佐々木 眞
わやくちゃや
翌朝早く、ケンちゃんはホーホケキョの声で眼が覚めました。
ウグイスです。ウグイスは鎌倉でも来る朝ごとに鳴いていますが、ちょっとアクセントもイントネーションも違うようです。綾部のは、
――ホー、ホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョウ
ほらね、最後のところがちょっと違っているでしょ。
ケンちゃんは顔を洗ってから、窓をからりとあけると、眼の前に寺山という小高い丘のような山が見えました。
町の人々に愛されている高さ200メートルくらいのこの山は、朝晩の散歩やマラソンコースとしても利用されていますが、ケンちゃんにとっては、天然記念物のギフチョウとはじめて出あった山として、生涯忘れることはないでしょう。
それは今から3年前の春、ケンちゃんがはじめて綾部へ行った時のことでした。
その朝、ケンちゃんは、お父さんと一緒に、まだ少し冬の気配もする寺山に登りました。
いちめんの枯れ草の下から、カンサイタンポポ、フキノトウ、キランソウ、シュンラン、ムラサキサギゴケ、イニフグリ、ナズナたちが可憐な花をつけ、新しい季節の到来を心の底から歌っています。
鎌倉のタンポポはセイヨウタンポポに攻め込まれて、日本古来のカントウタンポポが少数派に転落してしまいましたが、綾部では、まだ在来日本種のカンサイタンポポが、優勢を保っているようです。
お昼前のかなり強い日差しが、マツやクリ、ヤマザクラの樹影を透かしてかっと照りつけ、急斜面をあえぎながら登ってゆくふたりの背中に、大粒の汗をしみださせています。
もう一息で頂上、というところで、見晴らしのよい峠のようなところに出ました。
ここから左に行くと寺山、右に曲がれば4つの小さな尾根で構成されている四尾山です。
早春の青空は少し霞がかかり、冷たい風が麓から吹き上げてきて、ケンちゃんのほてった全身を気持ちよく冷ましてくれます。
枝ぶりのよいヤマザクラの木の下に二人は腰をおろし、空を仰ぎました。
風がそよそよと吹く度に、白と桃色の中間の色をしたヤマザクラの花弁が、ときおりケンちゃんの顔や胸にはらはらと降り注ぎます。
ケンちゃんの目の前を、派手な黄と黒のキアゲハが勢いよくやって来て、アザミの花冠にとまりました。
キアゲハは長い口吻をぐんと伸ばして、おしいい蜜を深々と吸い込んでから、急になにかを思い出したように、寺山の山道の方へ飛んで行っていましました。
しばらくすると、越冬して翅がボロボロになった雌のアカタテハが、赤土の少し湿ったところにとまっては飛び立ち、また戻っては飛び立ってひとりでソロを踊っていましたが、ちょうどそこへ1羽のジャコウアゲハの雄がふらりと舞い込んできたので、アカタテハは彼の尻尾のじゃこうの香りに誘われたようにまとわりつき、2羽でグラン・パ・ド・ドウを踊りながら空高く消えていってしまいました。
チョウたちが通行するある定まったコースを蝶道といいますが、ケンちゃんとお父さんのマコトさんはその「蝶道」のど真ん中で休憩していたのですね。
峠のサクラの木の下には、その後もいろんなチョウがやって来ました。
アカタテハと同じタテハ科の仲間で、やはり成虫のままで越冬した、歴戦の「もののふ」のような風格のルリタテハやヒオドシチョウ、モンシロチョウによく似たスジグロシロチョウ、翅の先端に橙色の縁取りレースを施したツマキチョウ、「残された3日のうちに恋人と巡り合わなければ、あたしの人生意味ないわ」と呟きながら大慌てで山道を行きつ戻りつしているナミアゲハ、などなど、みんなケンちゃんが鎌倉でもよくみかけるチョウたちでした。
と、その時、ヤマザクラの花びらが、またしてもケンちゃんの顔めがけて、ふわりと舞い降りてきました。
ところがその花びらは、ケンちゃんの顔すれすれのところでスイッとかすめて、そよ風に吹かれるがままに、ふわふわとあっちの方へ飛んで行ってしまったのです。
――あれは何だ。サクラじゃないぞ。チョウだ、チョウだ。
と気付いたケンちゃんは、ガバと跳ね起きました。
――あれは何チョウだろう。もしやまだ図鑑でしか見たことのないギフチョウかヒメギフチョウでは?
ケンちゃんは目が点になったままで、花弁のようなものの後を追いました。
そのチョウは、うすい黄色の地に黒のダンダラ模様が入り、後ろの翅の下の突端に黒地に赤の斑点があざやかな、これまでに見たこともない小型のアゲハチョウでした。
でもアゲハの仲間の癖に、その飛び方ときたら、とてもゆっくりしていて、ふわりふわりと春風に乗っています。
――まるで「春の妖精」みたいだ。
それが、ケンちゃんの頭に最初に浮かんだ言葉でした。
――学校の教科書に出てきたポッティチェリの「春の女神」みたいだ。
それが、2番目の印象でした。
そのチョウを見ていると、この世の現実のことがすべて忘れ去られ、なぜかケンちゃんは古代ギリシアの、アテナイじゃなくてスパルタの郊外の田園で遊んでいるような錯覚におちいるのでした。
きっと歴史の古い、もしかすると氷河期にまでさかのぼる立派な種属なのでしょう。
「おや、ギフチョウじゃないか。珍しいな」
いつの間にかぐっすり眠りこけていたはずのマコトさんが、ケンちゃんの傍に来て、カタクリの花にぶらさがって無心に蜜をむさぼっているギフチョウを指差していいました。
「学名Luehdorfia Japonica、日本特産の超貴重種だ。ヒメギフチョウと似ているけど、大きさとか色とか、細かい点でずいぶん違う。ヒメギフチョウの原産地は朝鮮、ウスリー地方だしね。それとヒメギフは、北海道と本州の東北と中部地方にしか棲息していない。綾部にいるのはいまのところギフチョウだけなんだ」
春の舞姫のように、鉢かつぎ姫のように優美なギフチョウは、ヤマザクラの木の下から10メートルばかり寺山の方角に登ったところに群生しているカンアオイの方へ、ゆらゆらと風に身をまかせながら、近寄ってゆきました。
あのギフチョウはおそらく雌で、カンアオイの葉の裏側に産卵しに行ったのでしょう。
「よおし、ギフチョウの産卵現場を観察するぞ!」
と叫びながら、ケンちゃんは急いで雌の後をおっかけました。
ところがどうしたことか彼女の姿がどこにも見当たりません。
「おかしいな、ついさっきまでここらでフワリフワリ浮かんでいたのに……」
ケンちゃんは、カンアオイの茂っている付近を、しらみつぶしに探しましたが、やっぱり見当たりません。
そのとき、寺山の頂上の上空をゆっくり漂っている黄色と黒のだんだら模様が、一瞬ケンちゃんの視野に入りました。
「あ、あそこだ!」
ケンちゃんは全速力で、寺山のてっぺんまで、息を切らして駆け上がりました。
しかしギフチョウは、どこへ消えてしまったのやら、右を見ても、左を見ても、影ひとつ見当たりません。
ケンちゃんの目の前に広がっているのは、白い千切れ雲を浮かべた口丹波の青空と、その下を悠々と流れる由良川の白い水の流れだけ。
静かに晴れた空と、音もなく流れる川のあいだに、ギフチョウは、幻のように忽然と姿を消してしまったのでした。
白い顔の女と宿屋に入ったら、なぜだかもうひとり顔のない女も一緒に入ってきた。他には誰も客がいない2階のだだっぴろい大広間に布団を敷いて、まだ夜にもならないのによもやま話をしていたら、急にその気になったので、私が白い顔の女の上にのしかかると、顔のない女は気を利かせて、別の部屋に逃れ去ったのだが、宿屋の女将がいきなり部屋の襖を開けはなったので、私たちはひどく興ざめしてしまった。1/2
私は大統領との面会を果たべく延々と待たされているのだが、いつまで経っても名前を呼ばれないので、だんだん頭に血が上って来た。1/3
真冬だというのに、真っ白な百合が、巨大なサソリの形で咲き誇っている。そしてその花弁の奥のメシベの一つひとつに、ウラナミシジミが長い口吻を伸ばしていた。1/4
落城が間近に迫った城内では、敵軍の侵入で自分の命が危ぶまれるというのに、兵士も城民も、城中のどこかに隠されているという財宝を求めて、狂ったように宝探しに狂奔していた。1/5
我が右手の長剣を振りかざしながら、2度までも突撃したけれど、武運つたなく、私は敗軍の将となった。1/6
亡命ロシア人のオリガ姫が、「私ももう歳でくたびれたからそろそろ故国へ帰りたい」とレストランのオーナーに訴えたが、これまで通り日露のスパイを続けてほしいといわれて、泣く泣く引き下がった。1/7
正月にやってきた親戚の子供たちに、気前よく300万円もお年玉をばら撒いてしまったので、私は今年に予定していた詩集の処女出版を諦めざるを得なくなってしまった。1/9
オグロ選手は、私を美味い料理屋に連れて行ってやろうと考えていたのに、私が勝手にそこいらの一膳飯屋で晩飯を済ませてしまったのを腹立たしく思っていたとみえて、あっという間に行方をくらましてしまった。1/10
取り残された私は、裏通りをふらふら歩いているうちに、まわりが純白に輝くジュラルミン回路に入り込んだが、逝けども行けども出口に辿りつかないし、時々は背後から高速弾丸列車が通過するので、危なくて仕方がない。1/10
そのうち、前方の踊り場のような空間に濃紺の顔をした、ウルトラセブンの姿が見えた。私が「一刻も早くここから出て地上の駅まで行きたいのだが、どうすればいいか教えてくれないか」と尋ねると、ウルトラセブンは「もうすぐオグロがここにくるはずだ」と教えてくれた。1/10
十二所でいちばん早く咲く白梅を見に行ったら、花も木も枝もあとかたもなく消え失せていたので、こりゃ大変だ、夢から覚めて朝が来たら、すぐに現場へ行ってみなくちゃ、と焦った。1/10
ヤフオクの競売に、またしても500円差で敗退してしまい、悔しくて悔しくて、てんで眠れなかった。1/11
かこっこいい俺様は、有名な建築家がデザインしたかっこいいトップホテルのバーで、かっこいい服着て、かっこいいポーズを決めていたが、誰一人その俺様を見ている人はいなかった。1/12
「ああ、まんべんなく焼けたビーフカツを食べたいなあ」という要望が寄せられたので、うちの軍の料理人に頼むと、早速美味しいビーフカツを作ってくれた。1/12
野原であおむけになって、お天道様の激しい光を感じながら目をつむっていると、私の唇の上に、数多くのてふてふがとまって、羽根を休めているのに気付いた。1/13
マージャンなんて何十年もやっていなかったのに、サトウ君にヤクマンを振りこんでしまい、お金の持ち合わせなんか全然ないからどうしよう、困った困った、と冷汗をかいていると、有難いことに夢から覚めて夢だと分かった。1/14
敵の追跡から逃れるために、わしは長い間ほら穴の中に隠れ住んでいたが、その快適さがすっかり気にって、穴から出るときに、読み残したたくさんの書物を、そのまま穴に置いてきたほどだった。1/15
好いた女と奈良に旅立ち、昼間から旅館に部屋をとって、早く寝ようと思ったのだが、まだ女中が掃除しているので、布団が敷けない。仕方なく、夕方まで時間をつぶそうと町中を散歩していたら、女の父親と出くわして、女を無理矢理奪われてしまった。1/16
それで仕方なく知人のナラさん宅に逗留していた私は、ある日、ナラ宅を訪れた妙齢の美女と意気投合したので、一刻も早く寝たいと思ったが、まだ真昼なので、仕方なく、夜が来るのを待っていた。1/16
ところが夕方になると、東京からフマ君がやって来て、「これからナラ宅で、全世界アナキスト同盟の日本支部総会を開催する」と宣言したが、私はあまり興味がなかったので、くだんの美女と手に手を取ってフケた。1/16
会社の忘年会の余興に、地元の去年のものつくりコンクールで佳作に選ばれたひょっとこのお面を被って「アイハブアメン踊り」を歌って踊ったのだが、てんで受けなかった。1/17
留学はしたものの、現地の言葉がてんで分からないので、私は急いで語学学校に通うことにした。1/18
洞窟の奥に棲息していたその猛虎は、安全な隠れ家だと信じ込んでいた人々を、次々にゆっくりと喰い尽くした。1/20
コンサート会場には、大勢の人々がたむろしていたが、ここでは受付で名前を呼ばれた限られた人しか入場できなかった。「ミスタ・スティング」という名前が呼ばれると、私の隣にいた男が黙って入場していった。1/21
トランプ大統領の就任演説を聞きながら、刑事コロンボの妻がボタンをつけていたのは、冬物のガウンではなく、よれよれのレインコートだった。1/22
わが劇団では、今回木下順二の「夕鶴」を舞台にかけることになったが、座長が「今回は団員1名につき100名分の切符代を負担してほしい」といいだしたので、「与ひょう」役の私は、即座に退団した。1/23
ヤフオクで買ったばかりのCDプレーヤーのボリュウムを上げると、いきなり再生が停まる。何回やっても停まってしまうので、眼がさめてから実際にやってみると、やっぱり停まるので、夢にも値打があることが分かった。1/25
私は中国の田舎に派遣されて、土地を測量することになったのだが、あまりにも広大過ぎて、どこから手をつけていいのか考え込んでいるうちに、早くも3カ月が過ぎてしまった。1/26
私はその地方の「がっつき踊り」を踊るために、全速力で坂を下って皆と合流した。1/27
せっかくのメンズウエアの新ブランド発表会なのに、突然の大雨で出席者一同ずぶぬれになってしまった。すると新作のウエアを一着に及んだお寺の坊主たちが、徒党を組んで行進してきたので、雑誌の編集者やプレス関係の連中も、その後に続いていなくなってしまったから、主催者は泣いたり怒ったりしている。1/28
私は、夢中になってサボテン狩りをしていた。恐らくトップは私だろう、と思いこんでいたのだが、なんと最後の最後でナガオ氏に抜かれてしまい、虎の子の1万円札を取られてしまった。1/29
我が家を訪れた柔道家が、ぜひ私の家にも来てくれ、と言うので、訪問すると、庭の真ん中に、柔道着をきてポーズを決めた彼の銅像が建っていた。1/30
モリマサコ、とちぎけん、とちぎけん
モリマサコ、栃木県なの?
そう、トチギケンで生まれたお。
いい薬です!
耕君、それなんのコマーシャル?
大田胃酸だお。
お父さん、脳波の英語は?
ブレインウエーブかな。
脳波、脳波
お母さん、リハビリってなに?
病気をした後、ゆっくりすることよ。
セイザブロウさん、下駄のお仕事だったでしょう?
そうよ。
ぼく、下駄好きです。下駄、下駄、下駄。
お母さん、遠ざかるってなに?
どんどん離れていってしまうことよ。
遠ざかる、遠ざかる、遠ざかる。
お母さん、「毎度ありい」ってなに?
「いつもありがとう」のことよ。
毎度ありい。
横浜線の快速停車駅は、八王子・片倉・八王子・みなみ野・相原・橋本・相模原・町田・長津田・中山・鴨居・新横浜・菊名・東神奈川・横浜です
ぼく言ったよ。
言ったね。
お母さん、震えるってなに?
こうやって、こうなることよ。耕君震えるの?
震えませんお。
お母さん、びちょびちょってなに?
お水でぬれちゃうことよ。
びちょ、びちょ。
お母さん、「わが」って「わたし」でしょ?
そうよ。
お母さん、なつかしい、ってなに?
「ああ、あの頃は良かったなあ」と思うことよ。
お母さん、パラダイスってなに?
天国。仕合わせな所よ。
いかんにたえない、てなに?
どうしようもないことよ。
お母さん、ダンボは象でしょ?
そうよ。
お母さん、輸血ってなに?
自分の血を人にあげることよ。
血圧測る時、笑っちゃだめでしょ?
笑うとだめよ。
笑うと連佛さんは?
「もう耕君なんか大きらい」っていうよ。
ワハハハハ
田中美奈子、むかし好きだった人ですお。
そうなんだ。
「わりとかんたん」てなに?
わりあい簡単ってことよ。
「ご迷惑をお掛けして済みません」て比嘉さんが言ったよ。
そうなんだ。
天丼、うな丼、親子丼
タコ焼き、すき焼き、もんじゃ焼き
フレンチ、パスタ、懐石料理
すべての料理が、テーブルの上に、乗っている
回れ、回れ、グルグル回れ
回れ、回れ、グルグル回れ
テーブルの上に、あらないものは、あらない
コーヒー、紅茶、モンブラン
水蜜、干し柿、三浦西瓜
かりんとう、かっぱえびせん、五色豆
すべてのデザートが、テーブルの上に、乗っている
すべてが、欲しい
いますぐ、欲しい
なんでも、いいから
おいらに、寄越せ
モンロー、ヘップバーン、エリザベス・テイラー
原節子、若尾文子、大地喜和子
黒木メイサ、黒谷友香、比嘉愛末
すべてのナオンが、テーブルの上に、乗っている
浣腸、お漏らし、女装っ子
アナル、スカトロ、野外露出
鞭打ち、緊縛、女王様
すべてのヘンタイが、テーブルの上に、乗っている
すべてが、欲しい
いますぐ、欲しい
おれさえよければ、それでよい
お前のことなど、知らんわい
回れ、回れ、グルグル回れ
回れ、回れ、グルグル回れ
テーブルの上に、あらないものは、あらない
たけし、さんま、ぶらタモリ
くまモン、アトム、鉄人23号
七つ子、ドラえもん、サザエさん
すべてのキャラが、テーブルの上に、乗っている
パチンコ、水鉄砲、二丁拳銃、
大刀、脇差、切り出しナイフ
長刀、刺身庖丁、マシンガン、
すべてのお道具が、テーブルの上に、乗っている
すべてが、欲しい
いますぐ、欲しい
なんでも、いいから
おいらに、寄越せ
陸軍、海軍、空軍
原爆、水爆、化学兵器
ノドン、テポドン、サタン2
すべての軍備が、テーブルの上に、乗っている
秘密保護法、凶暴罪、密告社会
9条粉砕、憲法改悪、立憲主義蹂躙
1強独裁、1億奴隷化、1億玉砕
すべての元凶が、テーブルの上に、乗っている
安保法制、集団自衛権、行使容認
武器輸出、駆け付け警護、海外派兵
半島有事 カールビンソン 先制攻撃
すべての喫緊が、テーブルの上に、乗っている
回れ、回れ、グルグル回れ
回れ、回れ、グルグル回れ
テーブルの上に、あらないものは、あらない
すべてが、欲しい
いますぐ、欲しい
おれさえよければ、それでよい
お前のことなど、知らんわい
アメリカ、日本、北朝鮮
英仏、露中、シリアトルコ
スイス、吉里吉里国、ニューアトランティス
すべての「国体」が、テーブルの上に、乗っている
ポル・ポト、ヒトラー、スターリン
アベ、トランプ、キム・ジョンウン
ガンジー、ゲバラ、聖徳太子
すべての政治家が、テーブルの上に、乗っている
回れ、回れ、グルグル回れ
回れ、回れ、グルグル回れ
テーブルの上に、あらないものは、あらない
Go Go Go & Goes On!
ぐるぐる回る、僕らのテーブル
Go Go Go & Goes On!
お好きなものを、より取り見取り
Dance dance dance dance!
踊れ、踊れ、みんなで踊れ!
Dance dance dance dance!
猫じゃ、猫じゃと、みんなで踊れ!
*お断り
「すべての選択肢がテーブルの上に乗っている」は、米国のトランプ大統領のTwitterでの発言、「All options( are )on the table」を、「あらない」は、村上春樹氏の「騎士団長殺し」の用語を、「Go Go Go & Goes On!」は、故糸居五郎氏の決め台詞、「Dance dance dance dance!」は、A.ランボーの「地獄の季節」から無断引用しました。
1787年の秋、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトとコンスタンツェ夫妻は、ウイーンを発ち、3頭の郵便馬に曳かれた駅馬車に乗ってプラハに向かいました。
故郷ザルツブルクやウイーンと違って、つねにモーツァルトに好意的だった中欧の音都で、彼の畢生の傑作歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を初演するためでした。
メーリケの小説「旅の日のモーツァルト」(岩波文庫・宮下健三訳)を読むと、この秋の日の天才音楽家の浮き立つような高揚した気分が、めまぐるしく回転する車軸の軋みと共に、読む者に生き生きと伝わってきます。
この年の5月には父レオポルトに死なれ、ウイーンでの暮らしにはいささか暗雲がたちこめてきた31歳のモーツァルトでしたが、名作「フィガロの結婚」に続いて「ドン・ジョヴァンニ」を書き終えたこの若者は、「ウイーンが駄目なら、プラハがあるさと」ばかりに、胸に希望を膨らませながら、橙色の美しい駅馬車に乗り込んだのでした。
この生きる喜びにあふれた「旅の日のモーツァルト」にもっともふさわしい音楽、それは彼が女流ピアニストのジュノーム嬢に捧げたピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271の第3楽章2分の2拍子のロンドでしょう。
たとえ世の中に絶望と不安が渦巻き、心身共に疲労困憊していても、モーツァルトの希望の調べを耳にすると、たちまち一縷の光が前途に差し込んでくるのですから、音楽の力は偉大です。
では早速、わが内田光子嬢の若き日の演奏で聴いてみましょう。第3楽章の冒頭から終りまで聴いた後、第1楽章から全曲聴いて頂けたらうれしいです。
*写真の前列左端が、1840年78歳のモーツァルトの妻、コンスタンツェ。彼女はその2年後に没した。
「よおし、分かった。僕はすぐに綾部へ行く。お前もすぐに由良川へ戻って、みんなに安心するように伝えてくれたまえ」
と、ケンちゃんは漱石の坊っちゃん風に水盤に向かって叫びました。
それを聞いたQちゃんは、思わず、
「やったあ、やったあ、ついにウナギストとしての使命を果たせたぞお。うれしいなあ、うれしいなあ!」
と、本日最長不倒距離の跳躍を試みて、その喜びを力強く表明したことでした。
ケンちゃんは、波頭を超えて数千里の大冒険が終ったばかりだというのに、ふたたび命懸けの大旅行へ旅立つ、か細いQちゃんの背中を、そっと人差し指で名でなでてやってから、水盤の中のQちゃんを、手のひらですくいとり、自宅の前をさらさらと音を立てて流れる滑川の支流へ、そっと放してやりました。
Qちゃんはケンちゃんに向かって尾ひれを小さく3回振って、さよならをいうのももどかしそうに、彼なりの全速力で下流めがけて泳いでいったのですが、Qちゃんのそんな姿を、この付近をいつも周回しているシラサギとカワセミが、無言で見送っていました。
「さ、急に忙しくなったぞ。今日中にぜんぶかたずけなくっちゃ」
ケンちゃんは、ふだんはやりませんが、やる時はやる男の子です。
その日のうちに全教科の1週間分の予習復習宿題その他もろもろを一気にやっつけてしまうと、大好きなお母さんと兄貴のコウちゃんに宛てて、さらさらと書き置きをして、冷蔵庫の扉に貼り付けました。
そしてドラエモンの貯金箱を金づちでぶち壊して出てきた全財産を、着替えと一緒にリュックの中に入れ、その日の午後1時5分、十二所神社発鎌倉駅行きの京急バスに飛び乗ったのでした。
冷蔵庫のメモにはこう書かれていました。
「お母さん、コウくん、お帰りなさい。突然ですが、綾部へ行ってきます。
由良川の魚たちが、悪い奴らに滅ぼされてしまいそうなんだ。
そして、僕しか助けられないんだ。
だから、2,3日綾部へ行ってきます。
5月の連休で学校も日曜を挟んで3連休だからいいでしょ?
綾部のおじいちゃんとおばあちゃんに、電話しといてください。
お金は、貯金を使うからダイジョウブ。
心配しないで帰りを待っててネ。バイビー!
追伸 勉強はぜんぶ終わらせといた」
そしてその日の午後3時ごろ、鎌倉駅から横須賀線に乗ったケンちゃんは、一路丹波に向かったのでした。
横浜駅で新幹線に乗り換え、京都に着いたのが午後7時半、そこから山陰本線の急行で1時間半、ちょうど夜の9時過ぎにケンちゃんは綾部の旧市街の目抜き通りににある「てらこ」の入り口に立っていました。
「こんばんは、ケンです!」
と言ってケンちゃんが、既に店仕舞いを終えたのに煌々と明かりをともしている下駄屋さんのガラス戸をとんとんたたくと、おじいちゃんとおばあちゃんが、2人揃って飛び出してきました。
「おお、、おお、よおきたのお、ケンちゃん。鎌倉のお母さんから電話があったから、まだか、まだかと待っとったんやど」
セイサブロウさんは、そういって可愛い孫の顔をうれしそうに、心配そうに、のぞきこみました。おばあちゃんのアイコさんは、黙ってケンちゃんを抱きしめ、ほっぺたにブチュっとキスをしました。
ケンちゃんはすぐに逃げ出そうとしたのですが、アイコさんはなかなか放してくれません。
その夜は、久しぶりに話が弾みました。
綾部と鎌倉の2つの町を結ぶ有名な武将の話を、セイザブロウさんがしてくれたのです。
室町幕府を開いた足利尊氏の母は、その名を上杉清子といい、上杉の本貫地は丹波の上杉でした。彼女は上杉の光福寺というお寺で生まれ、少女時代を過ごしたのです。
光福寺はのちに丹波安国寺になりますが、このお寺は足利氏支配下の全国に設置された安国寺の筆頭と定められ、最盛時には寺領三千石、塔頭十六、支院二十八を数えました。
丹波梅迫の安国寺は、綾部の市街地から由良川を隔てた北の山の斜面にあり、本堂の右手の木陰に清子と尊氏、そして尊氏の妻、赤橋登子の墓が並んでいるそうです。
その足利尊氏は鎌倉に住み、後醍醐天皇の命によって、新田義貞などと共に鎌倉幕府を倒し,京に室町幕府を開いた人ですから、綾部に生まれ、京に遊び、鎌倉に住むケンちゃんのお父さんと少し共通点があるような気もしますが、時代も人物のスケールもまったく違うので、やはり全然関係ないのでしょうね。
ところでケンちゃんのお父さんのマコトさんは、半年前に会社の仕事でNYに出張したのですが、一週間で帰国するはずが、どういうわけか行方不明になり、NY市警に捜索願を出したのですが、今のところなんの手がかりもないのです。
支店の人の話では、なんでも三カ月ほど前にブロンクスで黒人の女性と一緒に歩いているところを見かけたそうですが、それっきり。
みんなは、事故にでも遭ったのではないかと心配しているのですが、じつはマコトさんは以前スペインのマドリードでも行方不明になり、半年後に突然成田に元気な姿を見せたので、会社も家族も、もうすぐ帰ってくるだろうと、たかをくくっているのでした。
そんなわけで父親不在のケンちゃんでしたが、とっても元気。
アイコさん心づくしのタケノコご飯を、おいしくいただき、その夜はぐっすりと眠りました。
空白空白空白空白空つづく
わたし、オダカズマサです。
こんにちは、オダカズマサさん。
カズマサさん印刷してください。
はい、分かりました。
カズマサさん、神奈川生まれだお。
神奈川のどこ?
横浜だお。
へええ、そうなんだ。
あっけらかんて、どういうこと?
しれっとしてることよ。
述べるって、言うことでしょ?
そうだよ。
ラッシュアワーはワイドドアでしょ?
そうだね。
カナメ君とノゾム君笑ってた?
うん、笑ってたよ。
ケーキって洋菓子のこと?
そうだよ。
ムカイオサム、にこにこしていた?
にこにこしてたよ。
ムカイオサム、笑ってた?
笑ってたよ。
お父さん、小田急の急行、世田谷代田止まらないのよ。
そうなんだ。
各駅停車だけですよ。
リョウちゃん、世田谷代田だお。
そうなんだ。
お父さん、にらんじゃだめ?
にらんでもいいよ。にらんでごらん。おや、耕君にらんだね。
コバヤシさん、あんず、あまずっぱいね。
はい、あまずっぱいですね。
お母さん、ぼくサトイモすきですお。
そう、じゃあ買ってきて食べましょ。
わからずやってなに?
いうことちっともきかないひとのことよ。耕君、わからずや?
じゃないですお。
禁じるってなに?
しちゃだめっていうことよ
みそ汁の英語は?
ミソシル、ミソスープだよ。
ぼく、みそ汁すきですお
侮辱ってなに?
バカにすることよ。
ことしお母さんジュンサイ買って。
はい、わかりました。
お父さん、ハスはジュンサイに似てるでしょ?
うん、似てるね。
突然家の中に大きな蛇が入ってきたので、ゼンチャンもコウチャンもケンチャンも大騒ぎ。お母さんが大蛇の上に座布団をかぶせたので、私はその上から岩を落としてやろうと思ったが、念のために座布団の下をそっと覗いたら、それは大蛇ではなく人間の顔だった。12/1
某国との平和友好条約が締結され、その記念式典が開催された。私はその祝祭コンサートの演奏をする一員なのだが、最高に盛り上がったコーダの部分で、携帯の呼び出し音をうまく鳴らせるかどうか自信がなくて、ひどく緊張している。12/2
私の目の前で、前田嬢が、あほばかナベショーの横暴と徹底的に戦っている。じつに偉い。立派な女性だ。12/2
最近会社へ行っても、竜宝部長も今中課長もいない。事務の安永さんに聞いても「さあどうしたんでしょうねえ」と言うばかりなので、近所の居酒屋を探したら、朝から飲んだくれていた。12/3
兄貴が、おらっちのスケをこましたので、おらっちも、兄貴のハクイスケを、2回こまして、倍返ししてやった。12/7
私は、私に、致命的な毒液を注射しようとした、電通の営業の男を、投げ飛ばし、崖から突き落として、九死に一生を得た。12/8
久しぶりに海づりに行ったら、タイやヒラメがどんどん釣れるので、驚いていると、海から死んだ祖父が出てきて「わしは、じつはコヤナギルミという童話作家だったんだ」というたので、驚いた。12/9
幕府から選ばれた10名の男女は、下にも置かない厚いもてなしを受けたのだが、「1対の男女でも親しくなれば命はない」と厳命を受けたので、ひどく緊張を強いられていた。12/10
今中課長から「君は関連会社へ出向してくれ」といわれ、今の会社に飽き飽きしていた私は喜んで、まずは偵察にといそいそ出かけたのだが、そこでじつに不可思議な女と出くわした。12/10
コンサートが終わって、会場から出てくる群衆の中に、死んだはずの義母を見つけた。神宮プールを覗きこんでいるので、きっと私の死骸が浮いていないか心配しているのではないかと思って、私はおずおず「おかあさん」と声を掛けた。12/11
すると彼女は驚いた顔をして、「あらマコトさん、どうしてこんなところにいるの?私はミエコを探しに来たのよ」というので、「ミエコはここじゃなくて、逗子のプールで泳いでいるんですよ」と教えると「あらそうなの」と答えたその顔は、ずいぶん若かった。12/11
今年の世界図書館展は、アフリカで開かれたのだが、書籍の展示が天地さかさまになっているので、修正するのに半日掛かった。食堂へ行っても、食事も水さえないので、私はどうしてこんなところまでやって来たのか、と我が身を呪った。12/12
運転などやったことがない私は、女をスピードカーに乗せ、ひしと抱きしめたまま、山から野原へ、野原から街へ、街から海へ、ドドシシドッドと全速力で疾走したが、不思議なことに、誰にも出会わず、何物とも衝突しなかった。12/13
大混雑のレジで、私は誰かの財布を拾った。中に入っていた5千円札をこれ幸いとこっそり引き抜いて、それで勘定をすませようとしたら、担当のオヤジが「ちょっと待ってください」と言うので、小心者の私はびくっとした。12/13
新宿まで進出してきた中国軍を、わが連隊は奮戦して銀座8丁目まで押し返したので、彼らは、東京湾から撤退していった。12/14
「おいらはCMをウオッチするために、これまで民放ばかりみていたので、いましばらくはNHKだけみることにしているんだ」というと、テツちゃんが「こないだやっていた「たきやかな夜」というドラマみましたか?」と尋ねた。そんなの聞いたこともない。12/15
万能の人工知能アンドロイドをプレゼントされたので、私は、こいつをローマ時代の奴隷のようにこき使ってやろう、とひそかに考えた。12/18
私は破産してしまったので、来年3月まで、キンサンギンサンのために勤労奉仕をするように命じられた。12/19
私の膝に倒れ伏した芸者の松坂慶子が、「わたし、もうどうなってもいいの。今夜ここに泊めてください」と泣きながら訴えたのだが、うぶな私はどうしていいか分からず、うんともすんとも答えられなかった。かくして運命の決定的瞬間は過ぎ去った。12/20
行動計画表を見ると、午後2時に鎌倉ではなく相模原を出発することになっていたので、私は郷土防衛軍第8連隊を率いて、急遽相模原に向かった。12/21
「冬場は火事にならんように、火の用心をするんじゃよ」と、そのお爺さんは何度も警告していたのに、わたしたち子供会の落ち葉焚きが原因で、街は丸焼けになってしまった。12/24
セイさんと一緒に帰り支度をしていたら、赤ちゃんを連れた若い女性が、わたしたちになにやかにやと話しかけてくるので、「うざったいなあ」と思いつつも、なかなか可愛い顔をしているので、むげに振りきることもできず、いつまでもうだうだ関わっているわたくし。12/25
永代のデザイナーとショーを見物していたら、松平さんが「あなたずいぶん昔のスーツを着ているのね?」と揶揄するようにいうたので、「ええ、昭和10年代の古着です」と答えてしまった。本当は80年代のコムデギャルソン・オムの残骸だったのだが。12/28
隣の家との隙間に3.15平方メートルの土地を持っていたのだが、ついもののはずみで、「御主人に差し上げてもいいですよ」と言ってしまったことを、私は朝まで後悔していた。12/29
NYの美術館から10枚のスケッチの発注を受けた田中君が、あっというまに訳のわからない心象画を描き上げるのを、私は茫然と見つめていた。12/30
判決が下り、私は海に突き落としたばかりの武者人形を、たった一人で海底から地上に引き揚げなければならなくなった。12/30
橋本氏と別れた後、プラットホームで電車を待っていると、赤ちゃんを連れた若い女が、どこかへ連れて行って欲しい、とねだるので、映画を見たりお茶をしたりしていたが、ずいぶん遅くなって電車も終わってしまったので、ホテルに入って寝た。12/31
私が浅草公園から引っ張ってきた風来坊シェフの超お買い得弁当は、物凄い売れ行きである。100名様限定の「さわこの初恋弁当」などは、それこそあっと言う間に売り切れた。12/31
だいだい色の夕空の下、
ぼくらは、思いっきり、両手を伸ばして、羽ばたいた。
のぶいっちゃんが、いた。ひとはるちゃんが、いた。
みわちゃんが、いた。ぜんちゃんも、いた。
ブーン、ブーン、ブーン
ぼくらは、みんな、ヒコーキだった。
丹波の、綾部の、西本町だった。
春の空気は、冷たかった。
のぶいっちゃんが、歌った。
「だーるまさん、こーろんだ」
ひとはるちゃんが、歌った。
「ぼんさんが、へーこいた」
みわちゃんが、歌った。
「商売繁盛、笹持ってこい」
ぜんちゃんも、歌った。
「弁当忘れても、傘忘れるな」
みんな、みんな、幼かった。
みんな、みんな、夢を見ていた。
みんな、みんな、いいこだった。
みんな、みんな、いいこだった。