また旅だより 63

 

尾仲浩二

 
 

フランスではパリフォトという大きなフェスティバルが終わったところだ
コロナの前には毎年のようにこの時期にパリへ行っていた
今年も写真集イベントへ参加しないかと言われたが
夏にアルルへ行ったからと、誘いを断った
本当のところは飛行機燃料代の高騰と円安が厳しかったのだ
早朝のベッドの中、ネット上に大勢の人たちで賑わう初日の会場の様子を見る
その中に懐かしい人たちの姿を見つけると、そこに自分がいないことが悔しい
寝ぼけ眼で、来年は必ず参加するから席を用意して欲しいとメールを送っていた
戦争も円安も終わりが見えないけれど

2023年11月14日 東京、中野にて

 

 

 

 

また旅だより 62

 

尾仲浩二

 
 

いま台湾基隆の市場の二階で皮蛋粥が出てくるのを待っている。
毎晩の台湾料理ですでに食傷気味なのだが、ここは台湾なので仕方ない。
漢字のメニューはだいたい意味が分かるからベトナムやタイ、韓国よりずっとハードルが低い。
台湾の人たちも日本人には優しいし、そもそも味の好みが似ているのがうれしい。
目の前では小柄な夫婦が忙しく働いて、三つの鍋で次々と粥を作っては手渡している。その手際をみているだけで楽しい。
そうしているうちに、私の皮蛋粥が出来上がった。
いただきます。

2023年10月17日 11時35分 台湾 基隆 仁愛市場にて

 

 

 

 

また旅だより 61

 

尾仲浩二

 
 

昨日から韓国に来ている
韓国へは1996年に初めて釜山に行った
その時の写真がこちらで本になり写真展をやる
海外から来た写真家が撮った東京の写真見ることがある
その度に東京はこんな所ではないと違和感を感じる
新宿なんてヤクザと変態しかいない街みたいだ
きっと僕らがよその国に行っても同じように色眼鏡で見ているのだろう
そう考えると今回の試みも少し怖いのだが
38年も前の写真なので撮った時の感情がすっかり消えている
その時の思い込みや感情のない眼で選び直した
時間の力で写真の見え方が変わっていく
その力を信じたい

2023年9月15日 韓国大邱のホテルにて

写真は昨夜のホルモン焼き店にて、大邱はホルモンが有名な街です 

 

 

 

 

また旅だより 60

 

尾仲浩二

 
 

フランスでやったギックリ腰は、ほぼ治まった
今ではベッドから起きるときに少し注意する程になった
柔らかいベッドマットは良くないと聞いたので
数年前に買った簡易畳をベッドの上に敷いて寝た
ところがこれにダニがいたのだ
あちこち喰われ堪らない強烈な痒さ
しかし、痒さと腰の痛さを秤に掛ければ痛さが勝る
ダニ避けのSayonara Dannyを毎日噴射し
枕や畳の下に薬剤をいくつも忍ばせた
痒み止めのムヒやウナEXは既に三個目だ
それでもダニの奴らはしぶとい
銭湯や温泉に行くのが憚られる姿になってしまった
ずいぶん痒みには慣れてきたが、酒を飲むと痒さが出てくる
でも、痒さより酒が勝るのだから仕方ない

2023年8月15日 東京中野のベッドの上で 

 

 

 

 

また旅だより 59

 

尾仲浩二

 
 

フランス、アルルでのフォトフェスティバルも終わってマルセイユに移動
アルルの駅は旧式で、向かいのプラットフォームへ線路を潜らないといけない
スーツケースが重いがエレベーターもエスカレーターもない
炎天下のプラットホームに20分遅れで列車はやってきた
ヨーロッパのホームは低いので荷物を抱え上げるのが大変
車内はクーラーが効いていてやっと汗が引いたと思った頃
片田舎の駅に停車したままいつまでも発車しない
そのうちエアコンが止まり送風も止まった、窓は開かない
ちなみにこの時の気温は37度
客は車外に出て車体の陰でタバコを吸っている
しばらくして車掌がもうこの列車は動かないと言った
重い荷物を下ろして駅の外へ出るがどうしようもない
給水のためのペットボトルが運ばれてきた
駅のトイレはひどい状態らしく誰もが扉を開けては諦めた顔をしてすぐに閉める
車掌からの指示があり、多くの人は反対方面のホームからアルルへ引き返して行った
僕らは駅前に一軒だけある食堂でビールを飲みながら呼んでもらったタクシーを待った
翌朝、恐ろしい痛さでベッドから起きれなかった
はじめてのギックリ腰だった
それが7月11日の朝のこと
昨日帰国したがまだ痛い
痛い

2023年7月18日 東京中野の自宅にて 

 

 

 

 

また旅だより 58

 

尾仲浩二

 
 

中国に来ている
ほんとうは4月に来るはずだったのに、ビザが間に合わなくて今月になった
中国のコロナ対策緩和で中国ビザセンターは大混雑
中国人の知り合いに助けてもらい、なんとか申告書提出までたどり着いた
本来なら四日後にビザは発給されるはずだったが、職業を写真家と書いたのがまずかった
滞在中はインタビューや取材は一切しないと一筆書かされ、大使館回しとなってしまった
報道カメラマンではないと説明したが無駄だった
ビザの発給日は不明、パスポートは預けたままセンターからの連絡を待つように言われた
困った。10日後には福岡から釜山に行くことになっている
しかもその前に福岡へ横須賀からのフェリーボートで行き、親戚の集まりもある
船もホテルも飛行機もずいぶん前に予約してある
実に困った、すべてキャンセルして、東京で連絡を待つか
いや、ここは一か八かで計画どおりに実行することにした
果たして、ビザセンターからの連絡は韓国へ渡る3日前に来た
翌日に知り合いに受け取りに行ってもらい、すぐに速達で発送
韓国出航前日の夕方、ビザが貼られたパスポートを無事受け取った

そして今、抗州のとある骨董茶房でこの原稿を書いている
次回の中国はビザなし渡航に戻っていることを願って

2023年6月14日 中国杭州にて

 


スイカは中国 プリクラは韓国 遊具は福岡です 次回はフランスからになります!


追加でここでテキストを書いてる写真も

 

 

 

また旅だより 57

 

尾仲浩二

 
 

この夏に終わってしまう中野サンプラザ
そこでの最後のブックイベントに出店した
会場に溢れる沢山のマニアックな本の中に堀ちえみのアイドル本があった
1981年、写真学生だった僕はホリプロのファン会報紙のカメラマンのアルバイトをしていた
その年、中野サンプラザで開催されたホリプロスカウトキャラバンで優勝したのが堀ちえみ
なので僕は会報誌のために楽屋で、誰よりも早く彼女を撮ったのだ
中野サンプラザ、そして堀ちえみ、これは運命だろう
なのに結局買わなかった、なんども手に取ったのに
レジに出すのが恥ずかしかったから
どうせ本人が書いたわけではないしと言い聞かせ
たった600円だったのに
まだ後悔している

2023年5月3日 中野サンプラザにて

 

 

 

 

また旅だより 56

 

尾仲浩二

 
 

本当はいま頃は中国にいるはずだった。
なのにビザの受け取り予約が間に合わず延期になってしまった。
先月観光ビザが解禁になって沢山の人が申し込んだのだ。
なので今回の写真は先月に行ったハノイ。
旧市街の市場に面した小さな部屋を借りて1週間ほど暮らした。
仕事も用事もなかったので、毎日街をウロウロして夜にはビールを飲んでいた。
ベトナムビールは安くて軽いからいくらでも飲める。
街には相変わらずバイクがたくさん走り回っていて騒々しかった。
排気ガスは昔みたいに臭くはなくなっていたけれど
それでもバイクの人だけはマスクをしていた。

2023年3月14日 ベトナム ハノイにて

 

 

 

 

また旅だより 55

 

尾仲浩二

 
 

北との国境に近い町を歩いてきた。
道路を挟んで立ち並ぶ可愛いロボットは、有事の際に爆破して道路を塞ぐため。
街を流れる川の上流には大きなダムがあって、北が一気に放流すると街は水没するそうだ。
線路も道路も繋がってはいるけれど先へはいけない。
自動小銃を肩にした若い兵士に通行証を見せゲートを開けてもらう。
車で案内してくれた韓国の友人が彼らにスニッカーズを手渡すと嬉しそうに笑った。

2023年3月3日 韓国、江原道にて

 

 

 

 

また旅だより 54

 

尾仲浩二

 
 

1996年5月、初めての韓国は下関からフェリーだった。釜山へは海を渡って行きたかったのだ。フェリーの中はごま油の匂いがした。
釜山港に迎えの友人の姿はなく、言葉も通じないタクシーは相乗りだった。
なんとかたどり着いた海雲台は、まだ高層ビルの姿はなく、小さな貝や、豚の血の腸詰などを浜辺の屋台で初めて食べた。
あれから27年、いままた暗室でその旅を辿っている。この写真を釜山の人たちに見せるが楽しみだ。

2023年2月14日 東京、中野の暗室にて