息づかい

 

爽生ハム

 

 

損害賠償に指導を受けた少年は紺色のスポーツをやっていた。旧友が時間を幽閉し父母はひたすら訃報を運ぶ業者のような環境で。固有の紺色は凝り固まった血痕だった。リーバイスとも違う しきりに潜る魚のように不眠不休だった。少年の息つぎはユーモアに選ばれた。現に手の甲には延命ほしさにポストイットで連絡先が。蛍光 密告 パステル 。軽薄な伝言が少年を深く沈めた。沈めば沈むほど知らない世界。掌から伝言の吐息だけを食べ 少年は紺色の喉で人を飼っていた。少年の延命は言葉に管理されていた。人の猛毒は少年しか知りえない世界まで届く。息詰まる。やっと歪んだ水流で。その頃には少年はイルカと変わりない声で鳴くようになっていた。

 

 

 

slow 遅い 遅れている

 

今日は
ひかりで帰ってきた

昼過ぎに
帰ってきた

白い雲が
ぽかんと浮かんでいた

流れて
いった

モコは
飛びついてきた

岡花見さんから
白い手紙が届いていた

チェンバロと一緒に
リコーダーでオトテールのロンドを演奏した

そう書いてあった

 

 

 

安直ピザ屋開業宣言

根石吉久

 

写真-415

 

この間の冬の終わりに、屋根だけあって壁のないごく簡単な物置からいきなりチェーンソーがなくなった。おかしいなと思ったら、薪割り機もなくなっていた。薪はほぼ一冬分作った後だった。
薪割り機はともかく、チェーンソーは夏でも使うかもしれないなと思った。杏の木を切ってくれと人に頼まれたままになっていたし、切ることになっていた桑の木もあった。
この桑の木は、畑の近くにある。人が桑の木の根元に対してえらく力を入れて仕事をしていた。すぐ脇を通って、軽トラを止め、何をしてるのか聞いたら、帯状に樹皮を剥いで木を枯らすのだと言う。固まって生えている五、六本全部やるつもりだという。枯らした木を何かに使う予定があるかと聞いたら、葉が茂って畑に陽が当たらなくなるから枯らすだけだとのこと。
直径で20センチ程度の木だから、チェーンソーで切れば簡単に片がつく。俺が切り倒して片付けましょうかと言うと、やってくれるかと言う。すぐはできないけど、そのうちってことでいいということになった。
枯らして立ったままにしておくつもりだったのは、切り倒したものを見つかると、国土交通省の河川パトロールに怒られるんじゃないかと思ったからだと、近所の畑の人は口を開いた。もし、あんたがみつかった時に、あんたが怒られてくれるかと言うので、いいですよと返事をした。文句を言われるんなら俺が文句を言われるのでいいと請け負った。
しかし、チェーンソーがないんでは仕事ができない。請け負ったのをいつまでもやらないでおくわけにもいかないと思ったので、ネットでゼノアの「こがる」というのを注文した。
チェーンソーは注文して二、三日したら到着したが、ダンボールの箱を開ける気にならず、部屋の隅に置いたままにしておいた。春が終わり夏が終わり、秋まで終わってしまった。いよいよまた薪をいじらなければならない季節になった。
義理の弟から電話があり、二トン車一台分の木があるが要るかと言うので、要る要ると言ったら三十分後にどさどさとダンプカーから家の脇に落としてくれた。全部ケヤキで、こりゃあ大変だと思った。一番太いやつは、直径で一メートル近い。配達に来た宅配便の人がケヤキを見て、百年くらい経っているだろうと言った。
翌日、「こがる」というやつのダンボールを開けて、ガイドバーとチェーンを取り付けてネジを締めた。こんな小さいチェーンソーで、あのケヤキを始末できるのか。
「こがる」というのは、よく果樹農家が使っている。評判はよくて、なかなか具合がいいというのを何度か聞いたことがある。もう歳も歳だし、小型で軽いチェーンソーがいいかと思い、「こがる」を買ってみたのだったが、いきなりもらったものが直径一メートルもあるケヤキだった。
ケヤキは堅い。
力の入れ方がこれまで使ってきたものと違うので、最初はとまどったが、機械に教わりながら慣れていくと、刃が新しいせいもあるだろうが、ざくざくと切れる。なにより具合がいいのは、スイッチの位置だった。握っていたハンドルから手を動かさなくてもスイッチが切れる。
単純なところをよく考えてある。
土や石のある近くまで切って、いったんチェーンソーを止めて、木から抜くのに片手で簡単に持ち上がるのも楽だった。丸太をほぼ切ったところでやめて、裏返して切り離すことは多いから、スイッチの位置がいいだけでどれほど楽になるか。片手で丸太からチェーンを抜けるだけでどれほど楽になるか。チェーンを抜きながら、もう片方の手で丸太を裏返せる。
一番太いケヤキは、周りに他の大物が転がっているので、まだ片づかないが、やれるとメドがついた。一番でかいやつを眺めて、うん、やれると頷いた。

ケヤキを片付けたら、次は請け負ってからやらないで放っておいた桑だ。

「こがる」が急に可愛いと思えた。機械を可愛いと思ったのは初めてだ。なにしろ小さい。全長で30センチくらいの感じがするが、いくらなんでもそんなに小さくはないだろう。しかし、使っているとそんな感じだ。

小型で軽いからといって、危ない機械は危ない機械だ。腕や脚がなくなるだけの大怪我に結びつくことはいくらでもありうる。「こがる」をキガルに扱ってはいけない。しかし、取り回しが楽だと、その分安全度が増す。年寄りにはいい。

チェーンソーのタンクに二度ガソリンを入れて、燃料を使い終わったらその日の作業をやめる程度に使うと、翌日にひどく疲れが残るということもない。気をつけて使えば、体力がなくても十分に使える。
薪屋をやって、よそ様の家の分まで薪を作るとかいうことになれば別だが、自分の家の一台の薪ストーブで焚く分の薪、つまり自家用の薪を作るには、こいつが一番いいんじゃないか。
私のところには薪ストーブが二台あり、塾がある日は二台焚くが、このチェーンソー一台でストーブ二台分の薪を用意することはできる。使い始めてまだ二日だが、勘で、できるな、と思っている。林業で使い連続的に大木を切り倒すようなことをするのでなければ、こいつで十分だ。
石釜用の薪だって、これ一台あれば運搬が楽だ。石釜を熱くするために最初にセガを焚く予定だが、材木屋に持参して、材木屋の敷地内で軽トラに積むのに具合のいい長さにセガを切るのにもいい。

「こがる」の出来の良さに励まされたということだろうが、ようやく薪割り機を買う気になってきた。
両方とも盗まれて、俺はそうとうフテクサレていたんだなと思った。

石釜で焼き芋を焼いて、焼き芋屋になろうと思っていた。

数年前の脳梗塞の続編なのかどうか、夏に脳虚血発作というのをやり、また入院した。その前に、ぎっくり腰で動けなくなった。チェーンソーや薪割り機を盗まれたあたりから、踏んだり蹴ったりが続いた。

焼き芋にする芋もろくに穫れなかった。

石釜でピザを何回か焼いてみた。スーパーに売っている二百円台のやつを買ってきて焼いてみたら意外にうまい。脳梗塞をやっているので、やたらにピザなんか食ってはいけないので、焼いてみるたびに少しだけ食ったのだが、これ、いけるんじゃねえかと言うと、女房が食べながら上等上等と言う。
焼き芋屋をやる前にピザを焼いて売るか。ピザ屋といえば、自分のところで生地を捏ねたり、イースト菌にこだわって生地を膨らませたりするものだと思っていたが、日本水産のマルガリータでいいじゃないか。安直ピザだ。
捏ねるところからやって、いいバランスをつかまえるまで本格的にやる気がないのは、私にも女房にも娘にも孫にも、揃いも揃って、あるだけの人数全部が、あんまり料理のセンスはないからだ。遊びで自家用に作るのなら、そのうちにやってみてもいいが、スーパーで買ってきた日本水産のマルガリータのバランス以上のものが、そんなに簡単に作れるとは思っていない。
石釜で焼いたピザがうまいのは、石釜と薪のせいだ。そこそこであるはずの日本水産マルガリータでも、食べた人が「うまい!」と声を出すのは、日本水産の手柄もあるだろう。しかし、石釜と薪の手柄が大きいと我田引水したいところだ。遠赤外線がどうのこうのと理屈を言えば言えるが、電気やガスのオーブンで焼いたものとの一番の違いは、木が燃えて煙が流れ、煙がつけてくれる味だと思う。軽いスモーク味がチーズや肉などといいバランスを作るのだろうと思う。
焼き芋屋だと冬の間だけの商売だしな、とも思った。焼き芋は焼けるまでに四十分から一時間くらいかかるしな、とも思った。焼き芋はお客さんが来る時には焼けていなければ駄目だが、ピザだとうまくやれば十分から十五分くらいで焼ける。そのくらいならなんとかお客さんは待ってくれるのではないか。それは、お客さんから注文をもらってから焼き始めることができるということだ。ということは、売れ残りが出ないということだ。ピザからやるのがいいんじゃないか。

焼き芋屋をやるのは、売れ残りを食べさせる鶏を飼い始めてからだ。ちゃんと畑で芋が穫れるようになってからでいい。放射能検査を芋一つずつに施してない千葉・茨城の芋を焼く気にはなれない。

ネットで冷凍ピザというのを調べた。賞味期限は一年だとあった。
スーパーで売っているものは、冷凍ピザではなく冷温ピザが多い。簡単に言えば、冷凍庫に保存するものか、冷蔵庫に保存するものかの違いである。
スーパーではよくピザを安売りしている。賞味期限が近づくと安売りするのだ。これを買ってきて、すぐ冷凍してみた。冷温ピザを勝手に冷凍してみた。これで実質的な賞味期限はぐんと延びる。
冷温ピザを冷凍したら食ってまずいのかどうか。二週間くらい冷凍庫の中に放っておいてから石釜で焼いてみた。
いけるじゃないか。食えるよ。食えるよっていうか、普通に冷温ピザを焼いたようになるよ。っていうか、うまいよ。
コツは、冷凍したピザを焼く前に、こちんこちんになったピザを裏返して、生地の裏を水で濡らすだけのことだ。後は凍ったままのピザをちんちんに熱くした石釜にそのまま入れて焼いてしまう。味が悪くなることはない。まあ、私の味覚のセンスはどうってことはないレベルだが、どうってことはないレベルにおいて、あくまでも私はとってもおいしいと思う。

果たして、通用するかどうか。

というのは、六百円の値段をつけるつもりなのだ。スーパーの安売りはねらわず、なるべく新しいものを買ってきて冷凍するとして、ピザの定価と冷凍の電気代と車のガソリン代で三百円くらいになるとおおざっぱに見積もる。その倍額の六百円の根拠は、石釜で薪を焚いた分の労賃なのだ。薪を焚く労賃と薪を作っておく労賃なのだ。

セガを材木屋から運んでくる時はチェーンソーを使うが、チェーンソーで切ったところに隣接して10センチくらいは微量だが機械油が付着する。だから、ストーブ用の薪の長さ分五十センチは切り離して薪ストーブ用の薪にする。石釜に使うものは、すべて丸鋸の刃を上向きに取り付けた台で切る。これだと機械油が木に付着することはない。
つまりは、チェーンソーで切った薪と、丸鋸の刃で切った薪を別に積むということになる。そういう手間まで含めて、スーパーで買ってくる安直ピザ一枚で三百円いただこうという魂胆なのである。

石釜で薪を焚き、高いピザ(千円以上もする)を食わせるピザ屋はあるが、チェーンソーの機械油が薪に付着することまで考えているところはない。今の時代に普通に作った薪で焼いたピザだと、ごく微量ではあるものの、客は機械油を食うことになる。
自家用に屋根に載せた太陽光パネルで丸鋸の刃はいくらでも回る。薪割り機も動く。中部電力に売る電気が減るだけだ。中部電力とはなるべく金のつき合いをしたくない。まだ原発を動かそうとしている会社だ。今のところ、夜に使う電気のバッテリー代わりに使うだけの会社だ。糞食らえ、東京電力、九州電力、それと、中部電力。

自宅で作った電気で、機械油の付いていない薪はいくらでも作れる。

安直ピザ、果たして、通用するかどうか。

うまくいけば焼き芋屋になれる。

どうぞ、世間の優しい皆様、私を焼き芋屋にして下さい。