グリニッジビレッジ、煮込みうどん物語

 

長田典子

 

 

ディグ、ダグ、

駅の構内やホテルの前で
剝き出しの銃を構えた兵士に出くわすたびに
TVで見る
破壊、や、崩壊、や、悲嘆、や、凄惨な死、が、
すぐそこにあるようで
いつもかならず
恐怖を感じる

ディグ、ダグ、

冬のある日
ニール先生の宿題は
「あなたの家族の歴史を調べて書いてきなさい」だった
わたしたちはグループで調べたことを発表しあった
韓国出身の学生のふたりともが朝鮮戦争で家族が生き別れ
ノースコリアに消息不明の親戚がいると語った
二十歳そこそこのふたりには遥かに遠い昔話なのかもしれない
彼らの両親よりも年上かもしれないわたしは
破壊、や、崩壊、や、死、や、
肉体を引き裂くような、
悲嘆、が
からだにこみあげ
ふるえた
ニール先生の授業の意図を理解した

ディグ、ダグ、

わたしは自分の家に伝わる物語を披露した
破壊、も、崩壊、も、悲嘆、も、まだ、ない、
わたしの家の物語を……

「ずっとむかし、わたしの祖父の祖父の兄弟は神隠しというものに遭いました。その男は3年間、行方不明でしたが、ある日、とつぜん帰宅し、天狗様と山で修行をしていたと言ったそうです。隣家の婚礼の日、男は出された御馳走を天狗様に差し上げるのだと言って、村人たちの前で屋根の上にぴょーんと飛び上がったそうです。その男の死後、男が天狗様にもらったという短刀を山の神様として祀りました。」

授業の後
ひどく寒かったので
グリニッジビレッジのニホン街に行く
ニホン食レストランに駆け込み
好物の煮込みうどんを食べた
ふやけて千切れた
エビのてんぷらの衣をひとつひとつを箸で掬い上げ
頬張りながら
授業では言えなかったわたしの家族について
消化不良だった自分の物語について思い出していた
戦争とは関係のない我が家の
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、の物語について……

ディグ、ダグ、

「わたしは安定した生活こそがいちばん大事だと思っていました」

ディグ、ダグ、(汁にふやけた天ぷらの衣が大好き)

「わたしは吟味に吟味を重ねて公立学校の教師になりました
ニホンではプライバシーでも先生でなければならないので
どこにいても規格品のようにふるまわなければなりませんでした息苦しかった
小学校の教師の仕事は大嫌いでした
職員は優等生ばかりで規格外のことは理解されませんでした
わたしも優等生を演じました何の曇りのない家庭で生まれ育った良家の子女のように
子どもたちは可愛いいと思うことも助けられたと思うことも多かったのですが
勝手にあちこち動き回るからだんだん椅子に縛り付けておきたいと思うようになりました
毎週1時間ある道徳の時間をひどく憎んでいました
週2時間から3時間ある体育の時間を憎んでいました
算数や国語や社会や理科や音楽や図工は楽しくて好きでした
ニホンではプライバシーでも先生でなければならないので
土曜日も日曜日も外出するときは人に後ろ指を指されないように気をつけながら
規格品のようにふるまわねばなりませんでした息苦しくて仕方なかった
外国に旅行で出かけたときだけわたしはほっとできました
仕事は辞められませんでした息苦しくても身体がきつくても嫌いでも
安定した生活を優先させていたからです安定した生活こそがいちばん大事でした
世界は人間社会は恐怖に満ちていると思っていました」

ディグ、ダグ、(巨大エビはNY特産なのかしら)

「わたしは蛇行する相模川に沿った28戸だけの小さな村に生まれました
先祖はどこからやってきたのかはわかりませんがほぼ村人全員が先祖代々700年にわたって河岸段丘の底の擦り鉢状の土地に暮らし続けていた家の末裔です
7歳のとき村はダム建設のため湖に沈みました
わたしたち家族は河岸段丘の上の嘗て村の入り口だった傾いた土地に引っ越しました
河岸段丘の上で生活は一気に50年は近代化しました
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、が、ここにもありました我が家なりに
村では山の水を引いて台所の水甕にため柄杓で水を掬っていました
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、が、ここにもありました我が家なりに
新しい家には水道が完備していました
庭にはベンチや石段を配した大きな築山の中心に池があって噴水が出ていました
応接間には堂々とした応接間セットがありビクターの大きなステレオがありました
三姉妹お揃いの毛皮の襟巻をして学校に行きましたまるで大金持ちになったみたいでした
しかしその生活は一年足らずで終わってしまいました
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、が、ここにもありました我が家なりに
世界は恐怖に満ちていました」

ディグ、ダグ、(わわ、星の形のにんじん発見!)

「父が家にあまり帰らなくなりました父は多額の保証金をもとに
新しい事業を始めては失敗するということを繰り返していたようでした
そのうち父は全く家に帰らなくなりました
毎朝毎晩借金取りが家のドアを叩くのでした
役人が家に来て家の物に札をつけていきました
勉強机だけには札はつけられませんでしたランドセルも無事でした
札は外されそしてまたつけられることが繰り返されました
世界は恐怖に満ちていました」

ディグ、ダグ、(長ネギは嫌いなのになぜかうどんの汁となら食べられるの)

「築山の噴水がなくなりそのあたりは売られて新しい家が何件も建ちました
敷地の土地が少しずつ減って新しい家が次々に建ちました
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、は、ここにもあったのでした我が家なりに
母は村に住んでいた頃からの組み紐工場を父に代わって続けてきました
そうやって祖父や祖母や子どもたち家族は生きのびてきました
応接間セットは古びてぼろぼろになりましたがそのまま置いてありました
ふすまも障子もぼろぼろになりましたがそのままにしてありました
カーテンもぼろぼろでしたがそのままにしてありました
破壊、と、崩壊、と、悲嘆、は、ここにもあったのでした我が家なりに
すでに町中の噂になっていたはずですが
わたしはわたしたち姉妹はなにごとも起きていないかのようにふるまっていました
世界は恐怖に満ちていました」

ディグ、ダグ、(ぷりぷりした鶏肉が大好き)

「わたしが大学に入学する頃になって父は家に戻ってきました
わたしは父をわたしの家族だとは思えませんでした
父だけでなく家族を家族だと思えなくなりました
わたしはもう父だけでなく人間というものを実に信じられない生き物だと思うようになりましたひとりぼっちだと思いました
わたしはひとりぼっちで生きていかなければならないんだと思いました
世界は人間社会は恐怖に満ちていました」

ディグ、ダグ、(星の形のにんじん、またまた発見!)

「安定した生活こそがいちばん大事でした」

ディグ、ダグ、(渦巻きナルトはうどんの定番です)

「中学校で英語を習い始めてからずっと留学してみたいと思っていました
ビクターのステレオでサイモン&ガーファンクルを何回も聴きました
安定した生活をいちばんに望んでいました
仕事を始めてから貯金がたまるたびに海外旅行に出かけました
いつもひとり旅でした」

ディグ、ダグ、(しんみりしんみり煮込まれた椎茸を食べます大好きです)

「いろいろありましたいろいろなことがありました
結婚しました代々続く家を脱出するためでした必死でした離婚しました病気になりました
仕事を続けました結婚しました幸せになりました人間を信じられる生き物だと思えるようになりました仕事を続けました病気になりました自分の家を建てました仕事を続けました30年勤めてやっと仕事を辞められると思いました退職金で住宅ローンをすべて返せるとわかったのです安定しましたやっと安定できました必死でした必死でした必死でした
いつのまにか嘗て祖父母や両親のいた場所はすべてが無くなっていました
いろいろありましたいろいろなことがありました
退職金の残りを留学資金に充てました必死でした必死でした必死でした
ずっと留学したいと思っていました
ずっと留学したいと思っていました
ずっと留学したいと思っていました」

ディグ、ダグ、(汁に浮かぶ半熟卵が大好物なのです)

湖に沈んだ村の
冬の夕食は毎晩あったかい煮込みうどんで
野菜の具がいっぱい入っていたっけ……
NY風煮込みうどんの汁を最後の一滴まで飲み込む
芯からあったまって
わたしが構築されていく
わたしが再構築されていく
横なぐりの雪が舞い上がる通りに出る
駅の構内で
剝き出しの銃を構えた兵士を見かける
破壊、や、崩壊、や、悲嘆、や、死、のあふれる世界を
アメリカ! を、
歩く
安定って、
けっきょく、わたしの場合、
外側だけのことだったのかもしれないな……
構築されたわたしは煮込みうどんであったまったからだは
外側よりも
内側を満たしていきたい
たとえ
破壊、や、崩壊、や、悲嘆、や、悲惨な死、にあふれる世界にいたとしても
世界が恐怖に満ちていたとしても
わたしはわたしを満たしていけば
だいじょうぶ
対峙していける
雪の舞い上がる
マンハッタンで
乾燥した冬の風が吹く
ニホン

 

 

 

Elephant in the room

…… 象くんといっしょに ……

 

長田典子

 

 

まさか真夜中
まさか勉強中に
ベッドが上から降ってくるなんて
イェ、イェイ、イェイ、

地震か?
いきなりベッドが揺れ出した
壁に収納できるマーフィーベッドってやつの
木枠が崩壊して
ベッド本体が頭の上に落っこちてきた!
イェ、イェイ、イェイ、ヘイ!

厚い岩盤の上にできた摩天楼の都市に地震は起きないはず
長年の使用によって
突如壊れたらしいマーフィーベッド
けがはしなかったけど精神的に大きな打撃を受けてしまった
ああ これじゃ明日の単語テストもだめだなぁ
現況を写真に収めて不動産屋にメールで送った
ヘ、ヘイ、ヘーイ、

(このごろ詩を書こうとすると気分がハイになり鼻歌まじりになってしまいます)

先生、このクラスに覚えられない人がいます!
巻き毛の可愛いフランス人男子が
茶目っ気たっぷりに先生に話しかける
先生は I know, I know……って笑顔で言ってるけど
Elephant in the room (部屋の中の象…誰もが知っているのに誰も触れない話題のこと)
ティーンエイジャーに混じった50代のわたしはElephantそのもので
英単語の覚え方さえ忘れていた
文中の単語を緑に塗って赤い下敷きをあてると見えなくなるやり方を思い出して
ようやく覚えられるようになったんだ
イェイ、イェイ、イェイ!ヘイ!(あらら、どんどん楽しくなってきちゃった!)

「脳にゴルフボールより大きいものができています
髄膜腫です
すでに石灰化していますが
とつぜん昏倒することがあるかもしれません」
40代最後の日に偶然おともだちになってしまった脳のなかの変なモノ
ヘ、ヘイ、ヘーイ!イェイ!

「ひとりでいる時間をつくらないようにしてください」

それは無理ってもの
夜10時になっても一人で仕事場に残っていたっけ
次の日の準備や雑務に追われ
医者の言うことはひとつも守れなかったけど
とつぜん昏倒することはないと確信して
30年も続けた仕事を辞め
憧れだったマンハッタンでの一人暮らしを始めたのだった
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!
(ここでわたしは 片手を挙げてフラメンコダンサーのようにポーズをとりたい)

オーレ!

「英単語がぜんぜん覚えられないのは、頭にあるゴルフボールのせいですか?」
「そう思いたいのは人情ですがねぇ、ま、それはないでしょう(笑)
身体機能への影響は特にありません」

中学生のころ地理が大好きだった
白地図に山脈や川や平野の名前を書き込んだその瞬間に
すべてを記憶できたわたしの脳みそ
ヘイ!ヘイ!ヘイ!イェイ!

覚えられないのは
やっぱり年齢のせいか
緑のマーカーで消して文の前後から判断して覚えるやり方をようやく思い出したら
教科書の単語をほとんど緑で塗るハメになってしまった
: と ; の使い方の違いがわからなくて
そこを指差しながら先生に質問したら
先生はいちめんの緑塗りに驚いて少し後じさりした
暗記用の「緑のマーカー&赤い下敷きセット」はニホンにしかないのかな
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!

イディオムのレッスンでは
毎回なんじゅっ個も並んだプリントに大パニック!
意味を覚えて二人組でクイズを出し合いなさい、って
地獄でしょ
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!
先生、わたし、年寄りだから覚えられないんです!若い人つけてください!!
ってことで、わたしのチームだけ2対1でやることに(笑)
Elephantは部屋中を占領している
ヘイ、ヘイ、ヘイ、イェイ!

「何が起こるかわからないので手術はできません」

ほんと
まさか真夜中
まさか勉強中に
ベッドが上から降ってくるなんて
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!

ゴルフボールって言われてもピンとこなかったな
だって、ゴルフしたことないし
直径3センチ以上って言われて、ふーん、と思ったんだけどね
よく考えたら脳ってそんなに大きくないの
そこに3センチ以上の石灰化したモノが占領してるって
ガンマナイフも無理だって
あ、つまり
ゴルフボールはElephant化しているのだな
わたしの脳の中で
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!

まぁ、そういうわけで
Elephant in the room は誰もが知っているのに誰も話題にしないっていうイディオムです
ティーンエイジャーのなかの50代、フィフティーズのわたしなのに
気持ちはすっかりティーンエイジャーになってしまって
昼休みに近くのレストランで外食したとき
急にソフトクリーム買おうってことになり
結局、13人中8人がソフトクリーム持参で授業に遅刻
座席についても
たらたら溶けるのをなめるのに夢中
それでも象は象
ティーンエイジャーに混じってフィフティーズのわたしは
実は耳の聞こえが悪く
どうしても聞き取れない音がある
へ、ヘイ、ヘイ、イェイ!

「何が起こるかわからないので手術はできません」

まさか
まさかね
50歳を過ぎてから語学留学をするとは誰も予想してなかったでしょうが
わたしは前から決めていたんです
部屋の中の象 Elephant in the room
気持ちはすっかりティーンエイジャーになってしまって
脳の中の象くんといっしょに
負けじ魂を発揮して
ガリ勉ひとすじ
(中学生のころ、ガリ勉っていじめられて自分をずいぶん責めたことがあったなぁ……)
でも、わたしは勉強が大好きなのです
ここに来て
そんな自分でいいんだと思えるようになりました
そんな自分が大好きだと思えるようになりました
イェイ!

(ここでフラメンコダンサーの決めポーズ)

オーレ!

負けじ魂は
はげしいくちげんかに発展
どうでもいいことで
泣きじゃくり
どうでもいいことで
早食い競争になり
どうでもいいことで
笑いが止まらなくなったりし

負けじ魂フィフティーズは
毎日がいそがしい
毎日がばかみたい

単語テストの朝
あ、マーフィーベッドが上から降ってきた夜の翌日ね
ぎりぎりまで勉強して
遅刻しそうになってタクシーで学校に向かった
そのタクシーの中でも必死に暗記
タクシードライバーは
すっごく気持ち悪いモノを見ちゃったみたいな顔をしていた
結果はさんざん
スペルがみんな前後してしまっていたの
覚えた単語のスペルが
タクシーの中で
ぜんぶ崩壊しちゃったの
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!

そんでもって
マーフィーベッドは3日後にようやく修理してもらえました

「あの、いつごろから、頭の中にあったのでしょうか?」
「神のみぞ知る。子どもの頃からあったのかもしれません」

つまり脳の中の象くんは
ずっとわたしと一緒です
ニューヨークタイムズを読むときも
スタバでコーヒーを飲むときも
修理したクイーンサイズのマーフィーベッドの隅っこでからだを丸めて眠るときも
連れて行った猫のミュウちゃんに餌をあげるときも
へ、ヘイ、ヘイ!
(実はNYへは猫だけでなく象も連れて行ったってわけですよ)

そんでもって
月曜日から木曜日までは朝9時から午後3時まで語学学校
月曜日の放課後は市立図書館に映画のDVD3本を返却に行き別のDVDを3本借ります
火曜日の放課後は家庭教師に英語の勉強をみてもらいます
水曜日は市立図書館に映画のDVD3本を返却に行き別のDVDを3本借ります
木曜日の放課後は中国人の留学生に日本語を教えるボランティアをしています
金曜日の午後は家庭教師に英語の勉強をみてもらいます
土曜日の夜は教会の聖書研究会に参加します(クリスチャンではありません)
日曜日の午後は学校の図書館で勉強をします
イェイ、イェイ、イェイ!ヘイ!

負けじ魂フィフティーズは
毎日がいそがしい
毎日がばかみたい
ヘ、ヘーイ、ヘーイ!

「あなたは何も気にしていないようですね
それでいいと思いますよ」

その通り
わたし何も気にしていないんです

ずぅーっと先のことにちがいないけれど
この命が終わって焼かれたとき
頭蓋骨の中から石灰化したゴルフボールが
ころん、と
転がり落ちてくるでしょう
ほらほら、これが、あのゴルフボールです
とかなんとか
誰かが説明してくれるのかしら
ようやく象くんが話題にしてもらえるとしたら
象くんは喜んでくれるのかしら

ほらほら、これが、あのゴルフボールです
イェイ、イェイ、イェイ、ヘイ!

(幽霊になったわたしは片手を挙げてフラメンコダンサーのポーズで決めるでしょう)

オーレ!

 

 

 

ぎゃろっぷ!

 

長田典子

 

 

いやだいやだいやだいやだ
3回目の書き直しの宿題だ
なんてクソ暑い部屋なんだ
PCに向かって頭をひねるのだ
冷蔵庫の牛乳は腐り始めているのだ

つまんない

「論文は、始めの段落に結論を書くこと」

始めに結論書いちゃうなんてつまんない

いやだ
いやだいやだいやだ
あばれる
からだじゅうの
毛穴という毛穴のなかで何かが
あばれる もがく あばれる あばれる もがく
いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

「文の要約は、文中の大切な語句と同じ言葉を決して使用してはいけません。
同じ意味の違う言葉をつかいなさい」

いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

ニホンでは、
「始めから結論を書いてはいけません」
「要約するときは、文中の大切な語句を漏れなく使用しなさい」って
先生からきつく言われ続けてきたのに
いやだいやだいやだ
きもちわるいきもちわるいきもちわるい

もがく かきむしる もがく かきむしる かきむしる

NYのこの部屋はヒーターが効きすぎだ
外は氷点下の真冬なのに真夏みたいにクソ暑いのだ
近所のGAPで買った半袖のTシャツと半ズボンなのだ
クソ暑くてクソ暑くて クソッ!クソッ!クソッ! なのだ
もがく あばれる もがく あばれる
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

小学校のときの女教師が
背後の岸壁に立ち かそけき声で
おーい、おーい、と呼んでいます
とってもよい先生でした 厳しくて
先生の御指導のおかげで
わたしは作文コンクールに入賞しました
おーい、おーい、が背後から聞こえ続けています

毀れる毀れる毀れていくよ
からだじゅうの毛穴という毛穴から
湯気が出てきます
煮詰まった頭のなかで
あれ?
「頭をひねる」が「頭をよじる」になってしまった
あれ?
「臍で茶を沸かす」が「頭で茶を沸かす」になってしまった
あれ?
「牛乳は足が早い」が「牛乳は足が出る」になってしまった
あれ?
毀れる毀れる毀れていくよ
よじるよじれるよじれていくよ
いやだいやだいやだ
もどりたいもどりたいもどるもどりたいもどる
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

イタリア系の女教師は
とってもよい先生 ねっしんです
PC画面の奥の方
海峡の先の霧にかすんだ街灯のある岸壁で
仁王立ちしています
カモーン!カモーン!と太い腕を振り上げ
手をこまねいています
仁王立ちをしています
あれほど言ったじゃないの、
もう一度やり直してきなさい!

いやだいやだいやだ
もどりたいもどりたいもどりたい
GAP、ギャップ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ!

Fossil(化石)、stubborn(頑固な)、
という単語が頭を走り抜ける
化石をなまものにもどすことはできますか
頑固な頭を柔らかくすることはできますか

2回もニホン式で書いちゃいました
3回目の書き直しの宿題です
いやだいやだいやだ
真冬なのにこの暑さは
あれ?
かんぜんに
「頭をよじる」
あれ?
かんぜんに
「頭で茶を沸かす」
あれ?
かんぜんに
「牛乳の足が出る」
あれ?

ニホンの場合、起→承→転→結
ここでは、結論→説明→結論

毀れる毀れる毀れていくよ
よじれるよじれるよじれていくよ
クソッ!クソッ!クソッ!
狂い出しそうだよ
あばれ出しそうだよ
クソッ!クソッ!クソッ!

……卵を割るとね
黄身の上にポツンと白いものがあるでしょ
あれが雛の原型
それは
はじめに心臓になり眼になり
黄身を養分にして
すこしずつ すこしずつ
育っていくのよ……

ギャップ、ぎゃろっぷ、ぎゃっぷ、ぎゃろっぷ

「頭がよじれる」あれ?
「頭で茶が沸く」あれ?
「牛乳が足を出す」あれ?

あれ?
お腹のあたりがむずむずします
ぷにゅっ、あれ? ぷにゅっ、

Fossil(化石)、stubborn(頑固な)、
化石はなまもの
頑固な頭は柔らかい
ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ!

あれ?
ひろがるひろがるひろがっていく
膨らむ膨らむ膨らんでいく
お腹の前に
ひろがる膨らむ
黄色い球形の
大海原

ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ、ぎゃろっぷ!

啼いているよ
叫んでいるよ

黄色い球形の
大海原

 

 

 

タウン

 

長田典子

 

 

みずえのぐ、が
にじんで
おもわぬ
ほうこうに
はみでてしまうように
わたしは
はみだしてしまう
はみだしてしまうのだ

片道切符で
飛行機に乗った
はみだしていった
窓の景色は
うすずみいろ、から
にじんだ
まーまれーど、
にかわり
アメリカ大陸に
すいよせられていく

はみだしていった

夜中
タクシーを降りると
マンハッタンのはずれのアルファベットタウンの一角は
だれもいなくて
こわかった
火事で焼け落ちたままの
びる、のはしら
ゆき、におおわれた
みしらぬ
よる、のけはい

こわかった

飛行機は悪天候のため6時間遅延し
おおゆき、に見舞われた
マンハッタンに
タクシーで向かった

こわかった
けど

案内人の後をついて
仮住まいの
アパートの階段を昇る
重いスーツケースの角が
黒い鉄の階段にぶつかるたびに
ガツン!ガツン!
と悲鳴を上げた

4階のつきあたりの左側
ドアノブをガチャガチャやっていると
向かいの部屋の若い男がドアから顔だけ出してちらっとこっちを見た
男の背後の部屋の中は暗赤色だった
赤いライトが灯っていた

こわかった
けど
はみだしてしまう
はみだしていった

赤い部屋の男は
いつも、一日中部屋にいて
仮住まいの部屋は
壁が薄くて隣の声が筒抜け
ときどき女や男が来ては
ひそひそ話しこんでいる

薄い壁を挟んで
わたしたちは
どこからも隔たり
はみだしていた
窓の外は壁ばかりで
何も見えない部屋で

はみだしていた

あさ
外出しようとして
ドアに鍵をかけようとしたら
鍵穴がくるくる回ってしまい
かからない
なんど
やりなおしても
かからない
くるくる回しているうちに
ふいに
カチャッ、と落ち着く場所がある
鍵を抜いて
ドアノブを回す
ドアを引いたり押したりして
ようやく
鍵がかかったとわかる

ふしぎな
鍵穴
はみだした
鍵穴

外に出ると
ゆき、はさらに
ふかく、つもっていて
とうけつ
していない
ゆき、の
ぬかるみを
えらんで
歩く

パキスタン人の店に入り
さんざん迷って
パンとミルクとジャムとフルーツジュースを買う

ふしぎな
パキスタン人の店
見たことのない文字と見たことのある文字が入り混じっていた

ここでは
タウンでは
はみだしたものばかりが
身を
かたちを
よせあっているよう

茶色くて粗末な紙袋を抱えて
アパートに向かうと
すでに、さっきの道はぜんめん
とうけつ
ゆき、の
ぬかるみを見つけながら
そろそろと歩く

かたあしずつ
つっこみながら
ふしぎな
鍵穴
について考える

ゆき、の
ぬかるみ

タウン

わたしに
せいあい、の
かんけいを
えらばせる
ゆき、の
ぬかるみ

くるくる回る鍵穴は
鍵を
タウンの
ゆびさきを
えらばせる
ゆき、の
ぬかるみ

なまなましい
せいえき

せんたくのり
のようで
せんたくのりがかわいたら
わたしと
タウンは
もうはなれない

もう
はなれない

はみだして
はなれない

アルファベットタウンと……
アルファベットタウンで……

ぬかるむ……
ぬかるめば……
ぬかるむとき……
ぬかるむであろう………

タウン。

 

 

 

やわらかい場所

 

長田典子

 

 

川沿いのフェンスにもたれて
幸せだった
汽水域を越えて
水鳥のように
飛び立って行けるのではないか
まだ見たことのないどこかへ
そう思えた

夏の終わりの日曜日
自由の女神を見にフェリーに乗ったのだった
リバティ島に向かって
フェリーの屋上は
人であふれていて笑顔だった
見たことのない何かを所有する欲望に
目を輝かせていた

近くで見ると思った以上に巨大で
横幅があって
強そうだった
マッチョな体躯に圧倒された
女神なのに

ニホンでは
長い間
悪夢に悩まされていた
茶色く淀んだ川の水面から
頭だけ出してもがいている夢を繰り返し見ていたころ
水の中で手や足は完全に萎えて感覚さえなかった
また別の夢では
なにをやっても酷いことが起き
叫び声を上げてもなお
悪い運命に翻弄されるばかりなのだった

ここに来てからは
悪夢を見ることはなくなった
わたしは
満員のフェリーに乗る観光客のひとりとなり
汽水域をなぞって
ゆるゆると
自由の女神を見るために
リバティ島へ
そして
かつて移民局のあった
エリス島へと
移動した
とても平凡で穏やかな行為として

胸元に毎日
花びらのタトゥーを刻み込み
数を増やし続けながら
こうあるべき自分
という想念にとり憑かれていた
耐えていた
痛くても
こうやって
生きていかねばならないのだから
と……

移民博物館では
ヨーロッパから
飢饉や貧困を逃れて
長い船旅の果てに
たどり着いた人々の写真
山のように積まれたボストンバッグや荷車
健康診断に使われた医療器具
などを見て回った
人々は長い列を作って並び
いくつもの部屋を通過し
たくさんの尋問にパスせねばならなかったが
傷みを
汽水域を
越えて
大陸では
失敗しても失敗しても貪欲に新天地を求めて
移動していった人たちがいた
マッチョだ
マッチョな人生だ

帰り道
地下鉄の車内はがらんとしていて
わたしはぼんやりと
あの人の
やわらかいペニスを思い出していた
慈しむべき身体の一部として
口に含んだときのことを
差し出された手の甲に
口づけをしたときのことを
指のいっぽんいっぽんを
順番に舐めて
そっと噛んだりしたときのことを

出国したのは
受け身ではなく
慈しもうと思ったから
能動的に
この場所にいる
わたしを
愛したい
もう何も心配しなくてもいいと
思いたかった
何も
考えずに
ひゅーん、と
飛んで行けたら

そうだ
自由の女神のマッチョな体躯だ

タイムズスクエアや5番街には
全身を緑灰色にペインティングした
肥満体の自由の女神が出没している
観光客と一緒に記念写真を撮らせるたびに
チップを巻き上げていた
ニホンの
パチンコ屋や量販店にも
似たような像が置いてあったっけ
マッチョな人生なんて
どこにでもあるのかもしれないな

仮装という存在
仮想という想念
から
解放されよう

マッチョに
飛び立つのだ
マッチョに
って、
単純すぎるよね

川沿いの
フェンスの向こう側には
生まれたての
赤ん坊のような
慈しむべき
やわらかい場所があるようで
差し出された手の甲に
くちづけをし
指のいっぽんいっぽんを
順番に舐めていくような
れんあいかんけい
のような
時間があるようで

ひゅーん、と
飛んで行きたい
汽水域を
超えて

 

 

 

言葉は…

 

長田典子

 

 

エドワードさん
人の距離は伸びたり縮んだりするのですね
場所や文化に限らず
扇状に広がる
時間や空間のなかで……
あなたの考えをなぞろうとして
語学学校の教室で
予告なしに人が自分の領域に侵入してきたとき
わたしは悲鳴を上げて飛び退いたのでした
それは
文化とか場所とかでなく
わたし自身に由来する距離でした

Edward. T. Hall is a famous anthropologist who thinks that different cultures have different outlooks on time, space, and personal relationships. 有名な人類学者エドワード T.ホールは、文化が異なると、時間、空間、人間関係に関する見解も異なってくると考える。※

NORIKO
子音に注意して
あなたのLはDに聞こえる
あなたのTHはDAに聞こえる
必要のないときにNが入る

ダ (the) words デム(them)selves ………
Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
ああ、みんなDになってしまうよ
逃げたい言葉が限りなく頭に浮かぶ
逃げるな追いかけろ
追いかけろ!
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks

日曜日は一日
発音の練習で終わった
永遠に完成できそうもない課題を
時間ぎりぎりまで練習して
深夜 録音して先生にメールで送った
納得できないまま

エドワードさん
うまく納得できないのです
そんなにも 人は
生まれた土地に縛られなければならないのでしょうか

別の深夜
走った
タクシーを探して
12月の氷点下 寒くて暗い路地は
クレバスのように決裂し
今にも滑落しそうな絶壁の淵で
泣いていた

Hi, NORIKO !
知ッテタ? アナタノ発音
イチバン酷イ クラス デ

ソーホーのタイ・レストランのパーティで
クラスメイトに開口一番にそう言われた
……あなただって、アクセントが強すぎる
わたしにはあなたの言葉がよくわからない……
そう言おうとして吞み込み
アドバイス DAリガトウ
と笑顔で言ってから別のテーブルに移った
いじわる、咄嗟に思った
別会計でメイン・ディッシュを二皿頼み
沈黙したまま一気に胃袋に収めてしまう

エドワードさん
片手をまっすぐ前に伸ばし
中指の先までの距離に他の誰かが入って来ると
わたしは悲鳴を上げてしまうのです
わたしはアジア人ですが
ヨーロッパ人でもありませんが
たとえば
共同で鍋を囲んで
同じスープの中を他人が口をつけたチョップスティックスがうろちょろする
たとえば半分に割られた竹筒を流れ下る同じ冷水の中のヌードルを
各自のチョップスティックスで摘みあげて口に入れる
そういうことはできないのです

タイ・レストランのパーティには
タイ人は一人も来なくて
いじわるなアジアの女子は
突然にわたしの距離内に侵入して来たのです
彼女はわたしにジェラシーを抱いている
そう思うことに
してしまった
隅のテーブルを囲み
トルコ人、韓国人、コロンビア人、台湾人などの男の子たちが
親しそうに喋っていて
そこだけオレンジ色の炎が灯っているようだった
みんな知っている顔だった
写真を撮ってと言うので写した
メールで送るからと告げて
真夜中の路地に飛び出した

小ぶりのクリスマスツリーにライトを灯して
明るいオレンジ色の点滅を見つめながら
つぶやく
Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks
部屋で
朝まで泣いていた
クレバスの絶壁を飛び越えるために
恐怖を飛び越えるために
逃げるな
追いかけろ!

Hi, NORIKO !
ブルックリン・ブリッジを渡っていたら
写真を送ったトルコ人とばったり会った
……急に帰国しなければならなくなった
……また、こっちに来られればいいね
ふたりの間にアクセントの強い言葉が往復し
会話はまるで穴埋め問題
ボスポラス海峡を跨ぐように
深く きつく
ハグをし
……また会おうね
と約束した
春の
オレンジ色の芥子の花を思い出した

Edward T. HalDAYS a famous anDODOpoDogist who Dinks
DAt diffeDENT cuDUNtures have difeDENDO ouDODUooks
追いかけろ!追いかけろ!
クレバスの絶壁を
ボスポラス海峡を
飛び越えろ!
つまり結局
感情の問題ってこと

追いかけることはしないよ
あなたにはあなたの将来があるのだし……
むかーし
そんな会話をしたことがあったなあ

エドワードさん
人の距離は伸びたり縮んだりするのですね
扇状に広がる時間や空間のなかで
言葉は
カラフルなお花畑のようなものではないでしょうか
そこをミツバチが飛んで
パッチワークをするみたいに
すき、とか きらい、とか
かなしい、とか うれしい、とか
感情を伝えてくれるのです

 

 

※語学学校ALI OF NYUで発音授業のテキストとして使われた資料より一部抜粋

 

 

 

ア・イ・シ・テ・イ・ル

 

 

長田典子

 

 

 

※筆者による英詩を多く引用。各行尾の( )内はその詩のタイトルであり、他の英文箇所の多くは、この詩を書くとき同時に出てきた。「テネシー・ワルツ」の歌詞から一行引用あり。

 

 

 

ニホン語を捨てよう
アメリカ語を習得するために

それはワルツ
ワルツのリズム
地下鉄構内から
テネシー・ワルツが聞こえてくる
ワン、トゥー、スリー、 ワン、トゥー、スリー、
……………、…………、…………、

分厚い文法の教科書
分厚い長文の教科書
ノート ノート ノート 電子辞書 紙の辞書
プリントアウトした大事な大事な宿題は
エッセイと 初めて英語で書いた詩
バッグはパンパンに膨らんで
持ち手が肩に食い込んでくる
急ぎ足で
Grand Central 駅に駆け込む
毎朝 無料新聞 “am”をもらう

ニホン語を捨てよう
アメリカ語を習得するために

交差点に立つ若い男子たちは美しい
背が高くて手足が長くて
肌の色はいろいろでも
産毛が朝日に輝いている
ときめくことはない
アルファベットで構成されるわたしの言葉は
ひどく いびつで
振り向く余裕すらないのだ

This afternoon, I have “Creative Writing Lesson.”
( ― 今日の午後は 「文章創作」の授業があります)
I’ll hand in my first English poem to my professor.
( ― わたしは 産まれて初めて英語で書いた詩を 先生に提出するのです)

この夏 2011年の夏
わたしは
アメリカ語で詩を書き始めた

Under the blue sky
青空の下
Like sweet desserts I desire to speak words! (McDonalds /Africa)
甘いデザートのようにわたしは言葉を欲望する!(マクドナルド/アフリカ)

ニホン語を捨てて

In McDonalds, I heard the sound like the clapped lid of gavage box
マクドナルドで わたしはごみ箱の蓋を パタン!と閉めるような音を聞いた
It was the voice of store clerks echoed in the shop
それは反響する店員の声だった
The voice vomited me, vomited me
声はわたしを吐き出した わたしを吐き出したのだった
McDonalds vomited me            (McDonalds /Africa)
マクドナルドはわたしを吐き出した     (マクドナルド/アフリカ)

ちがう
マクドナルドはわたしを産み出した
そう書くべきだった

黒く塗られた地下鉄の階段を下りていく

どっちみち世界は滅びつつあるのだから
せめて自分は滅びずに と
ニホン人としての自分を滅ぼすことにした
アメリカ語を習得するために
どっちみち世界は滅びつつあるのだから

I liked my situation which is nothing, which is no important thing. (McDonalds /Africa)
何もない 何も大切なものがないこの状況が好きだった(マクドナルド/ アフリカ)

ワルツ
テネシー・ワルツ

地下鉄のホームで
大道芸人がサックスを吹いている
切ないメロディが曲がりくねる
いい音だ

テネシー・ワルツ
親友に恋人を盗られたおはなし
むかしむかしの
おはなしのはず

学生時代の噂話
女友達といっしょに大笑いした
みせパン
見せるパンツ
その男はAさんの次にAさんの親友のBさんを誘ったのだけど
そのときのパンツの柄が同じだったんだって
緑のチェック柄だったんだって
見せパンだったんだって
若くて
愛については
まだ何も知らなかった
頃の
ニホンのおはなし

どっちみち世界は滅びつつあるのだから

くるくる回る
ワルツ
回る

落下するクンクリート塊
ひらひらはためく
スーツの上着 ネクタイ スカートの裾
これはアメリカのおはなし
Reality 事実
見ました たくさんの写真を
ワールドトレードセンターの仮設博物館で 昨日
Many people were falling down from big building
たくさんの人々が大きなビルから堕ちていく
I stared unbelievably at the view that people flew down like many supermen
わたしは信じられない気持ちでスーパーマンみたいに飛び堕ちていく人々を凝視した
(Zero Wants Infinity)
(ゼロは無限大を欲する)
知った
ニュースで
崩壊したワールドトレードセンターの鉄柱によって偶然にできた巨大十字架が
建設中の博物館に運ばれるのを
It’s called World Trade Center Cross.
( ― それは ワールドトレードセンタークロスと呼ばれています)
I decided to write about it in my next poem and went there.
( ―  わたしは 次の詩にそれを書くことを決めました そしてそこに行きました)
次の詩のために取材に行きました、と
その日のうちに先生にメールを送っておいた

ハドソン川を横切って逃避する船から見た光景は
高層タワーが
空に
シュークリームのような黒煙を巻き上げながら
崩れ落ちていったという

In the darkness I was just wondering if my bag was OK because it was
暗闇の中でわたしが心配していたのは わたしのバッグが無事かどうかだけだった
A present from my husband and I noticed I had only one handle on it.
夫からのプレゼントだったから 気が付くとわたしはバッグの手提げ紐だけを握っていた
(Zero Wants Infinity)
(ゼロは無限大を欲する)

ワルツ
テネシー・ワルツ
くるくる

Madly people would want to live madly.          (Zero Wants Infinity)
激しく 人々は激しく生きることを望んだことだろう   (ゼロは無限大を欲する)

仮設博物館を出て
メモをまとめようと無意識に入ったのは
地下鉄駅入り口にあるニホン風うどん屋
無意識に
やっぱり「うどん屋」だった
「寿司弁当」も売っていた
「カリフォルニア・ロールはおすすめです」
Though I couldn’t see World Trade Center Cross……
( ― ワールドトレードセンタークロスは見られなかったけれど……)
からだのなかで
言葉が麺のように絡まって
螺旋状に巻き昇っていった

くるくる
テネシー・ワルツ
“Now I know how much I have lost.”
「今になって どれだけたくさんのものを失ったのかがわかったわ」

No, I haven’t lost anything.
( ― いいえ、わたしは何も失ってはいない)

ワルツ
くるくる

No, I haven’t lost anything.
( ― いいえ、わたしは何も失ってはいない)

アメリカ語を習得するために
アメリカ語を習得するために

「ゼロは無限大を欲する」

ワン、トゥー、スリー、
ワン、トゥー、スリー、

「ゼロは無限大を欲する」
学校に向かう地下鉄に乗りながら
“am”のヘッドニュースを読むのが習慣

City Hall 駅の階段を昇ると
青空の奥底
彼方から
ア・イ・シ・テ・イ・ル
という声が
かすかに 聞こえた
誰の声だろう
それはワルツのリズムで

ア・イ・シ・テ・イ・ル………

独立記念日が近づいている

 

 

 

 

Take a Walk on the Wild Side  ※  (怖がらないで冒険しろ)

 

長田典子

 

 

もう3月も終わりに近いのに
1月のような寒さが続いている

Take a walk on the wild side

Hey! Hey! という叫び声で目醒める
今朝も
目醒める直前まで
ここはヨコハマ、ジャパン、だと思い込んでいた
ここはヨコハマではなく ジャパンでもないのに
叫び声は今も怖い

Take a walk on the wild side

「お父さんは、いません」
玄関先で早朝から訪れる借金取りに言うのがわたしの役目だった
父は逃げて行方不明
次々と商売を始めては失敗に次ぐ失敗
恋人の家に隠れているらしかったが
夜中になるとまた借金取りが来て 家のドアを怒声を上げて叩き続けていたっけ

Take a walk on the wild side

隣の部屋のドアを誰かがノックしている
日本人はコツコツとツービートのテンポが普通
アメリカ人はコツコツコツコツとエイトビートのテンポが普通
エイトビートの方がずっと心地いい

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

起き上がって窓の外を見る
相変わらずの曇天 冬枯れの景色
100年以上前からそこにある窓は隙間風が遠慮なく入ってくる

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

それにしても
この国はなぜ紙類がこんなに高いのだろう…と考えながら着替えをし
トイレットペーパーとキッチンペーパーと猫の餌を買いに
3ブロック先のファーマシーに出かける
ファーマシーにはうさぎや卵が描かれたカードがずらっと並んでいた
たくさんの風船が天井の一角を独占し
頭をくっつけて泳いでいる
復活祭が近づいているらしいと気がつく
わたしは今日も無人機械に品物を通して清算するやり方ができなくて
店員さんに手伝ってもらう

Take a walk on the wild side

父は10年近く家を留守にした後
普通に帰宅し普通に家長の座に返り咲いた

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

そんな父を見て
将来はなぁんにもなりたくないと思っていた

Take a walk on the wild side

今年のNHKの朝ドラの出だしはまるで我が家そっくりだったから驚いた
違ったのは我が家では娘が本当に手堅い仕事に就いたことだった

Take a walk on the wild side

Candy came from out on the island,
In the backroom she was everybody’s darling,
But she never once lost her head even she was giving head
(キャンディは田舎町からやってきた
裏部屋で彼女はみんなに可愛がられたけど
キャンディは一度も自分を見失わなかった たとえ口を使ってやっている時でさえ)

Take a walk on the wild side

ファーマシーで スーパーマーケットの前で 交差点で
額に灰を十字に塗り付けた人たちと擦れ違う
灰の水曜日という言葉を思い出す

Take a walk on the wild side

思い出す
手堅い仕事は大変に立派だった
手堅い仕事は満身創痍であった
手堅い仕事は大変に屈辱的であった
手堅い仕事は4冊の自作詩集と建売住宅を与えた
手堅い仕事はそこで終わりにして
わたしは異国で暮らし始めた
永遠に遂げられなかった愛を成就するみたいに

New York City is the place where they say hey babe take a walk on the wild side
(ニューヨークではみんなが言う 怖がらないで冒険しろって)

復活祭前の
灰の水曜日
ひたすら寒くて雪ばかりの冬も もうすぐ終わるのだろう

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

ああ お父さん
あなたは冒険者だったのですね
わたしたちの知らない果実や穀物をたくさん収穫したのでしょうね

Take a walk on the wild side

わたしもここでもう一つの命を始めよう

She never once lost her head
(彼女は一度も自分を見失わなかった)

やがて冬枯れの景色から
花や緑が芽吹くでしょう

Take a walk on the wild side

ファーマシーの
無人の清算機械にもすぐに慣れるでしょう
異国の言葉も少しずつわかるようになるでしょう
そのようにして
わたしの愛を成就させるのだ

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Take a walk on the wild side

お誕生おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!

Take a walk on the wild side

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

Doo, doo, doo, doo ,doo, doo, doo, doo, doo ,
(ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、ドゥッ、ドゥ、)

 

※英文はすべてLou Reed 作詞・作曲の “Walk on the Wild Side” より引用。
( )内の和訳は筆者による。

 

 

 

乗るべきバス

 

長田典子

 

 

わたし
ハケン先の会社で
トラとウマを飼っています
トラは実に獰猛に
ウマは実に神経質に
遊び回りますわたしのペットたちです
コンピューターの前に座るといつも
ペットたちはどこからともなく現れてきます
コンピューターは彼らの大好きな遊び場なのです
会社ごとにプログラミングが違うので
ハケンは有能器用でないといけません

どこからともなく現れるペットたちをなだめながらあやしながら
書類を作成し上司に見せます
細かく注文がつけられます
頭が真っ白
慌てて書類を直します
トラがスクリーンでガリガリと爪を研ぎ始めます
ウマがパカパカとキーボードの上を走り回ります
書類はへんてこりんなことになります
頭が真っ白
トラがわたしの手に噛みつくたびに
指が震えますさらにへんてこりんなことになっていきます
ウマが後ろ足でわたしの胸を何度も蹴り上げます
心臓がどきどきしてきますでもこれは急ぎの仕事
さらにさらにへんてこりんな書類になってしまいます
頭が真っ白
ペットたちは大はしゃぎ
どんどんどんどんへんてこりんなことが起こります
上司は職人気質 有能な人です
尊敬していますほんとうです
わたしは頭が真っ白
書類はぐちゃぐちゃ
上司は怒りを抑えられなくなりさらにさらに注文をつけてきます
頭が真っ白
ついに思考停止
心配のあまりコピーしてコピーしてコピーしてコピーした書類が増え続けて
なにがなんだか本当の書類だかわからなくなります
職人気質の有能な尊敬している上司はついに怒り狂い
わたしは頭が真っ白
「ちゃんと見直してくださいよ!」と
怒りのあまりわたしのデスクから離れていきます
「すみません!すみませんでした!ほんとうにすみません!」
立ち上がり頭を深々と下げて謝りますわたしは無能不器用
頭が真っ白
完全に思考停止

わたし
ハケン先の会社で
トラとウマを飼っています
トラは実に獰猛に
ウマは実に神経質に
遊び回りますわたしのペットたちです
コンピューターの前に座るといつも
ペットたちはどこからともなく現れてきます
コンピューターは彼らの大好きな遊び場なのです
会社ごとにプログラミングが違うので
ハケンは有能器用でないといけません

30歳以上も年下の女が早口で言います
「だからぁ~、あなた! 今それ教えたばっかじゃないですかぁ~!
それをもう一度やればいいんですよぉ~っ(チッ!)」
「はい!」「はい!」「ありがとうございます!」
女の言葉にきびきびと合いの手を入れます
わたしのペットたちは大喜び
頭が真っ白
理解するには程遠い説明の速さ
言われるままにキーボードを叩きクリックします
「もうっ、だからぁ、さっき言ったじゃないですかぁ~!(チッ!)」
「はいっ!」指が震えます
「その項目ここですよ、さっきとおんなじところじゃないですかぁ~(チッ!)」
「はいっ!」スクリーンの文字がまったく見えません
「すみませんっ!」
頭が真っ白
ペットたちは大はしゃぎ
コンピューターを目にも止まらぬ速さで操る30歳以上も年下の女
凄腕です
会社のコンピューターはすべて彼女の掌中です完璧に操っています凄腕の女です
尊敬していますほんとうです
指が動かなくなります
手が震えますでもこれは急ぎの仕事
頭が真っ白
緊張のあまりクリックする指の関節の感覚がなくなっていきます
トラがわたしの手に噛みついて離れません
頭を左右に振って肉を食いちぎろうとしています何回も何回も
ウマがパカパカ走っていますキーボードの上をめちゃくちゃに
思考は始めから完全に停止
トラとウマは暴れ放題暴れています
言われるまま
もたもた操作をし
やっとのことで作業がひとつ終了します
「ありがとうございます!お忙しいのに、こんなにお手数をおかけしてすみません!」
立ち上がり深々と頭を下げてお礼を言いますわたしは無能不器用
女は腕組みをしたまま何も言わずに踵を返し立ち去っていきます

オフィス中が静まりかえっています
全員がわたしを軽蔑している空気が充満しています
ニワトリの脳みそより小さくね?……誰かが囁いています
耳が遠いのにどういうわけか地獄耳になります
トラとウマはこういうときに大変に優秀なのです
わたしのかわいいペットたちなのです

8時過ぎ
ひとりで仕事場を出ます
とぼとぼ
真っ暗な畑の真ん中を通り抜けて歩いていきます
ふだんは道さえよく見えません

「心てに 折らばや折らん初霜の
おきまどわせる白菊の花」※1

高校生のときには
そんな大げさなとお腹をかかえて笑った和歌を愛しく思い出します
くちずさみます
わたくし
文学熟年です

ここらてに
畑の真ん中の道を
おきまどわされながら
ふらふらと
バス停に向かいます

「心にも あらでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな」※2

今夜は月が出ていて
畑の中の道がうっすらと見えます
足取りが軽くなります夜空が澄み切っています
歩きながら深呼吸を小さくします

思いがけず熟年にしてハケン社員のわたくしです
月がきれい
コンピューターはむずかしすぎます
恋しかるべき
文学熟年

浅く浅く深呼吸をします
平成の世にはセシウムがそこらじゅうに潜んでいます
浅く浅く深呼吸をします
関東平野のど真ん中
バス停の周りはぐるっと地平線

ああ
地球は丸い
丸いんだなぁ

トラとウマは大はしゃぎ
ぴょんぴょんパカパカ
地平線の彼方に向かって走っていきます

ああ
地球は
丸い
丸いんだなぁ

地平線の向こうから
わたくしの乗るべきバスが
ライトを上向きにして近づいてきます

 

 

※1…凡河内躬恒『古今集』より
※2…三条院『後拾遺集』より

 

 

 

ニューヨークのピザ屋

 

長田典子

 

 

2015年 過激派によるテロが頻発しているなか
ニューヨークで出会ったムスリムのピザ屋はどうしているだろうか

2011年のクリスマスイヴ
マンハッタンのお気に入りのピザ屋に
いつも通り夕食を買いに行った
店で働く人は全員浅黒い肌の人たち
南米出身なのかと思った
いかにも出稼ぎ風で 家族で経営しているのがわかった
そこのピザはどれもとびきり美味しくて
掲載されたワシントンポストの記事が自慢げにレジの横に貼ってあった

「クリスマスイヴなのに祝わないのか?」と聞かれて
「ブディストだから今日は何もしない」と咄嗟に答えた
「わたしたちも祝わないの」と言って
店の人たちはみんな急に笑顔になり愛想がよくなった
思いがけずパンを3個もおまけしてくれた

「それはひどいものだった……」
2001年9・11直後のムスリムの人々への差別について
語学学校の教室で
白人の教師が吐き捨てるように言ったのを思い出した

その後 ピザ屋に行くたびに大歓迎されて
必ずパンをたくさんおまけしてくれた
丸くて小さくて噛むと歯が折れそうに硬くて
なんていうパンなんだろう
聞いておけばよかった

サンタコン※の日は サンタクロースに仮装した若者たちで混み合う店内で
人々を写真に写すのに夢中になって
肝心のピザを店に忘れてしまった
慌てて戻るとピザが冷えないように
箱に入れたまま窯の上に置いて温めておいてくれた
そしてやっぱり丸いパンのおまけがたくさん

ニューヨークでは
たくさんの人がやさしくしてくれた
だけど彼らのやさしさは特に胸に沁みた
笑顔のなかに強さが宿っていた
クリスマスイヴにお祝いをしないと知って
少なくとも酷い差別をしない人だと認めてくれたのだった

店に最後に行ってからすでに2年が過ぎてしまった
テロの恐怖が世界を震撼させているなかで
ピザ屋の家族はどうしているだろうか

次にニューヨークに行ったら
いちばんにあの店に行こう
とびきり美味しいピザを頼もう
歯が折れそうに硬い丸いパンを食べよう
それからゆっくり再会のハグをしよう
握手をしよう

 

 

※サンタコン…クリスマスを控えた週末(1週間~10日程前)に毎年開催される。その日はサンタクロースに仮装して街に繰り出し朝からバーやレストランで楽しく飲んで食べようというイヴェント。クリスマスの前夜祭のようなもの。現在世界40か国300都市に波及しているという。