列車を見送ったのは、ホームに記憶された影たちだった

 

一条美由紀

 
 


鬼は人間をバクバク食べるのが好き。
人間の悲鳴もちょいとしたスパイスだ。
ある時変な人間を食べてしまった。
そいつは食べてくれてありがとうといい、
そいつを噛み砕いている時、
うふふ、うふふと喜んでいた。
何十年何百年と年月は過ぎていったが、
鬼はあの人間の喜ぶ声が忘れられなくて、
ある日あの人間に変わってしまい、
食べてくれる鬼を探し続けることとなった。

 


言葉を探すのはつらい
考えてる時、頭の中に言葉はない
感覚の湖の中にドブんと沈み込み
そこでキラキラしたものを探してる
言葉で現実に戻そうとしたって
言葉は嘘つきだから
キライ

 


私が猫だったら、
いつも可愛い可愛いと言ってくれるのかな。
うっかりあなたの大切なものを壊しても
仕方ないか、猫だもの。と言って許してくれる。
私が猫だったら、
いつも側に来て優しく撫でてくれるのかな。
そしていつかあなたより先に死んでいっても
あなたには私との美しい思い出しか残らないのだ。

 

 

 

あきれて物も言えない 23

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

処理水 海洋放出へ

 

毎月、19日は義母の月命日で墓参している。
女と車で霊園に向かい墓前に花を活け線香を立てる。

紫の煙が香る。

もう随分、たくさんのヒトたちを失った。
墓前では、もうちょっと待っていてね、もうすぐそっちに行くからね、と、祈る。

父も、母も、兄も、義兄も、義母も、友も、あのコも、詩人のあの人もあっちにいってしまった。

ともに生きた人たち、好きだった人たち、りっぱに生きていた人たちが骨になり煙となった。
しかし、わたしの中で彼らは生きていて、たまには会話する。

そして、今を生きている、遠い、家族たち、あのヒト、あの詩人、友たちの無事を祈っている。
ソファーで犬の首を撫でている。
もう、随分、釣りには行っていない。

小舟も売ってしまった。

 

さて、
2021年4月14日、新聞朝刊一面に「処理水 海洋放出へ」* の見出しを見た。

東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する処分方針を政府が決定したというのだ。
約一千基を超えるタンクに保管された原発汚染処理水、約125万トン、東京ドーム一杯分を海洋に放出するのだという。

確か、昨年の10月17日の朝日新聞の朝刊一面にも「処理水 海洋放出へ調整」と見出しがあった。
副題に「関係閣僚会議で月内にも決定」とあった。
それが、”月内”(2020年10月)には決定されずに、菅義偉総理が訪米しバイデン大統領と会談をする直前に決定された。
アメリカ大統領の承認を貰うためだろう。

海洋放出される原発汚染水は多核種除去装置(ALPS)で処理され、原発汚染物質はALPSで濾過され基準値以下まで下げられるが、ALPSで濾過できない放射性物質トリチウムは事故前の福島第一原発の放出の上限、年間22兆ベクレルを下回る水準にして30年以上をかけて放出するのだという。トリチウムの半減期は12.3年。トリチウムのベータ線は多様な海洋生物のDNAにダメージを与えるかもしれない。
海洋生物のDNAへのダメージは長い時間を掛けてわれわれやわれわれの子供たちに帰ってくるかもしれない。

処理水を海洋放出する前に、保管方法や処理方法の新たな開発、改善をこの国はできないのだろうか?

政府は「風評被害、適切に対応」* するという。
福島の漁民たちが震災、原発事故後に試験操業を開始し今年に終了させた10年の努力が無駄になるのだろうか。
海は世界に繋がっている。
大型の魚たちは世界の海を回遊している。
福島の漁民や日本各地の漁民、日本国民、近隣諸国や世界の人々はこの日本政府の決定に反発するだろう。

海に囲まれた島国の日本、
海の恵みを貰ってきたこの国の人々、
雨が、たくさん降り、雪もたくさん積もり、雨や雪は川となり、海に注ぐ日本という島国だ。
山々には豊かに樹木が繁り、雨が山々の養分を海に届けてきた。
何万年も続いた自然の豊かな循環なのだ。

戦後、原発は、政治家や官僚が作った「国策」によって、アメリカから移植されたものだろう。
わたしたちはTVで鉄腕アトムを観ながら育ったのだった。
安全なエネルギーと言われた原子力エネルギーがこれほどに日本国民を不幸にしてしまったことが残念でならない。
政治家と官僚に憤りをおぼえる。
敗戦後の政治の構図が、今、新たに明らかになっている。
原発も、防衛も、経済も、オリンピックも、コロナも、農民も、漁民も、サラリーマンも、人々は、この構図の中にあった。

魚は人と繋がっています。
魚たちはわたしたちと水で繋がっています。
魚たちはわたしたちの祖先であり、母であり父であり兄であり義兄であり義母であり友だちであり、わたしたち自身です。

トリチウムの半減期は12.3年だそうです。
どうか、海に、トリチウムを放出しないでください。
約一千基を超えるタンクに保管された原発汚染処理水のトリチウムは60年経てば半減を5回繰り返し現在の32分の1(3.125%)になるのです。

そこに小さな光が見えています。

 

この島国の日本から、この世界にとって取り返しのつかない事が起こりつつあるように思えます。
呆れてものも言えないが、言わないわけにはいかない。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 
 

* 朝日新聞 2021年4月14日朝刊より引用しました。

 

 

 

監督:「常に観客にはセンセーショナルに見せよう」

 

一条美由紀

 
 


あなたの欲しいものはなんだろう
欲しいものを捧げたら喜ぶのだろうか
与えることで私は嬉しいのだろうか

 


落とし物を見つけた
昔々捨てたものだった
捨てたものは年月の間に甘く変化していた

 


ずっと待ってる
ずっと待ってる

 

 

 

あきれて物も言えない 22

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

モコという犬と、女と、暮らしている

 

朝になった。
机の前の窓の障子を開けると雨が降っていた。

ガラスには雨粒があり西の山は雨雲に覆われて灰白色の雲の中にいるのだろう。
時々、強く雨は降ったりしている。

朝の散歩には行けないだろう。
モコと女は、まだ眠っている。

モコというのは飼っているわたしの犬のことです。

ペットショップから連れて帰ってきたんです。
モコは、ミニュチュア・ダックスフンドの赤ちゃんでした。
ペットショップの低い柵の中で他の兄妹たちが元気に遊んでいる柵の奥の隅で、
ちいさく震えていたのです。

その震えているちいさな子が可愛くて連れて帰ってきたのでした。

顔がクリーム色のハート形で、その中に大きな黒い瞳ふたつと黒い鼻がありました。
ハート顔の外側は暗い茶色で頭と耳がついていました。
その暗い茶色が背中まで続いてお腹がクリーム色の熊の赤ちゃんでした。
熊の赤ちゃんの丸い顔は一年も経たないで鼻がすらりと伸びて大きな瞳の少女になってしまいました。

モコは小さいので夏の暑い日や冬の寒い日には散歩が苦手です。
体が小さくて足が短いので夏の地面やアスファルトの熱さや冬の寒さに弱いのです。
でも車の助手席に乗ってドライブするのは大好きです。

ペットショップからモコを連れ帰ってもう12年が過ぎました。
モコの仕草や吠え方でモコの言うことはほとんど理解できるようになりました。
モコもわたしが外出することを日本語で伝えると理解して仏壇の前の座布団に行って眠るようになりました。
仏壇は女の母の仏壇です。
義母が亡くなった時、義母の枕元にいてモコは義母の顔を舐めていました。
犬が舐めるというのは愛の行為なのです。

小さくてか弱いモコも少女になり、もう12年が過ぎて、おばさんになってしまいました。
でもわたしには、いまも、可愛い”少女”のように思えてしまうのです。

少女のように可愛い”おばさん”というのも、この世にいると思います。
できれば、そのような”おばさん”に会いたいですね。

 
昨日の夜は、深夜まで女が録画した相撲中継をソファーで見ていました。
モコは女の横で添い寝していました。
女がベッドに眠るときモコも連れていくのですがモコは寝てくれないのです。

わたしのたてる微かな物音を聞いてモコはベッドに来てと吠えるのです。
わたしは本の部屋で本を読んでいましたが、読書は中断してベッドのモコに添い寝しました。
そしてそのまま朝まで眠ってしまいました。

モコの体はふあふあで、あたたかいのです。
ふあふあのモコといると幸せになるのです。

 
あの地震が起こって、あの光景を見て、10年が経ちました。

まだまだ、大切な人や大切なものを失い避難されている方たちや、心や体に傷を抱えた方たちがいるでしょう。
福島の原発の処理はまだ終わらないでしょう。
オリンピック・パラリンピックは海外からの観戦者の入国を断念したそうです。
しかし震災からの復興を世界に示すという茶番は終わらないでしょう。
疫病の蔓延もまだ終わっていないです。
世界で紛争はまだ続いています。

流浪する人びとがいます。

たくさんの流浪する人びとがいます。
私たちもその一人です。
モコのふあふあのあたたかい体を抱いて、眠って、朝になりました。
流浪する私たちは私たち自身の底を破って、流浪する人びとと底の底で繋がるほかありません。

そこに小さな光が見えています。

 

呆れてものが言えません。
ほとんど言葉がありません。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 
 

* ツイッター「楽しい例文」さんより引用させていただきました。

 

 

 

いらないものは捨てちゃえば?

 

一条美由紀

 
 


愛しい人と夢で話す
愛しい人に夢を話す
ソファに座る二人には
ソファに座る二人にも

 


科学を推論するのではなく、
自然の成り行きを見つめてる

 


何のテストなのか、
答えを書き続けている
わかったフリに意味はあるのか
快速電車と競争しているような馬鹿馬鹿しさ
疲れてるけど
やめられない。
息を止められない。

 

 

 

あきれて物も言えない 21

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

毎日、詩を書いている

 

昨年、2020年の4月1日から、毎日、月曜日から金曜日まで、詩をひとつ書いて、「浜風文庫」に公開している。
もうすぐ、一年になる。

わたし一人ではなく、ロック・ミュージシャンの工藤冬里さんも毎日、詩を書いてくれて、浜風文庫に公開してきた。
また、写真家の広瀬 勉さんのブロック塀の写真も毎日、浜風文庫に公開してきた。

詩を書く、詩を毎日、書くということは、どのような行為なのだろうか?

わたしの場合は、毎日の自分の生活の事実に基づいて書いている。
ツイッターの「楽しい例文」さんからタイトルを借用して、本文にも、同じ例文を最終行に引用している。

まず、日本語で詩を書いて、次に英語に翻訳して、英語の詩と日本語の詩を繋げて、ひとつの詩としている。

例えば、今日は、以下の詩を書いた。

 
 

Something is wrong with the engine.

エンジンはどこか故障している。

 
 

this morning too

to the estuary
walked

I walked along the river

on the peninsula
the sun was shining

the wind was blowing

before noon
at the florist

I bought a white chrysanthemum for my mother-in-law’s Buddhist altar

soon
two years

in this world
is it the third anniversary

in the afternoon
I was listening to Haruomi Hosono’s “I’m only a little”

repetition
I was listening

the wind was blowing
I was walking in the wind

Something is wrong with the engine *

 

 

今朝も

河口まで
歩いた

川沿いを歩いていった

半島の上に
朝日は

光っていた

風が吹いてた

昼前に
花屋で

義母の仏前に供える白菊を買ってきた

もうすぐ
二年になる

この世では
三回忌というのか

午後には
細野晴臣の”僕は一寸”を聴いてた

繰り返し
聴いていた

風が吹いていた
風のなかを歩いていた

エンジンはどこか故障している *

 
 

日本語の詩を英語に翻訳するのは、英語にするとどんな言葉のニュアンスになるだろうかという異言語の語感の楽しみがあるのです。日本語を英語にするとき英語はわたしに主格と時制を要求して来ます。

毎回、そうですが、詩を書くときは、自分や他者の既存の詩のことを考えません。

詩は、ゼロになって、ゼロから書きはじめて、生きるものとして書きます。
自分の生活の事実に即して詩を書きはじめます。
それで「詩が成立した」と思える一瞬が、たまにあります。

「詩が成立した」と思えると、嬉しいのです。楽しいのです。
「詩が成立した」とはどういう事なのでしょうか?

わたしの詩の言葉は、言葉のコミュニケーション機能が破壊されて、わたしたちの心の底に沈んでいるわたしたちの言葉の「先祖」に出会う体験なのではないかと思うことがあります。

「先祖」といってもお祖父さん、お祖母さんや、曾祖父さん、曾祖母さんよりも、もっともっと昔の1,000年や10,000年、100,000年前くらい前の「先祖」、原人くらい前の言葉の「先祖」に出会うことじゃないかと思ったりすることがあります。

原人くらい前の「先祖」の言葉とはどのような言葉なのでしょうか?

今日、わたしは、朝、小川の土手を河口に向かって散歩していて菜の花が風に揺れるのを見たのです。
菜の花には朝日が斜めに射していて輝いて揺れていました。
その光景が眼に焼きついています。
眼ではなく脳に焼き付いているのでしょうか?
この眼と眼と脳を結ぶ神経と脳に焼き付いているのでしょう。

菜の花が風に揺れるのを言葉にすることはできるでしょう。
それで春が来ているというような意味のことを言うこともできるでしょう。
しかし、この眼と神経と脳に焼き付いている光景は言葉ではないのです。

その光景はこの世界そのものなのです。
わたしは、その光景に出会い、言葉を失います。
絶句します。
そして絶句の後に、言葉にならない言葉を探しています。

このわたしが感じることができる光景や、言葉にならない言葉の歓びが、
もしも、他者に届くことがあれば、それは、ありがたいことだと思うのです。

詩がなんであるのか、うまく言えません。

しかし、詩を感じることは、できるのです。
詩は、わたしたちの遠い「先祖」であり、いまを生きること、この世界そのものに出会うことの歓びであるように思います。

 

呆れてものが言えません。
ほとんど言葉がありません。

 
 

作画解説 さとう三千魚

 
 

* ツイッター「楽しい例文」さんより引用させていただきました。