息を抜く

 

辻 和人

 
 


抜く
抜くぞ、やっと抜く
「コミヤミヤもこかずとんもお昼寝入ったから2時間外行ってていいよ。
帰ってきたら私が休憩行かせてもらうね」
ってわけで行きつけのファミレスへ
ドリンクバーのアイスティーきゅーっ口に含んで
頭の湯気冷やす
コミヤミヤとこかずとんから切り離された孤独な時間
孤独ねえ
昔はふんだんにあったけど
今はとっても貴重
息、抜くぞ

ゆっくり音楽聞く時間なんて皆無だから
気合い入れてイヤホンを耳に押し込んだところ
「すっごーいっ、ほとんど合ってるじゃない、感心感心」
サルサの代わりに甲高い声が聞こえてきた
20歳前後のメガネかけた女性と中学生くらいの色白の男の子
「この因数分解、ケアレスミスでしょ。
本番だとミスじゃすまないから気をつけて。
それにしても完璧。先生、中学の時こんなに解けなかったよ」
家庭教師に勉強みてもらってるのか
夏休みの過ごし方で点数が開くっていうしな
「じゃあ、数学はおしまい。
今度は英語のミニテストやるから、それ終わったら休憩しよっ」
数学も英語もみられるなんて先生結構優秀なんだな
耳元でコンガがツクパクツツトト
あー、久しぶりのサルサ、痺れるなあ
抜こうよ

沸き立つ歌の掛け合いに身を委ねてると
また甲高い声が
「えーっ、haveの後は過去分詞にしなきゃだめだよ。
うーん、数学あんなにできるのに英語はもうちょっと基礎頑張んなきゃだね。
とにかくちょっと休憩しよ」
得手不得手なんて誰でもあるさ
そんなことより息、息

軽快なピアノソロが始まった
その直後
「先生、この抹茶パフェってのがいいなあ、F君は何にする?
おかあさんからお金いただいてるから何でも頼めるよ」
「いいです。もう少し英語勉強してからにします」
テストの出来の悪さにショック受けてるか
「えーっ、まだ受験1年先だし大丈夫だよ、それより息抜きしよっ」
「ぼくいいです。先生食べてていいですよ」
思わず、息、止めちゃった

おいおい、それはないだろ
キミからは先生は大層な大人に見えるんだろうが
実際は6つ7つくらいしか離れてないんだぜ
まだまだ女のコなんだよ
おかあさんが勉強中に何でも好きなもの頼んでいいって言うから
新商品のスイーツ食べるの楽しみにしてたんだぜ
それを何だよ
人生経験が少ないから仕方ないかもだけど
ここでケーキの一つでも頼んでやれば
先生嬉しいんだぜ助かるんだぜ
溜めた息は
抜く
のが正しいんだぜ

コミヤミヤとこかずとんはさ
生まれてもう4カ月半
肺しっかり首しっかり
コミヤミヤが大きなあくびすれば
注入された息はみるみる小さな体を膨らませ
そうして一気につぼんだ口の隙間からぷへっと抜かれて
はい、今度はこかずとんに伝染
両手をわなわな持ち上げて
横向きの顔を仰向けに直し大きく息を吸って
おおーあくびー、開いた口とともに顔が縦長に変形変形
ぷすーっと抜かれてまあるい頬っぺに戻る
吸ったら
抜いて
自由に、好きに
そんなの出がけに見てきたんだ

ところがさ
先生もさるもの
「へぇ、じゃあ先生先に頼んじゃうよ」
ピッとパネル操作して注文終えて
ロボットが運んできた抹茶パフェ
抹茶アイスに白玉、粒あんこ、マンゴーやら何やらてんこ盛り
こんなデカいの一人で食えるのか
ところが口紅薄めの小さな口ぐわぁっと開けて
「うんうん、おいしいね、おいしいね、友だちから聞いてた通り。
F君も早くこの問題解いておやつタイムにしよっ」
巨大な緑の山みるみる崩れていく
おいおい先生、生徒が課題終えるまで待てないのか
息、抜き過ぎなんじゃないのか?

なんて光景に見入っていたら
イヤホンから流れてた曲、もうエンディングだ
トトットトットッ
あらら、終わっちゃった
音楽聞く貴重な機会だったのに
集中できなかったぞ
息って不公平
抜ける人は抜けるし抜けない人は抜けない
チクショー
今度こそ、抜いてやる
吸って吸って
肺を限界まで膨らませて
ぷへぇー、よし、別の曲スタートだ

 

 

 

胸の日

 

廿楽順治

 
 

子どものふくらんだ胸が
空のむこうへ ひらかれていく

その町でわたしたちは
六十年あまりを暮らしていました

ももいろのスーパーがあり
扉の影は いつもこわれていた

おおきな冷凍庫から よたよたやってくる
わたしたちの子どもそっくりの鳥

仕方なく
胸は ふくらんでしまったのでしょう

ひらいた空へ
わたしたちはぼろぼろの機影のように

(入っていく)

けれども ふるい
じぶんの爆音のほかはきこえてこない

 

 

 

ノラ

 

さとう三千魚

 
 


川沿いを

河口へ
走る

ナメクジがいた
カタツムリがいた

アスファルトの歩道にいた

歩いた跡は
銀色に光っていた

河口には
ノラがいる

風に吹かれてる

 

・・・

 

この詩は、
2024年6月21日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第6回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

塩ブタ

 

工藤冬里

 
 

胸骨に点灯する自信超過の咳込む池の釣り人の、枠の中の服飾の自動的なギルティ
外され方に揺らぎがあり
独楽は止まるまで生きている
地に平和とドミートリィは叫んだ
布は裂け太陽は零れ落ちた
老人に知恵などない
何をしても喜ばれない
咳き込むだけだ
悪いことを止めるためにできることはあるだろうか
胸バラはとっくにベーコンになってしまった
蛍とも関係がある

 

 

#poetry #rock musician