ニクの解凍

 

サトミ セキ

 
 

わたしは新妻、スーパーで五百グラム千円「お買い得の牛肉切り落とし」を見つけ、よしと気負って買い込み、肉じゃがやニンニク芽炒めに使ったはいいが、五百グラムそれしきではなくならない。
冷凍したのは五日前、さあ解凍と電子レンジの扉を開けたところ、わたしは監視レンジ、透明の扉にいま夫ちょっと前まで独り身男十年分の、なめらかソース海老グラタン、ガーリック風味強化鳥唐揚、ひき肉と洋野菜旨味ミートソーススパゲティ、大好物の油と脂がベッタリと黄色い層になり電子レンジ、天使レンジにこびりついている。
天使レンジがわたしへのゴングをチンと鳴らして、外に出たニクは白い深皿の中で血を流している。薄切りニクと呼ばれてニク屋で売っていたこれは、むかしウシだったのだ。ウシのかけらを白い皿に入れたのが間違いだった、でも新婚の家には適当な大きさの深皿は白しかないと決まっている、ウェディングドレスをクリーニングに出さなくちゃ、サスペンスドラマで殺される美女は必ずああああ必ず純白のドレスを、血しぶき、血が白い深皿に溜まって臭う。
白い皿の中のちゃぷちゃぷニクを引き出して、生温さに吐きそうになりながら、錆びた独り身男のニク包丁で、ああ切れない、ギルギルとちぎりむしると白いプラスティックの独り身男のまな板傷、何切ってきたん、が血の色に染まる。これは死んだウシの血なのだ。
この間しゃぶしゃぶが突然食べたくなって、いえ、退屈な会社帰りにフェィスブックに冷やししゃぶしゃぶの写真が載ってたから、近くのニク屋でしゃぶしゃぶ用の肉をください、と言うと、ニク屋はちょっと待ってと口ごもって、ケモノの死体保存庫から、ウシの大きな腕、血まで凍った真紅が霜を振ってる腕を重そうに取り出して(腕なの脚なの)、スライス機械にかけた。いつからパーツになってウシは保存庫に入っているのだろう。
水のようにサラサラの薄い、だけど臭い血を台所に流しかけ(今日のわたしはサラサーティ)、ちょっと間違っているのではと思い、そう、これは丸い便器の中に流すべきもの、そうすれば、全然吐き気はこみ上げない、真っ白の可愛い形に真紅がよく似合う、ヒトの血に慣れてる便器の中に流せば、ウシの血の臭いもきっと日常になる。台所だから吐きそうな、吐きそうになったギルギルちぎりニクで作った肉料理完成する、甘い声で食卓へと誘なう、たぷたぷと十年分のコンビニ脂が積もる腹を揺らしながらやってくる、さあ食べるのよ、わたしの夫。

 

 

 

長田典子さんの『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(思潮社)を読んだ

 

サトミ セキ

 

 

空0「ディグ・ダグ」とは、掘り起こす、研究する、ガリ勉する、皮肉・・の意味のディグとその過去形ダグ、なんだそうだ。
空0しかし、意味の前にこの語感! この詩集全編に満ち溢れるリズムを、タイトルが身にまとっている。
空0口語やオノマトペ、笑い声が詩篇のあちこちから立ち上る。50歳を過ぎてからの2年間のニューヨーク語学留学生活の、日本の閉塞的な状況を弾けて飛び出る生命感。
空0読みながらこちらに鋭く突き刺さってくる特別な感覚を抱くのは、たぶんベルリンと日本を往復した十年間の私の記憶と通底するもの、全く違う部分が、重ね合わせて生々しく蘇るからだろう。

 

●マッチョNYのやわらかな可塑性

空0日本と異なる海外滞在生活だから、心が解放されたと考える読者がいるかもしれない。だが、歴史が堆積したヨーロッパでなく、因習的な人間関係を重視するアジアでもなく、伝統と因習から解放されたニューヨーク生活だからこそ、この詩集は生まれた。
空0「わたし」の行き先は、地球上で、ニューヨークしかありえなかったと思う(例えば、私が長年行き来したベルリンは、価値観の多様性と同時に歴史と人間の闇に触れざるを得ない街で、ベルリンで知り合ったアート関係の日本女性の四人全員が婦人科系のガンを患った。これは偶然ではない。街の個性は心身の隅々まで浸透する)。
空0危ない方の道を歩け/ マッチョな人生だ/ 獰猛な獣になる
空0この詩集の中では、詩編のあちこちに強く激しい言葉が散りばめられている。日本で安定した道を選び、他人の目に監視された狭いムラ社会で受動的に生きてきた過去を粉砕するような、新しく生まれつつある自分を鼓舞するような。
空0ニューヨークはどんな価値観でもなんでもありの街、連続殺人犯が同じ地下鉄に乗って逃亡中で皆が銃を携帯している街だが、「やわらかい場所」なのだ。可能性というより、どんな人間にも変わることができる可塑性の街。
空0横幅があって強そうな(←笑ってしまった)自由の女神を見た後、地下鉄の中で「わたし」は地下鉄の中で、ぼんやりとやわらかくなったペニスを思い出す(「柔らかい場所」)。「思い出す」のだが、実はこれは過去の情事ではないらしいのだ。未知の出来事と既に体験したこと、過去の時間と未来の時間が詩の世界の中で融解して一緒くたになっている。
空0マッチョに飛び立つのだ/マッチョに
と連呼した後
空0生まれたばかりの赤ん坊のような/やわらかい時間が脈うっている
空0これは面白い。マッチョであることが、やわらかいものを招くのだ。いや、やわらかい場所であるからこそマッチョになれるのか。
出国したのは/受け身ではなく/慈しもうと思ったから/能動的に/この場所にいる
空0能動的でありながら、相手を自分自身を慈しむ。それは、まだ知らないエロティックな世界だ。
空0差し出された手の甲に 口づけをし/指先のいっぽんいっぽんを/順番に舐めていく そんな/まだ知らない/れんあいかんけい、のような/わたしの/場所がある(「柔らかい場所」)
空0これから開いていく自分の新しい生き方は、生命に基づいたやわらかな世界であり、エロスに直結したものなのだと「わたし」は直感している。

 

●人と街の距離について

空0この詩集では、人や異文化との葛藤が大きな主題の一つになっている。
空0例えばクラスの中で一番発音がひどい、と開口一番パーティーでクラスメイトに言われて、「わたし」は飛び出して部屋で明け方まで泣く(「言葉はボスポラス海峡を越えて」)。しかしロンドンの夏目漱石とは真逆で、予告なしに他人が自分の領域に侵入してきても、「わたし」は神経衰弱などにはならない。
空0飛び越えろ!/絶望のクレバスを
空0と自分を鼓舞し、
空0人の距離は伸びたり縮んだりするのですね/扇状に広がる時間や空間の狭間で/言葉は/カラフルなお花畑のようなものではないでしょうか

空0「わたし」は異文化の人々との距離感の取り方を、痛みと同時に唯一無二の個人的な実感とともに学んでいく。

空0自分の部屋、それもバスタブの中を外出中、顔も知らない工事の男が一週間も歩き回る。自分がもっとも清潔に保ちたいと思っている場所に、文字通り土足で毎日続けて踏み込まれ、油まみれの黒い足跡で蹂躙される。衛生観念や価値観の違いを言葉で説明したものの、価値観が全く通じ合わないことへショックを覚える(「クライスラー・バスタブ・クライスラー」)。
空0黒い靴跡は/オレンジ色に燃えるあしうらになって/わたしのからだの中を這い上がりました/ぼんぼりでした/ぼんぼりの灯でした(中略)
空0あなたは 正しいです/わたしは 正しいです

空0一角獣の角のように先端が空を突きさすクライスラービルを朝の窓から見る。アメリカの人たちは押しが強くて獰猛なのだ。あなたもわたしも等しく正しい。「わたし」は一角獣のような「獰猛な獣」になろうと決意し、黒い靴跡を無視して踏みつけて過ごし始める。ここでも、「獰猛な獣」になろうと決意する前に、これから出会う男とこのバスタブに浸かっておさなごのように触れ合う姿を想う。柔らかい時間、柔らかい場所が、カルチャーギャップを越えていくエネルギーを呼ぶのだ。

空0異国で親しくなった韓国女性ソヒョンとの齟齬と別れを描く「花狂い 花鎮め」では、言葉で感情を伝えて怒る、泣く。いつも「わたし」は全力だ。全力で語りかけるのに分かり合えないが、決してへこたれない。苦い記憶を噛み締めながら、「わたし」は人は幾つになっても変われるのではないかしら、と過去を振り返りながら、ソヒョンに語りかける。
空0他者との距離の一つ一つの痛みを伴う体験が、詩の言葉を介して読むこちら側に飛び込んでくる。まるで自分自身に起こった出来事のように。

 

●3.11を地球の裏側でオンタイムで見ていること

空0この詩集の中で最も印象的な一篇は、「ズーム・アウト、ズーム・イン、そしてチェリー味のコカ・コーラ」だろう。
空0ぐうたら(繰り返される「ぐうたら」の語感と、画面の中で進行している悲劇とのギャップ! )している日々の中、オンタイムでテレビやPCの中に突然日本の大災害の光景が現れる。
空0異国の画面で見るニホンのリアルタイムの3.11(私は2001年9月11日にベルリンにいた。海の外だからこそ、日本では報道されていないことを知り、日本では見えないことが見えることはある)。
空0画面でオンタイムで見る刻々と惨劇が画面の中で進んでいくトーホク。まるで映画のCGのようで、「リアリティってなんだ! 」と画面の外で「わたし」は繰り返し叫ぶ。
空0画像に釘付けになって一晩中涙を流し、目覚めて街を歩けば値下げされた服が目に入って買ってしまい友達に自慢し、いつもと変わらぬ生活を続けると思えば、語学学校では授業中に一時間原子力事故について語り続けてしまう。嘘くさい、そらぞらしい、と一方で自嘲する。
空0トーホク・日本と心理的に遠い距離・近い距離ごちゃ混ぜのまま刻々と変化し蠢く内面が、語学学校で書いた英文を交え、25ページのボリュームで綴られる。読者は3.11を自分がどんな風に体験したかも振り返りつつ、混沌を包み隠さず活写する全てを晒す率直さ、言葉の力に圧倒されるだろう。

 

●「愛」ってなんだ?

空0ところでこの詩集を一読した時に、疑問形で残ったのが、所々に散りばめられている「愛」とはなんなのだろう、ということだった。

空0手堅い仕事はそこで終わりにして/わたしは異国で暮らし始めた/永遠に遂げられなかった愛を成就させるために(「Take a Walk on the Wild Side」)
空0青空の奥底/彼方から/ア・イ・シ・テ・イ・ル/という声が/ かすかに 聞こえた(中略)/あなたを/わたしを/アイシテイル(「ア・イ・シ・テ・イ・ル」)

空0海外生活の中で新しい視点を得て振りかえってしまうのは、見ないように蓋をしてきた過去の記憶だったりもする。連続殺人犯が逃走中のニューヨークの地下鉄で、「わたし」は父親の暴力を思い出し、ダムの水底に沈んだ自分の生家、父親から受けた暴力の数々が蘇る。(「闇が傷になって眼を開く」)
空0しかし、ストレートに描写しているのに、悲惨さや悲しみや怒りよりも、すべてをオープンに白日の元に晒した清々しさはなんだろう。
空0ケンカしてから、仲直りすることなくそのまま韓国に戻ってしまったソヒョン、老人施設でぼんやりと時を過ごしている父親に対しても、過去や相手を許すのではない、ありのままを認めている。
空0「愛」とはきっと、存在価値がないと思っていた自分、家族に暴力を振るっていた父親、土足でこちらを蹂躙してくる他人…自分と他者の存在を全部肯定することなのだろうと読み終わって思う。
空0世界と他者の存在を肯定できたら、何も怖くはない。だから、最後の詩「Elephant in the room-象くんと一緒に」では、(脳に髄膜腫があり何がいつ起こるかわかりませんから)一人にはならないでください」と医師に言われても、「わたし」は全然動じない。
空0とうとう詩の時間は死後の未来の時間まで伸びていく。自分の脳に知らぬ間にできたゴルフボールより大きい髄膜腫を、英単語がなかなか覚えられない現在の語学学校生活を交えてコミカルに伝えつつ、幽霊になった未来の「わたし」がフラメンコ・ポーズを決め、この詩集は締めくくられる。

空0ほらほら、これが、あのゴルフボールです/イェイ、イェィ、イェイ、ヘイ!/
(幽霊になったわたしは片手を挙げてフラメンコダンサーの決めポーズ!)/
オーレ! (Elephant in the room-象くんと一緒に)

空0壮絶な父親の暴力を描いても、命に関わる病について語っても、言葉は暗い闇の底には沈まない。「わたし」はとどまるところを知らずに、新たに「愛」を得たやわらかい生命力でぶった切ってゆく。
空0私が惹かれるのは詩全篇から溢れる生命力だ。苦いカルチャーギャップも、画像の中にオンタイムで映し出される遠くて近いトーホクの映像も、自分の過去も現在も未来も、飲み込み噛み砕いて踊ってしまうのだ。

空0『ニューヨーク・ディグ・ダグ』は忘れがたい一冊となった。

 

 

 

幽霊たち

 

サトミ セキ

 
 

六月の東北の朝、湯治場の浴槽の中でわたしの腕に皺が寄り光が溜まっているのを見る。痩せた腕も濡れて光が溜まれば鈍く輝く。

殺風景な食堂で、ひとりきりで五穀粥を掬う。湯気のたつ粥をスプーンで口に入れたとき、二十三年前にお見合いをして三回だけ会った男を思い出した。
「コーヒーは飲まないけれど、ブレンド豆の比率は一口飲めばわかるんだ」
と三回目に会った彼は、そのときトヨタレンタカーを運転していた。真白い前歯に午後の日差しがきらりと反射した。わたしもが機嫌が良くなって鼻歌が思わず出てくる、運転がとても上手で雲ひとつない快晴だったから。
「ときどき、幽霊を見るんです、布団に寝転んでいるときとか天井に。将校の軍服を来て革手袋を嵌めている幽霊なんかを」

そういう彼自身が、まっさらな革手袋を嵌めてトヨタレンタカーを運転しているのであった。海の見える低い丘の上、小洒落たフレンチレストランの前に滑らかに車を停め、扉をあけて慣れない口調で予約を告げた。
「来年も『ライオンキング』をやっているそうです。あなたと見られたらいいな」
視線を泳がせ、ワイングラスを持ったまま、彼は横を向いて早口で言った。劇団四季は嫌いなんです、という言葉をフランスワインと一緒に飲み込んで、にっこりとわたしは微笑んだ。ああこのひとはいいひと、わたしと違う種類の。

その晩、夢の中に女が出現した。紫のつるっとしたドレスを着て水晶のブレスレッドを幾重にも巻いた女。三白眼の意地悪そうな瞳をさらに細め、覗き込むようにしてわたしに言った。
「あんたには合わないね、とってもいい人なんだけど、あんた、そのひとを必ず不幸にするよ、あんたは一生ひとりがいい」
(そうですよね 一緒に寝ながら 毎晩幽霊見てもいやですし)
わたしにはもったいないひとですのでご辞退申し上げます。仲人に断りの電話を入れたのは翌日だった。郷里の両親が会いに来る準備をしていたさなかになぜ、と嘆いたと人づてに聞いた。わたしより二センチほど背の低い、前歯の白いひとだった。わたしはあれきりお見合いはやめた。

二十年後のわたしが病を宣告された晩、あのひとは「大丈夫だよ」と目に涙をたたえて手を握ったりしただろうか、抗がん剤を打って、枕元の洗面器に吐き続けるわたしの背中をさすりながら、((見合い運が悪かったな))とひそかに思い、((いやいや、そんなことを思ってはいけない、いけないぞ俺は))と浮かぶそばから打ち消したりしただろうか。

(あのひとはいま、一戸建てのマイホームでコーヒーを一口すすっている。小太り妻が入れるコーヒーは今朝もうまい。ああ、肌がぴかぴかした健康妻のコーヒーを、わたしも飲みたい。
((今日はブラジル三、キリマン七だね)) 前歯の白かったひとは、たちのぼる香りを嗅ぎ、一口飲んで言っているのが聞こえる。あ、ほんのすこし歯も黄ばんできたかな。コーヒーも飲めるようになったのね。浪人中の息子は、今日も一言もしゃべらずかばんを抱えて出て行く、あのひとが三十年ローンを組んだ新興住宅地の家から。)

東北の湯治場で、コーヒーメーカーから出る蒸気の粒と、たちこめる硫黄の粒子に撹乱されて、わたしと小太り妻の粒子もまじりあう。わたしが薄い一杯のコーヒーを飲み終わるまで。
胃のなかで、コーヒーが五穀粥とうまくまじりあったら、あのひとと小太り妻の姿が消えてゆく。わたしも硫黄の蒸気のなかでゆらゆらしている脳細胞の消去ボタンを押す、これっきりのはずだった。

でもね、やっぱり幽霊を見るんです。湯治場から東京に戻ってきてもね、一人暮らしの小さな部屋の中で。軍服の将校じゃなく、三十年ローンの新興住宅地で、毎日静かに朝日をあびてごはんを食べる白い前歯の幽霊を。小太りでおいしいコーヒーを入れているもうひとりのわたしの幽霊を。

 

 

 

冬の夜の植物園

 

サトミ セキ

 
 

肺が凍るので深く呼吸してはだめだよ
咳をしながら
χ(カイ)はわたしの頬に触れて言った
長く青白い指が乾いている
バタン と震える大きな音がして
真後ろであたたかい部屋の鉄扉が閉まった
扉の音がしばらく反響している
暗く広いアパートの階段室
ぱちん
天井灯のスイッチを入れた
掃除をされない灯は ろうそくの炎の色
階段の壁の高いところに
両手をあげた人の形をした大きな染みがある
ゆらゆら動く わたし自身の影のように
一階へと下りてゆく
中庭に出ると
寒気が空からわたしをめがけて突き刺してくる
土が固い
だれかの足跡の形のまま 凍っていた

街灯が点き始める
午後四時
今晩は植物園に行く

一年でいちばん暗い街を歩く
植物園へ
行く時はいつもひとりだった
いつも冬至の夜に許され わたしは植物園に行く
冬至の夜にだけ開く通用口をくぐると
目の前に輝いている 光のパビリオン
わたしの為にだけ開かれている
ガラスの大温室

ここでは冬至にもミツバチが交尾をしている
メガネが曇る あたたかな緑の息を吹き掛けられたように
人間はいないのに 生き物の気配がみっしり満ちて
ブーゲンビリアが巨木に絡まる
熱帯雨林の匂いを深く呼吸する
植物の粒子が毛穴から侵入する
乾いていたのだ わたし
流れ始める水
額を汗がゆっくり伝い落ちる

掌に落ちた雫を見て
ふいに思い出した
この巨大な温室に住んでいる気象学者のことを
人には見えないらしい ちいさな彼
セラスナニの花が垂れ下がる
古木材のベンチに座って
いつも彼は ラテン語で書かれた植物図鑑を開いていた
ガラスの大温室のお天気は 彼が支配しているのだ
空0(大温室の中は地球を模しているから
空0ここは南アメリカ大陸)
高い声、くちごもるmの響きを思い出す
M、Me、Mexico
彼の声を真似てつぶやくと
突然
メキシコ産フェロカクタスの太い棘が
わたしの頬を突き刺した

したたる
血かと思えば
ああ 雨だ
雨が 温室中に降っている
食虫植物の袋が 濡れている
見上げると
ふんわりした雲が ひとつ
遠いガラス天井の下に 浮かんでいる
小さな水雫 小さな氷粒 その集合体が雲
雲の粒同士がくっついて大きくなり
浮いてられずに落ちてくる それが雨
小さな雨粒だとゆっくり
空0ダイヤモンドのような大粒は 素早く
ミツバチは雲を舐める
仙人掌も雨からできている
空0(雲はふたたび水になり
空0まわりまわって君をかたちづくるのだ
空0体の九割はH2Oだからね)

内側をぬらすもの
外側にしたたるもの

午前零時に温室の灯は一斉に消えた
今年はちいさな彼に会えなかった
通用口の目立たない扉をあけて 真夜中の街へ出る
吐く息が六角形の結晶になって
溶けない灰色の雪の上に降り積もる
きらきら きらきら
わたしの全身は 翠色の凍れる雲になって
ゆっくり
一歩ずつ
春を待つχの部屋にもどっていく

 

 

 

ある男が語った母のはなし

 

サトミ セキ

 
 

え わたしそんなとしなの
母はいつも大口をあけて笑った
何度言っても
自分が九十五歳だということがわからないようでした
ケラケラと母は 笑って
えいえんに十五歳
でもわたしが息子だということは忘れませんでした
髪が無くなってシミが出ているわたしなのにね

ある夜のこと
母が居間の仏壇の前に正座していた
闇の中 時計の蛍光色の針が午前二時半を指していました
どうしたんですかおかあさん
あのいえにかえりたい どまのそば ごえもんぶろのあるあのいえ
部屋の灯りをつけた
でも母は繰り返しました
おふろをわかさなきゃ
おふろを
母の手を握りました 小さくからから乾いていた
和紙みたいに四隅を折り畳めそうな
九十五年生きている皮膚
空白この下にはあたたかい血が流れて 細胞がいきいき働いている
大丈夫 ここは良いところ
世の中のどこよりも いちばん安心できるところですよ

あのいえにかえりたい 大丈夫 かえりたい ここは良いところですよ
しばらくそんな夜がつづいたけれども
とうとう母は とうとう
十五歳の家に帰りたいとは言わなくなりました
徘徊も何もなかった
ただごはんを食べたことをすぐ忘れました
おなかがすいた
小さな声で母はひっそり独り言を繰り返しました

その日は
なんだか母が亡くなるような気がしました
家族が全員そろったのです
妹も息子も
どうして偶然がかさなったのかな
お酒でも買いにいこうかと思ったら 妻が
今日はどこにも行かないほうがいいわ
妻は母の食べものをじょうずに作ってくれました
わたしの仕事はおしめ替え
いつも下着と言っていました
おしめと聞いて嬉しいひとはいないからね
下着を替えてもいいですか
うん、
と言う母の声はその日聞かなかった
朝から目を閉じ でもかすかにうなずいた気配
いつもと同じようにおしめを替えました
歯のない口を薄くあけている
うとうと うとうとして
母のそばに座っている
ふっ
とつぜん空気を吐いて介護士さんが言った

空白息をしていないのではないですか

頸動脈に触れました
目の前にある時計の秒針よりも
ゆっくり
かすかに
きえた
もう一度鎖骨に近い別の場所で探しました
手首の脈を探しました
からだはずっとあたたかいままなのに
とうとう手首の脈もわからなくなりました とうとう
九十五年の間 流れていた血が止まった
結局いったいいつ亡くなったのか
見ていた誰にもわからなかった
たぶん
母にも

みなさんおっしゃいました
大往生ですね天寿を全うされておめでたいですね息子さん夫婦に自宅で看取られてお幸せでしたね何一つ悔いはないですね

でも
知っています
「もっと生きたい」
死ぬ瞬間までどんなからだも願っている
生きているからだ 生きている細胞はみな
母のからだも
もっと長く生きられたのではないかしら
もっと何かできたのではないかしら

あれからわたしはずっと悔いています

 

 

 

西夏の瑪瑙

 

サトミ セキ

 
 

どんなひとにもいしはひつよう
とつぶやいて
砂漠の国から来たぼくの女友達が、トランクをあけた。
羽虫のようなびっしりと黒い中国漢字でいっぱいの新聞紙、
子供の握りこぶしをひらくように 小さく丸まった紙を開いた。
瑪瑙の小石がいた。
君は海を越えて運ばれトウキョウにやってきた、
渡り鳥が咥えてきた木の実みたいに。

せいか というまぼろしのくに の いせきでうられていました いちばんきれいな いし だった
長い紅の爪を研ぎながらぼくの女友達は言った。水遊びするうつくしい鳥のように細い足をのばして。

西夏って千年前チンギスハンの軍隊に消された王国だよね。生きていた人も、瓦も、書籍も、全部灼かれ、宮殿も、墓も、文字もぜんぶこなごなになって砂漠に散った。存在したことすら忘れ去られてた王国なんだってね。
さあ よくしらない
爪やすりをしまって女友達は言った。

見ていました そのときも
そのとき瑪瑙が ぼくにしか聞こえない声で囁いた。
ピンクがかった砂色をした、電灯の光がうっすら透ける石。間近で見ると、黒い砂粒が凹凸に隠れて入っていた。数粒の砂以外は不純物も化石も気泡も入っていない、砂が液体になって凝固したようだった。重すぎもせず、忘れるほどに軽くもなく、滑らかな手触りの君。

とつぜん 女友達と連絡が取れなくなった。長い髪一本も残さず、あとかたもなく消えてしまった。西夏の住人みたいに。

それからときどき 寂しさの発作みたいに 底の見えない穴に落ちていく。
そんなとき ジャケットの右ポケットに入れた君に触れる。
ここにいます 今は
ぼくにだけ聞こえる声で、いつも囁く。
ぼんやり胸があたたかくなる。いったいいつから存在するの。
せいぜい千年しか想像がつかないんだけども。

アスファルトが溶けそうな真夏の新宿を
固いカラーをゆるめながら 汗を滴らして歩く。
右ポケットの底では、ひんやりと西夏の瑪瑙がくつろいでいるのだった。
夏は灼熱冬は寒冷地獄育ちのツワモノだったね。せいかのめのう。

堆積型と溶解型が瑪瑙にはあるって、『岩石図鑑』に載っていた。君はきっと何万年かの堆積型だ。
くっりっりりっくりっっっりりり
夜、洋服だんすの中で砂鳴きをしている。君の中には砂漠がぎゅっと詰まっているから。
砂鳴きを聞きながら、ひとりの部屋の灯りを消す。まぶたを閉じると海抜千メートルを越える山脈。草木が生えていない君と同じ色の山々は、要塞になった。山脈を越えると、その先にまた砂漠が広がっている。ぼくは夢に落ちながら、その砂漠をまたいで幻の王国の痕跡を探しに行く。

ぼくのポケットがほころびスーツが燃やされ、ぼくも女友達の骨も風に紛れてしまい、この通りのアスファルトが擦り切れ高層ビルが崩れ、この国の名前もなくなる時。
その時君はどこにいるのだろう。
どんないしにもとりはひつよう
大陸から来た女友達の声を真似してつぶやいてみる。
南の島、真珠貝が生まれるところで海水浴をいっしょに。冬中日が上らない極北にも連れていこう。
飛べない石 咥えて運ぶ鳥。
次はぼくが瑪瑙のためのつかのまの鳥になる番だ。

 

 

 

旅館バス

 

サトミ セキ

 
 

楽しいパーティーは終わった。見知らぬ七歳の少年、四歳の女の子の兄妹を人気の無い暗いバス停に送ってゆく。小さなバス停のそばに古い木の電信柱が立っていた。わたしがホストなのかもしれなかった。
誰も乗っていないバスがやってきた。窓越しの彼らに手を振ったとたん、真夜中の街角という街角から人が湧いて、バスは次第に大きく膨らんでゆく。柔らかいバスは人混みの中でまだ出発できない。
バス会社の人なのか、腰までヒゲを垂らした中年女が「あの人たちにギブ⚫️△◯◯Xをしてください」とマイクを片手に言う。三年前に死んだはずの夫はさっと立ち上がり、彼らの元へ駆け寄った。「ギブなんとかって何」というわたしの問いにも答えず、夫はだれかれかまわず惜しみなくハグしている。わたしがギブ⚫️△◯◯Xをしないからなのだろうか、まだバスは出発しない。
子供はどうしているかしら。狭いバス、のはずだった。ステップを上がると入り口で履物を脱がされた。バスの中には廊下が通り、両側が共同部屋、部屋の入り口には木目が黒光りしている。引き戸はあるわ、布団はあるわ。
そうだ、わたしは旅館バスに乗っていたのだ。四歳の女の子をぎゅっと抱きしめると、「今どこ」と長い睫をぱっちり開いた。半分寝かけた子供の匂いが、オレンジの花の匂いになった。
「起きたらおうちに着いてるからね」北極地方の子守唄を歌ってやると、あっと言う間にかわいく寝入った。しめしめ、わたしも寝るよ。わたしの布団の半分をひきよせ夫が寝ようとしたから、「ちょっと、布団が寒い」と口尖らせると、夫は「わかったよぅ」と素直に姿を消した。
七歳の男の子はちょっと見ぬ間に西洋梨か蟹に変身していた。西洋梨のようなころんとしたからだに頭と二本爪がついて、にこにこ笑いながら甲高い声で話すのだった。再びあらわれた夫は、「俺は子供に好かれるもんね」と自信たっぷりに男の子と話し、ついでに男の子が寝ていた布団で寝始める。
蟹少年はカサカサ音を立てながら、妹の顔に横歩きで近づいていった。妹が「いやーん」と固い甲殻類の感触をいやがったので、「人がいやがることはやめなさいね」とわたしは説教してみた。蟹は自分の足をぱっくり分解して、廊下の入り口に巨大な鍵のように置いたりしている。
いったいバスはもうどの国まで行ったろう。引き戸を開いてバスの外に出ると、既視感ある小さなバス停が目の前にしんとあり、電信柱の上で、白く夜が開け始める。人も車も通らない広々とした暁の大通りで、運転手はのんびりと煙草を吸っていた。
「バスを出すのはヤダね」
「このバスはどこへ行くの」
「はあ、あんたは生徒に人気あるロダン先生だね」
「ロダン先生ってだれ」
「いったい、どこへ行きたいのさ」
我が身を見下ろすと彫刻用作業着の白衣を着ていて、わたしは美術教師らしかった。みんなが眠るバスに戻ろうとして、さっきバスから下りた時までは見慣れた広場の角だったのに、今は紅い髪と碧眼の人々が行き交う地下鉄構内を歩いている。足早に追い越した見覚えのある運転手に、あ、ちょっと、と呼びかけたら、地下鉄の中は靴の陳列室になった。
先が昆虫の触覚のように尖った長い靴。足を入れることができず、上に足を置くだけの靴。面白いから履いてみようか、と思うけれども透明な鍵付きケースの中に入っており、試着できない。中南米から来た足首がついたサボがごろりと無造作にころがっている。
聞き覚えのない子供たちの声に呼ばれる。ロダン先生と呼びかけられたのではないかと思い、はあい、と返事をしてわたしは後ろを振り向いた。

 

 

 

文鳥

 

サトミ セキ

 

 

幼稚園に行っていた ある日
文鳥を 小鳥屋さんで買ってもらった
羽の生えていない 赤い地肌が 痛そうだった
イナバノシロウサギ
ふにゃふにゃしてるミニ怪獣みたいなヒナを
お菓子屋みたいな紙の箱に入れて おとうさんが持ちました

箱の中でカサカサ動いているのが こわかった
空気がなくなるんじゃないかしら
はやくはやく 急いで家に帰りました
箱をあけました
生きていた
目がまだあいてない
どきどきしながら おかあさんの掌の上のヒナを見ていました
黄色い穀物のつぶつぶを よく 練って
おかあさんは 人差し指の上にのせました
小さなくちばしが 開いて 小さな舌が 見えました
シタキリスズメ
食べたよ ほんの少しずつ
一粒二粒数えられるくらいのスピードで

文鳥には ほわほわと真っ白な毛が生え
たくさん食べて しっかり鳴くようになりました
素敵なぴんくのくちばしと細い足  サクラと名前をつけました

サクラ サクラ
呼ぶと可愛く 返事をしました
ピヨリピヨリ
チーチヨチヨトトチヨト
わたしの肩に乗って りんごを一緒に食べました
わたしには妹も弟もいなかったので
毎日 さくらと遊びました
さくらは 賢かった
キキミミズキン
ちょっと首をかしげて わたしの言葉を聞いていた
ピールチヨトト ホィヨホィヨ
チヨトトトピリ
わたしたちは いろんな話をしました 鳥語と人間語の間で

呼ぶと四畳半のどこにいても 飛んできて手に乗ってくる
肩に乗せると 真っ白な羽が 頬に当たる
なんだかなつかしい日向のにおい
サクラは柔らかくてあたたかくて小さな生きものでした

ある日 幼稚園から帰ったら
鳥かごは 空っぽ でした
鳥かごの入り口が あいたまま
サクラがいませんでした
おかあさんが 言った
餌を替えようと思ったら隙間から飛んでいったんや
窓があいてたごめん

大声で 泣きました
涙の味が鼻まで沁みて 茶碗の中のごはん粒の上に落ちました
夜寝る時に かぶった布団が湿っていきました
電気を消しながら おかあさんが 言った
また文鳥を買ってあげるからもう泣きやみ
わたしはもっと大きな声を出して 泣きました
新しい文鳥は サクラじゃない

次の日 だったか 次の次の日だったか

おとうさんが虫とり網を持って 団地の前の公園を走っていました
文鳥がいたって
夾竹桃の木に止まっているって

わたしは 団地の二階のわが家から駆け下りました
おとうさん おとうさん おねがい つかまえて
真っ白で紅いくちばしの小鳥は サクラに
とても良く似ているように見えた
走るのが遅いおとうさんが 振る虫取り網は
子供の目にも たいへん のろいように思われました
息を詰めて 手をぎゅっと握って
おとうさんが虫取り網をめちゃくちゃに振り回すのを見てる
そこじゃないよ おとうさん ヘタくそ ああ おとうさん
白い小鳥は 羽ばたいて 網をすり抜け
ちょっとだけ電信柱の釘に止まって ぴいいいりと甲高く鳴いた
サクラ サクラ サクラサクラ! と 叫んだのに
小鳥は すぐに飛び立って
曇っていた空に 溶けて見えなくなりました
わたしは また泣きました
声がかすれたけれども 涙はまだ出るのでした
サクラは わたしの目の前で 飛んで逃げていってしまった

あれから 父母が飼ったのは金魚だけです

病院で
今と昔が混同していたおかあさんが
帰省したわたしに言いました
団地の一階の大淵さんが 文鳥を飼っているんだって
窓ガラスに当たるものがあって
何かと思ったら文鳥だった
ベランダで 逃げない文鳥をそうっと手でつかまえたんだって
(それは きっとサクラだ
サクラが うちに戻ろうとしたんだ
サクラが住んでた部屋の真上で
知らずにわたしたちはずっと暮らしてた)

それきり おかあさんは黙ってしまった
わたしの言葉が耳に入らないように
おかあさん
どうして あの日
一度もしなかった文鳥の話をしたのですか
もう答えを聞けないけれども

結婚して わたしが住んでいる先の 交差点角に
「いしい小鳥店」があります
文鳥の ヒナ います
コピー用紙に書かれた 下手な手書きの文字が 硝子窓に貼ってある
信号待ちのたびに ヒナを探す
店の中は暗くて よく見えない

生きものを飼うことは これからもたぶんない と思います
でも 真っ白であたたかい小さな柔らかな文鳥を 肩に乗せ
もう一度 頬で触れてみたい

 

 

 

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サトミ セキ

 

 

父がわたしのこの部屋にいる。
わたしの横で寝ているのは、父だ。父は昨年死んだので棺の中で寝ていた。
亀裂が入った棺の中から素足がはみ出している。ぐりりっと音を立てて目の前で足指が膨張しはじめ、見覚えのある大きなシミのある足首まで一気に棺の外に出た。左足先は一部が腐り、皮がめくれて肉が露出している。父を包んでいる毛布には、血とも死体から滲み出たともつかぬものが生乾きのままこびり付いている。
くるぶしの先がすごいスピードで回り始めるから目眩がする。
部屋の中を風が吹き抜けている。吹いているね、だから死体が動くってこともあるのかもしれないね。真っ白なカーテンが光を透かして揺れている。
ねえお父さん、これから起き上がったりするのかな。怖いからわたしは逃げるよ。

今日は風が強いなあ。真っ青な空の奥で雲がすばやく流れていく。
真後ろのマンションを振り返り、顔を元に戻す。わたしは実家の公園の前の道にいた。アケビの蔓製の買い物籠をさげた母が、向こうから鼻歌を歌いながらやってきたよ、腰にいつものエプロンを巻いて。
「お父さんが、生き返りそうなんだって? だったら、あたしがなんとかしてやろう」
わたしより若々しい黒髪がきらりと輝き、母は紅い唇を開く。
母はなんだか弾む足取りで、父のお棺がある部屋へと向かってゆく。なんとかってどうするの?  あなたもとっくに死んでしまったくせにって、ふと思った。

目が覚めた。昼寝をしていたのだった。カーテンが夕暮れの光に染まってゆっくり揺れている。
母は五年前に死んでしまって、白髪も唇も燃えてしまったのだった。母の声も、老いた皺だらけの顔の面立ちももうはっきり思い出せない。目にするのは、
新婚旅行の二人の写真。母はまだ二十代の娘で、陰のない笑顔で笑っている。そう、わたしが生まれるのはまだしばらく先なのだ。

わたしはマンションに戻らなければならない。現実の世界でも、父はまだわたしの部屋にいて、今シャワーを浴びているのだった。マンションに戻ると、弟が玄関に立っている。おやじ、生き返ったんだって?
電気剃刀の音がじゃりじゃり聞こえる。棺の中でヒゲが伸びたんだね。
シャワー室から爽やかに出てきた父は、見たことがないくらい男前だ。弟が用意した車椅子にゆっくり腰を下ろして言う。
「死んでいたと思えないくらい、顔色がいいやろ? 散歩に行こうや」
明るい声だね、お父さん。黄色くしなびかけてるわたしよりずっと。少しずつ歩けなくなって、二度とベッドから離れられなくなったのはいつだっけ。また、すぐ長く歩けるようになるよ。公園の鉄棒で逆上がりをもう一度教えてくれる?
窓の外に見物人が重なって、父の一挙一動をみつめている。そのうち、こわごわと声をかけてくれるよ、ひろしさん、死んでいた時を覚えてる? 生き返るってどんな感じって。
ねえお父さん、これからどこに行こうか。

まぶたを開けると薄暗かった。少しだるいからだを起こしながら、目の前にあるタオルケットの端からはみ出ている糸をそっとひっぱってみた。今度こそ本当に目が覚めた、のだと思った。
父も焼いてしまったのだった。焼けたばかりの骨は香ばしかった。てのひらに置かれた骨の温度もまだ覚えている。もうすぐ父の一周忌だ。一年前にまっすぐに骨壺から突き出た足骨を砕き粉にした。一周忌では、重い岩を持ち上げ、暗い空間に小さな骨壺を入れるのだ。母の骨壺の隣にならべて。

わたしは刻々と老いてゆく。わたしの夢の夢の底でも風が吹き太陽は沈む。あなたたちの声が、ふたたび筋肉がついた足が、歯が生えかけた口がよみがえる。
夜になった。夢の中と同じ曲線を描いてカーテンがひるがえる。部屋の片隅で新婚の父母の写真がふらりと動く。