火星にひとり

 

加藤 閑

 
 

風船に鳥と息入れ次の町

悉くゼロにしたき日白子干

約束の石吐き出して牡丹咲く

新緑に眼射られぬことを家訓とす

嘴を風に曝して抱卵季

消しゴムの滓半分はうごく蟻

火星にひとり麦秋の中にゐる

言の葉を朱夏に染めけむ鳥数多

花ひとりは死なず「返禮」の詩人連れ行く

衣脱げば蛇も階踏み外す

 

 

 

かもめかもめ春濤の青に

 

加藤 閑

 
 

かもめかもめ春濤の青に呼ばれ来よ

末黒野に背中冷たくして泣けり

黒薔薇をくぐりて一つ魔を祓ふ

漂流記春服の裏に書いてある

行く春や描いてない絵の隅にゐる

洲蛤空海の舌と教へられ

白骨になるには骨のない青虫

うぐひすの奥義は知れり系図消す

たまご抱けば獣の腕となる朧

虎杖に並びて立てど吾一人

 

 

 

私を抱いて

 

加藤 閑

 
 

ガリバーの船に薄氷残りけり

巣箱置く水のにほひのする森に

春雷の夜に睫毛ある卵産む

薊反るチェロ抱くやうに私を抱いて

うぐひすの奥義は知れり系図消す

鳥帰る虹の断腸くぐりぬけ

虎杖に並びて立てど吾一人

白魚は泳ぎわすれて盛られけり

末黒野に背中冷たくして泣けり

光りとは朝鮮から来る蝶のこと

 

 

 

ほばしら立つ

 

加藤 閑

 
 

雪隔てわれらの星を覗き見るきみ

死者流すとき吹雪の中に檣(ほばしら)立つ

分銅を正義の側に冬傾ぐ

ひひらぎのその埋葬の浅さかな

冷たき舌花紺青に染まりたり

寒月光ピアノのなかの沙漠かな

楽譜きらら薄氷(うすらひ)越しの水きらら

初蝶や鋏錆びるを止められず

朧かな椅子の脚これ棒である

風船の昇りきるまでひとりかな

 

 

 

太陽はいつも遅刻する

 

加藤 閑

 
 

銀河系で割れない卵並べてゐる

冬すみれ生の原寸として咲けり

海までは凩でゐたいと風が言ふ

鯨の死太陽はいつも遅刻する

蝋梅やわたしの中に棲む白痴

雪の夜の眠らぬ孔雀渇きあり

寒星のささめきを消し漆研ぐ

磐座(いはくら)を訪ねて雪の徒とならむ

歯凍らせ弥終(いやはて)にこの種断たんとす

白鳥の王家の系譜おほかたは夜

 

 

 

死と乙女

 

加藤 閑

 
 

冬薔薇散らしみづうみにレダ眠る

蝋梅を数へて黄泉の燈しとす

転調を許さぬ吹雪死と乙女

冬蝶の翅の欠片を声に持つ

屈強のをとこの口に冬星座

義憤ならず霜咲く硝子見つめつつ

雪汚れし神は目隠しされしまま

月蝕の夜に眩しき海鼠切る

こがらしにそれはあたしと紙の鳥

骨あらば舟に組むべし霜の夜

 

 

 

薔薇族

 

加藤 閑

 
 

       夏――いくにちか
       薔薇の同時代者になる。
              リルケ『薔薇』より(高安国世訳)

 
薔薇族に五月の雨ぞ匂ひたつ

眼球に薔薇の刺青の彫り師かな

新しき血を欲しをり薔薇の棘

俄にはそれとは知れず薔薇の裔

花園に知と愛あふる蝶の群れ

虹失せて叛きの悲歌は限りなし

海亀にボーイソプラノ夢制す

薔薇の精に抱かれ夢む神なき世

銀漢や白き櫂入れ残りの生

薔薇を焚き世界を止める刹那あり

琴鳴らし死者と交はる嵐の夜

鳥の死にソネット響く薔薇の園

薔薇淫ら金泥の文字に封じられ

濡れそぼつ女乞食は薔薇かかへ

堅き実嚙んで少年愛消す晩夏

断末魔薔薇一輪を挿してをり

蜜溢れざらつく舌に虹の痕

霜降りる石棺の蓋に隠さるる

薔薇の刑神は姿を隠しけり

黒点はかつて薔薇の木在りし場所

 

 

 

漢俳九句

 

Sanmu CHEN / 陳式森

 
 


所有的音節
在你名字的季節
我駐足不前


回聲,再一次
等奧登詩中的鹿
靜靜地入雲……


零碎的殘骸
關於未來的懷念
如指骨一般


輕微的痛楚
昏暗的光陰動刀
折斷了寂寥


一再地潦草
詩爲你心跡賦格
擦傷了薑花


猶豫的樂譜
莫扎特降E大調
麋鹿,我的心


餘下的緘默
在深處風暴深處
最暗涌,不期。


萋萋失芳草
第二個天空,忽焉!
忽焉萬千劫。


堅硬的淚水
……這些日後的硝煙
敲打著金鐘!

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箱詰日記

 

薦田 愛

 
 

連れ立ちて茅の輪くぐらむ大転機
 
預かりし父の恋文梅雨晴れ間
 
虫干しや備蓄にと母買ひ過ぎし
 
抽出しを空けて梅雨明け退職す
 
びわ剥きて笑みて断捨離転宅す
 
相みつの時満ちたれば引越し日
 
まなうらに花耀けり短夜の
 
炎天下セミダブルベッド搬出す
 
あめつちのはげしきなつよやうつりす
 
文月や押入れ箪笥三つ四つ
 
床拭ひ汗ぬぐひてや搬出日
 
掃除機を積みて暑中の荷台かな