松井宏樹
「ひよっこ」の時子は、ツイッギー・コンテストに当選するんでしょうかねえ。
みね子のお父さんの頭と、マスコミに追われて逃げてきた川本世津子の仕事も心配。
北朝鮮のミサイルより、ずっと心配。
三横綱が休場して、高安と宇良も休場した秋場所は、どうなるんだろう。
私の好きな、「日本人より日本人な横綱」ただひとりで、大丈夫なんだろうか。
北朝鮮のミサイルより、ずっと心配。
突然の解散総選挙で自公+新党の保守勢力が圧勝して、「保守にあらずんば人にあらず」の国になったら、憲法第9条なんてどうなるんだろう。
北朝鮮のミサイルより、ずっと心配。
きのう、青大将の長くて白い抜け殻を庭で見つけた。
あれは、今頃どこにいるのか。天井で、とぐろを巻いているのかしらん。
北朝鮮のミサイルより、ずっと心配。
寄る年並みに勝てず、われら老夫婦が先立ったら、残された子供はどうなるんだろう。
いったい誰が彼の歯を磨いて、爪を切ってくれるんだろう。
北朝鮮のミサイルよりずっと心配。
北朝鮮のミサイルよりずっと心配。
わたしのために野菜が刻まれる
じゅうじゅう
それらを聞きながら
スパゲティはケチャップたっぷり
ベーコンより豚バラ
粉チーズは少し控えめに
我が家のスパゲティ=ナポリタンだ
ケチャップはストックしておくのを忘れるな
1度でほぼ使いきるから
お買い得でもメーカーは守ること
父のスパゲティ
うまくいったときの70点以上くらいのときの
父の満足そうな食べる姿
わたしのための目の前のスパゲティ
ふいに 誰かが
頬に くちづけをする
階下から
張りのある声が聞こえる
活気のある抑揚
フェルマータがまざる
懐かしいアレグロ
お父さんだ
あさいちばんで
取引先と電話している
デスクの横で
お母さんが笑顔でふりむく
お父さん
また商売を始めたんだね
柔道はあんなにつよいのに
お金はまったく計算できないんだから
こんどこそ儲かるといいね
すぐにへこたれるお父さんを
これからも よろしくね
お母さん
お母さんは計算機を打ちはじめる
スタッカートは
むなぐるしい予感
ショパンのワルツが聞こえる
乱舞し
湿った匂いがする
お父さん
ピアノを買ってくれてありがとう
お母さん お祭りやお正月に
いつも着物を着せてくれて
ありがとう
しあわせ
春の土ぼこりの匂い
バッハのパルティータ
かけあしの
ファルテッシモ
石畳の靴音は
濡れている
きょうも
お父さんとお母さんは
どこか遠いところに
いそいでお出かけ
車に乗って
いつも
もっともっと たくさん
いろんな ありがとうを 言わなくちゃ
はやく もっと
言わなくちゃ
お父さ-ん!
お母さ-ん!
声が出ない
雨音とともに立ちのぼる
春の土ぼこりの匂い
パルティータ
アレグロ
猫がくるったように部屋じゅうを
かけまわる
あれ
ショパン
アレグロのワルツ
あれ やっぱり そうだよね
お父さんも
お母さんも
もうとっくに
この世にいないのだった……
のどをならして
猫のミュウちゃんが
わたしの鼻を
甘噛みしている
ようやっと
眼をあけると
泣いていた
夜明け前4時
何かがドアを開けて
かけあしで出ていく
ふくすうの
足音
車が濡れた路面をはしっていく
今回も明示的なテーマはありません。(タイトルは読者向けの便宜的なものです)
わたくしごとですが、これほどセレクションに苦しんだことはありません。数週間七転八倒しました。(今回ははじめて浜風文庫掲載を前提に撮りました)
その結果が「この程度」でありまして、内心忸怩たるものがありますが、これはこれでひとつの到達点ではありますので受け入れようと思います。
わたしは組み写真がもっとも不得手なものですが、「浜風文庫」においては写真掲載は「組み写真」が紙面上最も良いと個人的には考えています。
もし1点のみの掲載に留めるのであるならば、写真1点とショート・エッセイが相応しいのでは無いかと思います。
そちらの方がわたしとしては得意なのですが、やはり組み写真への取り組みは大切な修練でありそれを発表する場も数少ないゆえ、これはとことん「組み写真」でいくべきだと考えています。(どこまで続けられるかは「神のみぞ知る」ことではありますが)
写真というものはやはりプリントしてテーブル上に並べ、それを眺めながらさまざまに並べ替えセレクトしてページを構成する(あるいは展示を構成する)ものなのだと改めて思い知らされます。作品としての写真はプリントして初めて写真になるというのは永遠の真理なのかもしれません。(わたしに限っていうならば、モニター画面上でのセレクションはもはや不可能だと思い知りました)
そして写真にこころ惹かれるときそこには必ずそのひとにとっての「プンクトゥム」があるのです。(ロラン・バルトのいうように)
今回は改めてそのことに気づく機会となりました。
ありがとうございました。
狩野雅之 拝
Winding Sheet は死体を包む白い布という意味
窓の外を雪がひっきりなしに降る30丁目の教室で知った
小説の中で黒人の妻は黒人の夫に向かって笑顔で言う
白い布に巻かれたハックルベリーの果実みたいだわ、と夜勤明けの午後
授業が終わり外に出る乾いた雪が吹き上げ巻きつく擦れ違う
一晩中重い荷物を運び続ける夜勤に向かう男とたぶん
ホワイトアウトした坂の上のスノウドームの中には
お城のように大きなデパートが浮かび上がる
黒人の店員にエクレアひとつおまけしてもらうカタジケのうゴザイマス
たくさんの人が行き交うグランドセントラルターミナルを通り抜けるアパートに帰る
甘すぎるエクレアを頬張りながらコメディドラマを見て大声で笑う
本日の為替レートをチェックする今日も円高 ※3
アリガタキ幸セな日々は早や刻限なりて
飛行機で海を越え深く西に落ちていく帰国する
ニホンへ生まれた国へ
沈んでいく
ニホンhitoはいつも大勢で集まっている座っている立っている
ハグしてコンニチハ アクシュ、アクシュ、
ハグしてサヨウナラ アクシュ、アクシュ、
コンニチハもサヨウナラもニホン語なのに疎外される
アメリカjinと言われてしまうアッシはニホンjinでゴザイママスdesu
すぐ触りたがるとか男好きだとか女好きだとか罵られるただの挨拶でゴザイマスdesu
ハグって親愛の証なのでゴザイマスdesu
すごくあたたかくて安心するのでゴザriマスdesuデス
ひどくみじめになってニホンhitoがたくさん詰まっている乗り物が怖くなって
足を引き摺りながら駅までの道をバス停6つぶん歩いた夕方
大きな自動車工場の横を通り過ぎる擦れ違うたぶんここでも
小説の中の男は並んでいたのにコーヒーを買えなかった売り切れたと言われて
足を痛めている足を痛めている足を痛めているのに
仕事を休めない一晩中重い荷物を運び続ける夜勤に向かう痩せたガイコクjinとすれ違う
お気をつけナサッテクダセェYo!
晴れのちセシウムときどき曇りストロンチウムのちセシウムのニホンの空
助けてくださいわたしばかka?
ごめんなさいka?
わたしばかka?
助けてください
このヘルプ傲慢でゴザルぞ傲慢でゴザルぞ
初の黒人大統領はその肌の色ゆえ苦戦が強いられている
決死の覚悟でゴブレイセンバン小田急線に乗り込むニホンhitoの渦に巻き込まれる
このわたしのみじめさなんてヤクタイもない誤解なのか
ユーチューブで理由もなく殺された黒人少年を悼む大統領の演説を聞く
地下鉄の入口で並んでいたのにコーヒーを買えなかった黒人の男は
妻を殴り続けながら白く絡み付くWinding Sheetの罠に落ちていく
電車を降りる歩くWinding Sheetの裾を引き摺りながら帰宅する
思考がぐるぐるする空回りするから思い切って
逆回りに回って回って
Winding Sheetを引き剥がす
ふいにグランドセントラルターミナルを行き交うたくさんの人々を思い出す
絡まる解れる絡まる解れる広がる広がる
空にはスーパームーン輝け広がれ
すべてすべてを暴き出せ
Yo!……おヌシ、
書け、わたし輝け
※1 Ann Petry著 小説“Like a Winding Sheet”からの引用あり
※2 初出・同人詩誌「モーアシビ」30号
※3 わたしがニューヨークに滞在した2011年1月~2013年1月の2年間は1ドル=80円前後をずっとキープしていた。