異空間

 

たいい りょう

 
 

ノルアドレナリンの夢
砂時計の中庭
どこから来たの?
あなたは 魔女?
窓際に 放たれた 石膏像
鏡に のっとられた クローゼット
黒い滲み
白いこころに こぼされた
無意識
異空間
マヌカンの踊り
声なき無機質
ふるえる 地面
わたしは
夢から覚めた

 

 

 

抱擁

 

たいい りょう

 
 

大海原に 抱かれながら
不思議な夢をみていた

花びらが 一枚一枚
風に 流されて 舞い散る

川面に 揺らぐ
妖精たち

音も聴こえずに
何ひとつ 発することもなしに
たおやかに 沈んでゆく

夢から覚めたとき
わたしは 一片の生を片手にして
目をそっと あけた

 

 

 

非日常

 

たいい りょう

 
 

沈黙だけがあった
風の音は わたしに
何も語らなかった

物音ひとつ立てずに
目の前を 通り過ぎていった

妖精が放つ光は
役者を盲目にし
孤独を搔き立てた

汗と涙は 観者を発狂させ
沈黙は沈黙を閉じ込めた

すべてが一瞬のうちに
消えてしまった
残像さえも 影となって

 

 

 

 

たいい りょう

 
 

長きたおやかな時を 
人は短いと感ずる
 
人は どのくらいの時を 
永遠と呼ぶのだろう

短き激しい時を
人は長いと感ずる

人は どのくらいの時を 
瞬間と呼ぶのだろう

時は 時計の中にあるのではなく  
人のこころのなかに 息づいている

今この時を生きる
そう生きる

 

 

 

覚醒

 

たいい りょう

 
 

削っても 削っても
皮の下から 流れ出るのは
赤い血でしかない

蛆虫どもの蔓延る
この闇夜で
わたしは 目を閉じて
魔性の声に 耳を澄ましていた

赤い血は とめどなく 流れ続けた
まるで マグマが吹き出すように

わたしの意識は 朦朧とし 混濁し始めた

浮かんでは沈む 言葉の海のなかに
溺れていた

そして 痛みとともに すべての記憶が
覚醒した

 

 

 

錆びたナイフ

 

たいい りょう

 
 

言葉は 錆びたナイフのように
他人(ひと)ではなく
自分を 深く 傷つける

怒りは 怒りを呼び
怒りの連鎖を生む

砂糖は 体に悪い

意味の分からない言葉たち

人は 言葉によって 分かり合え
愛し合えるのだろうか

男は しばし 歌を唄い続けた

錆びたナイフを片手に

 

 

 

山中湖畔

 

たいい りょう

 
 

湖畔のコテージで
仲間と過ごす一夜

湖は 黒く光り
ディオニュソスを蘇らせる

想うのは 
妻のこと 息子のこと 友のこと

眠れない夜

星たちは 夜空にきらめき
生命の輝きを讃える

ますらをぶりのあの山は
早朝 山頂が紅色に染まり
しだいに 黄色くなり
いつもの朝がやってくる

夜明けは もうすぐだ

すべてのもののけたちが眠りにつくときが やってきた

わたしも しばし 筆を置いて 眠りにつこうか

 

 

 

無題

 

たいい りょう

 
 

死という名の列車に乗って
はるか はるか彼方 
何億光年の星を旅する

ワインボトルは 
わたしのこころのように
空っぽになってしまったけど
愛する人との思い出が
そこには 詰まっている

黄色い三角錐の形をした流雲が
列車の窓を叩いたとき
これは 亡者たちの記憶の欠片だと感じた

わたしは 欠片に 手を伸ばしたが
ふれると とたんに 水泡のように
消えてしまった

その音は 耳を砕くような烈しい音で
わたしは 一瞬 音を見失った

 

 

 

 

たいい りょう

 
 

こころのなかは
いつも 雨

雨は 乾いた こころを
潤してくれる

赤いトカゲが
濡れた土から
ひょっこり 顔を出した

人の足が 通ると
顔を引っ込めた

小さな自然は
わたしに 密やかに
話しかけてくれる

わたしは ざらついた手で
季節はずれの紅葉を
そっと撫でる

すると 萎れかけた紅葉が
ひらひらと
ぬかるんだ 水たまりに
浮かんだ

水鏡のように
美人を映し出す
夏のなかの秋景色

そんな 夏の優しさに
わたしは あらためて
恋をした

 

 

 

誰もいない

 

たいい りょう

 
 

誰もいない
町は 人ごみに
溢れているけれど

わたしのこころには
誰もいない

目に映る人びとや光景は
何もかもが 幻影で
捕まえることなど
できはしない

わたしのこころの深奥にある
悲しみは
誰も見向きもしなければ
外へと流れては ゆかない

わたしは ひとり
湿った陽光の照射する部屋で
メランコリーに潰されている

夜の月あかりは 寂寥に深い傷を
舐めまわす

そして
何ひとつ
わたしは 過去の痛みを
思い出せない