たいい りょう

 
 

長きたおやかな時を 
人は短いと感ずる
 
人は どのくらいの時を 
永遠と呼ぶのだろう

短き激しい時を
人は長いと感ずる

人は どのくらいの時を 
瞬間と呼ぶのだろう

時は 時計の中にあるのではなく  
人のこころのなかに 息づいている

今この時を生きる
そう生きる

 

 

 

覚醒

 

たいい りょう

 
 

削っても 削っても
皮の下から 流れ出るのは
赤い血でしかない

蛆虫どもの蔓延る
この闇夜で
わたしは 目を閉じて
魔性の声に 耳を澄ましていた

赤い血は とめどなく 流れ続けた
まるで マグマが吹き出すように

わたしの意識は 朦朧とし 混濁し始めた

浮かんでは沈む 言葉の海のなかに
溺れていた

そして 痛みとともに すべての記憶が
覚醒した

 

 

 

錆びたナイフ

 

たいい りょう

 
 

言葉は 錆びたナイフのように
他人(ひと)ではなく
自分を 深く 傷つける

怒りは 怒りを呼び
怒りの連鎖を生む

砂糖は 体に悪い

意味の分からない言葉たち

人は 言葉によって 分かり合え
愛し合えるのだろうか

男は しばし 歌を唄い続けた

錆びたナイフを片手に

 

 

 

山中湖畔

 

たいい りょう

 
 

湖畔のコテージで
仲間と過ごす一夜

湖は 黒く光り
ディオニュソスを蘇らせる

想うのは 
妻のこと 息子のこと 友のこと

眠れない夜

星たちは 夜空にきらめき
生命の輝きを讃える

ますらをぶりのあの山は
早朝 山頂が紅色に染まり
しだいに 黄色くなり
いつもの朝がやってくる

夜明けは もうすぐだ

すべてのもののけたちが眠りにつくときが やってきた

わたしも しばし 筆を置いて 眠りにつこうか

 

 

 

無題

 

たいい りょう

 
 

死という名の列車に乗って
はるか はるか彼方 
何億光年の星を旅する

ワインボトルは 
わたしのこころのように
空っぽになってしまったけど
愛する人との思い出が
そこには 詰まっている

黄色い三角錐の形をした流雲が
列車の窓を叩いたとき
これは 亡者たちの記憶の欠片だと感じた

わたしは 欠片に 手を伸ばしたが
ふれると とたんに 水泡のように
消えてしまった

その音は 耳を砕くような烈しい音で
わたしは 一瞬 音を見失った

 

 

 

 

たいい りょう

 
 

こころのなかは
いつも 雨

雨は 乾いた こころを
潤してくれる

赤いトカゲが
濡れた土から
ひょっこり 顔を出した

人の足が 通ると
顔を引っ込めた

小さな自然は
わたしに 密やかに
話しかけてくれる

わたしは ざらついた手で
季節はずれの紅葉を
そっと撫でる

すると 萎れかけた紅葉が
ひらひらと
ぬかるんだ 水たまりに
浮かんだ

水鏡のように
美人を映し出す
夏のなかの秋景色

そんな 夏の優しさに
わたしは あらためて
恋をした

 

 

 

誰もいない

 

たいい りょう

 
 

誰もいない
町は 人ごみに
溢れているけれど

わたしのこころには
誰もいない

目に映る人びとや光景は
何もかもが 幻影で
捕まえることなど
できはしない

わたしのこころの深奥にある
悲しみは
誰も見向きもしなければ
外へと流れては ゆかない

わたしは ひとり
湿った陽光の照射する部屋で
メランコリーに潰されている

夜の月あかりは 寂寥に深い傷を
舐めまわす

そして
何ひとつ
わたしは 過去の痛みを
思い出せない

 

 

 

残り雨

 

たいい りょう

 
 

バス停の屋根から
滴り落ちた 残り雨

いくばくもない生命(いのち)を
振り絞って

まるで 渇れ果てた 涙のよう
それでも 乾いた地面を
しっとりと濡らす

人は なぜ 生まれるのだろう
人は なぜ 生きるのだろう

異星人の声が 聞こえてきた
わたしは 火星から やってきた

音のしない葉音は
幽霊のように
手足をそよがせる

そして
盲目のわたしは すべてを
心のスクリーンで映すから
何も消えない

だから
私は 胸に手をあて
額を涙で拭う

明日 天気になあれ

 

 

 

無題

 

たいい りょう

 
 

尖った針を 指に突き刺してみよ
さすれば 赤い血が噴き出し
痛みを覚ゆるだろう

赤い血しぶきは
わたしが 未だ 生を得ている証だ

そう わたしは 生きているのだ

月夜に 瘦せこけた 体を 投げ出してみよ
さすれば 飢えた狼が 
我が腐った肉を 喰らうであろう

真っ赤に染まった犬歯は
汚れた泥溝へと沈み
ふたたび 浮かび上がることはない

朽ちた樹葉に 水を与えてみよ
さすれば ますます 葉脈は動脈となり
死へと赴くであろう

我が精神は 肉体を離れ
糸が切れた凧のように
何処へ向かうのか

壊れた舟は
森のなかの湖沼へと
消えてゆかん

 

 

 

受難

 

たいい りょう

 
 

あとどれくらい 苦しめば
本当のわたしの言葉を
紡げるのだろう

わたしは どこまで 
不幸せになれるのだろう

わたしは どこまで 
苦難に耐えられるのだろう

鏡は 本当のわたしを壊すだけで
何も 応えてはくれない

美しい人生の音色を奏でるのに
俗世の穢れた目は いらないだろう

裏切りは 本当のわたしの言葉を
紡ぐのに 幸いなり

偽物は 美言を弄し
本物は 沈黙する

石を投げよ
わたしは 罪人なり

わたしは ことばの十字架に架けられ
受難に見舞われんことを
幻覚に見る

死は まだ わたしのもとに
黒い死者を送ってはいない