松井宏樹
16歳の私は
自転車に乗っている
いくつもの季節を通り抜け
こぐ自転車は坂をのぼりおり
夏のひまわり たちあおい
さるすべりと内緒話をして
きんもくせいで身を飾る
いつからか
前に進むことが当たり前になっていて
空を見上げることを忘れてしまう
冬の枝葉は丸はだか
しろつめ草で編んだかんむりは
いつのまにか枯れていた
そして今日も私は
自転車に乗っている
一面の白い花はまた今年もしろつめ草
こぐ自転車は坂をのぼりおり
鼻歌まじりで空を見上げる私はまるで
冬の冷たい空気のなかに咲く
真っ赤なぼけの花
やがては
はらりはらりと散るさくらとなって
ふたたびめぐってくる
夏の朝のあさがおのように
青くひんやりとしたしあわせを胸に
こぐこぐこぐ
あしたもあさっても
こぐこぐこぐ
紫陽花の花が咲き揃った。
思わず
花数を数える。
一つ二つ三つ四つ、、、
全部で二十。
いや、
真ん中のあたりで、
花が重なってる。
数を数えられるから
数える。
数え切れないほど多ければ、
無数だ。
ビョウヤナギの花は
数え切れない。
無数だ。
桜の花って、
いつも無数だ。
一つ一つの花が
異なっていても、
無数だ。
紫陽花の花は
一つ一つ
大きさも、
色合いも、
違う。
一つ一つが
違う。
違うから
数える。
一つ一つの
違いが、
見える
紫陽花の花だ。
数ヶ月の生活があった
多くの他者のなかじぶんの病の
この先をゆっくり見直して
ながされていくことを確認する
足りないと思っていたのは焦りなのか
まだ焦りがさきばしるのか
あの頃の
答へのじれる感覚ではなく
諦めながら諦めていたのか
はっとして
楽になる
痛みは続くだろう、いつかまで
けれどもあのあたりを歩いた日々に
花を見、名前を知りたくなり空を見上げこころが凪いだ
突き刺すことばをわたしがひとにささぬことを願い
刺されたことは重要ではないと思うじぶんを
感覚を
水の流れのようなことばを紡ぐひとを見
いつまでも憧れ続けても
わたしはどこかにながれつくまで
望むことは強いないまま
ながされていきたいと
山手線の内側
すぐに景色も雰囲気も一変するばしょの
あのあたりにいたことを
まだ懐かしくは思わぬまま
私は、近づいてきた極右ファシストの独裁者に向って、拳銃を右手で握って、顔面など数か所に弾を撃ち込んでから、ゆっくり引き揚げたのだが、彼奴は死んではいなかった。
どうやら、いつものように左手で撃たなかったのが、災いしたようだ。1/1
私は、細長い筒の奥底に閉じ込められてもがいていたが、誰かが筒を逆さまにして振ってくれたので、勢いよく外に放り出されたが、その時には誰の姿も見えなかった。1/2
オフィスビルの荷物を積んで、他の業務用エレベーターに乗り換えようと、やってきたエレベーターに台車を突っ込んだら、妙齢の美女の美しい膝を傷つけたようで、そこから2、3滴の鮮血が迸り出たので、私はうろたえた。1/3
この百貨店では、エスカレーターの代わりに、クルクル回転する耕運機のような機械が取り付けられていて、客は、それに乗って店内を移動するのだった。1/4
「では行きますよおー」、といいつつ、ピッチャーが投げた豪速球を、私がハッシと打ち返すと、ボールは、空の向こうに消え去ってしまった。1/5
ホームレスの僕は、無人の百貨店の家具売り場に、年が年中寝泊りしていたものだから、そこを舞台にしたコマーシャルを製作したら、どこが良かったのかさっぱり分からないが、あっという間に、全世界で爆発的にヒットしたみたい。1/6
右の腰が痛くてたまらないので、医者に行ったら、「いま米国で人気のYaYaYaとかいう若手鍼師が来ているので、よかったら試してみませんか?」と言われて、はてどうしたものかと迷っている。1/7
彼女が、来日以来貯めてきた大事な物が格納されている、巨大な「当て物箱」から、私は、籤引きでいろいろな貴重品をひきあてたが、それらは、いずれも10万円を下らない代物だった。1/8
ニシノマキという歌人が、我が家に遊びに来て、「○○元年、帝国は某敵国と交戦状態に入れり」という大本営放送の録音テープをほしい、というので贈呈したが、この○○という名辞が、平成に続く元号であったことに、後になって気づいた。1/8
ここはおそらく、視察に来たタイのバンコクではないか、と思われるのだが、言葉と現地事情に通じた相棒のヤマサワ選手が、いつの間にかいなくなってしまったので、取り残された私は、どうしようもない状態で、地面にしゃがんでいる。1/9
連続殺人事件で夥しい血が流れたので、国鉄当局は、新幹線の全車両のカーペットを取り替えることにしたのだが、その新しい敷き物は、駅ごとに待ち構えた窃盗団によって、ごっそり盗まれるのだった。1/10
私は東京駅でコウ君が現れるのを、ずーと待っているのだが、いつまで経っても姿を現わさないので、そこら辺をうろういていた男のケイタイを拝み倒して借りて、連絡を取ろうとして、はじめて私も、ふだん使ったことがないガラケーを持っていることに気づいた。1/11
巨大な十字架の上に磔にされたまま、人々は昇天せずに、何日も何日も生きながらえていた。これを奇跡と言わずに、なんと呼ぶのか。1/12
展示会場からクマガイ・トキオが丹精込めた一足を、悪評紛々の安倍蚤糞夫人が搔っ攫って逃亡したので、係り員たちは、ほうぼう探し回っているが、まだ見つからない。1/13
今季の東コレは、なんと夜10時からの開催で、しかも3つの有力ブランドがかちあっているので、いたく動揺している編集者たちに向って、さる男が「ふぁちょんなんて、所詮遊女と游治野郎のものだね」というたので、みな笑った。1/13
「算数の悪魔」と称される醜女がいて、数学や算数にてこずったときに呼び出すと、すぐさま駆けつけて、なんでも代わりにやってくれるのだが、その見返りに、悪魔のような性愛を要求されるので、少年たちはたいそう悩んでいた。1/14
イマイさんが、「こないだ買ったイオンの株が、なんと40倍になった。突然大金持ちになっちゃったよ」という。周りの人たちも株で大儲けして、大喜びしているのだが、私だけは、バブルから取り残されているようだ。1/15
天敵を探し出す仕事は、神様から天罰を蒙る恐れがあるので、私は、いくら人から頼まれても、首を縦には振らなかった。1/16
なにしろアマチュアオケのことなので、一時は聴衆もプリマドンナも、指揮者も、楽員までも逃亡する始末だったが、コンマスの私が、大声をあげて叱咤激励したので、「ドン・ジョバンニ」の公演は大成功だった。1/17
彼女と私がようやくテレ朝までやってきて、上りのエレベーターに乗ると、そのベルトに乗っていたすべての人間が、私たちと溶解して、巨大なアマルガムになってしまった。
これを微分積分して元に析出するには、どうしたらいいのだろう?1/18
その曰くつきの女から、「あなた、これからどこかへ連れて行ってくださるわね」と、背中越しに声をかけられた私は、思わずゾーッとして、気が重くなってしまった。1/19
彼我の取り分は3分の1ずつ、と決まっていたにもかかわらず、彼奴は3分の2近くを掠め取っていたことが分かったので、私は頭に来た。これでは民草の取り分が無くなってしまうではないか。1/20
私は上野で展覧会をみようと思って、上京してきたのですが、途中で巨大な樺太犬を捕まえたので、そいつに跨って進んでいくと、コシアカツバメの一家5羽が、帽子の中に飛び込んだので、大事に抱えながら、銀座通りを進んでいったのでした。1/21
戦争が始まったので、某国の日本人地区に住んでいた邦人たちは、みんな帰国してしまったが、どういう訳だか私だけは、そのままずるずると滞在を続けていた。1/22
某国の国民議会では、自分の代理ロボットが出席して討論を行い、評決の代行もできる議案が堂々とまかり通ってしまったので、議員全員が驚愕しているそうだ。1/23
いよいよ戦端を開こうとしていたら、両軍の眼の前を弁当屋が通りかかったので、3日3晩何も喰うていない兵士たちは、武器を投げ捨て、塹壕から飛び出して移動販売車に群がった。1/24
絶望に駆られたその男は、凍結した冬の川に飛び込んだが、死にきれず、いつまでもおめおめと生きながらえている。1/25
ホテル・ルックを出たアリサ嬢は、私が後をつけているとも知らずに、大通りに出て、別のホテルに入り、見知らぬ男と立ち話をしている。1/26
一晩中、風呂の奴が、凍結から身を守ろうとしてガスを燃やすので、うるさくてかなわない、という話を、みんなにしてきかせた。1/27
これは下駄の「てらこ」、これは松下表具店、メリー洋装店、これは火星社書店、と次々に昔の郷里の光景が鮮明に再現されたが、次の瞬間、その懐かしい映像の上から、最新型のガラスの現代建築が圧し掛かるように突き刺さった。1/29
町内の住民の一部が、ネコ型ロボット症候群に罹災した惧れがあるというので、町内会長はパニックになっている。1/30
無人島に追放された犯罪者たちは、牢屋の中から、私たち看守が毎日のように楽しんでいるポーカーの仲間に入れてほしくてたまらないようだが、そういう親切なぞ、誰一人持ち合わせてはいなかった。1/31
昼下がり、ふと目が覚めた
部屋の外で風の鞭打つ音がする
繰り返し聴こえている
嵐でもないのに強い風が吹き
窓の外を見ると
削られた土手の上に大木が並び
強風に揺すられている
私は、風の行方を知ろうとした
窓から見る大木は
木々の葉と枝をゆすり
木の葉が、光り揺れている
外に出て、歩く
見事な晴天が広がる
青く青く、高く高く、広がってゆく空
削られた土手を登ってゆくと
葉のきらめきは高く昇った太陽だと知る
土手を超え下りてゆくと
赤土の地面が広がり
低木や竹藪が続き
強風に煽られ
しなり、木の葉をざわめかせる
時折、風が止んでさわさわと少し聴こえ
また、風が吹き
風が私をなぞるように耳や頬や顔に沿って、後から私へと流れ
通り越してゆく
坂を下りてゆくと
海の匂いが鼻腔をくすぐる
水平線が見えて
汽船が、汽笛を鳴らし、渡る
強い南風に背が強く押され
歩くのがもどかしい
夏の終わりの日差しがやわくつよく照りつけ
向日葵が海を向いて夏の終わりに
名残を惜しんで別れを告げる
向日葵と私が並んで海を臨む
振り返れば山荘や民家が立ち並ぶのが見えている
そうだ、風は山から吹き下ろしているのだ
誰もいなくなった海辺に
私、独り立ち尽くし、沈黙する
波打ち際に打ち寄せられた
命無い貝殻や丸く波に削られた色んな色のガラス
風の行方は眼の前にある
カモメがつがいで高く飛びくるくると旋回を続けて鳴く
砂
浜で空を振り仰ぐ私
空に俯瞰する二羽のカモメ
解き放つ 私を 風と共に
海へ
風が海を渡ってゆく
私は、長い間海辺に立って
水平線を見ていた
風の行方を
耳をぴくんとさせるや否や
背中をくるっとほどいて
軽く波打ちながら降りてきて
たん、と床に立つ
真ん丸黒目をまっすぐこちらに向けてくるけど
ぴたっと同じ位置に静止して
それ以上近づいてこない
さっきまで
冷蔵庫の上で寝そべっていたファミとレドだ
アパートでかまっていたノラ猫を実家に預けて
もう8年
預けた当初は毎週様子を見に行っていたけど
最近は半年に一度くらいしか顔を見せてない
この人、ミルクくれた…っけ
抱っこしてくれた…っけ
ススキで猫じゃらし作って遊んでくれた…っけ
ぴたっと動かない真ん丸黒目の中で
ぼくの像、ゆらゆら揺れてるぞ
知ってる…っけ
知らない…っけ
知ってる…っけ
知らない…っけ
しっぽの先がぴらぴら震えてる
おいで
膝を折って床に座り左右の人差し指を差し出す
ちょっ、ちょっ、ちょっ
2匹は並んで近づいてきて人差し指の臭いを嗅ぐ
知ってる…っけ
震えを止めたしっぽをぴーんと立てて
背をうねらせ近づいてくる
だから
ぽん、ぽん
しっぽの付け根を力を入れて撫でてやるんだ
*この作品は、杉中昌樹編集発行の詩誌「つまり猫が好きなんです 第1号」に掲載されたものの再掲になります。
夕暮れにはまだよほど時間があるのだが、異様な濃霧に遭遇した。標高1700メート ルの山岳地ではこれは「雲の中」に入った状態なのだが、現象的には「濃霧」のよ うに見える。分厚い雲海にさえぎられて出現した薄明の空間。拡散する光のスペク トルによってじつに幻想的な世界を垣間見ることになった。
このような機会を心待ちにしている自分がいる。わたしの内なる薄明世界にも似たこの風景に、なによりもこころ惹かれるからだ。
全てカラー写真です。