由良川狂詩曲~連載第9回

第3章 ウナギストQの冒険~戦う深海魚たち

 

佐々木 眞

 
 

 

ああケンちゃん、僕はもうこれですべてジ・エンドだ。
由良川のウナギストたちには申し訳ないけど、僕は、性格が悪くて腹ペコちゃんりんゆであずきの深海魚たちの手にかかって、よってたかってオルフェオのように八つざきにされて短い一生を終えるんだ。

ああ、魚たちが僕に襲いかかって来た。
急いで急いで辞世の歌をうたわなくっちゃ。
ああ、早くしなくちゃ。
えいくそッ、この非常事態に、いっとう大切な時に何の文句も出てこないとは!
と嘆きつつも、僕は歌ったんだ。

ゆうべえびすで呼ばれて来たのは
鯛の吸い物ございの吸い物
一杯おすすで
スースースー
二杯おすすで
スースースー、
三杯めにさかながないとて
出雲の殿様お腹をたてて
ハテナ ハテナ
ハテ ハテ ハテナ……

するとその時、殺到するタラたちの前に、チョウチンアンコウが、夜目にも美しく輝くあのチョウトンを高々と掲げて、立ちふさがったの。
そして大声で叫んだんだよ。

「待て、このチビウナギをお前たちに独り占めさせておく俺さまだと思ったら、大間違いだぞ。こいつを喰いたきゃ、その前に俺さまを斃してからにしろ!」と。

そこへ、フジクジラとカラスザメも大勢の仲間と一緒に駆けつけ、アバンコウ、ワヌケフウリュウウオ、トリカジカ、それに例の悪漢3人組が入り乱れて、光と闇、蛍火と燐光、正義と邪悪、弱肉と強食、天使と悪魔、髑髏と般若、有鱗と無鱗、花と蝶とが丁々発止の大決戦!

深海魚同士の同志討ち、さらには共喰い騒ぎまでおッぱじまったのをいいことに、雲を霞み、夜を曙、波を帆かけの夜討ち朝駆け、艦長ネモの操縦するノーチラス号を遥かに凌ぐ最大巡航速度25ノットで、深度800メートルから、たちまち500メートル、300メートルまで、ぼく、一気に浮上したの。

そしてヒョーキン者のスナイトマキやキタホンブンブク、チャマガモドキ、クモリソデ、ウチダニチリンヒトデ、トゲヒゲガニ、エゾアイナメにアヤボラ君たちが元気に泳ぐ姿を見たときには、「やれやれこれで助かった」と思わずひと安心したんだ。

ここでケンちゃんは、
「田舎のおっさん
あぜ道通って
蛙をふんで
ギュ
Qちゃん、九死に一生だったんだね」
と、かるーく一発ジョークをかましたのですが、
Qちゃんは全然耳に入らないようで、夢中で話を続けます。

ねえケンちゃん、聞いて、聞いて。
ボク「もう怖いことは、こんりんざいごめんだ、ごめんだ」と泣き叫びながらも、さらにエンジンを全開して、水深わずか50メートルのところを、猛スピードで泳いでいたら、時計回りにぐるぐる回るあたたかな黒潮と、反時計回りでぐるぐる回るつめたい親潮とが入り混じっているところに出くわして、上を下へのぐるぐる巻きに状態になってしまったの。

アジ、サバ、スルメイカ、サンマ、ブリ、カツオ、キハダ、カジキマグロの大群が、おいしいプランクトンを求めて踊り狂う大海原。
ようやっとの思いで水面すれすれ、青空と青い潮のいりまじる境界線にぽっかり顔を突き出したところは、ちょうど鹿島灘の沖合およそ1.5キロの地点でした。

 

 

 

鈴木志郎康著「新選鈴木志郎康詩集」を読みて歌える

 

佐々木 眞

 
 

 

1980年に思潮社から出版された12冊目の詩集です。

ここには「家庭教訓劇怨恨猥雑篇」「完全無欠新聞とうふ屋版」「やわらかい闇の夢」「見えない隣人」「家族の日溜り」「日々涙滴」から抜粋された92の詩篇と2つの詩論、富岡多恵子氏の鋭い詩人論、清水哲男氏の誠実な解説がぎっしりと充満していて、最近少しずつ現代詩を勉強しはじめた私にとっては、大いに勉強になりました。

「家庭教訓劇怨恨猥雑篇」の「グングングン! 純粋処女魂、グングンちゃん!」や「完全無欠新聞とうふ屋版」の「爆裂するタイガー処女キイ子ちゃん」などは、それ以前の「プアプア詩」の前衛的パンクてんこもりの続編として、読めば読むほどに血沸き肉踊るような破壊的な喜びを覚えました。

でも、もう先輩の皆さんにとっては周知の事実なのでしょうが、
そんな詩人の作風は、3番目の「やわらかい闇の夢」で、突然その世界がうって変わります。

まあ、豹変ですね。

あのシュトルムウントドランクの日々は限りなく永遠に続いて、“戦後日本を代表する世界遺産”になるかと思われたのに、さらば真夏の太陽の黄金の輝きよ。それは余りにも短かった。

「ああ、なんて勿体ないことをしてしまったんだ!」

と、思わず私は叫んだほどでした。

そんな門外漢の私の歯軋りなどおいてけぼりにして、詩人は、さながら東洋のボードレールのように、

「もう秋だ。お嬢さん、おうちに帰りな。往来の言葉蹴り遊びはもう終わったぜ」

とでも言いたげに、ひそやかに別の歌を呟きはじめるのです。

深夜鏡の前で自分の裸体を見つめながら“裸の言葉、裸の心”という奴を探し求めるように、とうとつと独語しながら、いわゆるひとつの内省的な思索を繰り広げるようになるのです。

あたかもベートーヴェンの「第9」の合唱が入るところで、すっくと立ち上がったバリトンが、能天気なはやとちりの管弦楽をさえぎって、

「おお友よ、その調べではない。もっと別の歌をうたおうではないか」

と叫ぶように。

けれどもそれは、耳に心地よい歌ではありません。「狂気がバタバタしている」物音です。

新しい自分、新しい詩を求める詩人が、自分の心臓に向かって蛇入する血まみれの即物音。
まるで自分の胸に聴診器を当てながら、病根を探ろうとする医者のモノローグのような肺腑の言が、ここにはドクドク刻まれているようです。

さて、自ら求めて人為的な“冬の時代”に突入した詩人が、その後どのような紆余曲折を辿りつつ「化石詩人は御免だぜ、でも言葉は。」の現在にまで至ったのか?

不勉強な私はてんで知らないのですが、いろいろ有為転変があったにもかかわらず、詩人の心底の底の底では、あのプアプアちゃんの純粋桃色小陰唇の幻影が、いまなおプアプアと浮遊しているのではなかろうかと睨んでいるのですが。

 

空白空白プアプアちゃんグングンちゃんとキイ子ちゃん3人揃って爆裂するや 蝶人

 

 

 

俺っち、気持ちが先走ってるっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
二本の杖がなけりゃ歩けないっちゃ。
どうもならんちゃ。
でも、歩けることは歩けんるだから、
ふらふら歩きでも、
せいぜい歩かないきゃね。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
歩いてますよ。
二本の杖をしっかり突いて、
部屋の中を
ふらふら、
ぐるぐる、
ふらふら、
ぐるぐる、
七回回ったっちゃ。
寝たきりなっちゃかなわねえよ。
でも、杖に力が入って、
肩がこるねえ。

それでもさ、
俺っちは、
こんちきしょうだっちゃ。
椅子から立ち上がったら、
両方太ももが、
いてて、
いてて、
いててで、
しばらく足元を見て、
立ったままよ。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
便秘で糞詰まりになるのをおそれて、
毎晩アローゼン1mgを呑んでるっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
明くる日、
少しづつ出るうんこのために、
五回もトイレに行くっちゃ。
詩を書いちゃ、
うんこ、
詩を書いちゃ、
うんこ。
ハハハ、
ハハハ、
ハハハ。

春一番が吹いたっちゃ。
俺っち、
元気が出て来たっちゃ。
気持ちが先走ってるっちゃ。
身体がまだまだ動かせないので、
めっちゃくっちゃ詩を
書きたくなったっちゃ。
めっちゃくっちゃな詩、
めっちゃくっちゃな詩。
へへ、
へへへ。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
テレビから目が離せなくなっちまったよ。
テレビはこのところ、
二〇一七年二月半ばから毎日、
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄の、
金正男(キムジヨンナム)って人の殺害で
その謎を追って騒いでるっちゃ。
クアラルンプールの空港で、
金正男さんが女に後ろから抱きつかれて、
顔に猛毒VXを塗りつけられて、
殺されちまったよ。
北朝鮮の仕業だってさ。
その北朝鮮をテロ支援国家だと決めて、
核・ミサイル保有に対向して、
アメリカさんが、戦争なんか
仕掛けないでくれよっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
俺っちの妄想だっちゃ。
でも、でも、
ホワイトハウスに戦略家の軍人を引き入れた
トランプ大統領はわからんぞ。
安倍晋三総理が引き込まれたりしたら、
かなわんぞ、
かなわんぞ。
こんちきしょうだっちゃ。
凡ゆる殺人行為ってのが、
この世から無くなってほしいっちゃ。
みんな大切な身体で生きてるんっちゃ。
うーん、
ふう。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
まだまだ、
めっちゃくっちゃな詩を、
書きたいっちゃ。
詩作依存性になっちまったよ。
だけんど、
この詩は、
これで終わりっちゃ。
めっちゃくっちゃ、
めっちゃくっちゃ。
目茶苦茶、
へへ、
お茶にしようっちゃ。
牛蒡茶は美味しいよ。

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 25

 

朝‬
‪雨だった‬

‪地面を叩きつけていた‬
‪東海道線の電車に乗った‬

‪雨も‬
‪買わないな‬

‪ヒトは冬の雨も買わない‬

‪電車の窓硝子が白く曇っていた‬
‪その向こうを‬

‪景色は‬
‪過ぎていった‬

‪リノリウムの床が‬
‪窓のカタチに光っていた‬

‪窓硝子の向こうを景色は流れていった‬

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 24

 

アマリリスの花も萎れてしまった

一つ目の花は萎れてしまった
四つ目の花は

まだ
咲いている

萎れた花を
ヒトは買わないだろう

咲いている花も
萎れてしまった花も

アマリリスのピンク色の花だが

萎れてしまった
萎れている

萎れた花をヒトは買わない

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 23

 

日野の駅で
雪の降るのを見てた

ゆらゆら
雪は

降りてきた

ゆらゆら
ゆらゆら

雪は
降りてきました

買わないだろう

ヒトは
雪を買わないだろう

ゆらゆらゆらゆらと降りてきた

アマリリスの花も萎れてしまった

萎れた花も
ヒトは買わないだろう

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その15

 

佐々木 眞

 
 

 

「どんど晴れ」のねーちゃん、比嘉愛未でしょ。
そうだったね。

お母さん、すまなかったってどういうこと?
ごめんなさい、のことよ。
すまなかった。すまなかった。

お父さん、ハクションは風邪でしょ。
そうだよ。

ねえお母さん、蓮佛さんと中井貴一、両方好きですよ。
そうなの。

耕君、インフルエンザなんだから、食器を片付けないでね。
分かりました。分かりました。
耕君のインフルエンザがお母さんにうつったら、どうなるの?
分かりませんよ。
お母さんも同じ病気になるのよ。
分かりました。分かりました。

小田急に湘南急行あったお。
へえ、どこからどこまで?
新宿から藤沢までだお。
へえ、いまでもあるの?
ないお。

守ってください。
はい、守ってあげますよ。

イナズミさんに「そんなときは話しちゃだめ」っていわれたの。
そうなんだ。

ぼは、ほにてんてん、ポはほに○でしょう?
そうだね。

つけっぱなしは、つけたままのことでしょ?
そうだよ。

黒木メイサ、柳沢さんとかでしょ?
なんだ、ドラマの話か。

お母さん、ぼく二酸化炭素好きなの。
へええ、驚いた。

おたっしゃで、ってなに?
元気でね、のことでしょう。
おたっしゃで、おたっしゃで。

きらめくってなに?
キラキラすることよ。

はいポーズ、ってなに?
いい格好することよ。

薬が効けば、直るでしょ?
はい、早く効きますよ。

お母さん、ぼく「国鉄最終章」好きだよ。
そう、良かったね。

お母さん、アルプスってなに?
高い山のことよ。
ぼく、「アルプス1万尺」好きだお。
(2人で歌う)♪小槍の上でアルペン踊りを踊りましょラララララ

 

 

 

幻の名機「KEF104ab」を探して

音楽の慰め 第13回

 

佐々木 眞

 
 

 

しばし呆然とその場に佇んでいた私が気を取り直して「ね、清水君、で、このスピーカーいくらするの?」と尋ねると、「中古とはいってもまだ比較的新しいですから、ま新品の半額の五万円ですね」という返事が返ってきました。

今だってそうですが、70年代のはじめの五万円は相当な物入りです。
私は3日間悩みに悩んだすえに、この欲しくて欲しくてたまらなかったスピーカーを涙を呑んで諦めたのでした。

あの運命の夜から幾星霜、2017年の1月に入ったある寒い夜、何気なくヤフオクをチエックした私は、なんとあの曰くつきの名器KEF104abが競売に付されているのを見つけたのです。

横浜のリサイクルショップが出品していたそのスピーカーは、もちろん年代物の中古品です。70年代にクラシックファンから好評を博したKEF104abは、しばらくすると製造中止になり、今ではこういう形でしか入手できなくなったのです。

今や棺桶に片足をっ込んでいる後期老齢者の私に、突然あのスピーカーから迸り出る朗々たるチャイコスキーの弦の奔流、そして管弦楽に抗して連打されるティンパニーの猛虎のごとき咆哮が生々しく甦りました。
「よおし、この千載一遇の機会を逃してなるのものか」
私は万難を配して、この幻の逸品をものにするぞ、と決意しました。

しかし気になるのは財布の中身です。
リーマンを止め、フリーライターを止め、大学の教師を辞め、年金生活に入った私が自由にできる金額は、ほんのわずかなものです。
1000円から始まった競合入札が、どこまで高みにせり上がるのか。
私は毎晩ネットでその金額が上がるのを、はらはらどきどきしながら見詰めていました。

ラッキーなことにこの物件は、横浜保土ヶ谷区にあるその会社での「現物手渡し」が条件になっていました。
通例では全国から殺到する競合者と張り合わなければなりませんが、これだと恐らく横浜市内か神奈川県下に在住している人に限られてくるでしょう。

私は車を運転できないので、その会社まで電車で行き、横浜市のタクシー会社に予約して決められた日時に現地で待ち合わせ、トランクの中に2台のスピーカーを入れて自宅のある鎌倉に向かえば、八千円ほどの費用で賄えることが分かりました。
交通費込みで3万円ならなんとかいけるな、と私は踏みました。

そして、いよいよその決戦の夜がやってきました。
ライバルは6人くらいに絞られ、締め切り寸前の値段は、1万7000円と思いのほか低い。これなら楽勝と思い、私はあと締め切りまであと1分の段階で2万2000円を張り込み、「見事落札おめでとう!」の知らせを心待ちにしていたのです。

ところが、ところがです。なんと、なんと落札終了時間が過ぎた後で2万2500円をつけ、最後に笑った奴がいたのです。
2人のライバルがデッドヒートを繰り広げているのを知った出品者が、終了時間を延長して落札価格の引き上げを図ったに違いありません。

ああ、なんということだ!
ヤフオクで煮え湯を飲まされたことは、これまでも何度かありましたが、今月今夜の敗北はじつに手痛い。
かくて幻の銘器KEF104abで、ムラビンスキー&とレニングラードフィルハーモニー管弦楽団の交響曲第5番を半世紀ぶりに耳にして涙にむせぶ奇跡は、うたかたの夢まぼろしと消え去ったのでした。