あかし

 

廿楽順治

 
 

こういう女は石で打ち殺せ

あのひとは
身をかがめて
指で地面に何か書いておられた

「ひとりで書くのは
あかしではないだろう」

死んでしまったやつと
いつもふたりで
「おれたちは法のあかしをしている」

奴隷はすぐに
町へと出て行くだろう
だがわたしは子としてここにいるのだ

女と死んだやつはここにいるか
あなたたちは女の下からでてきたか
女に石を投げ続けたやつはいるか

どうして
この話がわからないのか

そう地面に
指で
ふしぎな不等式を書いておられる

 

 

 

根岸交通公園

 

廿楽順治

 
 

もうだいじょうぶ
(ここにはずっとなにもおこらない)

はねられて
空に埋められた子どもらを

(わたしはみた)

老いた信号機のもと
ひかりの色を思い出そうとしているが

あおも
きいろも

くらしているだけではみることはない

わらいながら
路は急に深くまがり

空は
子どもらの
とまった呼吸でもういっぱいだ

(それを轢いた)

そのことが公園なのだ

 

 

 

 

廿楽順治

 
 

わたしの足は
けっして洗わないでください

多くの足が
そう言い出してきかない

(うるさい地面の夜が来る)

がむしゃらに菜めしを
喰っているものに
そのかかとをあげてやりましたが

ある日
きみはわたしの足を
知らないと三度まで言うだろう

喰ったにわとりの足は静か

などと うつくしく
詩に書いてしまうだろう

その詩は
足に来た夜でも
だれの地面でもないというのに

 

 

 

どろ

 

廿楽順治

 
 

わたしの目にどろをぬり
わたしが
それを洗い
そして見えるようになりました

日曜日も
にもつをはこんでいるひと
そのひとは
日曜日をどうおもっていますか

見えるひとたちが
見えないようになるために

にもつをはこんでいます
どろをぬりにいきます
それらの目に
地面をあたえるために

つめたい車を
ひとりで汚れながら引いていき
その轍を洗うと

わたしはおのずと
鏡のような平野になります

べつになにも
思いません

 

 

 

世の石

 

廿楽順治

 
 

しかし
つまずいてしまう

そのひとのなかに夜があるからだ

石をどけなさい
くらたさん
いいかげんにして
でてきなさい

(もう四日もたっていますので)
顔の布を
ほどいてやりなさいというと
ついにでた

しかし
祭りの日に
またつまずいてしまう

この世にはあまねく
石が
顔のようにころがっているからだ

 

 

 

野島夕照

 

廿楽順治

 
 

日の当たりたる
(あれが)

焼け跡となる
こともあるだろう

喫茶「オリビエ」の奥で

ひとのいる気配がある
(でも死んでいたかもね)

湾のずっとむこうを
誰かの長い首が

くるしげに
上下したようにみえた

あれが
クレーンというものだ

(ひとびとのあかく枯れた声)

 

 

 

盲人

 

廿楽順治

 
 

「夜がくる
するとだれも動けなくなる」

ひとりで
その本を読んでいると
道の前に入り込んでくる盲人がいる

泥のついた眼で
(やがてそれは開くのだが)

本の男はなにも知らない

なぜ眼なのか
なぜその先が他人の風景なのか

「見える人たちが
見えないようになるために」

ぬるぬるするものが
足のうらへ

くっついてくるのだ

 

 

 

ひきうす

 

廿楽順治

 
 

わたしの首に掛けられたこれを
なんとみますか

(天下ごめん)

その指先を水でぬらし
わたしの舌を冷やしてください

ぜったいやだね

ふたりの女がうすをひいている
きょうも
なんか命が重たいあたしたちさ

死人のなかから
よみがえってくるものがあっても
(pha!)

この世界の傷はずっとむこうにある

これをみなさんは
(pha!)
いったいなんとみますか

 

 

 

仮庵

 

廿楽順治

 
 

そしてひとびとは
おのおのの家に帰っていった

(姿をすてたのだ)

じぶんをはっきりと世にあらわしなさい
文字のように
と男たちは言った

それだのに
あなたは
いつも畑の隅にいて見えない

腹から
どんな架空の水が流れているのですか

わたしの仮庵から来たのは
もうわたしの肉じゃない

この祭りのために
刈りとられてきた
たくさんの隅っこの目玉たち

どれも
でたらめな方向を見ている

どうして
わたしの話すことがわからないのか
「まだわからないのか」

 

 

 

戦争が

 

廿楽順治

 
 

「戦争がおわったぞ」

その声に
会議室がふいにざわめいた

わたしはそのとき何か
顔を赤くして報告していたが

ああ
もうばかな死に方は世界からなくなるのだ
と涙が流れてしかたない

もう会議で
しょうべんをがまんしなくてよいのだ

「戦争がおわったぞ」

その声は どこから
くるのかもわからない

だれが
わたしたちのために 
戦っていたのかもしらされていない