萩原健次郎
じぶんは、いつだったか、吐いて吐いて、喉
からはもうなにもこみあげてくるものもなく
ただ、じぶんは、じぶんの管につまっている
乾きかけた液が、赤いいろをしていることが
じぶんは、見えた。
赤い豆粒のかたちをした実が
畑の中程で、群れて
頽(ルビくずお)れようとしている。
廃する、
野の地からすこし宙空に浮いた
おばさんの農具をふるう、空振りの美(軌道)
をこっそりと眺めていた。
まるで玩具に仕立てられた、犬の尾の尖の震
えが、愛嬌ではなく憎悪の印だなんてだあれ
も知らないだろう。
赤い実を
おいしそうな、実を鳥たちは、けっして食べ
ない。鳥は、はらをこわすことを恐れている。
夜半に、大量の便を出した。
尻からは、黄や紅や、濃い緑の粒が
粒のままのかたちをして、出てきた。
鋤や鎌の、空振りか。
粒 (球)を、板の上にのせて、薄く輪切りにし
て、鍋の中に、ぱらぱらと落として、ぐつぐ
つ煮立てて、それを食べると、また夜になり、
虚が煮えていく。
じぶんが、じぶんを火にかけて、
鍋の水面に、ぷかぷか浮かぶ
粒 (球)を、人差し指でつっついて、底へ押し
それが、浮き上がっては、また突いて
あそんでいる。
秋の次に、
春になれば
もう、生きた思い出も消えている。