サラリ、サラリ

 

辻和人

 

 

「私も、ワンちゃんよりネコちゃんの方に
近しいものを感じているんです。」
「それはなぜなんですか?」
「うまく言えないですけどね。フィリピンにいた頃飼ってたし…。
ネコちゃんかわいいですよね。」
明日は東京に帰るという夜
舞台は
政治家がお忍びで泊るみたいな(ってとこまで行かないけど)豪華な和室の窓の際
浴衣姿で並んで、高価そうな灯籠のある庭を眺めたりしているんだけど
ぼくのファミちゃん・レドちゃん自慢話を受けたその告白は
そのまま、ふっと空中に消え
代わりに
細身の彼女の生身のふっくらした抵抗感が
つい今しがたの
ふっくらした抵抗感が
熱を帯びて、浮かびあがってきた
何てゆったりした時間……

それから互いの家族の話になった
「ぼくの父は引退して長いから穏やかな感じですよ。
ファミちゃん、レドちゃんの世話が一番の仕事って感じかな。」
それを聞いたミヤコさん
ふぅーっと息を吐き出したかと思うと
「うちの父、悪い人じゃないんですが、
頑固者なんですよ。」
えーーーっ
頑固者ですか
いえいえ
ちょっと怖いけど
大丈夫
婚活で知り合った仲では
こうやって「次の段階」が
サラリと立ち現われる
サラリ、サラリ
すごーく自然
ずっと生身を寄り添わせてきたこの丸二日間は
まるで淀みのない時間だった
40越えのぼくらには
焼けつくような、とか、盲目の、といった類のモンじゃなく
よく見て、よく話して
それでいて淀みがないってことの方が重要なんだ
「頑固って、いいことじゃないですか。
それにミヤコさんだって結構頑固でしょ?」
「えーっ、そうですかぁ。そうかもしれないけど…。私はうちの父とは違うと思います!」
そ、そんなムキにならなくても……
ワンちゃんは主人の意向を探ることを優先するけれど
ネコちゃんというのは、そこにある身体を
そこに流れる時間に委ねきる
そこに淀みはあるか?
いいや、ない
サラリ、サラリ
待ってました、待ってました
それじゃ、いつの日か
頑固者相手に
どんな振る舞いをすればいいのかな?
ミヤコさん、一緒に考えて欲しいです

 

 

 

オトズレル

 

爽生ハム

 

 

だれか来た
かおが来た
あしおと鳴らして
かた揺らし
身動きできないのか愛する人
だれかわからない
こえもする
したが伸びて風に揺れる
これはあの人のあの人じゃないか
何の音?何の音?
だれだろ、「はーい、はーい」
ここで出逢うか
かおに風が吹いている
骨のような
膜のような
ぶぶんに音が跳ねている

 

 

 

なにゆえに

 

 

佐々木 眞

 

 

なにゆえに

黄色いひよっこ

ピヨピヨピヨ

生きてるだけで

たのしいからさ

 

なにゆえに

めんどりおばさん

コケコッコ

生きてるだけで

仕合わせだからさ

 

なにゆえに

うちのムクちゃん

ワンワンワン

生きてるだけで

うれしいからさ

 

なにゆえに

隣のタマちゃん

ミャウミャウミャウ

鳴いてるだけで

恋しいからさ

 

なにゆえに

うちの耕君

ニコニコニコ

生きてるだけで

面白いからさ

 

なにゆえに

うちの奥さん

オホホノホ

思い出しても

可笑しいからさ

 

なにゆえに

うちの父さん

グウグウグウ

とにかく人世

疲れるからさ

 

 

 

TV テレビ

 

みてたね

暗い居間の
片隅に

テレビが
あった

なにを見てたのかな

アニメを見た

ソランは

空を飛ぶ
車に乗っていた

みんな忘れたけど

こどもは
見ていた

忘れたけど残るものも
ある

あなたは
そちらにいったけど

よかった

会えて
よかった

 

 

 

鋭角って言葉から始まって身体を通り越してしまった

 

鈴木志郎康

 

 

鋭角って言えば、
先が鋭い刃物。
で、身体を刺せば、
血が出るね。
そして、出血多量なら死ぬね。
でも、
木を削ると、
温かみが生まれる。
曲面が温かみを生むんだね。
曲面を削り出す手を持つ人、
鋭角を持って温かみを生み出す人、
わたしは、
そんな手を持つ人じゃなかったなあ。

ん、でね。
わたしはね、
今年になって、
一月の末から二月の末に、
三度、慶應大学付属病院の救急外来に運ばれたんだ。
一度はタクシーで、二度は救急車で、
頭痛と顔の強ばり、烈しい嘔吐の感じ、そして痰が絡んでの呼吸困難。
救急車の中で過呼吸になり手先が痺れ、
「ゆっくり深く呼吸して」って言われた。
救急外来の診察じゃ、
採血して、CT撮って、レントゲン撮って、
別に異常ない、
と薬を吸入して痰を吐いて
家に戻った。
そして、町内の小林医院にいって
吸入の薬を処方して貰って、
家で、まあ、なんとかFBに投稿はしたが、
その直後、
玄関の段差で仰向け転倒しちゃった。
麻理ひとりじゃ起きあがらせることができないで、
丁度来ていた電気工事の人に起こして貰い、
ベッドに運んで貰ったわけ。
麻理いわく。
仰向けなった蝦蟇ガエルみたいだったってね。
10日経っても左の胸を痛めてまだ痛い。

発作っていうのはね。
頭痛と顔の強ばりは朝の六時、
烈しい嘔吐の感じは夜中の三時、
呼吸困難は夜中の二時、
夜中から朝に掛けて、
気持ちが悪くなったり、
息苦しくなったり、
それは三月になった今でも続いている。
近く小林医院で処方して貰った
吐き気止めの薬と吸入の薬で
何とか時を過ごしている。
昨年の七月から服用している
前立腺癌の新薬のパンフを見たら、
どうも、その副作用じゃないかと、
当てずっぽうに思ってる。
だが、担当医はそんなことはないと言ってる。

ぐだぐだ書いたけど、
書いてもしょうもないことですね。
身体って、
当人だけものなんだからね。
病のことを言葉にすると、
「お大事に」
と、言葉が返ってくる。
当人じゃないからどうしようもないものね。
でも、そこで、
身体が当人だけものでもなくなってくるんだ。
つまり、その先の身体の消失ってこと。
そこに、
名前と言葉と写真とか、
身体無き存在が残ってくる。
また記憶の中の存在になる。

家の中で、
麻理がいると、
麻理の身体が
なんやかんや
動いているのを感じて、
安心しているけど、
彼女が外出してしまって、
いなくなると、
急に、
寂しさが襲ってくるんですね。
身体の存在って、
そういうもんなんですね。
その存在が温かみってことかな。

 

 

 

travel 旅

 

荒井くん
たちと

宇奈月温泉にいったな

がたがたと
揺れる単線の電車に乗って

いった

田圃のなかの
小さな駅をたくさん過ぎて

荒井くんと
シンガポールや

タイや
フィリピンや

香港や中国の友人たちと
いったな

風が吹いていたな
光っていた

 

 

 

open 開いている

 

モコと
夕方

散歩した

いつも
老犬と散歩している婆さんが

モコに
話しかけてきた

あの犬が
死んだのだという

この子は
おとなしくていい子だね

そういって
くれた

だれでもいつか死ぬが
ひらく思いがある

土手に
小さな水仙の花が咲いた

 

 

 

訛る

 

爽生ハム

 

 

皿を重ねれば
モスクが建ちました
所有された悲嘆は
もう聞こえません
皿は割れます
さっきの押し売りも
いまでは引いて買えます
皿に水をはれますか
スープでも構いません
皿の上のものを
食べます
無欲なホルモンです
数寄な憑きものです
仕方ありません
隙間を埋めます
これからは
いつも重ねます
皿を踏んでいます