電話

 

佐々木 眞

 
 

ルルルルルル
もしもし。こちら、ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそも、お前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。エーユーのヤマダと申しますが。
そうか、携帯会社のエーユーのヤマダヨ君か。それじゃヤマダ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のキタジマですが。
そうか、それじゃあ、上司のキタジマ君を出したまえ。
上司のキタジマは、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが良くない。おらっちが頼んで外出したんじゃなくてそっちの都合で外出したんだから、「上司のキタジマは、ただいま外出しております」でいいのら。
「上司のキタジマは、ただいま外出しております」
そうそう、それでよろしい。それはともかく、上司のキタジマくんが帰社したら、よーく教えてやれ。いいか、そういうときには「わたくしエーユーのヨシダと申しますが、ササキ様のお宅でしょうか?」と尋ねるんじゃ。
そ、そうなんですか。大変失礼しました。
そうすれば、はじめておいらも、「はい、ササキですよ」と答えれる、じゃなくて、答えることができるのよ。
ははあ、そうなんですか。
ご一新の昔から、そうに決まっておる。
ははあ、ご一新ですか。大変失礼いたしました。
失礼は許してやるから、もういちど最初からやってみよ。まずおらっちがベルを鳴らすから、お前さんはそのあとに続けるんじゃ。ええな。
ルルルルル………。もしもし、どなたじゃな?
は、はい、えーと、わたくしはエーユーのヤマダと申しますが、こちらはササキさまのお宅でしょうか?
おお、よしよし、やればできるじゃないか。それじゃあ、これからうちに電話する時は、おらっちがいま教えた通りに喋ってくれ。そしたら諸事万端うまくいくからな。
はい、承知いたしました。いろいろご迷惑をおかけしました。
うむ。よろしく頼むよ。じゃあな。
ありがとうございます。それでは失礼します。
ガチャン。

ルルルルルル
もしもし、こちらササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なぬ。
ササキさまのお宅で、よろしかったでしょうか?
なんじゃと。よろしかったでしょうか、じゃと。よろしくなんか全然ないぞ。
あのお、どこがよろしくなかったでしょうか?
あのなあ、お前さんの日本語は、てんで日本語じゃあないぞ。そもそもお前さんは誰だ。
は、はい。大変失礼いたしました。ドコモのヤジマと申しますが。
そうか、今度は携帯会社のドコモのヤジマ君かあ。
それじゃヤジマ君、あんたに「こちらササキさまのお宅でよろしかったでしょうか?」と電話で言えと教えたのは、どこのどいつじゃ?
は、はい、私の上司のヨシカワですが。
そうか、それじゃあ、上司のヨシカワ君を出したまえ。
上司のヨシカワですか。ヨシカワの方は、ただいま外出させて頂いておりますが。
それそれ、それが二重に良くない。いま君は、ヨシカワの方っていうたけど、君の上司にはヨシカワ君とヨシカワの方という人と、2名おるんかいな。
いいえ、ヨシカワの方は1名だけですが。
1名しかいないヨシカワなのに、なんで方がつくの? ヨシカワの方の方を取って、ヨシカワと発音しなさい。
はい、申し訳ありません。その方、以後気をつけます。
また方かいな。それからヨシカワの方だけど、おらっちが頼んで外出したんじゃなくて、そっちの都合で外出したんだから、「上司のヨシカワは、ただいま外出しております」でいいのら。
はい。上司のヨシカワの方、ただいま外出しております。

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第26回

第8章 奇跡の日~必殺のラジカセ

 

佐々木 眞

 
 

 

ケンちゃんはしっかりと目をつむり、唇をひきしめて、まっすぐ川底へと沈んでゆきました。
全長2メートルにおよぶ飢えた巨大な魚は、双眼を真紅の欲望に輝かせながら、少年の周囲をきっちり3回旋回すると、1、2、3、4と、ストップウオッチで正確に5つの間隔を置いて、冷酷非情の鋭い牙をむき出しにして、ケンちゃんに躍りかかりました。

―――その時でした。

突如勝ち誇ったアカメたちが、頭を気が狂ったように振り回しながら、もんどりうってあたりをころげ回りました。
そのありさまは、まるで甲本ヒロトが「リンダ、リンダ」を歌っている最中に、胃痙攣の発作を起こして、渋公のステージを端から端までのたうち回ったときのようでした。

狂暴なアカメたちは、完全に理性を失い、全身を襲う激痛に耐えかねて、猛スピードで急上昇したり、かと思うと突然急降下したリして、千畳敷の大広間狭しと悶え苦しんでいましたが、とうとう自分から河底の岩盤に激突して、いかりや長介のように長くしゃくれた下顎を、普通の魚くらいの適正な長さに修整するという仕事を、この世の最後に成し遂げると、いきなり下腹を上にしてニヤリと笑ってから、次々に赤い2つの眼を自分で閉じてあの世へ行ってしまいました。

「ケンちゃーん、ケンちゃーん、ダイジョウブ? ぼくだよ。ボクですよお!」
その声にふと我に帰ったケンちゃんが、声のする方に向って、そお―と眼をひらくと、いきなりギラギラと輝く午後3時半の太陽が、まともに頭上から落ちてきて、ケンちゃんは反射的に眼を閉じました。

眼の痛みが少しとれてから、もう一度そろそろと瞼を動かすと、相変わらず強烈な太陽光線を背に、一人の少年が、ラジカセを持って立っているのが分かりました。
少年は、もう一度やさきく声をかけました。
「ケンちゃん、無理しなくていいから、そのまま寝てな。コウ君だよ。ケンちゃんのお兄ちゃんのコウだよ」
「ど、ど、どうしたの、コウちゃん?」
「コウちゃんじゃなくて、コウ君」
「ご、ごめん。コウくん。どうしてここにいるの? どうしてここまでやって来たの?」
「もちろん、ケンちゃんを助けるためだよ」
「で、でも、どうやって?」
「実はね、昨日の晩、お父さんがニューヨークから突然帰ってきたんだ。
お父さんはケンちゃんが一人で綾部へ行っているって話を聞いて、とても心配してね、昨夜ケンちゃんが寝てしまった後で綾部に電話しておじいちゃんからいろいろ取材したんだ。由良川の魚の話とか漁網の話とかいろいろね……。
それでおよそのことは分かったんだけど、どうもひっかかることがあるから、「おいコウ、お前ちょいとひとっ走り綾部まで行ってケンを助けてこい」、って、そういう話になったんだ」
「なーーんだ、そうだったのかあ。それにしても何カ月も行方不明のお父さんだったくせに、ぼくなんかよりお父さんの方がよっぽど心配だよ」
「お父さんの話はあとでゆっくり聞かせてあげるよ。それよりケン、顔じゅう血だらけだぜ。大丈夫かい? 一人で立てるかい?」
「ありがとう。もうダイジョウブ。それよりお兄ちゃん、どうして、どんな風にしてぼくを助けてくれたの?」
「うん、昨夜12時40分品川駅前発の京急深夜バスに乗り込んでね、ケンちゃんが由良川に出かけた直後に「てらこ」に着いたその足で、ここへやってきてね、それからずーっとケンちゃんのやることを見ていたんだ。
もしもヤバそうになったらなにか手伝おうと思って、スタンバッていたわけ」
「そうだったのかあ。ちっとも知らなかった。おじいちゃんもなにも教えてくれないし」
「突然行って驚かせるつもりだから、なにも言わないで、って口止めしてあったのさ。それよりケンちゃんがアカメに襲われたときは、本当にどうなることかと思ったよ」
「ぼく、アカメの尾っぽでぶんなぐられたでしょ。そのとき、こりゃあヤバイなあ、って思ったんだけど、それから先のことは、なにも覚えていないの。お兄ちゃん、どうやってぼくを救ってくれたの?」
「これだよ、これ。このラジカセが役立ってくれたのさ」
「えっ、なに? ラジカセでアカメを殴り殺しちゃったの?」
「バカだなあ、そんなことできるわけないだろう。
実はね、この前、学校の遠足で江ノ電に乗って江ノ島水族館に行ったとき、たまたまこのラジカセを持って行ったの。このラジカセ、録音もできるだろ。それでね、電車に乗る前、友達の声とか、駅の物音とか、それから踏切の信号の音とかを回しっぱなしで録音したテープに、イルカショーの現場音もついでに録音しようとしたんだけど、間違えて録画ボタンじゃなくて再生ボタンを押しちゃったの」
「へええ、そうなんだ」
「そしたら、会場全体に小田急の踏切のカンカンカンという警告音が鳴り響いたもんだから、あわてて止めようとしたんだけど、突然イルカが、餌をあげるおねえさんの言うことをまったく聞かなくなって、全部のイルカが狂ったようにジャンプしたり、プールサイドを転がりまわったりして、どうにもこうにも収拾がつかなくなってしまったの」
「へええ。びっくり。でも、いったいどうして?」
「しばらくはぼくも焦りまくったんだけど、ようやくラジカセのストッップボタンを押した途端、まるで嘘のようにイルカたちは平静を取り戻して、急に大人しくなってしまったの」
「へえええ、不思議、不思議」
「水族館には部厚いガラスに遮られていない水槽もあって、そこにタイとかヒラメとかカツオとかが泳いでいたので、上からラジカセの音を流してみたら、魚たちがみんなパニックになったみたいに、跳んだり跳ねたりして悶え苦しむんだ」
「へえええええ、そんなバナナ」
「それでいろいろな音源を再生して、魚の様子をよーく観察してみると、江ノ電の踏切が鳴るあのカンカンカンという信号音が、魚たちにダメージを与えていることが分かったんだ。三蔵法師が孫悟空の乱暴を止めさせようとするときに、「金・緊・禁」と3つの呪文を唱えた途端、孫悟空の頭を、輪が締め付けるだろ。カンカンカンは、魚たちにとってはちょうどあの呪文みたいなものなんだ」
「へええ、お兄ちゃん、凄いじゃん。それって必殺の秘密兵器じゃん」
「まあね。それで家に帰ってから、いろいろ調べてみたんだ。江ノ電は小田急電鉄の電車なんだけど、江ノ電に限らず小田急の踏切の信号は、嬰へ長調で鳴っているんだね。ほとんどのメーカーの蛍光灯が、いつも低いロ長調の音を、ツバメの鳴き声のようにジジジと発しているように」
「嬰へ長調!? オンガクの話」
「まあ聞け、弟よ。そして、そのロ長調の、ジーーと鳴る蛍光灯の音が、帝国ホテルに泊まる耳に敏感な音楽家の神経を傷つけているように、嬰へ長調で規則正しくカンカンと鳴り続ける金属音が、タイとかヒラメとかカツオとか、フナとかコイとかナマズとか、フグやアイナメやオコゼやリュウグウウノツカイなどに激烈な痛みを与えているみたいなんだ」「アカメは?」
「もちろん、バッチリさ。ただし信号音といっても小田急だけ。横須賀線の踏切はみんなイ短調で、こいつは魚にはてんで効き目なしなんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「それが分かったんで、お兄ちゃんは綾部に向う前の晩に、江ノ電のあかずの踏切の前で、嬰へ長調のカンカンカンの音を死ぬほど録音しておいて、こいつがなにか役にたつこともあるかなあと思って、ラジカセにセットしたままここに持ってきたってわけ。それがケンちゃんのピンチにあんなに役立つとは夢にも思わなかったよ。アカメときたら超意気地なしで、もう一発でノックアウトだたからね」
「へーえ、そうだったの。必殺メロディ電撃光線だね。びっくり! でもコウちゃんのお陰でぼくは命拾いできたんだ。お兄ちゃん、本当にありがとうございました」
「いいってことよ。ぼくたち兄弟じゃないか。困った時はお互いさまさ。長い人生、これからも助け合っていこうぜ!」
「うん!」
「さあ、そろそろ堤防に上がろうか。もうすっかり陽も落ちたね。きっとみんな心配してるぞ。早く帰ろうよ」

 
 

つづく

 

 

 

「夢は第2の人生である」改め「夢は五臓の疲れである」 第64回

西暦2018年弥生蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 

 

夜中の3時45分に、どこかから電話がかかってきたが、それはいつもの非通知電話で、「モシモシ」というても、先方は一言も発しない。3/1

私は、地下室で集団生活をしていたが、そこでは、某有名スポーツマンの日常が、隠しカメラで撮影され、朝から晩まで放映されているのだった。3/2

我々のさまざまな問いかけに対して、スフィンクスは何も答えず、その代わりに、ベート-ヴェンの交響曲第7番の第2楽章を、記者会見の現場に垂れ流すのみだ。3/2

その夜も、僕は級友のカド君とソウちゃんが運転するスバルに乗って、雪谷の長いS字坂で、クラス一の美女マリちゃんが通りかかるのを待っていた。やがてやってきたマリちゃんが、坂の途中にある電話ボックスでずれたガーターを直すのを、僕らは眼を皿のやうにして見つめた。3/3

やがて電話ボックスを出たマリちゃんだったが、あまりにも真夏の太陽がカッカと照りつけるので、道の真ん中でぐらりとよろめいたところを、すかさず車から飛び出した僕が、咄嗟に抱きとめると、彼女は、あわいコーヒーブラウン色の唇をかすかに開いたので、思わず僕は3/3

神の召使が「輝く鳥の夢を見た」というので、みんなでその夢のタイトルを決めようと、召使の夢の中に入って、同じ夢を見てから考えるのだが、燃える鳥とか、黄色い鳥とか、光る鳥とかの候補が乱立して、なかなか決まらない。3/4

海の底に潜っていくと、今まで見たこともないような奇麗な貝がたくさん棲息していたので、どんどん取って陸に上がると、「これは原発で汚染されてる」と誰かが警告したのだが、委細構わず私は、どんどん食べていった。3/5

「ダットサンなんかで、高速を走らないでください。もっとちゃんとした車でないと、危ないですよ」と警備員から注意されたが、委細構わず、私は猛スピードでつっぱしった。3/5

「物品に記された日本語を、10字以内に減らさないと、入国できない」というので、私は、必死になって持ち物を荒探ししていた。3/6

町に出ると、アンサンブル・カビア社の特製スーツが当たる抽選会をやっていた。
「誰でも参加できます。あなたもいかがですか?」と誘われたので、ハンドルをグルグル回すと、「あ、当選ですね」と、担当の女性が言うた。3/7

フランス料理の食後に、近くのコーヒー焙煎屋に入って200gの豆を挽いてもらったのだが、その主人の、とても商売人とは思えぬ不機嫌さに、私はいたく不愉快になった。3/8

タダさんは、真夜中に私を乗せた車を駆って、全速力で工事中の狭隘な道を通りぬけると、「どうだい、怖かったかい」と尋ねたので、私は「いや、ちっとも」と答えた。3/9

六畳一間の安アパートで下宿していた我々3人は、今日は検便の日だというので、ウンチをマッチ箱に取ろうと、思い思いにしゃがんでいたら、隣の部屋に住むヤクザの新三が、「なんでウンウン言うとるの?」と覗き込んだので、叩きだしてやった。3/10

ヤフオクで、運よく打ち出の小槌を手に入れたので、おらっちは、次々に美女を打ち出しては、夜な夜なナニしていたのだが、とうとう精根尽きはてて、くたばってしまった。3/11

こんな東南アジアの海岸で、大宴会になってしまって、予算なんかないのに、大丈夫なのか? 大広間では、海蛇たちが夢中で「猫じゃ猫じゃ」を踊っているので、会計責任者の私は、逃げ出したくなった。3/12

音楽のことなどまったくの無知なのに、その名前の語感がいたく気に入って、パレストリーナの音楽についての論文をでっちあげたら、全世界のパレストリーナ・ファンから拍手喝采を浴びてしまったので、ひどく当惑しているわたし。3/13

彼の、いつもと変わらぬ献身を、目の当たりにした時、初めてあたしは、これまで若頭の銀次郎に冷たくしてきたことを、心の底から後悔した。3/14

サトウさんとスズキシロウヤス氏を訪ねた時、私が「ともかく実直に」と言うと、シロウヤス氏が「ジッチョクですか?」と、微かに頬笑みながら反問されたので、私は思わず顔を赤らめて、「実直に、実直に生きよう、グララアガア」と唄って、誤魔化してしまった。3/15

怒り狂って刀を振り回し、まるで気違いのように、見境いなしにまわりの人々を切りつけている男の顔をよく見ると、どうやらほかならぬ私だったので、驚いた。3/16

こないだから、愛犬ムクが、行方不明になっている。その行方は、杳として知れないが、ムクは、とっくの昔に死んでしまっているので、私らは、ちっとも心配していない。317

「平安の昔から、京の土地は京の人のものなのに、お前のような、どこの誰だか誰も知らないような馬の骨に、この大事な土地を渡すものか」と宣告された。3/18

「肥ったブタより、むしろ痩せたソクラテスであるべきだ」と私が力説すると、目の前のブタブタ女が、怒りの眼を私に向けた。3/19

京都駅に着くまでに、例によってあちこち彷徨っていたので、とうとう新幹線に乗り遅れてしまった。さまようというても、四條通りの近辺を、楕円状にぐるぐる回っていただけなのだが。3/20

長いあいだ訪れたことがない遠隔地の別荘に行ったら、あらゆる水道の蛇口から、水が垂れ流しになっていて、1階は天井まで水没していた。3/21

京でいつも泊まっている町屋の5つの部屋が、ことごどく解体されることになったので、私は「帝国」と「共和国」という名の2つの部屋に、一晩ずつ泊まって別れを惜しんだ。3/21

王は、「もしお前が、そやつを、悪しき者と思わば、その首を撥ねよ。もしそやつが、悪しき者にあらざれば、余が、そなたの首を撥ねるべし」とのたまわったので、私は戦慄した。3/22

怒り狂った民衆が、全員武装して、私の首を求めて「首を獲るぞお! 首を獲るぞお!」と連呼しながら、王宮に押し寄せてきたので、私は生きた心地がしなかった。3/23

トランプと話していると、時々右手でケータイのスイッチを押すので、「何をしているの?」と尋ねると、「これを押すたびに、敵の胴体に仕掛けた爆弾が炸裂する。つまり人間爆弾さ」と、楽しそうに自慢した。3/25

「お送り頂いた小切手は、署名がないので無効です。それにこの請求については、さるお方がすでに受け取られていますので、当方としては、もう終わった話なんです」と銀行の窓口で言われた私は、大いに面喰った。3/26

私は、世界4大テナーの一人として、世界中を何度も公演していたが、ある日のコンサートが終わったあとで、「モンローそっくりの美女が、楽屋に訪ねてきているよ」と、マネージャーのコウヘイ君が教えてくれた。3/27

今日は、この島に別れを告げる日なのだが、着いたその日にロッカーに入れたジャケットが見当たらないので、島人に聞くと、「このロッカーは共有なので、私物を入れると、誰かが持っていってしまう」という。3/28

マニラ空港で、正体不明のスナイパーから、突然銃弾を雨あられと喰らった私は、九死に一生を得て逃げ帰ったあと、その折りの恐ろしい体験を切り売りしながら、わずかな講演料で、かつかつの生計を立てていた。3/30

「600人のオメコを受け入れても、全然満足しないワチキのオマンコって、いったいどうなっているんでしょう?」と、彼女は悲しそうな顔をしながら、つぶやいた。3/31

 

 

 

サラサーテの謎の声

音楽の慰め 第29回

 

佐々木 眞

 
 


 

こないだ、漱石の弟子である内田百閒という人の「サラサーテの盤」という本を読みました。

内田選手の随筆は、どんな小品も個性的な文体と文章で綴られ、ことにそのいささか怪奇趣味に傾いたところには、凡百の作家には真似の出来ない、独特の風韻が湛えられています。

この書籍では、特に芥川龍之介と森田草平について触れた「亀鳴くや」「實説帀艸平記」などが絶品で、まだお読みにならない方にはお薦めです。

書物の表題となった短編「サラサーテの盤」では、主人公の亡くなった友人の奥さんが、主人公の住まいを訪れ、「夫の蔵書やレコードを返してくれ」と頼むのですが、その登場や退場のありかたが、まるで実在の女性とは思えず、要件も佇まいもさながら中世の幽霊のようで、読んでいても相当無気味です。

そしてその不気味さを、まるごと映像に置き換えたのが、鈴木清順監督の幻想映画「ツィゴイネルワイゼン」であります。

この鈴木選手は、むかし鎌倉の長谷に住んでいたことがあり、彼が東京に去ったあとを襲ったのが、他ならぬ娘時代の私の妻の一家だということで、私には格別の思い出のある監督なのです。

海風の吹く長谷の彼女の家を訪ねた折の、私の生涯最初の短歌は、「鎌倉の海のほとりに庵ありて涼しき風のひがな吹きたり」というもので、これを俳人の井戸みづえさんから「吹きおり」に直しなさいと言われた話は、別のところに記したとおりです。

それはともかく、鈴木選手は、内田選手の「サラサーテの盤」と「雲の脚」、「すきま風」などの短編のエッセンスを骨にして、鎌倉の由緒ありげな寓居や、現在では交通禁止になってしまった釈迦堂の急勾配の切通を用いて巧みに味付けし、どこか泉鏡花を思わせる幻想的な映画を創造することに成功しました。

この映画では、主人公の家は釈迦堂切通の浄妙寺寄りに、女の家は大町側にあるようですが、それは切通の向こうが異界であり、彼岸でもあると考えた中世の人々の想念に、忠実に準じているようにも思われます。

えらく話が長くなりましたが、その想念を、音響の側から裏付けるのが今宵皆様にご紹介するサラサーテが自作自演した「ツィゴイネルワイゼン」の録音であります。

1902年に録音されたこのレコードの、ちょうど3分38秒あたりで聞こえる奇妙な男の声はサラサーテ自身のものとされていますが、私の耳には、冥府からの生霊の招きのように聞こえてなりません。

私はここまで駄文をつづったあと、ふと思いついて久しぶりにその釈迦堂切通まで歩いてみましたが、やはり交通止めの標識が行方を遮っています。切通の上は、松などを乗せた脆い鎌倉石ですから、突然崩落して人身を傷つける恐れがあります。

修理には多額の費用と時間が掛かりますし、その修理自体が景観を棄損する恐れもありますから、おそらく釈迦堂切通が昔のように開通される可能性は限りなくゼロに近いでしょう。

そう思えば、鈴木清順監督が遺したこの映画は、鎌倉時代の古道のありし日の姿を、永久保存した歴史的カプセルでもあるのです。

 

 

 

暑中見舞い2018

 

佐々木 眞

 
 

 

ああ暑い
ああ暑い
昨日も 今日も 暑かった

きっと 明日も 暑いだろう
明後日も 明明後日も 暑いだろ
命にかかわる危険な暑さ

朝から暑いと 人は死ぬ
松本智津夫63歳、中川智正55歳
流政之96歳、浅利慶太85歳

昼なお暑いと 人は死ぬ
常田富士男81歳、桂歌丸81歳
加藤剛80歳、辰巳渚52歳

夜でも暑けりゃ 人は死ぬ
生田悦子71歳、マサ斎藤75歳、オリヴァー・ナッセン66歳
知る人も 知らない人も みんな死ぬ

ああ暑い
ああ暑い
言うまいと 思えど 今日の暑さかな
詠み人しらずの 暑さ哉

ああ暑い
暑い暑いと 人が死ぬ
今日も 朝から 人が死ぬ
夜になっても 人が死ぬ
葬儀場は 大忙し

熱中症で こども死ぬ
集中豪雨で 巡査死ぬ
おお山崩れで おとな死ぬ
憲法違反で 自公死ぬ

30度、35度、40度
見る見る上がる 温度計
バタバタ死ぬよ 人が死ぬ
あちい、アジい、ああ暑い

十二所では ジイサンが
浄妙寺では バアサンが
大船では 若き頑張り屋さんが急死する

お母さんは 泣いている
うちでも みんな もらい泣き
エンエンエンと 泣いている

ああ暑い 暑い暑い ああ暑い
ニイニイ、カミキリ、キリギリス
アユも ウナギのウナシロウも
白腹見せて ほら、でんぐりがえる!

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
性別 年齢 国籍も
有名 無名も 無関係
暑い暑いと 人が死ぬ

毎日毎日 暑くても
年が年中 暑くても
死んでは困る おいらの家族
コウ君 ケン君 ミエコさん
絶対死んでは いけないよ

ゼンちゃん、ミワちゃん、シンヤくん
マリちゃん、ヨウコちゃん、エイコさん
ナホちゃん、タクちゃん、リョウちゃんも
しっかり生きねば 困ります
死に物狂いで 生きませう!

ずっと寝た切りのコウジュ君
難病に苦しむキムラ君とヨコヤマ君
敬愛するスズキご夫妻、オクムラさん
この夏なんとか 乗り切って
どうか 長生き してください!

死んでほしくは ないけれど
死んでもいいのは 独裁者
天下無双の 一強or一狂
死んでもいいのよ 遠慮せず

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
性別 年齢 国籍も
有名 無名も 無関係
暑い暑いと 人が死ぬ

万一おいらが 死んだなら
これが遺作に なるのかな
ちょいと問題 かもしれないが
暑さのせいさ 許してね

ああ 人が死ぬ 人が死ぬ
今日も 朝から 人が死ぬ
夜になっても 人が死ぬ
知る人も 知らない人も みんな死ぬ