冬河夜船

 

原田淳子

 
 

 

冬のうえのオーロラ
冬のしたに眠る春

吹く風は、銀色
冬は水の高さで横たわる
春が眠るあいだ
船は渡る

堕ちてきた氷はやがて
木々の芽に宿る露となる

降りしきる極小の光を潜り抜けて
髪は種子の白、
骨は灰と燃え、
船は最果ての地へむかう

眩しいほどに
冬は白に至る

 

 

 

陽はまた昇る

 

原田淳子

 
 

 

骨をも腐らす、ながい雨の時代だった

緑の陰で溺れ、背には甲羅が生えた
もう、三百年生きた
望みという友もいない

亀は海に還るまえに光をみにいくことにした

闇の眼ではなにもみえず、光の匂いを辿った
這いながら泥を舐めた
それは微かにまだ記憶に残る
三百年前の水の味がした

峠を這い、
頂きの朝、
甲羅に全方位に亀裂が走った

未来という頂きに鳥が舞う

眼から落ちた鱗は光の粒
真珠の首飾り

“すべてが美しく、
 傷つけるものはなにもなかった”

ヴォネガットの墓に刻まれたその言葉を甲羅に刻んだ

亀は海に還ることにした

石に導かれて、浜を漂い
青く寄せる波に甲羅は溶けた

声の方角に風が吹いた

幻の石がひとつ、浜に遺された
峠の光のいろ

大菩薩峠にきょうもまた陽が昇る

 

 

 

百年後の.

 

原田淳子

 
 

 

四月
すみれ色の時刻

くぐもった声に似た宵
あの満月が身籠る

樹々に呑みこまれ
わたしは身籠られる
領土の争いから逃れて横たわる
荒地

記憶の断片に震え
涙すら石となる

クローゼットの奥に密やかに墓
そこが最期の家となろう

墓碑にあしらわれた羽根
林檎を配した
わたしの心臓とおなじ色の.
 

小石を置いてゆく

離れれば離れるほど
それが星座となるように
 

ー 百年後の荒地にて

 

 

 

三月はワルツ

 

原田淳子

 
 

 

三月はワルツ

春の嵐に
虎の哀しみを撹拌させる

溶けてバターになるまで
アン・ドゥ・トロワ

生・死・不明

愛が
妬いた刃をむけさせる
雨を弾にかえる
殺し殺される恐怖を
脅迫で語る勿れ
殺戮に善悪はない

命の対価で失うのは
小麦粉だけではないでしょう

仔猫が埋められたというその固い庭に
山鳩の屋根から種をばら撒いた

永絶された未来
一次元のスケートリンクで四回転半

夜更けの地震
土砂降りの雨
季節が身震いして
三月、シフォンの陽光が
花を照らす

バターになるまで
哀しみを撹拌させる