吊り革には手が届かない

 

白鳥 信也

 
 

吊り革に手を伸ばすけれども届かない
次々と乗り込む人に押され息が苦しい
必死に吊り革にとりすがった黒いダウンの男が私の吐いた息を吸っている
身体が押し付けられ苦しい苦しいから息を大きく吸う大きく肺のそこまで
ひどく混みあった中で息が行き来し
それぞれの気管と肺をめぐっている
ここにいるのに ここにいたくない
なにかがはじけそうだ
吊り革につかまりたい
吊り革に手を伸ばすけれど届かない

褐色の金属のドアを開けてただいまと言う
人の気配はするが何の声もかえってこない
しずかにコートを脱いでハンガーにかける
髪の毛と顔についているだろう花粉を払う
それから着替をする
吊り革をさがしたい
はじけそうな言葉を投げ出すこともなく飲みこむ
気管も肺も飲みこんだ言葉がひしめきあっている
静かにカーテンが閉められる
ガスの火が弱火で燃えている
手を伸ばそうとする気持ちが
ちろちろと炙られて
音もなく燃え始める

私の吐いた息はそっとどけられる
息に花粉でもついているみたいに
食卓の上ではいくつかの腕が動く
降れることもひしめきあうことも
気管や肺を行き来したりもしない
ここにいるのに ここにいない
この場所に吊り革があればいい
天井からいっぽんの垂れ下がり
どんなに揺れようと震えようと
つかんでつかまれてまじりあう
自分の心臓の音が聞こえるくらい静かな時間が
そっとどけられた息を折りたたみはじめるから
吊り革には手が届かない
吊り革には手が届かない

 

 

 

奴隷への命令

 

長尾高弘

 
 

昨日遊歩道を歩いていたらさ、
目の前の市立小学校から子どもたちの歌が聞こえてきたんだ。
最初は何を歌ってるのかよくわかんなかったけど、
「ちよにやちよに」という言葉が耳に入ってきたよ。
なんてことだろう。
学校でそんなものを歌わされて。
天皇の世が永遠に続くようになんて歌は憲法違反じゃないか。
象徴天皇制なんて本当は賛成できないけど、
仮に認めたとしても、
「君が代」ではないはずだよね。
あえて言うなら「民が代」じゃないの?
主権者は国民なんだから。
話のついでだから言っておくけどさ、
教育勅語を丸暗記させる幼稚園が話題になってるけど、
ネットで教育勅語の現代語訳というのを探したら、
軒並み「臣民」を「国民」と訳してるんだよね。
「臣民」は天皇の奴隷で主権者になれないんだから、
「国民」ではあり得ないはずさ。
ニューヨークタイムズは、subjectって訳してたよ。
従属する人、服従する人ってこと。
日本語訳より英訳の方が的確だなんて、
とんだ笑い話さ。
教育勅語は、天皇という支配者から
支配に服従する臣民への命令だよ。
だからさ、
「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」
親を大事にして兄弟夫婦が仲良くしてといった徳目でも、
天皇の臣民に対する命令となれば桎梏でしかないんだ。
実際、教育勅語の時代には家制度があり、
尊属殺人制度があって(これは戦後もずるずる続いたけど)、
人は個人として決して自由になれなかったんだ。
「國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ」
憲法に従うのは権力者じゃなくて臣民なんだよ。
「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」
挙句、戦争になったら私を捨てて(公ニ奉シ)、
天皇のために戦え(皇運ヲ扶翼スヘシ)ってさ。
徴兵令に危機感を抱く人々でも、
教育勅語に危機感がないのは、
教育勅語の正体が知られてないからだと思うよ。
戦前の暗黒をすべて体現しているのが教育勅語だと思うけどな。
「ウイスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない」(田村隆一)
いつまで奴隷でいるつもりなんだい?

 

 

 

鈴木志郎康著「新選鈴木志郎康詩集」を読みて歌える

 

佐々木 眞

 
 

 

1980年に思潮社から出版された12冊目の詩集です。

ここには「家庭教訓劇怨恨猥雑篇」「完全無欠新聞とうふ屋版」「やわらかい闇の夢」「見えない隣人」「家族の日溜り」「日々涙滴」から抜粋された92の詩篇と2つの詩論、富岡多恵子氏の鋭い詩人論、清水哲男氏の誠実な解説がぎっしりと充満していて、最近少しずつ現代詩を勉強しはじめた私にとっては、大いに勉強になりました。

「家庭教訓劇怨恨猥雑篇」の「グングングン! 純粋処女魂、グングンちゃん!」や「完全無欠新聞とうふ屋版」の「爆裂するタイガー処女キイ子ちゃん」などは、それ以前の「プアプア詩」の前衛的パンクてんこもりの続編として、読めば読むほどに血沸き肉踊るような破壊的な喜びを覚えました。

でも、もう先輩の皆さんにとっては周知の事実なのでしょうが、
そんな詩人の作風は、3番目の「やわらかい闇の夢」で、突然その世界がうって変わります。

まあ、豹変ですね。

あのシュトルムウントドランクの日々は限りなく永遠に続いて、“戦後日本を代表する世界遺産”になるかと思われたのに、さらば真夏の太陽の黄金の輝きよ。それは余りにも短かった。

「ああ、なんて勿体ないことをしてしまったんだ!」

と、思わず私は叫んだほどでした。

そんな門外漢の私の歯軋りなどおいてけぼりにして、詩人は、さながら東洋のボードレールのように、

「もう秋だ。お嬢さん、おうちに帰りな。往来の言葉蹴り遊びはもう終わったぜ」

とでも言いたげに、ひそやかに別の歌を呟きはじめるのです。

深夜鏡の前で自分の裸体を見つめながら“裸の言葉、裸の心”という奴を探し求めるように、とうとつと独語しながら、いわゆるひとつの内省的な思索を繰り広げるようになるのです。

あたかもベートーヴェンの「第9」の合唱が入るところで、すっくと立ち上がったバリトンが、能天気なはやとちりの管弦楽をさえぎって、

「おお友よ、その調べではない。もっと別の歌をうたおうではないか」

と叫ぶように。

けれどもそれは、耳に心地よい歌ではありません。「狂気がバタバタしている」物音です。

新しい自分、新しい詩を求める詩人が、自分の心臓に向かって蛇入する血まみれの即物音。
まるで自分の胸に聴診器を当てながら、病根を探ろうとする医者のモノローグのような肺腑の言が、ここにはドクドク刻まれているようです。

さて、自ら求めて人為的な“冬の時代”に突入した詩人が、その後どのような紆余曲折を辿りつつ「化石詩人は御免だぜ、でも言葉は。」の現在にまで至ったのか?

不勉強な私はてんで知らないのですが、いろいろ有為転変があったにもかかわらず、詩人の心底の底の底では、あのプアプアちゃんの純粋桃色小陰唇の幻影が、いまなおプアプアと浮遊しているのではなかろうかと睨んでいるのですが。

 

空白空白プアプアちゃんグングンちゃんとキイ子ちゃん3人揃って爆裂するや 蝶人

 

 

 

俺っち、気持ちが先走ってるっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
二本の杖がなけりゃ歩けないっちゃ。
どうもならんちゃ。
でも、歩けることは歩けんるだから、
ふらふら歩きでも、
せいぜい歩かないきゃね。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
歩いてますよ。
二本の杖をしっかり突いて、
部屋の中を
ふらふら、
ぐるぐる、
ふらふら、
ぐるぐる、
七回回ったっちゃ。
寝たきりなっちゃかなわねえよ。
でも、杖に力が入って、
肩がこるねえ。

それでもさ、
俺っちは、
こんちきしょうだっちゃ。
椅子から立ち上がったら、
両方太ももが、
いてて、
いてて、
いててで、
しばらく足元を見て、
立ったままよ。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
便秘で糞詰まりになるのをおそれて、
毎晩アローゼン1mgを呑んでるっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
明くる日、
少しづつ出るうんこのために、
五回もトイレに行くっちゃ。
詩を書いちゃ、
うんこ、
詩を書いちゃ、
うんこ。
ハハハ、
ハハハ、
ハハハ。

春一番が吹いたっちゃ。
俺っち、
元気が出て来たっちゃ。
気持ちが先走ってるっちゃ。
身体がまだまだ動かせないので、
めっちゃくっちゃ詩を
書きたくなったっちゃ。
めっちゃくっちゃな詩、
めっちゃくっちゃな詩。
へへ、
へへへ。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
テレビから目が離せなくなっちまったよ。
テレビはこのところ、
二〇一七年二月半ばから毎日、
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄の、
金正男(キムジヨンナム)って人の殺害で
その謎を追って騒いでるっちゃ。
クアラルンプールの空港で、
金正男さんが女に後ろから抱きつかれて、
顔に猛毒VXを塗りつけられて、
殺されちまったよ。
北朝鮮の仕業だってさ。
その北朝鮮をテロ支援国家だと決めて、
核・ミサイル保有に対向して、
アメリカさんが、戦争なんか
仕掛けないでくれよっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
俺っちの妄想だっちゃ。
でも、でも、
ホワイトハウスに戦略家の軍人を引き入れた
トランプ大統領はわからんぞ。
安倍晋三総理が引き込まれたりしたら、
かなわんぞ、
かなわんぞ。
こんちきしょうだっちゃ。
凡ゆる殺人行為ってのが、
この世から無くなってほしいっちゃ。
みんな大切な身体で生きてるんっちゃ。
うーん、
ふう。

俺っち、
こんちきしょうだっちゃ。
こんちきしょうだっちゃ。
まだまだ、
めっちゃくっちゃな詩を、
書きたいっちゃ。
詩作依存性になっちまったよ。
だけんど、
この詩は、
これで終わりっちゃ。
めっちゃくっちゃ、
めっちゃくっちゃ。
目茶苦茶、
へへ、
お茶にしようっちゃ。
牛蒡茶は美味しいよ。

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 25

 

朝‬
‪雨だった‬

‪地面を叩きつけていた‬
‪東海道線の電車に乗った‬

‪雨も‬
‪買わないな‬

‪ヒトは冬の雨も買わない‬

‪電車の窓硝子が白く曇っていた‬
‪その向こうを‬

‪景色は‬
‪過ぎていった‬

‪リノリウムの床が‬
‪窓のカタチに光っていた‬

‪窓硝子の向こうを景色は流れていった‬

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 24

 

アマリリスの花も萎れてしまった

一つ目の花は萎れてしまった
四つ目の花は

まだ
咲いている

萎れた花を
ヒトは買わないだろう

咲いている花も
萎れてしまった花も

アマリリスのピンク色の花だが

萎れてしまった
萎れている

萎れた花をヒトは買わない

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 23

 

日野の駅で
雪の降るのを見てた

ゆらゆら
雪は

降りてきた

ゆらゆら
ゆらゆら

雪は
降りてきました

買わないだろう

ヒトは
雪を買わないだろう

ゆらゆらゆらゆらと降りてきた

アマリリスの花も萎れてしまった

萎れた花も
ヒトは買わないだろう

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その15

 

佐々木 眞

 
 

 

「どんど晴れ」のねーちゃん、比嘉愛未でしょ。
そうだったね。

お母さん、すまなかったってどういうこと?
ごめんなさい、のことよ。
すまなかった。すまなかった。

お父さん、ハクションは風邪でしょ。
そうだよ。

ねえお母さん、蓮佛さんと中井貴一、両方好きですよ。
そうなの。

耕君、インフルエンザなんだから、食器を片付けないでね。
分かりました。分かりました。
耕君のインフルエンザがお母さんにうつったら、どうなるの?
分かりませんよ。
お母さんも同じ病気になるのよ。
分かりました。分かりました。

小田急に湘南急行あったお。
へえ、どこからどこまで?
新宿から藤沢までだお。
へえ、いまでもあるの?
ないお。

守ってください。
はい、守ってあげますよ。

イナズミさんに「そんなときは話しちゃだめ」っていわれたの。
そうなんだ。

ぼは、ほにてんてん、ポはほに○でしょう?
そうだね。

つけっぱなしは、つけたままのことでしょ?
そうだよ。

黒木メイサ、柳沢さんとかでしょ?
なんだ、ドラマの話か。

お母さん、ぼく二酸化炭素好きなの。
へええ、驚いた。

おたっしゃで、ってなに?
元気でね、のことでしょう。
おたっしゃで、おたっしゃで。

きらめくってなに?
キラキラすることよ。

はいポーズ、ってなに?
いい格好することよ。

薬が効けば、直るでしょ?
はい、早く効きますよ。

お母さん、ぼく「国鉄最終章」好きだよ。
そう、良かったね。

お母さん、アルプスってなに?
高い山のことよ。
ぼく、「アルプス1万尺」好きだお。
(2人で歌う)♪小槍の上でアルペン踊りを踊りましょラララララ

 

 

 

町の定食屋さん

 

みわ はるか

 
 

ご無沙汰しております。すっかり本格的な冬を迎えて、こちらはどかっとした雪が何度か降りました。
ちらちらと降る雪はなんだか可愛らしいですが、山のように降る雪には少し嫌気がさしてしまいます。

わたしの住む町は以前にも何度かお伝えしたかもしれませんがとても田舎で、一面に山や田んぼ、お茶畑が広がっています。そんな中にもいくつかご飯屋さんがあって、わたしの大好きな場所があります。今日は少しだけ紹介したいと思います。

メイン道路から外れたところにあるそのお店は深い緑を基調とした外観で、注意して見ていないと通り越してしまうほど背景に馴染んでいます。決して派手ではなくひっそりとたたずんでます。そこに初めて入ったきっかけは通勤の途中の道にあったからというなんともない理由でした。よく見るとそこの駐車場はお客さんの車でいっぱいでした。恐る恐る扉を開けてみると、天井は高く窓も適度にあり日の光がいい感じでさしこんでいます。木材で作られた4人掛のテーブルと椅子、カウンター、座敷にテーブルがそれぞれいくつかありゆったりと時間を過ごせるつくり。お店の至るところにその季節の植物の写真、地元で採れる野菜やお菓子の陳列、手作りの飾り物。たくさん飾ってあるのに各々の自己主張が強く
ないせいかほどよいかんじでそこに在るのです。なんとも言えない幸福な気分になれます。

メニューは豊富で定食や飲み物の種類は20を越えています。魚や揚げ物お野菜と好き嫌いが多い人でも必ず欲しいものを食べられます。モーニングもあり1日中楽しめます。始めに何を頼んだかはすっかり忘れてしまいましたがその味に感動したことは今でもはっきりと覚えています。味噌汁はよく出汁がとってあり、小皿の煮物を優しい味で、もちろんメインも素晴らしく美味しい。店内がお客さんでたくさんなのもうなずけます。店員さんは皆黒のエプロンをつけていて若い人から年配の人まで生き生きと働いてみえます。土日だけ顔を見る若い男の子が少し恥ずかしそうにお膳を運ぶ姿は微笑ましい。家族経営なのかな、親族かなと勝手に想像を巡らせています。

すっかり虜になったわたしはここ数年、月に数回仕事帰りに寄るようになりました。メニューはほぼ制覇したのではないかなと思っています。つい先日はお会計の際に「いつもありがとうございます。」と優しい笑顔で声をかけていただき温かい気持ちになりました。こちらこそいつもいい時間を過ごさせてもらって感謝したいくらいなのに。馴染みのお客さんにもそれ以上根掘り葉掘り聞いてこない姿勢にも配慮が感じられます。

社会に出るということ、生きていくということ、いろんな世代の人と関わっていくこと。いいことばかりではなく、不快な気持ちになったり腹立たしく相手を憎んでしまうこともあります。自分が情けなくて情けなくて涙を流す日もあります。そんなどんなときもいつも同じ場所にひっそりとたたずむそのお店に癒されたくてまた足を運びます。そんな場所がみんなにあればいいなと思うのです。

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 22

 

昨日も
長い電車に乗って帰ってきた

暗い
多摩川を渡った

新丸子の
夜道を帰ってきた

ペルトを聴いてた
佇ちどまる

佇ちどまっていた

いつだったのか
日野の駅で

雪の降るのを見ていた

朝まで
見ていた

雪はゆらゆらと降りてきた
いくつも