ったけれど、それは
桃のこれからの繊細さを訴えるよりも
既に産毛の生えた柔らかい皮膚は腐敗直前まで焼かれていて
濃度の高い愛しみ (かなしみ)が滴り落ちていたので
もうただ誰にも触れさせられないものになっていたのかもしれない

彼はその桃を
窓辺で乾かし続けている

桃を取り出した体は宙に溶けやすく
少しづつ
沈黙の音の中で
嵩張った祈りたちには砕けゆくままに 踊った
闇のドットを掻き混ぜながら
落ちても浮いても
ここがどこまでも空であることに
気づいていった

ずっと純粋だった
呼吸をし、
手足を動かし、
体温があり、
すぐになにかでいっぱいになった

届かないものに憧れて
水を飲んだ

戻るように、生まれていった

体の中で
また新しい実が実りはじめていた

風が吹き 窓辺の桃を撫でてゆく
あの桃のことは 宇宙に任せておけばいい

 

 

 

 

はこのないウタ

 

小関千恵

 
 

トレモロの奥に‬
鏡があるみたいで‬
‪ずっと la Alhambra が鳴っている‬

‪思い出とは
今歩いて拾うこと
‪あの噴水の曲がり角に‬は
‪痛みも喜びも‬、幻も
今、落ちている

‪生きる場所を底辺と呼び
‪はこのないウタはどこまで運ばれていくのか

‪じかんは地震のように揺れて
‪音楽はいつだって 生まれた瞬間に
思い出だった
幻のように
良いのか悪いのか分からないまま
生まれたときほど 生まれたまま

幻のことを汚れだとロルカは言った
‪老夫婦のセヴィジャーナスが弾けている
真っ白な世界で

永遠に届かない
雨の下で

 

 

 

 

しょうがい

 

小関千恵

 
 

お父さん お母さん

この世に 一歩出たら
なんて道なのだろう

お父さん お母さん

この世に 一歩出たら
これからは引き返す

こころをよじらないと
通れない道だらけ

小さな箱がたくさん流れてくる

時折雨に踊った
海は発熱しながら
泡を立てた
雨は ’わたし’ を教えた
何と同調できなかったのか
懐かしく揺れて
そのあと洗い流した

時計を解剖しろ
銭を土に植えて
春を待っていただろう

99%の差別
空は葡萄酒色に染まっていた

しょうがいは
いつも 外にある

水の中なら雨は降らない
瞼の裏なら瞬かない

窓辺で
心を乾かしている少年を見つけた
風が撫でていた

あした
黄昏が禁止される

 

 

 

 

風があること

 

小関千恵

 
 

風があることを見ていた

遠い空
遠い時間

この流体は
碧落からやってくる生きものだろうか

手をかざせば
掴めもしない透明な糸の束が
血を撫でるように指の間を抜けてゆく
その冷たく柔らかな感触ではっとする
空気は物質だったこと
「ない」とされやすい部分が
「ある」に満ちていたこと

それは身体を破った風だった

立ち止まり
身体を開いて
目を閉じる
風が吹いている
時が膨らむ
音や匂いが膨らむ
風は頬に髪を掠めてゆき
胸の奥までくすぐったくなる
胸から深い吐息が出てゆく
吐息という生まれたばかりの風は
たましいを乗せて
小さな虫を乗せて
花を揺らし
水を揺らし
気づかれないまま
誰かと誰かの間合いに吹いてゆく
いつかは
雲を運び
ゴミを巻き上げ
木々を揺らす
きみとわたしのあいだを吹いてゆく
星とわたしのあいだに吹いてゆく
それを見つけて
鳥が羽ばたく
雪が舞う
花びらが舞う

むかしむかしの地図で見たことがある
風の出どころは
天窓から地上を覗き込んでいる天使たちが
唇を尖らせて吹き付けていた吐息だった
ルーアハ ルーアハ って

風にならなければ
地上を巡り巡って
撫でられないだろう


たましい
呼吸

凪が落ちている
体の中
みちのうえ
一歩一歩
それを拾いながら
優しく握っていた
風で浮くこと
沈むこと
生が
どこまで飛んでゆくのかを

猫の寝息が聴こえます
ただ心地よく
浮いてゆく

目を閉じて
見ています
風のこと

 

 

 
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