葉跡

 

原田淳子

 
 

 

木陰に
迷子になったぼくのこころが光っていた

あどけない色をして
知らないこどものように

雲が船になったと、
風の便りが届いた

捻れて萎んだ朝顔は
青い螺旋
空へ還る階段

冬がくるまえに
おやすみなさい

ぼくも
こころのきみと船にのるまで
太陽をうたい
月を枕に
葉のしたで揺れていよう

 

 

 

秋鱗

 

原田淳子

 
 

 

空の鱗、
風に反射して、ひらひら

 
秋が剥けて
雲が千切れる

金木犀の小片
銀杏の小波

歩くたびに秋が降ってくる

燃え尽きた灰のわたしに
色の服を
薫る食を
与えるように

秋が、空から剥けてゆく

茜にむかって
剥けてゆく

 

 

 

ティン カン トン

 

原田淳子

 
 

 

ティン カン トン

根っ子の 奥の
きみの 響きさ

ティン カン トン

ひかりの 泉の
ぼくの 寝ぐらさ

ティン カン トン

ここに 来て
ここに 来ないで

白い 太陽が
ぼくらを 灼く

雨の ハンモック
逆さまの 虹

ぼくらは 子のない
無口な 家族さ

 

 

 

drive my father’s car

 

原田淳子

 
 

 

灼けつく壁に垂れ下がり
息を凝らしている

夏は無かった
ただ白百合が揺れていた

漂白された運動靴

葡萄棚の海

カー・ステレオから
ポール・モーリア「涙のトッカータ」

昨夜読み耽った
マッカラーズのワンシーンが繰り返される
木、石、雲に宿る愛の科学

無かったのではなく
散っているのだ、四方の光に

未来も過去もなく
凪を潜りぬけてゆく

窓に映る
青い影のほおずき

秋に朱に燃ゆる
わたしのこころ

いつか
この凪の季節を
優しく想い出すときが来るだろう

 

 

 

満天

 

原田淳子

 
 

 

かなかなの鳴く宵には
いのちのかけらが降ってくる

月のない夜に
羽根を埋める

葉の指さすあの西の明星をごらん

あれは
死んだ者たちがもたらしてくれる未来
いのちあるぼくたちにおくってくれる暁の光

『詩の国に住むことにきめた』
夢のつづきを描くのだって、
微笑んだ彼はそこにいるのだろう

きみもともにゆこう 
新しい朝が生まれるところ

ぼくたちはそこで花のようにとべるだろう

 

 

 

asylum peace

 

原田淳子

 
 

 

深夜、見切り品を買い物籠に膨らませ
翌日の弁当の惣菜をつくる

なにかの罪ほろぼしのように
なにかの祈りのように

油で揚げれば古くなってもたいてい美味しいのよ
あしたの糧をつくるのよ

腐りかけたそら豆の鞘を剥くと
育ちきれなかった杯がこびりついた
純白の平安があった

やわらかな水の弾力が光る
真綿の繭

このなかに生まれ変わりたい
と、呟いたところで
冷蔵庫のうえに置かれた
砂抜きのアサリが
花柄ボールのなかで
ぷくっと息をした

ぷくっと、息をした

ちぃさな

あぁ きみの息のおおきさと
わたしの呟きはおなじね

生きようと息吹き返したものを
わたしは食べるのだ
砂を被りながら

生きても
生きても
辿りつかない
平安の鞘

わたしは
そこにゆきたいだけなのに

深夜、しがみつく世界

鞘を剥き、
アサリの砂を被る

忘却にはまだ時が足りない

 

 

 

sweet here after

 

原田淳子

 
 

 

まだ知らない
遠い窓をあける

報いを求める哀しみから焦点をずらす
ぼやけた未来を波に浮かべる

嘘ではない
複数の真実が芽吹く

枝分かれの時間

あの空に響く真実だけを選ぶ

ミモザの漣

哀しみだけが陽に反射する

死を風に溶かすと光がみえた
あなたをとうりすぎる風になり、笑う

光の速さで
分裂しながら生まれくる

貝は溶けるという
わたしの骨とおなじように

描かれた花だけが残る
花のうえをあなたの風がとおりすぎてゆく

去りなさいと風がいう

苦さの極みのあとに
sweet here after

土はあたたかく
無はやわらかい

窓は開け放たれたまま