村岡由梨
私は、屠殺されるのを待つ無力な豚だった。
逆さまに吊られ
頸動脈にナイフを突き刺され
大量の血飛沫が噴き出す音を聞きながら
失血死させられた。
そしていくつもの肉塊に捌かれて、
真空パックされるような息苦しさで目が覚めた。
花が深夜、陸橋から飛び降り自殺する夢を見たのだった。
制服姿の花。おかっぱ頭の可愛い花。
橋の欄干に座って、足をブラブラさせて
笑っていた。久しぶりに見る花の笑顔だった。
「お願いだから」「死なないで」
そう言って私は手を伸ばして
二言三言、慎重に言葉を選んだけれども、
正論だけの言葉もいつか尽きて無くなり、
私たちは不器用な沈黙に陥った。
泣いても誰も助けてくれない。
言葉を発しても、誰も耳を傾けてくれない。
どうせ誰も分かってくれない。
そう言って花は、
永遠に手の届かない場所に行ってしまった。
夢から醒めても尚、私はただの肉塊だった。
君は不機嫌な少女だった。
どうか私を食べて。
かつて君が私の一部だったみたいに、
私も君の一部になりたい。
君の片隅に、いさせてよ。
「あなたは強い人だね」なんて言わないで。
私はビョーキで、強くもなく、優秀でもない。
人に依拠しなければ生きてゆけない。
いつでも誰かに頼りたいし、助けてほしい。
こんなことを言う母親を軽蔑しますか?
毎日、学校から帰ってきた君が脱ぎ捨てたローファーを
いつも同じに揃えてた。
踵は家に向くように。つま先は外に向くように。
雨の日も晴れた日も
家が君の出発点であって欲しかったから。
この前、自宅近くの駅で飛び込み自殺があった。
嫌な予感がして
ものすごい数の野次馬を押し分けて行った。
花ではなかった。
男性か女性かもわからない肉塊が、
青いビニールシートに包まれていた。
その夜、何事もなかったように
街は動き出していて
一人の少女が事故現場に佇んでいた。
少女は一本の赤いガーベラを手向けて踵を返し、
自分のいるべき場所 会いたい人がいる場所へ、
走り出していった。