すーすーお宮参り

 

辻 和人

 
 

すーすー
すーすー
チャイルドシートのコミヤミヤとこかずとん
どしゃっ降っちゃったお宮参りの日
車止めて抱っこ紐つけて傘さして
神社内のスタジオに駆けつける
下着のベビードレス
男の子にもこんなの着せるんだと思う間もなく
着せてる最中にまたすーすー
ドレスの上に羽織るのは
コミヤミヤは赤い地に真っ白な花の着物
すーすー寝息
こかずとんは黒い地に勇ましい鷹の着物
すーすー寝息
これじゃ写真撮れないですねとカメラマンさん
それじゃ起こしますねと女性のスタッフさん
タンバリン掴む
小さな耳めがけ
パンッシャシャンッパンッシャン
ひゅあっ
計4つの目開いた
すかさずバシャバシャバシャッ、カメラマンさん
かずとんが艶やかなコミヤミヤ抱いて
ミヤミヤが勇ましいこかずとん抱いて
お写真一瞬のうちに出来上がり
慣れてるなあプロだなあ
と思う間もなく
次はご祈祷急げ急げ
抱っこ紐つけて傘さして
どしゃっ降ってる境内突っ切って
はあはあ、お堂へ
神主さんが祝詞を唱える中
コミヤミヤとこかずとん
すーすー寝息
巫女さんが叩く太鼓の音にびくっと身を震わせて
すぐまたすーすー寝息
玉串捧げる儀式の最中に
コミヤミヤ寝ぼけて
あわぅー小声あげたかと思ったら
すーすー寝息
こかずとん神様の前に手足ごろっ投げ出して
すーすー寝息
どうか健康に育ちますように
そんなミヤミヤママとかずとんパパの祈りが聞き届けられたのか
元気に、規則正しく
すーすー寝息
御祈祷終了ありがとうございました
この時間帯、2人の朝寝タイムだもんなあ
いーやいや
今、小部屋借りてミルク飲ませてるんだけど
この時ばかりは目ぱっちり
頬っぺ膨らませて
飲んでる飲んでる飲んでるぞ
ミルクの時間は絶対厳守
それでもお腹いっぱいになって帰りの車に乗ったら
きっとまた
すーすー
すーすー
いつもの時間をいつも通りに過ごす
コミヤミヤとこかずとん
君たちが主役なんだから君たちの好きなようにやっていいんだよ
お宮参りはすーすー参り
いつも通りがいいよねえ

 

 

 

ちょっと傾いた塔

 

辻 和人

 
 

四角い
白い
薄い
ひらひらひら重なり
ちょっと傾いた塔
1回の洗濯でできた
ガーゼハンカチ15枚だ
グリーンのソファーの上に畳み終えたトコ
コミヤミヤのやわやわお顔をやわやわ拭いたり
こかずとんのげっぷたらーりミルクたらーり掬い取ったり
はい1枚、はいもう1枚
他にもベビー服にシーツにバスタオル
気づくと日に4回以上洗濯機回してる
洗濯機のセンタッキー
キミはえらいなあ
ぼくも深夜までコミヤミヤとこかずとんあやしてて
寝不足で階段から転げ落ちちゃったくらいだけど
センタッキーの働きぶりには負ける
こないだ排水の部分を開けたら
ぬるっちょっ、こりゃ何だ
今まで2週間に一度掃除してたんだけど
かつての2週間分の埃がたった2日でぬるっちょっだ
ぼくとミヤミヤが交代で寝てる間にも
グォーングォーン
水回ってる
見えないトコ、知らないトキ
回る水ってのがあって
その結果としてここに
ちょっと傾いた塔が立ってるってわけ
つまりこいつは
センタッキーの不眠不休の化身
おくるみの中で手もにょもにょ口もにょもにょ
お昼寝に入ろうとするコミヤミヤとこかずとんを支えてる
おっ、ミヤミヤまた洗濯モノの山持ってきた
「乾燥しない」モードで動き出す
グォーングォーン
眠らない、休まない
ひらひらひら
四角い
白い
薄い

 

 

 

公園プレデビュー

 

辻 和人

 
 

陽光が風のように
さあっと吹いてくるって思った
ゴールデンウィークの中日
行楽地なんてとても行けないけど
「子供たち連れて公園行こっか」とミヤミヤが提案
公園プレデビューだ
公園っていうのは近所にある団地内の公園
徒歩でほんの4、5分ってところ
ぼくはこかずとん、ミヤミヤはコミヤミヤ
抱っこ紐つけて
外に出た
あったかい
4月はどうかすると寒い日もあるけど
5月になると急にポカポカするんだね
よいっっしょよいっっしょ
一歩一歩慎重に
団地に渡る歩道橋では小学生みたいに
右見て左見てまた右見て
一歩一歩、2人に何かあるといけないから
団地内の小道をよいっっしょよいっっしょ歩いて
広いところに出た
公園だぁ
鉄棒で女の子が逆上がりの練習してて
くるっ、成功、やった
ちっちゃい男の子が滑り台を
滑り滑り降り降り、お母さんがズボンの埃をパンパン払ってやる
平和な風景だなぁ
抱っこ紐の中のこかずとんは
まだ視力弱くてこの風景把握できない、んだけど
さぁっと
陽光が
風のように吹いてきた
首、上に伸ばした
鼻、ひくっとさせた
感じた、感じ取ったぞ
陽光を風のように感じたこかずとん、それにぼく・かずとん
何だかこの光景の中に
溶け入ってしまいそうだ
今頭上で爆弾が炸裂したとしても
溶け入ってしまって
気づかないだろう
足元の石畳に染みみたいな跡が残るかな
木陰に入ってミヤミヤと写真を撮り合った
コミヤミヤ、口パクパクさせてる
こかずとんもだ
ああ、もうすぐミルクの時間だもんな
それじゃこの辺りで引き返すとしますか
公園プレデビュー無事終了
陽光が吹いてくる
さぁっと

 

 

 

ベビー服の構造

 

辻 和人

 
 

タグがついてる方が表だなんてね
いまだによくわからない
ベビー服の構造
お風呂入直後のお着替え
保湿剤塗り終わったばかりのテカテカのこかずとん前に
うーん、この紐どこと結ぶんだ?
ああ、これか
反対側の袖の内側にひょろっと伸びてる短い奴
こらこらこかずとん、お腹ひねらないの!
よし、肌着は着せ終わった
お次は上着
袖に差し込んだ小さなお手手、出口からお迎えして引っ張る
よし、袖にお手手通った、さて
えーと、このボタンは
ああ、反対側の肩の下の奴とセットか
股のところにも3つボタン並んでるな
こらこらこかずとん、足バタバタしないの!
足を通して背中側のボタンと合わせる、と
前と後で留める、と
布地白くてボタンも白いんで見づらいなあ
パチ、パチ、パッチン
ふぅ、やっと終わった
「組」って原理で動いてる
紐とボタン
大人の服なら一目瞭然なのに
何てこったい
赤ちゃんの服には
「斜めの組」と「前後の組」がやたらある
この紐どの紐と結ぶの?
このボタンどのボタンと留めるの?
斜めに前後に
「組」は変幻自在に現れて
かずとんパパを翻弄する
ブーブー自動車柄の白い上着と薄緑の下着
隠し持った幾つもの「組」で
湯上りこかずとんのぽにょぽにょしたお腹とお尻
優しく包んで
うっとうっとと眠らせる
あくびしておとなしくなったこかずとん
ありがとよ
その一方でベビー服様
タグひらひらさせて
かずとんパパに舌を出す
シャクに触るけど我慢我慢
斜めと前後、次回はしっかり捕まえてやるからな

 

 

 

くねくねくねる

 

辻 和人

 
 

くねくねくね
くねる手
ウィーンウィーンウィーン、ウッワァーン
22時過ぎ
泣き叫ぶコミヤミヤ
どうしよう
コミヤミヤは元々観音菩薩様のように優しい顔つき
目も口も鼻も
顔の真ん中にちょこんと小さくまとまってる
なのに突如
菩薩様の顔がウィーンと歪む
口が四角く割れる
眉毛が逆八ノ字に折れ曲がる
ふわふわの頬に
ごっついヒビが入るぴくぴく震える
般若だ、般若の顔だ
その顔の周りでは手が
くねくねくねくね
右手が左にくねる
左手が右にくねる
これは何かのまじないか
ウッワァーン
さっきオムツ替えたばっかりなのに
さっきミルク飲ませたばっかりなのに
あ、右手が飛んでくる
メガネ弾き飛ばされた!
どこだ、どこだ、ここだ
わぁー、レンズはずれちゃったあ
生まれてひと月たたないのに
くねる力はこんなに強い
意識をなくしたいのに
意識がある
空間に溶け込んでいたいのに
体が邪魔をする
その怒りが般若を呼び出す
ああ、コミヤミヤよ
この世に生を受けるってそういうことなのに
個としての意識があって体があるってことなのに
まだ納得してくれないんだね
くねくねくね
くねる手
かわしながら
抱っこして背中ポンポン
ポンポン、それ、ポンポンポン
少しは怒りを鎮められるか
…………
ん? くねる速度遅くなってきた
0時5分
眉毛まっすぐ
しわしわ消え失せ
般若の面、溶けていくぞ
目も口も鼻も
顔の真ん中にちょこんと小さくまとまって
やったぁ、菩薩様の顔が戻ってきたぁ
手は上に投げ出してバンザイポーズ
もうくねらない
すーやすや
でもコミヤミヤ、納得してくれたのかな?
くれてないだろうな
ぼくだって何十年も生きてるけど
いまだに納得してるかどうか定かじゃない
コミヤミヤ
かずとんパパと一緒にこの世って奴の勉強をしようか

 

 

 

かずとんタクシー発進

 

辻 和人

 
 

反る反る反るよ
反って返って
反り返る
午前3時回ってむっくり起き上がったこかずとん
次のミルクの時間は4時
双子のミルクはバラバラにやってちゃ大変
スケジュール組んでやってるわけだけど
時計より腹時計の方が先に回るってこともある
エッエッエッ軽く嗚咽していたこかずとん
顔腫れて真っ赤
両目腫れて土偶
オッギャーン
慌てて抱き上げゆらゆらあやしたところ
この程度の泣きじゃミルク出て来ないと思ったか
こかずとん、みるみるギアをあげて咆哮
ウギャオーッオエッ、ウギャオーッオエッ
鼓膜に切り込む大音量
心を抉るトゲトゲ声色
エッと発音していったん声を消し
ィーイィーーー
息を貯めて引っ張って引っ張って
クレシェンド、クレシェンド
それっ
オッギャーン
ウギャオーッオエッ、ウギャオーッオエッ
ウギャオーッオエッ、ウギャオーッオエッ
あんなにふわふわ柔らかかった背中が
きぃんと硬くなり
反って返って
反り返る

抱っこしても全然泣き止まない
どうしたものか
そうだ、子育てタクシー
退院の時に家まで乗せてもらった
あの時こかずとんは奇跡的におとなしかった
ガラガラ手にした初老のドライバーさんは言ってたな
「赤ちゃんは移動が大好きで走行中に騒ぐことはまずありません」
よしやってみるか

頭揺さぶらないように首しっかり持って
キッチンの端から端まで歩く
イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク
発進したよ、走ってるよ、ちょっとスピードあげるよ、ターンするよ
緩めたよ、走ってるよ、走ってるよ、ターンするよ
かずとんタクシー、往復、3回目
かずとんタクシー、往復、10回目
かずとんタクシー、往復、15回目
真っ赤な土偶の顔してたこかずとん
ウギャオーッオエッ、オエッ
エッ、エッ、エッ
声がだんだん小さくなって
顔色元に戻ってきた
不思議そうに深夜のキッチンの天井見上げてる
反って反って反り返っていた硬い背中も
まあるく柔らかく
まだ歩けないこかずとん
かずとんタクシーに乗ってると
体がどんどん変化していくよ
かずとんの足がこかずとんの足
かずとんの腕がこかずとんの胴体
歩けない体が歩けるようになるよ
とんとんとん歩いて
キッチンが自分のものになるよ
どこへでも行ける気がするよ

よし、そろそろ時間だ
こかずとんマットに降ろして急いでオムツ替えてミルク作って
はい、お待たせしました
がっついて哺乳瓶くわえるこかずとん
あぐっあぐっ喉の奥から音が出る
反る反る反るよ
反って返って
反り返る
そんなこかずとんが今
涙に濡れた黒目いっぱい見開いて
ミルクごくごく飲んでいる
深夜に疾走するかずとんタクシー
明日も営業決定だな

 

 

 

色とりどりの

 

辻 和人

 
 

飛び出してきたんだ
四角
色とりどりの
いろんな大きさの
「もう少し落ち着かれた頃でしょうか」ときた
「心ばかりの品ではありますがお祝いをお贈り致します」ときた
職場の皆さんからですよ
宅急便のダンボール箱から
色とりどりの24冊
そうだった
お祝いあげたいけど何がいい?と聞かれて
絵本がいいってリクエストしたんだった

育休半年取りますって
みんなの前で恐る恐る言ったらさ
「おめでとう、仕事のことは心配しないで」
「パパ、子供の成長しっかり見てやって」
で、人事課の人に手続きのことで内線したらさ
「ちょっと待ってて、今説明行くから」
書類一式携えて駆けつけてくれたギョロ目のHさん
太い指で要所を示しながら
「この日までは有休使った方が得だよ」
なんてことまでアドバイス
時代は変わったなあ

お昼寝から覚めてとろっとしてる
コミヤミヤとこかずとんの間に
かずとんパパ
およっと割り込んで寝転がる
まだ言葉わからないって?
平気平気
色とりどりの四角の中から
飛び出す飛び出す
もけらーっのびらーっふくれらーっ
くっついたっついつっついた
しましまぐるっとぐろまきまき
ばあばあいないばあいないばあばあ
ほっとしろくまどろふわほっと
飛び出す飛び出す
や、今度は
とろっとしたおめめから
コミヤミヤとこかずとんも飛び出した
およっおよっ
かずとんパパの声に乗って
脱ぎ捨てたおくるみ、遥か下
色とりどりの奴らと
手足絡ませてる
おでこぶっつけてる
ベロ見せ合ってる

 
 

参考図書
*『もけら もけら』(山下洋輔 文/元永定正 絵/中辻󠄀悦子 構成 福音館書店)
*『くっついた』(三浦太郎 作 こぐま社)
*『しましまぐるぐる』(柏原晃夫(かっしー/絵 学研プラス)
*『いないいないばあ』(松谷みよ子 文/ 瀬川康男 絵 童心社) 
*『しろくまちゃんのほっとけーき』(わかやまけん、もりひさし、わだよしおみ  こぐま社)

 

 

 

志郎康さんとお昼寝マット

 

辻 和人

 
 

お昼寝マット騒がしい
どったんばったん
いち早く寝返りに成功したコミヤミヤ
ぷっくり太くなった両腕で上半身支え
お腹大きくしならせ
ぷっくり太くなった膝曲げて
ぷるぷるぷーる、そーれ
マット、蹴るっ、蹴るっ
惜しい
もうちょっとでハイハイ成功なんだけどなあ
出遅れた感のあるこかずとんもこのところ寝返り成功してる
苦手だった右回りも成功した
そーれ、マット、蹴るっ、蹴るっ
ぐらっ、勢いつけすぎか
あーらら、転がっちゃってマットの外へ
マットの厚さ2センチだけど
この2センチ、乳児には高い崖と同じ
仰向けになって手足バタバタ
あーらら、泣いちゃった
しょーがない、助けてやるか

なことしてる合間にスマホ覗いた
えっ
「この度9月8日、父・鈴木志郎康は腎盂腎炎により他界いたしました」
志郎康さんのアカウントで息子の野々歩さんより
ご病気重いことは聞いてたので内心覚悟はしてたんだけど
もう会えないのか、声聞けないのか、この世にいないのか
心臓にぎっと来た

志郎康さんとは長い長いおつきあい
いろんな思い出があるけど
やっぱり最初にお会いした時のインパクトがすごかった
社会人2年目の4月だ

現代詩は好きで読んでいたけど遂に自分でも書きたくなってね
有名な鈴木志郎康氏が講師をつとめる詩の講座へ
ごっつい眼鏡のごっつい顔は雑誌で見た通り
書いてきた作品を恐る恐る提出
「ふーん、ツジさんは随分面白い感性してますねえ」
あ、ほめられた
「でも、ここ、おっかなびっくり瞼の上を歩くんでしょ?
 ただの道が危険地帯みたいになるんだから緊迫感が必要なんじゃないの?」
そーかあ、残業終えて深夜書き直し書き直し
で、次回
「テッポウウオに狙われるっていう発想はいいね。
 熱のある日だから/くねった道を直線として捉えてしまうんだ、も秀逸だと思う」
秀逸だって、やったー
「だけどその後、ミミズのような/赤味を帯びた道たちとの 情交、のところ
 唐突なんだよね
 迷った末にそういうところに出ていくというのが
 実感としてきちんと描かれていなければならないと思う」
休日、家に籠ってウンウン言いながら書き直し書き直し
で、次回
「道が女性のイメージになるでしょ?
 道と女性が重なる、ということは何らかの姿があるはずです。
 それが全然見えてこない。
 うまくいってたのに馬脚を現したな、という感じ」
難しいなあ、どうすりゃいいんだ、書き直し書き直し
で、次回

志郎康先生、初心者なのに容赦ない
そんなこんなで一編を半年書き直し書き直し
他の受講者の方々、おんなじ作品を何度も見せられてあきれ顔
ごめんなさい、ぼくもしつこいよな
でも志郎康先生、何度提出しても涼しい顔
作品を手に取ると眼鏡の奥一瞬ぎろっとさせて
次の瞬間には「ああ、この人これが言いたいのね」って顔する
で、「これが言いたいんならちゃんと言いなさい」ってなる
「肩は弓なりになって、ってことは最初と呼応する感じになるわけね。
 ま、これで完成ってことでいいでしょう。
 次は、道なら道を歩くイメージをしっかり持った上で
 その場にいる気持ちで言葉を展開させていくといいかなあ」
はい、次に生かします

お昼寝マットの上でどったんばったんやっている
コミヤミヤとこかずとん
実は朝5時くらいから練習してるんだ
夢うつつの中
隣のベビーベッドから体を回転させるどたって音が聞こえてくる
ひねって
転がって
うまくできないとひぇーんうわぁーん
朝起きると頭髪は汗びっしょり
赤ちゃんはいつでも真剣勝負
お気楽なんてことはない
それを受け止めてあげるのがパパの仕事さ
それで
ぼくもどったんばったん
ひねったり転んだりしたのを
たまにはひぇーんなんてしながら
志郎康さんに受け止めてもらったってわけ
志郎康さん、ありがとうございました
ぼくには詩の生徒なんかいないけど
コミヤミヤとこかずとんがいる
その場にいる、気持ち
わっ、こかずとんの足がベビーサークルの柵に絡まった
救出しないとな
救出してもまた柵ぎりぎりまで転がってくるだろう
「ああ、こかずとんはこれがやりたいのね」
「やりたいんならちゃんとやりなさい」
お昼寝マットの中央に連れ戻す、その場で
蹴るっ、蹴るっ

 
 

*この詩は、2022年9月に、師であり友人であった鈴木志郎康さんが亡くなった知らせを聞いて書いたものです。

*取り上げられている詩は「きょとんとした 曲がり角まで」詩誌「卵座」9号(1989年4月1日発行)に掲載

 

 

 

進化

 

辻 和人

 
 

順調に育ってますって2人とも
久しぶりに病院訪ねて受けた1カ月目健診
黒縁メガネふうわり揺れる先生の笑顔にほっとして
診察室を後にする
丁度ミルクの時間だ
家に帰る前にお腹空いちゃうから授乳室をお借りして、と
え、パパだめですって
ママしか入れませんって
そんなぁ
ここ都内では有名な大きな病院で
先生もスタッフも設備もすばらしい
育児の指導もいっぱいしてくれて感謝してるのに
先に空腹訴えるこかずとん抱えて授乳室に入るミヤミヤ見送って
ミルクの順番待つ羽目になったコミヤミヤを抱っこし直す
なんでパパだめなの?
ああ、ママたちがおっぱい出してるトコ見られたくないって
見ませんってば
だったら鍵つきパーテーションで仕切ればいい
世の中パパの子育てが推進されてるってのに
ママを助けることでもあるのに
だいたい子育ては男女の夫婦だけがするもんじゃない
ママだけ、パパだけのこともあるし
同性のカップルもするよ
体の性をまたいじゃった人もするよ
性の志向がはっきりしない人もするよ
するよ、するよ
子育ては
したい人がするんだよ

もちょっと言えばさ
トイレだってどんな性の人でも入れるようにすればいいんだよ
温泉も誰でも入れるようにすればいいんだよ
おっぱい丸出しでも誰もふんとも思わない
チンチン丸出しでも誰もへぇとも思わない
そんな社会になればいい
ったって難しいだろうなあ
人類がよっぽど進化しなきゃだな

おや、コミヤミヤ
待ちくたびれて眠くなってきちゃったみたいだ
おくるみの中で小さな目をしぱしぱさせながら
首をひねって家とは違う空気を嗅いでいる
そうだ、この空気の先だよ
コミヤミヤが自分の足でトコトコ歩けるようになる頃には
パパたちが授乳室にスタスタ入れるくらいに
人類は進化してるだろう
でもってコミヤミヤが自分でお金稼ぐようになる頃には
おっぱい丸出しの人とチンチン丸出しの人が
「ああ、いい湯ですね」「ほんとですね」なんて
のんびり会話を交わすくらい
人類は進化してる
わきゃないか
あ、ミヤミヤ戻ってきた
お腹が満たされて目ぱっちりのこかずとん受け取って
指しゃぶる仕草を始めたコミヤミヤを渡す
さ、ミルクいっぱい飲んで
いっぱい進化しようね
行ってらっしゃい

 

 

 

知らない顔

 

辻 和人

 
 

「はじめましてー2人とも元気ですねーあらかわいいー」
子育て支援の家庭訪問だ
Sさんは自治体から派遣された助産師さん
保育園勤務の経験あり3人のお子さん5人のお孫さんあり
子供たちの様子チェックして
「ミルクもうひと匙増やしましょう」とかどーんとアドバイス
それからパンフの裏紙にボールペンで
ざっと地図描いて
ちゃっちゃっ丸印を記していく
太い線の少し歪んだまあるい顔
「小児科の病院この通り沿いにもあります、評判いいですよ」
病院のおにぎりっぽい顔がちゃっ
「ここ昨年できた保育園です、園庭ちょっと狭いですけど」
保育園の飴玉っぽい顔がちゃっ
「車で15分くらい行ったら児童館あるんですよ」
児童館のどら焼きっぽい顔がちゃっ
「この建物の中に子ども家庭支援センターあります。
 ふたごちゃんプログラムもやってますのでぜひ足をお運び下さい」
センターのあんぱんっぽい顔がちゃっ
知らない顔が次々と
ちゃっちゃっ
手描きの地図に浮かび上がる
知らない
街の顔だ
どこも近くを通りがかったことあるのに
ただ通り過ぎてただけだった
街を一変させる
おにぎり、飴玉、どら焼き、あんぱん
太い線ちゃっちゃっさせながら
お昼寝に入ったコミヤミヤとこかずとんの上を回り出す
初めまして
これからお世話になりますよろしくです
ちゃっちゃっちゃっちゃっ