今朝のスープには
生姜を入れました
生姜を入れたので
鰹だしと塩だけでいいのです
あとで思いだして
干し椎茸も入れました
かつて
助けませんでした
こころを病んだ友人を
助けることができませんでした
今朝も
スープを飲んで
湯槽に浸かりました
今朝のスープには
生姜を入れました
生姜を入れたので
鰹だしと塩だけでいいのです
あとで思いだして
干し椎茸も入れました
かつて
助けませんでした
こころを病んだ友人を
助けることができませんでした
今朝も
スープを飲んで
湯槽に浸かりました
今朝
スープをつくりました
大きなモヤシと
にんじんとわかめとウインナと
鰹だしでつくりました
豆板醤をすこし入れました
それから
お風呂に入りました
ひとりのときは
何も言いません
わたし
湯槽に浸かってました
湯槽に浸かっていました
昨日は
モコと海をみていた
海辺を
モコと歩いた
カモメが飛んでいた
カモメは空に浮かんでいた
それから牧陽一さんの
「アイ・ウェイウェイ スタイル」を読んだ
スタイルではなかった
あるのは単独者の思考だった
そこに利休がいた
過ぎるものだ
一週間は
過ぎ去るものだろう
朝には
スープを作った
山芋と
青梗菜と干し椎茸とウインナと
鰹だしで
麦味噌と牛乳と入れた
過ぎ去るものだ
過ぎ去っていった
朝
スープを作った
空の上で
小さなダンスを踊った
きみをみていた
まぶたをつぶって
いた
電車の
なか
あなたは
まぶたをつぶっていた
闇をみていた
闇のなかに模様はあった
ひかりはまぶたの裏側を
流れた
闇のなか
花は散っただろう
波は揺れただろう
ヒトは去った
ヒトは去りひかりは溢れていた
ひかりが
溢れていた
祖母の庭に
鶏頭と鳳仙花の花が咲いていた
好きなヒトがいたな
ひとりいたな
天国に
近かったのかな
そうでもなかったのかな
一度だけ
接吻をした
一度だけだったな
ひかりが溢れていた
今朝Facebookで
萩原健次郎さんの白木蓮の花をみました
Bart Peelさんの木蓮の花の下の
白い道をみました
秋本馨さんの辛夷の花と
狩野雅之さんの夕日に輝く樹木をみました
森川昇さんの光の桜と沼恵一さんのたいらな川面を
みました
わたしのなかで無い山がひかりました
昨夜は牧陽一さんの
アイ・ウェイウェイ スタイルを読んだ
現代中国の不良と
サブタイトルにあった
アルパカで股間を隠し
全裸で跳ねた
漢代の壷を落とした
経験から生まれた
曲げられない批判があるだろう
机のうえに
海で拾った石がおいてある
なにも持たずに
いること
なにも考えずに
いること
わたしのためでなく
きみのためでもない
今朝
海辺でカモメが飛ぶのをみたよ
カモメは風のなかで
浮かんでいたよ
ゼロを発信しなさい
ゼロを発信しなさい
カモメは浮かんでいた
カモメは何もいわない
テレビの
よこのソファーにいた
いつも
モコとソファーにいた
モコの引っ搔き傷のある
ソファーにいた
ソファーの端のくぼみにいた
話すことがなくなり
モコはぼくのよこに眠った
もうたくさん
木蓮の花が咲いたね
たくさん白木蓮の花が咲いたね