原田淳子

 
 

 

ゆめのじかんがおわった朝は
きえてゆくゆめを栞にして
自転車にのる

図書館の地下書庫の剥がれた請求記号

汗に濡れた皮表紙

仄暗い、黴のにおいのなかで
かたまってしまった913.6のことばに
似たゆめをみつけて、栞をさす

きえたゆめのぶんだけ、栞をさす

秘密の暗号のように
永久に知られないまま
朽ちて、塵になる

どれくらいの栞があるのか
それがなんの栞だったのか
黴の匂いでわからなくなって
偉人たちの写真も
ゆめのいろも
わすれるまで、栞をさす

さしつづける

夜は台所でタオルと靴下をあらう

遠くで河が流れている

わたしの真うえを雲が流れている

わたしも
栞も
雨にうたれて、塵になる

 

 

 

鬼火

 

原田淳子

 
 

 

ひるもよるもなくあかるみ
抜け殻をひろいあつめる

新しい青いサンダルは鱗の染みができる
ついに魚になって跳ねる

排水溝に光る夏の拡声装置

“行方不明者を探しています”

埋もれた市民プールの底には鏡があって
水のむこうへ宙がえりする
醜さをわすれるまで千メートルの呼吸

つめたさのさきのあたたかさで
たましいは吹き飛ばされて
鳴き尽くした蝉が降ってくる

さよなら
あなたのとぶところをみたよ

じめんは剥がれた羽根の地層

 
“行方不明者を探しています”

あそびおわった骨がもえてる

 

 

 

last song ending

 

原田淳子

 
 

 

雨粒に光
暗闇はまぶしいって、はじめて知った

光の速さで
願いごとをかけるまもなく
雨は流れ星になった

与えられた問いは単純で
扉は開いてるはずなのに
ふくざつに絡みあってしまった鳥籠のなかで
雲の影がかたちをかえた

望んだものは与えられた
願いを投げたところとは違う角度から

おまえは自分の掌しかみえてないね
おまえの背中をみてごらんとでもいうように

生は死にぶらさがり
死は生にさかあがり

生まれてはじめてのことばをおもいだしている

誕生は月食

願いは純化して
雨粒が鳥籠を砕く

暗闇がまぶしい

 

 

 

想いで売り

 

原田淳子

 

 

洪水の余波
世は
夜は

窓のむこうは 暴風雨

真っ赤な想いで、いらんかね
胸に弾けるようなハンカチーフさ

雲の想いで、いらんかね
鱗雲、羊雲、眼醒めた頰に

窓に映るは who are you

空白ー あの声は誰

A♭の想いで、いらんかね
螺旋の果実
G#にも裏がえり

蜜蝋の手紙
透けた文字は反転し

吊るされた太陽
戻れない単線区間

レモンチェッロの涙
土砂降りのベッド
祝福と名づけた呼吸

空白-誰かが、月の真似して

想いで、いらんかね
いらんかね

空白- 白んでゆく、泡

 

 

 

滝壺と蟻

 

原田淳子

 
 

 

街路樹の、凍れる波

千ねん百にちのあいだ
あなたは滝だったのですね

遺されたのは、あなたのうた
波の譜
指で聴く

蟻の彼はあなたの詩をおいかけて
滝壺に潜り
波を揺らしています

 

 

 

白蟹さん

 

原田淳子

 
 

 

白い浜辺に白蟹さん

波にさらわれないように
砂にまぎれて
触れば糸切りはさみ
足あと探すのもたいへんね

白蟹さん

わたし
砂のむこうからきたのよ
日出づる黄金のくに
まちはシャンデリア
硬貨は星よりまぶしくて
涙で流れる砂の城

百億分の一の海

百にち一千秒
砂のじこくは永遠のじこく
果てなき砂にくるまり
白蟹さん

わたしは
一秒の砂

 

 

 

離ればなれに

 

原田淳子

 
 

 

Bande à part

青が煽るたそがれ
ふつふつ胸騒ぐ

クロワッサンの横顔
レジスタンスのカフェ・オ・レ
革命のブラックコーヒー

わたしの手足は闇いろの棘
冬の木枯らしにきれぎれに
剥きだされた苦い肌

わたしの海は銀の砦
飛沫をあげて
哭いているのは人魚ではなくて

Bande à part

ここはつめたくて
カフェオレも醒めてしまう

一千一秒の朝
幾億の夜
ミルクは溢れて

離ればなれでいることで
その惑星が光るなら
きっとそれがいいのだと
わたしに囁く銀の糸

降らすは銀の雨

青、煽る

哭いているのは

哭いているのは

 

 

 

生まれたての背骨よ

 

原田淳子

 
 

 

まえぶれもなく
あたらしい月は廻り
はつゆめもみないまま
眼に星は宿る

あかつきは白と黒を燃やし
水は蘇る

月の羽根はないか
破れた靴に泣いてはないか

にぎやかな岬のふりをする
寂しすぎる谷
いつでも新しい湖のこだま

疾走する船に乱れ髪
唇噛んで

河の果てはないか
凍れる指に泣いてはないか

生まれたての背骨よ
砕けた星に誓え