エアー・ピアノ

 

小関千恵

 
 

爪の先が地に届く
夏の終わりにもう焚き木をさがして
燃え尽きそうな中心

植物らのりんかくが光輝いて 風に揺れてる
そら ミライは あの雲を掴みに行くだけだ

すまいの
垂れたカーテンの くたびれの向こうから 歩いてくる 命を  ♢  影を
見ないようにして しないで
エアー・ピアノで 畳を踏む 聴こえる
移動してる
忘れてしまう しまわない

鷺よ 山へ帰って 戻って 弾いて
慰安婦の 子供たちの そらを飛んで
だけど それとして ゆかないで

ゆかないで ゆくために 弾いて

飛ぶことを 弾いて

 

 

 

 

稀人たちの止まり木で

 

小関千恵

 
 

彷徨うゆうれいだった
家を無くしたのか
またはそれを予てから持たないのか、
小さな止まり木を渡っている
そこで会う
この穴とは違う、未知の穴
この空洞とは別の象をした空洞
その空間こそ、きみの家と呼んでしまえるのかもしれない
故郷ように何度でも帰ってしまうその洞からの景色を
ほんの少し覗きあう
触れずに潜る途中で、そこから水が湧き出したなら
わたしは
その痛みを羨ましくも感じるのだった

暮らした家や故郷よりも、
郷愁を感じる絵や風景に出会ったりする
筆の動きが見えることが懐かしい
埋もれたいくらいに愛おしい
きっとただの運動だったところに生まれていた
「稀人たち」

わたしというゆうれいはいま、
過剰に伸びすぎた不毛な髪を天に掴まれぶら下がっているみたいだ
天だと感じているのは、雲かもしれない
ただ流動する小さな雲の何処かに引っかかっているだけかもしれない
宙吊りの脳を切り落とせないまま
地上から浮いた軀が揺れている
揺らしているのは
風か 心か
わたしを吊るした雲なのか
川、

きみから湧き出たあの水が川となって
足先に触れている日

 

 

 

 

逆さまの音

 

小関千恵

 
 

こどもたちに、自分の名前を書いてもらったことがある
ひとつの紙に書いてもらった
誰かがそこに、わたしの名前も書いてくれた

ただ名前を書いてみても輪郭は取れないが
「居る」ということが不思議と浮かぶ

あの子は
嬉しい時に 泣き真似をし
泣きたい時 大声で笑った

喜びたいなんて思う間もなく喜んだり
泣きたいなんて思う間もなく泣いたり
できずに

わたしはその素直さが嫌いじゃなかった

ひるがえる海
逆立ちをして
波打ち際に捕まっていた
きみの声 涙
逆さまの音を天に落としている
そしてそれは、
いつか地上へ還ること

 

 

 

 

死ぬんだよ

 

小関千恵

 
 

捕物は追いつくから それまでの間だけ
許して遊んだ

いつか追いつく
そんなふうに、限りがあることに
安心していたね
つまらない平安でいっぱいにして
滑稽に踊りつづけて、
いつの間にか滅んでゆくこの身を、呑み込んでいたね

いつ、生まれるの

永遠に飛び込むのは
身投げと同じ
脆弱な魂が恐怖を抜けて死ぬことと同じ

私が今 あなたの胸に飛び込むのは
身投げと同じ
死と同じ
永遠と同じ

同じです

 

 

 

なみのね

 

小関千恵

 
 

 

海を見つめることも
空を見上げることも
この存在をくりぬいて
鳥じゃないけどわたしだって
そこでやっとひとつになって

ねえねえ、ねえねえねえ ねえねえ …

声が漏れてきて
何かを消そうと出てるやつだって
いつもそうして
何かを消そうとして出てるやつだったって
わたし生まれてない波だけど
わたし生まれて消した波だった
わたし生まれていたのにいないことにして溢れでた波だった
消そうとして叫ぶ!
消そうとして叫ぶ!

はね はね ゆめ
ハネはね 跳ねて うね きえる
空中に
透明に
光に もっと光に

切る 切る 空を切る
起きていたい 眩しくて
伸びていたい 風の中
寒くない
消していたい

次へ行きたい
次へ行きたい

どこにも無い そのまま
このまま 発ってゆく
なみのね 止まらない
じっとしても 動いてる
叫ばなくても 溢れてる
色違う
風変わる
明けてゆく

いつのなみだ
いまのなみだ
波はいつでも立っている
消してみせるさ そんな海
呑まれてみよう あんな波
出会うだけ
命が波をすり抜けて
ごろんと海辺に転がって
心は天の岸を打つ   タイコ!

海のまんまの明日になる
ひとつもおんなじのがない
ぶつかり合う 消えてゆく
産んで産んで 産みまくる
消して消して 消しまくる
あしたまた 揺れてる
揺れ合う
触れ合う

 
ねえ

ねえねえ、ねえねえねえ  …

ねえねえ 
 

 どうして
ひとは

身体中を

「ことば」のなかへ
飛び込ませるの

溢れてるよ

溢れてるよ

 

 

 

空は フー

 

小関千恵

 
 

 

わたしは あなたの魔法に
愛された
空は フー
濡れた空の道

その皮膚を擦り歩き
演奏した 生業のように
それぞれのビジョンを隠した
合奏は 自然のように

空は フー
その道から
土は降ってくる

枯れた花を握りしめて
この夢を咲かせられるかと
絶望への愛が

尸を
雪に濡らす

空は フー

 

 

 

letter

 

小関千恵

 
 

わたしをおぶった母が身を投げまいと立ちすくんでいた駅のホームに
何度目だろうか
立っている

目の前の、レールを這う川の溝色
死にすぎた人々の、血かもしれない
眩しい
反射光

 

 

離れていくこと
追わない決意で
歩いていた
身体の隅々の夢は
いつの間にか色の違う水に溶け
行き場を失ったのでは無く
探すものも無く
ただ足下を拾い上げていた

適当に拾った貝殻が美しかったから
わたしはそのまま歩いてゆく

 

 

「  何も知らない

   知れない

   それを咎めない  」

土に埋まって
声を出す

潜る
土の底から返す

まだ滅ばない、にんげんの赤い根

歌う
この世界を初めから、この生肌で改めるため

 

 

産まれる

産まれる

産まれる
間に
母の天地 裏返る
ように
子宮の内から 月を見る
ように
泥の涙 塞き止めぬ
ように

さあ
継ごう

(探したって 見つけられない 命)

 

 

あの夜
眠りを震わせるものが
なにも見つからず
自ら踊りながら帰った

一秒毎に新しかった
生きていて
それでよかった

それでよかった

 

.

 

心が重心に反発していた
引き寄せるものの前で

どのようにしたら、全宇宙に全生命を委ねたまま
この世と接することができるのか


耳という受動に、山鳩の声がする

「わたし」は、自然

死も生も
地上に立つ
いつだって
真新しく、立っている

マスト

 

.

 

揺らす
命を揺らす
くらげたちの水
観念を忘れる
今 明日 泡
吐き出しながら、分離してゆく
流されても
残っていた
いま
掬い出すもの
それは離れていたようで
ただ閉じていた

泡立つ底で
きっと
鳴り続けていた

 

.

 

無感情に照らすお日さま

 

.

 

分裂

目の前に
わたしのような人がいる

分裂

離れた
私に

空と重力だけが残っている

 

 

 

散歩

 

小関千恵

 
 

 

一緒に散歩をしていても、
あなたとわたしが見ている美しさは、きっと同じじゃないね

その見えない差異のあいだを、鳥は光りながら飛んでゆく

わけのわからない世界に平然と抱かれながら、
わたしたちは真裸で岸に立つ

水を解き、風を待ち、
こだわらない翼を広げて

見えない差異のあいだ
光りながら飛ぶ鳥を見て、
きみは横顔で笑っている

わたしたちのこころはそれぞれに揺れ、
それぞれに、天翔けてゆく