「夢は第二の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第87回

 

佐々木 眞

 
 

 

その1 西暦2020年葉月蝶人酔生夢死幾百夜

 

飯を食おうと食堂へ行ったら、テーブルの向こう側にいる奴が、私の足を蹴飛ばすので、こっちも負けずに反撃する。やられたらやり返しているうちに、とうとうやっこさんが逃げだしたので、追いかけてマスクをひんむいたら、絶世の美女だったのであっと怯んだ。8/1

ホテルの厨房でABCDの4チームに分かれて調理テストをやっていたら、チーム全体のリーダーでもあるAチームのシェフが、心臓麻痺で倒れてしまったので、全員がパニくったが、「そんな時にも冷静に対応する修錬が必要だ」とオーナーは言い放った。8/1

我われは敵軍から追い詰められ、いよいよ最後の決意を固めつつあったが、事ここに至っても、これまで何もしてくれなかった、かの頼朝公の部下を信じるほかはなかった。8/2

見よ、大空を! そこには鋼鉄の文字で形作られた大いなる人の予言が麗々しく記されていた。8/2

永代の支所に行くと、謎めいた美女が蠢いていた。やっぱりデザイナーというのは、謎めいた美女に限ると思いながら、私は地下の企画室の星雲状態に溺れていったのよ。8/3

ウイーンのピザ焼きの名人が引退することになったので、私たち弟子は、師匠の焼いたピザをそれぞれ口にしながら、その名人芸の伝承を師に誓った。8/4

絶対に受けるだろう、という想定で、私はハイドリオタフフィアという芸名でデビューしたのだが、脚本が悪かったのか、演出がいけなかったのか、相手役が悪かったのか、一世一代の芝居は、おおこけにこけてしまった。8/5

官憲の弾圧に抗して地下に潜った私の前に現れたのは、東京駅の丸の内線の地下鉄だった。勇躍私は、完全武装の3匹の侍ともども、その残されたただ1両の車両に乗り込み、いまや最後の戦いに挑もうとしていた。8/6

我らが天才的デザイナー、ナモ君がデザインした最終兵器は、筆舌に尽くしがたく美しく機能的な代物で、私たちは、この一人一殺の殺人兵器を、こよなく愛していた。8/7

諸国の人々の誰からも愛された伝道師マックアーサー師の最後の日記が公開され、師を偲んで、私たちは、声を揃えて讃美歌「神共にいまして」を歌ったのだが、その直後に、全員銃殺されてしまった。8/7

綾部高校の生物部の部長が、立派な野良犬を、痲酔なしに解剖したものを文化祭で展示したので、文句を言うたら、彼奴はいきなり目の前の私に向かって、思いっ切り白墨を投げつけたのだが、幸いにも、それは私の上の前歯に当たって、跳ね返された。8/8

私の歌は、よく人から「生気がない」とか「生命力が感じられない」と言うて批難を浴びるのだが、そういう人は、私がすでにこの世の人ではない、ということを知らないのだろう。8/9

私のブログが、2020年の「コロナ大賞」に輝いたという速報が駆け巡ったのだが、そのブログは長らく休止中なので、おかしな話だ。そこで3年ぶりに開いてみると、私を名乗る謎の人物が、調子に乗って、くだらぬ与太話を書き散らしているのだった。8/10

「見ろよ、あそこらなら、どっさり鮎が釣れそうだな」と誰かが言うので、その場所を脳裏に刻みつけておいて、またこの懐かしい川に来ようと、私はかたく心に誓った。8/11

これでいいのかな、このやり方でいいのかしら、と迷いながらそのやり方を続けているうちに、それが「軽み」とか呼ばれる、私だけの作風になっていったのよ。8/11

その階段は、途方も無く長かった。いくら降りても降りても、終わることなく下に続いているので、この道はどこに通じているのだろう、と私は不安に駆られたが、降りて行くしか道はなかった。8/11

いつしか僕は憧れの人モザールに成りきっていて、創作に困ったときには、14連音符を軸にしたロンドオを打ってこますと、あらまっちゃん不思議なことに、どんな難しい局面もすらりと乗り越えて、筆が進むのだった。8/12

盲目のピアニストたる私を乗せた大型犬シローは、青空の遥か彼方までスッ飛んでいくのだった。8/13

年をとってお茶漬しか食べられなくなった私は、東京駅の地下街に小さなお茶漬屋を出店したところ、異常な人気で売れに売れまくった。人々は私と同様、忘却の彼方にあった日本の米と茶の美味しさを、突然思い出したのである。8/14

私は2本の代表作のナレーションの録音を、スタジオで聴いたのだが、テープには何も録音されていなかった。8/15

骨董屋の私は、久し振りの個展に、某ホテルの壺の間に、女性下着の新作を交互に並べるという新機軸を編み出したのだが、これがコロナ禍を吹き飛ばすほどの人気なので、大いに戸惑った。8/16

縄文時代の古道を歩いているうちに、私は周りの人々が、ことごとく縄文人なので驚いた。恐らく私の顔も、縄文人に変わっているのだろう。8/17

両手両足に生じた湿疹は、たちまち余の全身に及んで高熱を発したので、余は、これこそ最新型コロナウイルスの発症か、と怪しんだ。8/18

熾烈な競争に勝ち抜いて、国際宇宙船のパイロットに選ばれた私だったが、大気圏外に出た途端、機体が無数のデブリ(宇宙塵)に撃ち抜かれて、爆発炎上してしまった。8/19

セントラルステーションのオイスターバーで生ガキを食うたら、案の定腹を下したので、傍のホテルのトイレでしゃがんでいたら、別の出入り口から複数の客が入って来て、しゃがんでいる私の周りでペチャクチャ喋りまくるので、下痢も出来ないのである。8/20

トイレから逃げ出すときに、ドアの釘に掛けていたダブルのトレンチコートを忘れてしまったので、急いで取りに戻ったのだが、男たちはもちろん、コートの影も姿もなかった。8/20

巴里を訪ねた初日に馬鹿貝を喰らったら、案の定下痢をしちまって、ホテルのトイレから出られなくなってしまい、結局どこも見物できずに、そのまま帰国した。8/20

官邸前の坂道で最前列でデモ指揮をしていたクニヨシ選手が、「機動隊めがけて突っ込めー!」と叫びながら、我々のほうに躍り込んできたので、機動隊も我々も、ヒジョーに驚いた。8/21

こじれた日韓関係の過去、現在、未来を占う6時間20分の大作を朝までみていたが、とても為になる映画だった。8/22

死刑囚の私は、死刑の呼び出しを懼れて、いつも牢屋の出入口から一番離れた場所に座っていた。8/23

身無し子も加わった移動サーカス団で全国を移動しながら、私らは面白おかしく興業してきたのだが、このたびのコロナ騒ぎで、とうとう滅びそうだ。8/24

もう死期も間近に迫って来たので、私はてすさびに書き散らした腰折れや図譜を、ここ芭蕉庵に出入りする弟子たちに、どんどん呉れてやった。8/25

王宮のしがない召使の私の情けない仕事とは、大臣の命令で毎晩女王の寝室に忍び込む男の名前を報告することだった。8/26

昨日は若手ながら主役を張った役者が、今日はセリフがひとつもないその他大勢の群衆のひとりで出演している。芸人の世界も厳しいものだ。8/27

道端に栗が落ちている。あ、また落ちている。毬栗状態のものもある。私は「これは美味しい栗ご飯になるぞ」と思って、人目もはばからず夢中になって拾い続けた。8/28

帝国陸軍兵の長男が、或る男を殺して自殺したのは、妹との間であらぬ噂を立てられた腹いせの所業であったことが、のこされた遺書の内容から分かった。8/29

A+B=C。よし分かった。機長は、私のコードナンバーを確認すると、死の飛行めがけてスロットルを引き上げた。8/30

その剣士は那智の滝前に立つと、いきなり長刀を引きぬいて一閃、二閃、三閃すると、矩形に切断された滝の水が均等の立方体になって、虹色の大空を雁のように列をなし、熊野本宮から奈良京都の方へと飛んで行くのだった。8/31

 

 

その2 西暦2020年長月蝶人酔生夢死幾百夜

 

あっちにもこっちにも栗の実が落ちているので、私は夢中で拾いまくった。栗の木の持ち主が誰であるかなどいっさい考えることも無く。すると主の声が私に臨んだ、「勇者も一切れのパンのことで罪を犯すことがある」(箴言28-21)9/1

私はとうとうガランスと一夜を共にしたけれど、その結果妻子とは別れ、ガランスも遠くへ去ってしまい、もはや生き甲斐を失った廃人同様の日々が続いていくのだった。9/2

聖堂のどこかで演奏されているオルランド・ディ・ラッソのモテットを聴いているうちに、これは世界の終わりを受け入れよと訴える音楽だということが分かってきた。9/3

宮澤賢治が、原稿の中で、黒字に白抜きの文字を書くなんて、絶対ありえないことだ、と私は、筑摩書房の編集者に怒鳴った。9/4

この図書館では、主として70年代の雑誌や漫画を収集しているのだが、それらはすべて足元の水中に収められているので、僕らはシュノーケル装備で潜らなければならなかったのです。9/5

私は10名を緩やかに、また緊密に数珠繋ぎにして通電し、その電送ロスを調査したが、案に相違して両者の違いはほとんどなかった。9/6

はやりのテレワークに便乗して、在宅デザイナーたちに、新作のデザインをネットで送信してもらったのだが、いくら画面を見つめても、それはいい商品になるのかさっぱり分からない。9/7

光彩陸離たる地中海のさるリゾート地で、世界将棋選手権大会が開催されたのだが、私はそんな素敵なところで座布団に座ってしんねり勝負する気が完全に失せ、試合を放棄して浜辺で午睡を貪っていた。9/8

人類が滅びたのは西暦2022年2月20日。宇宙からやって来た未知の怪獣に追われた人類は、インド象に先導されて、砂漠から森の中まで逃げのびたのだが、そこで出会った光る眼を持った巨大猿に驚いたインド象が、急に引き返したために、後続する避難民と激突して、結局全員死亡したのであった。9/9

敗戦亡国の民草ゆえに、このように哀れにも美しいふぁっちょんが生まれてくるのか、と私は怪しんだ。9/10

中世には、ペストの感染に効果があるとして、流浪の笛吹き男が、魔除けの演奏をしたが、殆どその効果はなかった。9/11

われは、妻子も、家屋敷も、持てるすべてを投げ捨てて、出家したのよ。9/12

世界一の強者を決めるというので、リンクの上に自称世界一の強者が大勢犇めいて、お互いに殺し合っていたが、結局全員死んでしまった。9/12

完熟した果物に取り囲まれた八百屋の奥で、ポルノ映画の鑑賞中に、武装した兵士が飛び込んできて、殺されそうになったので、「話せば分かる」というたが、なかなか話せないので焦る。9/13

岬の根元の社員寮では、4人の男が寝ていた。ナカノ君は、行きつけの食堂で物凄い分量のランチを頼み、ついでに食堂の床に水を流して、「綺麗に洗い流してください」と頼んでいる。9/14

ついこないだまでは愛していたはずなのに、それを意識した彼女が、なぜか否定的に見えてきたので、どんどん腰が引けていく私だった。9/15

特務忍者である私は、新型コロナ被害がまったく報告されていない某国に潜入し、悪性細菌をばらまいて、極悪クラスターを創生することに成功したのさ。9/16

日本学士院の、年に一度の総会の余興で、梅原猛氏と岡井隆氏の即興漫才があって、一同大喜びだった。9/17

私が、手暗がりの左手のケータイに浮かぶ数字を確認しよう、と見つめていると、その奥から。面妖な顔をしたサイトウ某が、大口を開けて迫ってきたので、私はけたくそ悪くなってきた。9/18

私は、やっと社長になったのだが、朝礼とか、入社式で、挨拶をするたびに、頭上の監視カメラに点滅する赤いランプが、気になって、気になって、どうしようもなく嫌になってしまって、即辞めてしまった。9/19

私は、最愛の女性スタッフたちとの「さよならランチ」をすっぽかして、夕方まで広大なキャンパスのあちこちをさ迷っていたが、ようやくオフィスに戻った時に、なぜかA女が私の帰りを待っていたので、彼女の両足をデスクの上に乗せて性交した。9/20

隣に見知らぬリーマンがやって来て、いきなり名刺を取り出し、「えー、こちらが看護師のA子さん、そしてこっちがキャディのB子さん、その他にも美人がいっぱいおりまっせ」というのだった。9/21

私は、いつかゼベダイの子に会いたいな、と思いながら、いつの間にか眠り込んでいった。9/22

なんか急にタクちゃんが変になったので、エイコさんに「これはヤバイ、エスペラント語で話しかけた方がいいと思うから、火星社書店でエスラペラントの文法書を買って来る」というと、エイコさんは「別に日本語で話せばいいんじゃない」というのだった。9/23

愛児を暴行せし男を、私は八つ裂きにして、ぶっ殺してやったずら。9/24

来日した若いアメリカ人夫婦を、上野の丘に案内した私は、「このうつくしい壮麗な景観を眺めているとred,rode,ruseな気持ちになりますな」と言うたが、いつまで待っても返事はなかった。9/24

「第9」の演奏会で、なぜかまだ全部の奏者が席についていないのに演奏が始まってしまったので、ホールにいる全員がうろたえている。9/25

汽車が去り、プラットフォームが尽きると、その先は、木や草がおい茂る野道だったので、私は、どこどこまでも、歩いて行った。9/26

基督の神、アラーの神、古事記の神、神道の神に加えて、信長の神まで次々に枕元に現れて鄭重に挨拶するので、私は恐縮の至りでありました。9/27

どういうわけか、アタシは薬屋の跡取り息子に愛されて、俄かに嫁入りすることになったのよ。9/28

暗闇坂を登っていると、トラックに乗ったサトウ君が誰かに「やるかどうかはケースバイケースだねえ」と話しているので、ああとうとう彼まで日和見するようになったのか、と暗澹たる日本最晩年の夕方だった。9/29

天子様は、将軍と会うたびに、金子や婦女子のお返しがくるので、その都度断るのだが、結局は受け取ってしまのが癖になって、いつも将軍の到来を待ち望むようになってしまった。9/30

 

 

 

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