佐々木 眞
神田鎌倉河岸にある、とても小さなビルで働く仲間たちと一緒に、
第2次関東大震災直後の、帝都駅の近くまで歩いて来た。
蜘蛛巣城のように高く聳え立つプレミア超幹線のプラットホームを見上げると、最後尾の13号車に、善良な市民や俸給労働者の貌をした、町内会、自警団、愛国婦人会員らが群がっている。
またしても大勢の伊藤野枝や大杉栄、孫文や周恩来やBTSを、鎌や竹槍や出刃包丁で殺戮し、その返り血を浴びて全身血塗れのまま、吊革にぶら下がって「君が代オマンタ音頭」を高唱している。
今日は、そんな帝国の臣民を慰労するべく、シン帝国政府が特設した、「全国プレミア新幹線13号車無料の日」なのだ。
いままで一緒に歩いてきた、人事のウチダやナカザワ課長、総務のごますりワタナベや広報のカトウ嬢たちは、「今からでも急げば、あの最後尾の13号車に滑り込めるはずだあ!」と、口々に叫びながら、蜘蛛巣城のように高く聳え立つプラットホームを目指して、「イチニノサン! ゴオ!」で駆けていったが、私らはそうしなかった。
熱血ラッシュアワーであんなに混んでいる列車に、彼女を乗せるわけにはいかない。
「ぼくたちは、次のが来るまで、しばらく待っているよ」と彼らに言って、
線路と並行している狭い野道をずんずん歩き始めると、彼女も後を追ってきた。
ラララ、2人だけの野道だ。
ラララン、2人だけの夜道だ。
知り合ってまだ日も浅いのに、いつの間にか2人は手をつないで
ゆっくり、ゆっくり、一本道を歩いて行った。
初めて手をつないだが、手をつなぐことがなぜか恥ずかしく、
そのうえ、手に汗が滲んできたのが気になって、
ぼくは彼女の掌の真ん中を、中指で一回だけ、チョンと突っつくと、
彼女も一回だけ、チョンと突っつき返してきた。
「しめた!」と思って、
今度は掌ぜんたいを、2回連続で、グッ、グッ、と握りしめると、
彼女も2回連続で、グッ、グッ、と握り返してきた。
「やったあ!」と思って、
今度は間を開けて、3回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握りしめると、
彼女も3回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握り返してきた。
「超ウレピイな!」と思って、
今度は回数を間違えないように、「イチ、ニー、サン、シー」と頭の中でカウントしながら、10回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握りしめると、彼女も10回連続で、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、と握り返してきた。
それからぼくは、「生まれてこの方、これ以上幸福な瞬間は知らなかったなあ」と思いながら、もうすっかりうれしくなって、彼女の手を握り締めながら、
暗い線路沿いの一本道を、どこまでも、どこまでも、歩いて行ったのでした。