残雪

 

原田淳子

 
 

 

春が歩いてきて
落ちていたことばを拾った

まだ残る雪は
雲の国土のよう

何人にも侵されない白

香が抜けた透明な花弁に似た水

雨が雪を溶かすのか
あの子の肩に降る雨をだれが止めるのか

奪われた野にも春が来るのか

 

 

 

梅待ち

 

原田淳子

 
 

 

もうみない夢を待つ

かなしみを繙く

言葉は初雪にとけた

音のない泡が生まれて消えて

あれを時というの

正しい襟裳のような花弁
白く、淡く、直立す

天を指す花は
実をつけない

邪悪さとひきかえに
孤独が遺される

咳の震え
骨の疼き
痛みは胴体をめぐる旅人

身体のなかの島々

横たわる身体は黄昏れ、
洞窟は永遠の空を映す

目を閉じて、春

 

 

 

微睡

 

原田淳子

 
 

 

陽が差す午後に おひる寝をした

小春日和の 日曜日の午後

木の葉をうかべて
揺らぐ遠い湖

とりこぼされた光を眺めながら
道は流された

冬は窓のむこう

きみが尻尾をふったら
12月の背中がみえた

手か足か
夢かもわからないうちに
時は扉を決定してゆく

ぼくはまだ
オリオンをみていない

 

 

 

葉跡

 

原田淳子

 
 

 

木陰に
迷子になったぼくのこころが光っていた

あどけない色をして
知らないこどものように

雲が船になったと、
風の便りが届いた

捻れて萎んだ朝顔は
青い螺旋
空へ還る階段

冬がくるまえに
おやすみなさい

ぼくも
こころのきみと船にのるまで
太陽をうたい
月を枕に
葉のしたで揺れていよう

 

 

 

秋鱗

 

原田淳子

 
 

 

空の鱗、
風に反射して、ひらひら

 
秋が剥けて
雲が千切れる

金木犀の小片
銀杏の小波

歩くたびに秋が降ってくる

燃え尽きた灰のわたしに
色の服を
薫る食を
与えるように

秋が、空から剥けてゆく

茜にむかって
剥けてゆく

 

 

 

ティン カン トン

 

原田淳子

 
 

 

ティン カン トン

根っ子の 奥の
きみの 響きさ

ティン カン トン

ひかりの 泉の
ぼくの 寝ぐらさ

ティン カン トン

ここに 来て
ここに 来ないで

白い 太陽が
ぼくらを 灼く

雨の ハンモック
逆さまの 虹

ぼくらは 子のない
無口な 家族さ

 

 

 

drive my father’s car

 

原田淳子

 
 

 

灼けつく壁に垂れ下がり
息を凝らしている

夏は無かった
ただ白百合が揺れていた

漂白された運動靴

葡萄棚の海

カー・ステレオから
ポール・モーリア「涙のトッカータ」

昨夜読み耽った
マッカラーズのワンシーンが繰り返される
木、石、雲に宿る愛の科学

無かったのではなく
散っているのだ、四方の光に

未来も過去もなく
凪を潜りぬけてゆく

窓に映る
青い影のほおずき

秋に朱に燃ゆる
わたしのこころ

いつか
この凪の季節を
優しく想い出すときが来るだろう

 

 

 

満天

 

原田淳子

 
 

 

かなかなの鳴く宵には
いのちのかけらが降ってくる

月のない夜に
羽根を埋める

葉の指さすあの西の明星をごらん

あれは
死んだ者たちがもたらしてくれる未来
いのちあるぼくたちにおくってくれる暁の光

『詩の国に住むことにきめた』
夢のつづきを描くのだって、
微笑んだ彼はそこにいるのだろう

きみもともにゆこう 
新しい朝が生まれるところ

ぼくたちはそこで花のようにとべるだろう