思い出

 

松田朋春

 
 

人間の赤ちゃんからはじまって
いま死んだところ
10歳くらいまでで
だいたいのことはわかった

魚が陸地に憧れて足を生やし
猿が森から出て走った
それは間違いで
人間はほんとうに
たくさんの間違えを
つぎはぎに守って生きる
目を三角にしてね

合間に
素敵なことと
酷いことをして
最初の生を終える

次は動物
進みの早いものは
人間から遠くにいく
鳥として一度空を飛んでおきたい
お魚として海にも
樹形図を遡るように
きれいな命に近づく長い旅だ

家族はあんがい早くなくなる
恋はずいぶんとながく残る
繁殖の起源
そこをぬけてほっとする

ようやく宇宙の一部になる
同時にたくさんの場所に
現れては消える
生きていることが
宇宙の窪みのように感じられたら
終点は間近だ

 

 

 
お母さんが
微笑んでいる

 

 

 

 

松田朋春

 
 

名刺をうんざりするほど捨てた
すっかり捨てても
まだ出てきた
シュレッダーに通す
意外なくらい
顔を思い出した
もう
思い出さないだろう

すずめのひな
すて犬
かめ
魚たち
くわがたとかなへび
逃げていったひよどり
大切な犬と猫
これですべて
忘れない

後ろで扉が閉まる
ひとりだ
深呼吸をひとつ
そしてほほえむ

 

 

 

 

松田朋春

 
 

戦地だから
地面が揺れているのであった
地震ではなく
わたしが割れていて
知りたいことは既に
その辺に転がっていて
個室があいたりしまったり
一刻も早く
全てが終わって
ほしいです
私は
ここにとどまって
助けて
助けて
助けるだけです
おわるもの 
おわるとき
仏教がなぜ
途方もない
時間の尺度で
考えたかわかった
目の前でおこっていることが
真実の
影のようなものだと
思うしかなかった
今日は何曜日なのか
何日なのか
戦争がはじまってどれだけたったのか
弱いものは
土地とからだに留まり
世界を見つめて
こんなんじゃなかったんですよ
鳩の群れを見るように
ミサイルの着弾を横目に見て
散歩したり
買い物をしたり色々しています
兵器の音が区別できるようになった
ここには癌の子供たちがいて
大切に大切に守って来た命を
爆弾が根こそぎさらっていくので
泣いてるのです
最終的なものが
ふらふら歩いてる
美しいものは弱い
それでも赤ん坊のように
批評している
雪のようにその場限り
空を覆う

 

 

 

結界

 

松田朋春

 
 

嫌われ者がいなくなった
ゴミ出しを咎めて袋をあけ玄関まで戻しにきた
犬がうるさいと騒ぎ
施設で遊ぶ子どもがうるさいと文句を言い
まちに注意書きが増えて
嫌われ者の家には監視カメラが幾つもついて
塀に上にはピカピカの防犯金具が並んだ

嫌われ者がいなくなる
と噂が流れて
喜びを感じた
たくさんの人が
犬が
施設の従業員が
雲が晴れたように
ほんとに

会ったことはなかった
理不尽さが周囲に
強い輪郭を張っていた
芯にあったのは
憎しみなのか
何への?

伊豆に越していった
いつか来る喜びの日は
あっけなくやってきて
家ごとの取り壊しがはじまって
新しい建売が建つ
新入りさんはとてもいい人にみえるだろう
嫌われものが作った
結界のことはすぐに忘れ去られるだろう
近所の公園で首を吊った
独居老人のアパートが
きれいなレントハウスに変わった時のように

株のデイトレーダーらしい
挨拶もなく見送る人もなく
まちの人に失敗を願われて

ひとりで住む新しい土地で
結界はまたゆっくりと
立ち上がるのだろうか

 

 

 

 

松田朋春

 
 

おれはいまから
じぶんをひとじちに
しをかこうとしているんだ

んだ
がただしいのかな
のです
なのかもしれない

あそこにあるごみが
なくならない

家事の音も聞こえている

しあわせだと言えたことがない

猫に聞く

結束バンドで首をしめるのが確実だと考えて
そのことをずっと
考えている

龍角散のイメージが
ときどきある

赤い結束バンドをAmazonで買って
あちこち使っている
シャワーカーテンのリングとか

結束バンドのことをよく考える
米国の逮捕現場では
親指を重ねて
手錠替わりにする
ほんとかよ

あともどりできないところがすごくすきだ
だから結束バンドは
赤にするべきなんだよ

赤に

はやくしなければ