昨日
広瀬さんから
メールがとどいた
鎌倉の師の
通夜にいくと書いて
あった
もう星はみえないね
都会ではね
明るい都会ではね
星は佇っている
星はぶつかってくる
もう
あんな奇妙な星には会えないね
星が消えた
昨日
広瀬さんから
メールがとどいた
鎌倉の師の
通夜にいくと書いて
あった
もう星はみえないね
都会ではね
明るい都会ではね
星は佇っている
星はぶつかってくる
もう
あんな奇妙な星には会えないね
星が消えた
小鳥たちの声で
目覚めた
此の世でハクセキレイは
鳴いていた
椋鳥も
鳴いていた
昨夜
荒井くんから電話があった
富山から帰った
といった
富山の病院にお母さんがいて
家と墓がある
薄明かりのベッドのなかで
鳥の声を聴いていた
あの声は
ハクセキレイかな
椋鳥かな
朝になり
小鳥たちは鳴いてる
会話だね
わたしは
いつ死ぬのだろう
そのヒトはいった
支えにならなくてはならない
ともいった
もうすぐ冬ですね
いつまでも
雪の降るのをみていたい
いつまでもね
金曜日は
高円寺のバー鳥渡で飲んだ
それから広瀬さんと
別の店に行き
広瀬さんの友だちの女のコが
歌うのを聴いた
可愛かったな
彼女なのかな
気付いたら千葉にいたんだ
驚いたね
引き返して
こだまで帰ったのさ
浜辺の町に
いつも帰るのさ
ろくがくのほていあおいにきすをしたことがあるかい
『聖母水村はなこへの夕べの祈り』8・15
1
水村はなことあなたをよびたいの
かわいてるの、ぼく
せめてはなまえの水のゆたかさ
せめてはあなたを水と名づけて
いきのびたいの、ぼく
たすけてよう、みずむらはなこ
よばせてよう、みずむらはなこ
水村はなことあなたをよびたいの
水村はなことあなたを
あなたを
2
きららくらら
きららくらら
きららくららくらら
くらら
くらら
くらら
3
水からうまれたくらら
ひたひたぬれて
髪ぬれて
背をつつつうとすべりおちる水滴
みていたのさ、ずうっと
なんてきみはくらら
たんてきみわく、らら
ゆうぐれです
ゆうぐれ
くらあく
くらあく
おいで、よる
くららまだまだ
ぬれくらら
ら、 ら
4
くららきみの
はだかきみの
みてるはなこ
あそこはなこ
5
くららの、
くららなおっぱい
みて、ぽよよんと
うまれたて
おみずぽたぽた
くちびるるるる
きて、みて、だいて、
ね、はなこ
ぽよよんと
はだこしよう
くららくららに
はだこしよう
おみずるおみず
くちびるるくち
るるくちくちくち
びるるる、るるる
るよよんと
ぱここしよう
らよよんと
みゅここしよう
みゅここ、みくぉくぉ
りゅくぉくぉ、きゅくぉくぉ
くらるるる
るるるこ
るここしよう
ね、はなこ
6
みているのね、はだかの
せなか
つかれて
ぬれたまま
かわきにびっしょり
ぬれたまま
ないているのね、じかんの
ほそい
かれくさ
もてあそんで
おわりだけをのぞんで
ふるえて
しんでいるのね、いちじく
むかず
まじわって
すすりすぎて
いるかのむれにとおく
はぐれて
まっているのね、みるくを
ふかく
きたえて
ころころと
あるでばらんにはなつ
ぬくもり
しっているのね、わたしの
くるみ
あかるみ
みずとつち
ふさふさとたちあがる
うちゅう
そんなふうなあなた
みている
どんなふうにあなたが
おぼえる
しんでいい、よ
わたし、あなた
いきかえってただいま
かげのなかにとつぜん
いいよ、あなた
わたしあなた
わたしゃなた
わたしゃーた
わたしゃーた
7
みずるみーよ
にきるにみーよ
ちょろにきえ
なはちょろみーよ
にはむさったらにーよ
りーよ
りょきゃんり
えいるみさらにーよ
るごっそっむーよ
れりれらるーよ
いよるがっさーにょ
にーよみりゃ
りーにょむりゃ
れいれいりょ
れいれいりゃ
れいれいりょ
れいれいりゃ
8
ひとりでみずを
てんにおちていってしまわないようにみずを
てんにおちていっていつも もどってこないものたちにしたいようにみずを そう
あのはるのひのごごのしろつめくさ、みずを
いかないでほんとうにおねがいほんとうに、みずを
おさえていたの、みずを
りょうてひろげてむねをつけて、みずを
くらいあぶらのようなすいめんをすべっていったね、ほていあおい
つきのひかりさくさく
さいていたはなまくまく
あたしのうんめいって、これ? ついに
わかったきがしたけどよるのくらいくらいみずのうえ
ほていあおいよりあおいうんめい
あたしをおきざりにしてかないでうんめい
ろくがつのほていあおいにきすをしたことがあるかい むかし
あわびしてたころくりかえしくりかえしみたゆめ
はかないのはいつもえいえんのほうよね とおい
てらにいくのね やまとうみのかなた
さらにかなた すべての
ものたちにようやくなみだするすべもおぼえて
しみこんでいくあたしあおいうんめい
みずにさしいるつきのひかりよりあおいあおいうんめい
みずをおさえていたあたしのあおいうんめいのおはなし、ろくがつ
けっこんしようよじだいさくごにじゅんすいにあいして
しろいどれすしろいこころうんめいはあおく
しろいかみさまのまえであさのばらのほおをおちるなみだ
やさしいくちづけをしてね、てのこうになんども
そのむかしあわびだったころひめていたゆめのように
そのむかしおんなだったころすてたゆめのように
9
さがせといわれてたびにでた
くろいばらのしみたわきばら
へめぐったかずかずのこうやよくや
ふいていただけのかぜ
ながれていただけのたいが
聖母水村はなこに全霊をもって帰依し奉る
くろいばらのしみたわきばら
やわらかなはだのからだへひとすじにわれを
みちびきたまえ、みちをしめしたまえ
くろいばら、やわらかなはだ、わきばらへ
あゝ、ふいていただけのかぜ
ながれていただけのたいが
へめぐったかずかずのこうやよくや
わきばらであるだけのわきばら
やわらかなだけのはだ
さがせといわれてたびにでた
くろいばらのしみたわきばら
もとめつづけくらくらのこころで
ひたすら祈り帰依する
聖母水村はなこに全霊をもって帰依し奉る
10
いきることはやはりしんわ
ぼくもきみもかれもかみで
そらをとべて
すがただってけせる
もうやめよう、にんげんのふり
もうやめよう、げんじつのふり
11
おがわのおもてがゆうひをあびて
いつかほんとうのじんせいがはじまる
かわのほとりでこんやくをするのよ
ひとしきりかわのみずおとはたかまれ
ひとりでいきていくじきのおわりは
ひとりでいるすべをしるとき
みずくさよりもうつくしいかみで
ひとりゆうぐれをしあげる
かなしさのなかをみずはながれる
よろこびはどこまでいくちからもつか
しっているかい、あいしたやまよはやしよ
みずをおもいでとしてしずまれよ、こころ
きょうもゆうぐれていくわたくし
むしのなくむらさきのかわべり
いつかほんとうのじんせいがはじまる
ひとりでいるすべをしるとき
12
しゃしんをとってなにになるの
とったひととられたひとはきえて
ただしゃしんだけがのこる
いつきてもこうげんのなつは
このはなとあのはなでいっぱい
なつごとなつごとのえいえん
あいしてよつよくいまだけ
あしたはかぜになるから
ながれながれていくから
ほんとうはわたしこわいの
しゃしんとってたくさん
わたしはいまだけのはななの
いつきてもこうげんのなつは
このはなとあのはなでいっぱい
わたしはいまだけのはななの
なつごとなつごとのえいえん
わたしにはかかわりはなくて
このはなとあのはなでいっぱい
このはなとあのはなでいっぱい
13
さいわいなるかな
よびかけるあいてあるもの
あなたのたましいのみじめさ
ありありみつめてもらえて
さいわいなるかな
みつめるあいてあるもの
あなたのまなざしのにごりを
ふかくかなしんでもらえて
さいわいなるかな
じさつしたともをもつもの
いきているというげんそう
すこしつよくもちえて
さいわいなるかな
すべてをあきらめたひと
うみやまをかわをそらを
やっとみるすべがわかる
14
こうふく、ふこう、こうふく
おなじことさというあなたのかたに、いま
てんのみつかいのようなあおすじあげは
とまろうとしてとまらず
きのこずえのたかみへ
きえていってしまって、おもいではかぜのように
こころからうずをまいてうきでる
てんのみつかいのあげは
こうふく、ふこう、こうふく
おなじことさとあなたいうから
にげていってしまって、おもいでもかぜのように
こころからうずをまいてきえさる
てんのみつかいのわたしも
こうふく、ふこう、こうふく
おなじことさとあなたいうから
とまろうとしてとまらず
さっていってしまって、おもいでもかぜのように
うずをまいてきえさる
15
くららくららとよびかける
ぼくのかたわらをしすべきひとびとのむれ
とおくではまたげんばくがおちたよ
とおくではまたさつりくがはじまる
にんげんやってあなたなんねん?
かんがえないわけにはいかないとおいひげき
ぼくだってずっとこのくにのほしゅうで
てかせくびかせあしかせのさいげつ
にんげんやってあなたなんねん?
どうせしぬんだからなんていうなよ
たたかいはとめなければならず
うみやまはまもらねばならない
くららくららとよびかける
ぼくのなんとちからなきおこない
にげてるわけじゃないんだ
わすれたわけじゃないんだ
にんげんやってあなたなんねん?
かんがえないわけにはいかないまもなくのひげき
けつだんはいつもことばなくなされる
くららくららとよびかけるあいだに
16
つかれ
すぎているのよ、たぶん
いのちのすばらしさ
くちがさけても
いえないなんて
あせ
うで、かたのおもさ
せすじのこわばり
めのおくがいたくて
うまくまとまらないかみのけ
いのちをさんびするのは
おかねもちのおくさんたち
おっとはだいきぎょう
むすこはけいえいこんさるたんと
いのちのすばらしさをせかいに
つたえなきゃつたえなきゃ
まあいろんなことはあるけど
じんせいはすばらしいものだわ、って
はんろんしないしあたし
なにもできないしあたし
つかれすぎているたぶん
とおいくににたくさんのしたい
あとからあとからばくだんみさいる
あたしがきょうかわなかったべんとう
もえるごみになっていくあかるいあした
しんでいくしんでいくかわれなかった
べんとうたべられなかったひさいちのこども
つかれすぎてるのあたし
たすけられなくてごめん
ごめんなさいごめんほんとに
たすけたかったのあなたを
こんなはずじゃなかった
つかれてなかったころは
おもっていたまいにち
あたしひとりでもやれると
みさいるばくだんなくして
たべものこうへいにわけて
おもっていたわかいひ
しんじていたじんるい
あたしつかれてふらふら
てれびつけてぼんやり
あなたのことみている
あなたひどくやせてて
あなたたつちからなくて
あなたおなかふくれて
しのまえのかおのきれいさ
めのなんとうつくしいこと
あなたがしんでしずかに
なおあけるあさきぼうと
よぶひとがいるそれを
つかれにがいこころで
ノーというわあたしは
ひていしてもひていしてもひていしても
たりない
ノーというわあたし
あなたをたすけられなくてあたし
みてるしかなかった
あなたからとおくはなれて
せまいせまいあたしのつかれのなかで
あたしのわびしいむりょくさみじめさのなかで
みてるしかなかった
ひていしてもひていしてもひていしても
たりない
じんるい
ノーというわあたし
ノーというわじんるい
17
かみをまちのぞむ
いっぽんのくさ
いちりんのはな
かぜふけば
ゆれ
あめふれば
ぬれ
すがたどうでもいいよ
こころどうでもいいよ
かぎりなく
かえっておいで
まっているのは
かみ
かえっておいで
うらぶれて
つかれきって
こころくちて
18
それでよい
あなたはそれでよい
あなたはそうであればよい
あなたはそうありつづければよい
あなたはそう
そうそうあれ、これからも
そうあれ、かぎりなく
そうあれ
そうあれ
19
ゆうべのいのり
かぐわしき
ゆめのはなばな
みなみのくにのあかるさ
きたのくにのしずけさ
どうぶつのこらとあそべよ
ながれにほしのちるまで
ちからのすてきなやさしさ
よるのかがやきをいっぱい
ひるのせいじゃくにだかれて
いかりのおちつきをたもつ
うみのちいささをくすぐり
ちせいのかるささわさわ
あついみるくのすがすがしさ
ゆうべのいのり
ゆめ、よろこび、やさしさ
やっぱりいきていこうよ
うつくしいものにひかれて
きよらかなもののほうへ
あんいけいはくふらふら
らふらふ、はひはひ、ひほひほ
ゆうべのいのり
ほしへのあいじょうはたりているか
うみへのれんあいはさめていないか
みるものきくものくらくくらく
いろづけるのうのあかをおとしなさい
おもうちから、おもいえがくちから
まだまだてつかずのむげんのうちゅう
20
みずからうまれたくらら
みずをはなれず
みずにもどり
またうまれ
くちつけるとき
くららのちぶさ
わきばら
せのふるえ
うなじすべらか
みみのこうこつ
はなのこりこり
ゆびさきつめたく
ふとももふとく
みどりなすちいさなもり
かげうつくしき
たにのするどさ
みず、くらら
聖母はなこの御使いくらら
からだひらいて
ひとびとを
うるおすくらら
みずくらら
もとめつづけてくらくらのこころよ
くららせよ
みずくらら
みずくららせよ
みずくらら
くらら
みずくらら
くらら
21
わたしのなかでひとり
わたしがさびしんでいるとき
聖母水村はなこさま
きてください、すくいに
わたしであることのでぐちのなさ
わたしであることのあじけのなさ
わたしはわたしのくらいぬまのよどみ
わたしはわたしのさびついたじょうまえ
わたしのなかへひとり
わたしがまよいいっていくとき
聖母水村はなこさま
きてください、すくいに
わたしであることのやるせなさ
わたしであることのほうとのなさ
わたしであることのいんうつなちかしつ
わたしはわたしのあんうつなゆうれい
わたしはわたしのこころなんかいらない
わたしはわたしのじんせいもいらない
どこまでいけばうんめいのはてにでるの
おわりなくかこいこまれいるこひつじ
しゃかいにかぎりなくまけていくわたし
ひびおもくくずおれていくわたし
わたしわたししいられてるわたし
わたしわたしけんおしてるわたし
いつのひか
わたしのいのちはてるとき
はっきりとつよく、つよく
わたしをだいてください
わたしがおわるそのとき
きてください、すくいに
わたしがわたしおえるそのとき
わたし、わたしあなたに
わたしわたす、あなたに
わたし、わたしわたして
わたし、わたしおえる
きてください、すくいに
だいて、つよく、つよく
わたしおわるそのとき
わたしわたすそのとき
22
くちていく
ねがいの
かるさ
ふわふわ
ぱらぱら
さわにふる
ゆきは
あわゆき
くもうすく
そらのあお
きれめにみえて
ただひとつ
つよきひかりの
ほしたかき
へいげんに
ふくかぜの
やわらかさ
おもいだす
はるのひの
とおいひの
おがわのおとの
せいれつな
おと
くれる
はるのひ
あのかわの
ほとりに
ひとり
きいていた
みずのおと
はっきりと
やわらかく
あたたかく
るるると
くるるると
まさしくくらら
かたちとる
いぜんのくらら
るるると
くらら
ると、くらら
えいえんに
くららなくらら
よろこびになく
くちていく
ねがいのはてに
なおくらら
るるるとくらら
なおくらら
なおくらら
23
いたりつき
たっせいし
へんしん
おわり
きゅうそく
はて
ついに
かたってもよい
ことばをかたってもよい
むくわれず
れいばいとして
くちよせとして
ことばをただうけてかきしるす
くぎょうしゃ、おまえ
かたってもよい
からだはひへいし
ひるによるをついで
じんせいかしぐままに
ぼうきゃくし
ぼうきゃくされ
あるくかげ
かきしるすししゃ
くぎょうしゃ、おまえ
なんのためとも
だれへむけてとも
すでにいわぬ
くぎょうしゃ、おまえ
ただかくだけのひと
しがそのてをとめ
そのめをつぶし
そのあたまをこうちょくさせる
そのときまで
ただかくひと、おまえ
かたってもよい
くぎょうの
へんしんの
このみちのり
だれにむけられてもおらず
なんのためでもない
ことばすることばのぎょう
そのくるしみを
そのよろこびを
かたってもよい
ここまできたからには
ここまできたからには
24
よるがふかまりかなしみは
そこしれない
かがやきをはっしはじめるから
やわらかく
しんでいこうよ、みんな
あかりを
うつくしくたいせつなことばの
かきしるされたほんにおしばなして
おいつのひかしんじゅの
ほおをもつしょうねんたち
みつけるめのはるのわかばかがやき
もえあがるほん
あかのぺーじもあおのぺーじも
みえないものへとかたちをとっていく
あつくうすくふるえる
がらすのまくがふるふる
まだみぬほしのかずかず
いっしゅんにすくわれて
やわらかく
しんでいこうよ、みんな
おわったやくめゆうぐれ
あたたかいよるはほしょうされて
いのられたことばひとつひとつ
たいせつに
もっともくらいちほうへとまかれて
ほしとなるじかん
あの後、ミヤコさんとは
下北沢の魚のおいしい店で会いまして
3時間近くも楽しくお喋りできちゃいました
うん、この人とは気が合うな
合う、合う、
合うよ、こりゃ、
ってんで
5月の連休の最終日に江ノ島でデートすることになりました
快晴
あ、来た来た、ミヤコさん
手を振った途端
ミヤコさんが着ていたクリーム色のチュニックが
ひゅらひゅら、ひゅらーっ
風が強いか
そのくらいの波乱はあって良し
じゃ、行きましょうか
長い長い弁天橋
並んで歩くとまだ緊張するけど
遮るもののない橋の上で海の塩っ辛い風に思い切りなぶられて
(やだあっ)と髪を押さえつつ
(しょうがないなあ)という表情を浮かべるミヤコさんの様子に
ちょっと心がほぐれてきた
そうだ、話題話題
「江ノ島なんて久しぶりなんです。」
「私もですよ。」
ミヤコさん、ぼくと同じ神奈川県の出身なのに
中学以来、ほとんど来てないそうだ
うーん、近場の観光地なんて特別な日でもなけりゃ
滅多に足を運ばないもんな
で、今日、その特別な日をもっと特別にしなきゃ
お昼の混雑の中、奇跡的に座れた店で
生しらす丼頼みました
「やっぱり新鮮なのはおいしいですね。」
「本当ですね。」
「獲れた所ですぐ食べられるっていうのが最高ですね。」
「本当にそうですね。」
「わかめのお味噌汁もいい味じゃないですか。」
「ええ、潮の香りがするみたいで、本当ですね。」
どうすると、また
「本当に」と「ですね」の隙間で
するするするーっと
不安が駆け抜ける
そうなんだよなあ
だいぶ親しくなってきたけど
まだ探り合ってるんだよなあ
江ノ島はこの辺では有数の聖地なんだけど
ここの神様は人間のすることに結構寛容でね
神社への坂の両側にはいろんなお店がニョキニョキ生えている
食べ物屋さんとか民芸品屋さんとか
「あれ、かわいいですね?」
彼女が指さしたのは
貝殻を使ったアクセサリー
貝は生き物だから、ポッコポコ、姿が不規則
一つとして同じものなんかない
ミヤコさんはこういうちょっと雑音が入ったデザインが好きなんだなあ
子供の頃フィリピンで過ごしたことがあるせいか
東南アジア風の目が回るような模様の服が好きって言ってた
(今日は違うけどね)
君たちのポッコポコした形態が彼女の心を捉えたおかげで
探り合いが溶けて
気持ちが回るようになってきた
ありがとうっ
「あはっ、ほんっと、かわいいです。」
神社に着いた
海が青いな
こんな当たり前に青い海を誰かと見るの
何年ぶりだろう
「わぁ、きれいな海ですね。今年初めて見る海がこんなにきれいで良かったです」
「きれいですね。喜んでもらえてぼくも嬉しいです。」
ごった返す参拝客に混じって
商売っ気たっぷりの神様の前で
ぼくたちもぱん、ぱん、手を合わせる
そこまでは良かったけど
やれやれ
ぼくたちカップル未満なんだよな、という意識が頭をもたげてきて
海を見て晴れていた気分が
チキショー
またまたちょっぴり薄暗くなったりして
うーん、ぼくも修行が足りないなあ
前回の下北沢の居酒屋では
「もうかれこれ20年以上詩を書いてます。
お金には全くならないし、好きでやってるだけなんですが、
片手間でやってるというのとは違うんですね。
ぼくの書いている詩は特殊な性格を持っていて、
詩人の世界でも余り受け入れられているわけじゃないんですが、
好きなことをただ好きにやってる、っていうのが自分の中では誇りなんです。」
なんて打ち明けたら
「そういうの、いいと思いますよ。
私も好きなことは絶対続けたいし、そのことで何を言われても大丈夫ですよ。」
なんて返事がきたんだよね
ああ、この人強くていいなあ
わかってくれそうだしわかってあげられそうだよ
好きってことか?
酔った頭でガンガン希望を膨らませたんだけど
おいおい
後退しちゃいかんだろ?
神社でお参りした後は頂上にある植物園へ
「江ノ島の頂上ってこんな風になっていたんですね。
ああ、この辺はツツジが満開。」
ぼくは昔来たことがある
「植物園なのに珍しい植物が少なくて、
微妙に垢ぬけないところがいい味出してるでしょ(笑)。」
「のんびり落ち着けていいじゃないですか。」
ちょっと昭和な感じを残しているのが
ぼくたちのような40越え男女には似つかわしい
けどさ、40越えっつっても
「花」が欲しいことがあるんだよ
少しは勇気を出してみろ
「ミヤコさん、ここでミヤコさんの写真撮ってもいいですか?」
あっさり
「いいですよ。」
花のアーチの下に立ってもらって
はい、パチリ
目尻の微かな皺が美しい笑顔
やったぁ
これでミヤコさんをいつでも取り出すことができるぞ
下に降りて喫茶店で休むことに
体は休んでいるけど頭は休んじゃいない
「もういいだろ。」「決断だ。」「勝負だろ。」……等々の声が
うるさく内側から響いてくるんだな
目の前のミヤコさんの話も最早聞こえない
「ちょっと海岸まで歩きませんか?」
小雨の降る中、傘をさして海岸へ
人気のない波打ち際まで行った
ぼくの人生の中では余り前例がないけど
そうさ、ここは、いきなり、で良し
「ミヤコさん、ぼくはあなたのことがすっかり好きになりました。
結婚を前提としておつきあいしていただけますか?」
おお、とうとう言っちゃったか!
少し考えてミヤコさん
「ありがとうございます。でもちょっと待って下さい。
まだ辻さんのことよくわかっていないと思いますし。」
ふーん、やっぱりな
ここは踏ん張りどころだ
「今すぐお返事いただけなくてもいいんですよ。
ぼくはこういう気持ちでいるってことを知ってて欲しいんです。」
雨が急に強くなってきた
「もう帰りましょうか。それとももうちょっと話しましょうか。」
「いいですよ。歩きながら話しましょう。」
それから海岸の近くを歩いた歩いた
ぐるぐるぐるぐる、雨、ざーざーざーざー
「辻さんは貯金する習慣ありますか?」
「私、将来的には自分の家が欲しいんですが、家を買うことについてはどう思われますか?」
「仕事をやめるつもりはないのですが、家事をやる気はありますか?」
問いかける目は真剣そのもの…
年収は少ない方だけど贅沢しないので貯金はそこそこあります
持ち家には拘らないが、いい物件があれば購入はOK
家事はねえ
今まで最低限のことしかやってこなくてね
たいした料理も作れないし掃除や洗濯も得意じゃないけど
やる気はありまくるよ
だってさ
一緒に生活するのに不可侵の領域があるなんてつまんないじゃない?
その代わり、ぼくは一家の大黒柱なんかにはなりません
「主人」なんかにはなりません
ミヤコさんが「主婦」になることも望みません
柱は1本より2本がいいに決まってるでしょ?
雨が弱まってきて、もう少し話したいって
藤沢の居酒屋に入った
結果
「わかりました。おつきあいのお申し出、お受けします。」
その夜のメール
「本日はありがとうございました。楽しかったです。
また、申し出をお受けして下さり、嬉しかったです。勇気を出した甲斐がありました。
天にも昇る気持ちです。
ミヤコさんは現実的にしてロマンティストの、
とても思慮深い女性だと改めて思いました。
結婚情報サービスの方には活動休止を申請しました。
またお会いしましょう。」
「こちらこそ今日はありがとうござました。
また、お申し出ありがとうございました。嬉しかったです。
すぐにお返事できなくて申し訳ありませんでした。
でもいろいろ将来設計的なこともお聞きしたかったんです。
辻さんみたいな方はいそうでいない方だと思います。
私という人間をよく理解してくださっているし、
女性に対し深い思いやりをお持ちだと思います。
これからお互いパートナーとして確信が持てれば何よりですね。
私も活動休止を申請しました。
どうぞよろしくお願いいたします。」
決断しちゃったよ
決断してくれちゃったよ
どっと疲れが出ちゃったよ
生身の人間の計り知れなさを思い知ったよ
このまま
2本の柱として立てるかどうか
いっちょ頑張ってみようじゃないの
天にも昇る気持ちを抱いて
おやすみなさい
話術にたけた人と帰り道が一緒になり、SONYのイヤフォンを外す。
狐になりたいと思いますかって聞いてくる奴だったので、小指切り落とすぞって返す。
笑いながら、その人は加工された肉を頬張り、頬骨を鋭角に発達させ外国人になりました。
最近、如何ですかとか言うな。近況報告は此の世でいちばん嫌いな文字の並びだ。それがはじまりなのも許せないが、頭切り落として平謝りで金銭を得るだけの理由は私にもある。
二人のはじまりをはじめる為に、実在しない近況を語る。
白い狗が私の中に入ってきた一夜の事を伝えます。それを今、振り返る。
色彩が窮屈になってきたのを感じ珊瑚を食べていましたら、実装した軍人が海から歩いてきて、私に、
「いつ終わるんですかね。辻褄あわせは。」
と聞いてくる、何処から来たのかもわからない軍人に話を合わせようと口を動かしても、ノイズしかでてこず、恐る恐る海の水にうつりそうな顔を見れば、私は白眼の御影に化けていた。化けた私は軍人の骨をしゃぶり続け、軍人の口を封じた。そして、お互いの残された毛が波に飲まれ、吐くほど飲まれていったのを裏側にあった黒眼で、小さな穴から覗いていた。
思い出せる時点までを話し終え、少し安堵する。あの頃の私。
「カヌーが水を切ってゆくのは、よくある方向への眼の置き方ですね。」
「そうですね。」
「だいたいの人は見開いたページを求めますから。」
「似てますね。」
指定修理工場に向かうバスの中で、納得のできない作業員が水に浸かって錆びつくのを待ってる。けど、そんなもんは坂道に負けて、後方の窓硝子から大量の水を街角まで流すし、街の最後の角に辿り着くまでに乾いて斑点になっちゃう。
それはもう気持ち悪い斑点で、虫がいるって想像しやすい感じ。
虫がいる人はほんと不幸だね。虫を飼って体に植えつけている、虫がいなくなるのは何年後か、わからないまま整える。
バスが坂道を登る度に傾斜を削り塔を造る。塔のくびれに見惚れる行きはいいが、帰りは落下するだけ。
過ちを繰り返す、繰り返しては偏狭な姿に私を寄せて近況を遺そうとする、そうだろ、私の話術は今日も。そして明日も、健全に違いない。
わたしはいつ死ぬのだろう。
麻理が「最後まで地域で皆で一緒に楽しく暮らす会」に、
家のガレージを開放して、
広間を知人たちの集会に使って貰おうと決めたので、
夫婦で病身になってどちらが先に死ぬのかが現実に問題になったのです。
わたしが先に死ぬと遺産相続で、
この家を相続する家内の麻理は相続税が払えず、
住み慣れたこの家に住み続けられなくなるのではないかと思い、
それは、ズッシーンと胸に応えて、
悲しくなってしまうのでした。
麻理はこの家を、
いろいろな人が集まれる空間にしたいと、
家の中に堆積した物を、
「断捨離」と紙に書いて本の束などに貼って、
捨て難かった気持ちを絶って、
どんどん捨ててる。
進行性の難病のその先の死を予感してるんだ。
動けなくなっても友人たちと交流していたいという思いだ。
回りに人がいて欲しいという思いだ。
わたしはいつ死ぬのだろう。
わかりませんね。
いや、わたしが死ぬ、
ということは、
この身体が息を引き取って、
医師が心肺停止を死と判定したときに、
鈴木志郎康こと鈴木康之という名前を持ったわたしの死が確定するのでしょうね。
つまり、死ぬって、
このわたしの身体に起こることが、
社会制度的事件になるんですね。
わたしが知るわけもない。
ズッシーンと胸に応えますね。
わたしの身体が息を引き取る時は必ず来るのです。
それがいつかわたしは知ることができないのでしょう。
でも、でも、
79歳で前立腺癌を患うわたしの身体は、
否応なしにやがて息を引き取るのです。
いつまでも今日と同じように明日を迎えたい。
ところが、
わたしは
明日、
わたしの身体が息を引き取るとは思っていないです。
来月とも思ってない。
来年は、80歳になるけどまだ大丈夫でしょう。
と、一人でくすっと笑ってしまう。
歩く足がしっかりしてないから二年後はあやしい。
三年後はどうか。
いや、進行性の難病の麻理が亡くなるまでわたしは死ねないのだ。
お互いに老いた病気の身体で介護しなくてはならない。
支えにならなくてはならない。
麻理より先には死ねないのだ。
ズッシーン。
自分で死ななければ、
心肺停止はいずれにしろ突然なのだ。
ズッシーン。
遠い寂しさが、
晴れた十月の秋の空。
陽射しが室内のテーブルの上にまで差し込んでる。