草の絮 タマシイ光りて 夜を跳ぶ

 

一条美由紀

 
 


揺れて 奥へ
ニゲテニゲテ

私はワタシを閉じ込める
扉は錆びつき、窓は小さかったけれど、、

 


私が卵だった頃

 


10月19日
ベルを押す指先は黒く腐っている。
でもなぜ?
彼は今幸せな開放感に満ちていた。

 

 

 

あきれて物も言えない 04

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている

 

もう2ヶ月が過ぎようとしている。

2ヶ月ほど前に表参道のスパイラルというところで自分の詩について話したのだった。
2時間くらい話すようにということだったのですが2時間も話すことは自分にはないなあと思えてその日まで憂鬱だったのだ。
自分の憂鬱はしょうがないけど来てくれる人まで憂鬱にしたら申し訳ないとも思ったのだ。

「自己に拘泥して60年が過ぎて詩を書いている」という演題だった。

自分の詩について話すよりも自分がどのような詩に関わってきたのか、
どのような詩が素晴らしいと思って生きてきたのかを話す方が他者にはメリットがあるのではないかとも思ったのだ。

それで東京に向かう新幹線の中でノートパソコンに向かいレジュメを作ったのだった。
会場ではレジュメ通りに進めた。
松田朋春さんが司会をしてくれたので安心でした。

18歳の浪人だった頃に読んだ西脇順三郎の「茄子」という詩をまず朗読してみたのだ。

それから22歳の頃、東中野にある新日本文学の鈴木志郎康の詩の教室に通っていた頃に読んだ鈴木志郎康の「わたくしの幽霊」という詩集から「なつかしい人」という詩を朗読したのだ。

また、最近、発見した谷川俊太郎の「はだか」という詩集から「おばあちゃん」という詩を読んでみたのだ。

金子光晴の詩が入っていないのは片手落ちだったかもしれないが、
どの詩もわたしが書きたくても書けないような詩なのだ。

 

「茄子」

私の道は九月の正午
紫の畑につきた
人間の生涯は
茄子のふくらみに写っている
すべての変化は
茄子から茄子へ移るだけだ
空間も時間もすべて
茄子の上に白く写るだけだ
アポロンよ
ネムノキよ
人糞よ
われわれの神話は
茄子の皮の上を
横切る神々の
笑いだ

 

「なつかしい人」

わたしの遺影の前には
パイプと煙草がきっと置かれるだろう
そんなふうな
気遣いをしてくれる人が
一人ぐらいはいるだろう
パイプをくわえて
薄暗い室内に座っていると
その人が急になつかしくなる
しかし、その人が誰なのかは
まだ生きている
わたしにはわからない

 

「おばあちゃん」

びっくりしたようにおおきくめをあけて
ぼくたちには
みえないものを
いっしょうけんめいみようとしている
なんだかこまっているようにもみえる
とってもあわてているようにもみえる
まえにはきがつかなかったたいせつなことに
たったいまきづいたのかもしれない
もしそうだったらみんなないたりしないで
しずかにしていればいいのに
でもてもあしもうごかせないし
くちもきけないから
どうしたらいいかだれにもわからない
おこったようにいきだけしている
じぶんでいきをしているのではなく
むりやりだれかにむねをおされているみたい
そのとききゅうにいきがとまった
びっくりしたままの かおでおばあちゃんは
しんだ

 

これらの詩をもう一度、今夜、読んでみた。

これらの詩には詩人が自身でありながら自己と他者を公平に見ることができる視線があるように思います。
自己と他者を公平に見る視線を持つということはなかなか高度な達成であると思います。

これらの詩に書かれている達成に比べたら、
わたしの生は自己に拘泥してきた生であったと思わずにはいられないです。
他人のことなど少しも考えもせずに自分のことや自分の利益だけを考えてきたのだろうと思わずにはいられないのです。

先週の金曜日には相撲の桟敷席のチケットを知人から頂いたので女と女の友人たちと蔵前の国技館に行きました。
国技館ではちゃんこを食べてから弁当を二つ食べてビールを二本を飲みました。
大好きな大栄翔が鶴竜を打ち負かして座布団がたくさん飛びました。
それから女たちと別れて浅草橋で荒井くんと飲みました。
それで荒井くんと別れて総武線と中央線に乗り、酔いつぶれて武蔵境まで乗り越して、
高円寺に戻って、広瀬さんと朝まで飲みました。
それから新宿のホテルまで戻りシャワーを浴びてすこし仮眠してから恵比寿の写真美術館で写真を見ました。
なにを見たのかよく覚えていませんが金髪の西洋の女性が土田ヒロミの写真を見てボロボロと泣いているのを見ました。
わたしは泣けませんでしたが土田ヒロミはいいなと思いました。
それから中目黒に向かい写真家のしどもとよういちさんと会い飲んだのでした。
しどもとさんは不思議で美しいひとです。
それでしどもとさんと別れて高円寺に向かいすこし飲み、新宿のホテルに帰り、風呂に入りすぐ眠った。
翌日、上原のユアンドアイの会で詩の合評をして、その後で、詩人のみなさんと飲んだのだった。
楽しかった。

よくもまあこんなに酒を飲むもんですねえ。

なぜか突然、思い出したのですが、
むかし、新潟にある坂口安吾記念館に一人で行ったことがありました。
記念館の奥の部屋に「菩薩」という大きな書が掛かっていた。へー、安吾、菩薩かあ!と驚きました。
あれは安吾の書だったのでしょうか?
その後で午後に羽越線に乗り羽後本荘に向かいました。
車窓からずっと夕方の日本海と浜辺に並ぶ漁村の景色を見ていました。

いまはいない義兄が羽後本荘駅で待っていてくれました。

あきれて物も言えません。
あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

人とそのお椀 07

 

山岡さ希子

 
 

 

あおむけ 足はあぐら 左足を深く曲げ 右足裏を軽く左足の脛に添わす 
頭側は少し低い 左の腕は肩の上で 肘を曲げ 手のひらに椀をのせる 右手は股のところ 掬うような形 それを少し覗き込んで 手相を見るような 手のひらの汚れを確認するかのような 不安

 
 
 

ひと噛みに涙も忘る唐辛子

 

一条美由紀

 
 


「嘘」という名の私。切り刻むのが好きだった。でもいつも本当のことを言ってきた。

 


後悔の土塊が増えていく。幸せの植木鉢もいくつか増えた。
いつも混ざり合う。いつも喧嘩する。
何を植えようか、何を育てようか。

 


ハイウェイの先に広がるサボテンの楽園、
そこでの待ち合わせには間に合いそうにない。
多分、永遠に。そして永遠に。
私は永遠に。

 

 

 

あきれて物も言えない 03

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

敗戦の日なのだ

 

昨日は終戦の日だった。
太平洋戦争が終わり74年が過ぎたわけです。

敗戦の日と言ってもいいのでしょう。

夏になりますと戦争ということが思い出されます。
人の死ということが思われます。

昨日、8月15日の全国戦没者追悼式での新天皇のおことばが、
今朝、新聞の一面に掲載されています。

“本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来74年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。
戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。”
(2019年8月16日 朝日新聞 朝刊より引用)

戦争により死んだ、あるいは傷ついた、日本人と世界の人々に、これらの言葉は届くでしょうか?

「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」
という誓いと祈りを大切にしたいとも思います。

 

人はいつか死ぬんでしょうけれど、
戦争というのは国の命令で人が敵国の人を殺したり殺されたりするわけなんでしょう。

ウィキペディアで「第二次世界大戦の犠牲者」を調べると第二次世界大戦の死者数は5000万〜8000万人ということです。

※参照ウィキペディア「第二次世界大戦の犠牲者」

これは傷病者を含まない死者数だといいます。

日本では約312万人の死者数で、軍人が212万人、民間人が100万人が死んでいるということです。

朝鮮(日本統治)では民間人死者数が約48万人、軍人は日本軍の数字に含まれるようです。
中国(中華民国)では約1,000万人〜2,000万人の死者数で、軍人が約400万人、民間人が約1,600万人、
フィリピンでは約105万人の死者数で、軍人が約5万人、民間人が約100万人、
インド(イギリス領)では約258万人の死者数で、軍人が約8万人、民間人が約250万人、
東インド(オランダ領)では民間人の死者数が約400万人、
インドシナ(フランス領)では民間人が約150万人、死んでいます。

ドイツでは700万人〜900万人の死者数で軍人が約550万人、民間人が約350万人、
ソビエトでは2,180万人〜2,800万人の死者数で軍人が約1,385万人、民間人が約1,800万人、死んでいます。

また、
イギリスでは約45万人の死者数で軍人が38.3万人、民間人が6.7万人、
アメリカでは約41.8万人の死者数で軍人が41.6万人、民間人が1,700人、死んでいます。

これらの死者数の単位は万人です。
アメリカの民間人の死者数以外は全て単位は万人なのです。
死者は一人一人で死んでいったでしょう。
単位が万人とはじつに大雑把です。
約1万人の死者の姿さえ想像することができません。
約5000万〜8000万人という死者の姿など想像できません。

日本人が310万人死んでいる。
朝鮮の民間人が48万人死んでいる。
中国人が2,000万人死んでいる。
フィリピン人が105万人死んでいる。
インド人が550万人死んでいる。
インドシナ人の民間人が150万人死んでいる。
ドイツ人が900万人死んでいる。
ロシア人が2,800万人死んでいる。
イギリス人が45万人死んでいる。
アメリカ人が41.8万人死んでいる。

それ以外の国の人びとも死んでいる。

また、この数以上に恐らくは傷ついた人たちがいる。
国から捨てられた人たちがいる。
慰安婦にされた少女たちもいる。

人類はこんなことをまたいつか繰り返すのでしょうか?

わたしの母の母、祖母は、一人息子、わたしの叔父を沖縄の戦いで失いました。
祖母は大切な一人息子を「天皇陛下万歳」と言って送り出したのでしょう。
老いた祖母が着物姿で庭の生垣の野ばらの白い花を窓越しから眺めていたのを思い出します。
いつまでも灰色になった眼玉で野ばらの白い花を見ていました。

日本人の多くが戦争を体験しました。
ほとんどの人びとは天皇の名の下に戦ったわけです。
世界の多くの人びとも国の名の下で戦ったのでしょう。
戦闘だけでなく病気や飢餓、大空襲、各都市での空襲、沖縄戦、広島の原爆、長崎の原爆、外地での敗戦による自決や暴力や殺害などなどを体験しました。

国や天皇の名の下に人は通常では犯罪となる殺人や暴力行為を大量に行ったのです。
いまやこの世界ではAIやロボットや小型化された核兵器による戦争までも行われつつあります。

あきれて物も言えません。
あきれて物も言えません。

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

人とそのお椀 06

 

山岡さ希子

 
 

 

無理な体勢 どうしたいのか 座り込み 両手でお椀をしっかり掴み 思い切り前かがみ 両足の間から 股の下に両腕を押し込み お尻の下にお椀を送り出す ちょうど肛門の下に お椀がくるように つるりとした身体で 性別不明 頭と目は少し前の方を向いている

 
 
 

蟻100匹の行進に続く。

 

一条美由紀

 
 


赤ずきんちゃんとばかり遊んでいたら、狼は鬼となって戻ってきた。

 


君を使い捨てにしないよ。

 


真実は言わない。言ったらつまらない。これは本当のことだよと嘘をついて楽しむ。
そしてまた真実を聞くこともなく、”お話”を綴っていく。

 

 

 

あきれて物も言えない 02

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 
 

海の日なのだ

 

今日は海の日だったのかな。

この港町にも、
参院選の宣伝カーが回ってくるようになった。

候補者の名前が連呼される声は、
やかましいが、今回はやかましいとは言えない場合なのかな。

参院選の争点は、Y!ニュースの88,045人が回答したアンケート結果を見ると、
1)経済政策 33.2% 2)社会保障 26.3% 3)憲法改正 17.8% 4)外交・安全保障 9.6% 5)働き方 2.5% 6)子育て 2.4% 7)原発・エネルギー 2.2%
となっています。

選挙民の関心は、直近の自己メリットということなのでしょうか?
各政党は選挙民の自己メリットに訴えてくるのでしょう。

優先するべき「働き方」や「子育て」、「原発問題」、「憲法」など人間の基本的な問題が後回しになっている。

そう言えば、「経済で勝つ!」というコピーのポスターが数年前の町々には貼られていた。
それでその政党は勝ったのだった。その政党の選挙参謀は人々の自己メリットへの傾斜を見据えていて勝利したのだったろう。

人々は直近の自己メリットを生きている。

さて、海の日なのだ。
海には、魚たちやフナムシたち、亀たち、海豚たち、鯨たち、カモメたち、海鳥たち、貝たち、ゴカイたち、などなどなどがいる。

今朝の「天声人語」には島崎藤村の詩「椰子の実」が引用されていた。
<名も知らぬ遠き島より/流れ寄る椰子の実一つ/故郷(ふるさと)の岸を離れて/汝(なれ)はそも波に幾月(いくつき)>

新聞には引用されていませんが、詩はやがて<我もまた渚を枕/孤身(ひとりみ)の/浮寝の旅ぞ>と藤村の心情が歌われる。

しかし最近は、椰子の実よりもプラスチックの洗剤容器、レジ袋、サンダル、ペットボトルなどが、浜辺には打ち寄せているのだろう。嵐の後などは浜辺にうずたかく堆積しています。
わが港町の浜辺だけじゃない。どこの浜辺でも似たようなものでしょう。

海は繋がってますからね、国を超えて繋がっている。

今朝の「天声人語」では、2050年には海に捨てられるプラスチックが世界中の魚の総重量を上回るという試算が述べられています。

海には、あまり自己メリットはないから、捨てちゃえ、ということでしょうか。
わが港町の突堤にも土曜、日曜にはたくさんの釣り人たちが集まります。
子どもを連れて釣りにきている若い夫婦もいます。
それで土日の休みが終わると突堤はゴミだらけになるんです。
そのゴミを常連の釣親爺たちが月曜日に片付けていたりしてるんですね。

わたしも以前は遊漁船に乗って釣りをしました。
それでコンビニ弁当やカップラーメンを食べたりしますと最後に船頭さんがゴミを集めて、
海にポイと捨てたりするのを見てしまうんです。

もう何も言えません。

たまたまわたしたちヒトに生まれちゃったのです。
ちょっとした遺伝子の組み合わせでヒトではなくわたしたちゴンズイやコノシロ、サヨリ、キュウセン、オジサンであったかもしれない。フナムシであったかもしれない。

一度、真夏の海に一人でボートで浮かんでいて、ウルメイワシの大群の上に浮かんでいたことがあります。

海がウルメイワシの背中で真っ黒になるんです。
サビキの仕掛けを海中に下ろすとウルメイワシはいくらでも釣れちゃうんです。
それでその海中をよく見ると無数のプランクトンが泳いでいるのです。
ウルメイワシの大群はそのプランクトンに集まっていたのでしょう。

海は生命のスープなのだと思ったのを覚えています。

 

作画解説 さとう三千魚

 

 

 

人とそのお椀 05

 

山岡さ希子

 
 

 

さてどうしたものか 正座している 少し腰を浮かせている 踵を尻の下に敷き 踵を尻に立てる 両膝に体重がかかる
両腕を組み 目の下に置かれた 器の中の水面を見ている 
いや見ていないかもしれない どちらにせよ 考えごと あるいは 何かを待っているよう