原田淳子
冬のうえのオーロラ
冬のしたに眠る春
吹く風は、銀色
冬は水の高さで横たわる
春が眠るあいだ
船は渡る
堕ちてきた氷はやがて
木々の芽に宿る露となる
降りしきる極小の光を潜り抜けて
髪は種子の白、
骨は灰と燃え、
船は最果ての地へむかう
眩しいほどに
冬は白に至る
骨をも腐らす、ながい雨の時代だった
緑の陰で溺れ、背には甲羅が生えた
もう、三百年生きた
望みという友もいない
亀は海に還るまえに光をみにいくことにした
闇の眼ではなにもみえず、光の匂いを辿った
這いながら泥を舐めた
それは微かにまだ記憶に残る
三百年前の水の味がした
峠を這い、
頂きの朝、
甲羅に全方位に亀裂が走った
未来という頂きに鳥が舞う
眼から落ちた鱗は光の粒
真珠の首飾り
“すべてが美しく、
傷つけるものはなにもなかった”
ヴォネガットの墓に刻まれたその言葉を甲羅に刻んだ
亀は海に還ることにした
石に導かれて、浜を漂い
青く寄せる波に甲羅は溶けた
声の方角に風が吹いた
幻の石がひとつ、浜に遺された
峠の光のいろ
大菩薩峠にきょうもまた陽が昇る