@140610  音の羽

 

萩原健次郎

 

 

image

 

は、ね、
ねっ
それは、虫の
それとも鳥の
人の根に響く、蒼空の
雲の根、骨、ね、

迂回して、濃緑の木の根の道を歩いていくと陽は
斜めからさして、匕首になり、陽の匕首は、時刻
によっては、鋭利に光り、錆びて病んだ鈍い面を
見せたり、陰が、その尖りを消したり、それはも
うまたたく刹那で、明滅している。
はようみいひんかったら
光の三角も、滅んでしまう。

数をかぞえる、猫の声
魚の声
草の声
ぴちゃぴちゃにゃあにゃあ、ふうふうと
ね、
恋去り
小唄かよと
ひるがえっている
きれいな舞いすがたに
ね、
からむ脚が、
きゅっきゅっ言う。

白昼を服す飲料に混ぜた羽の音の粉々にあたりの
松もその下の薊も被せられて息できなくなってう
ろつく犬ころも猫撫声もふわふわしている種子も
骨肉のすべてが粉末になって枠どりされるそれも
真実の世と記されているから一旦はああ本当だと
驚いてみるがただ匕首で切り刻まれたただの世の
切れ端にすぎず生きた証と言ったら犠牲になった
犬にも薊にも笑われる

わたしにも
根が焼けると
思うことがあって
すこし冷やしてから
きょうは帰ろうと
思う頭が
は、ね、
根は焼けずに
夕照と音羽の真水に溶かされて
麦の筒で吸われる。

世、根、
吸われて、
どこかの胃にいるのは。

 

 

 

@140509 音の羽

萩原健次郎

 

 

DSC06085 (3)

 

 

暴れ川と呼ばれた面影はないね。
氾濫して、呑んだのは、幼児だったのかなあ
老女だったのかなあ、

山と川の
天地を逆転して、夜眠っているあいだは
眼の間の、眉間のまんなかに、細い水流があり
見えていないが、
それは、両耳のあいだでもあり
溺死した、高い声を発する
ぎゃあという叫びを、顔面に流している。

泥という字は、
なずむ、と読むことは知らなかった。
溺れた人も、
地が液状になり、川と野の境が失せた

ぼくの眼と、耳のまんなかで

泥になった。
なずんだ。

ここは、いつも夕暮れているようで不思議だ。
午前も、午後も、夜も
泥んでいる。

一画に、春に花をつける木々があり
その下に、黄花の野草が密生している。
その光景も、夕暮れで

むかし、溺れた人の、
ガラスペンで書いたような叫びが
電気のスイッチみたいになって
暮れていく。

なあんだ、絵だったんだ。
一人か二人の、死がね。

それから、叱られる。

なあんだ、劇だったんだね。

それだから、怒鳴られる。

空に、傷つけたな。
また、ぼくの眼のまんなかに
文字を、なずませたね、え、

鳥の糞か。

白い粉になってる。

泥の図が
嵌め絵になって、
ホースの水で、じゃあと、地面に落ちていく。

ありすぎる。
白茶けた、息。

 

連作「音の羽」のうち

 

 

 

@140410  音の羽

 

萩原健次郎

 

 

DSC05347

 

暖気がはこぶもの
低い音の輪唱で、地から湧く。
朱の洪水は、ななめに染まり
音符のように、点々とそれは、人から出た液なのだと
歌われる。
眼の針が、そのように蕾をひとつずつ
ぷしゅんぷしゅんと潰して
ぷしゅんぷしゅんが、伴奏となって
音楽は、面に張り付いている。

視界の前には、音の羽の川が山から降りてきて
右岸には、おだやかな低体温の宮がひろがり
左岸では、それを怒る、朱の花たちが
ただしい春情を喚いている。

はるにくのやくごとにふるあぶらじる

のようなテーマの混声は、もともとは綺麗なのだ
と、まず、ひとりめの高僧が説きはじめた
しんらん、どうげん、ほうねん、えいさい、にちれん
なんとかてんのう

滝をアラームで起こす。
滝は、立ち上がって、洗顔している。

垂直に感応したのか、
瀑布の成分は、したたかなあぶらじる
鹿などは、焼かれ喰われ
木は選別して伐られ、
残った、朱のそれ
それは、椿の

春情ではなく、椿情だった。

蒼ざめた艶書の、おもてには
ののしゅの
しゅののの
ゆの、緒と朱がまぎれて

あなたさまのちはななめのおもてにならびおとわのかわはそまります

と書かれている。

夜になると、ただ鹿鳴だけが
喘いでいる。

 

連作「音の羽」のうち

 

 

 

音の羽 @140307

萩原健次郎

 

 

撮影:萩原健次郎

 

杭打ち、打ち、また打ち、
文字を描いた、人、指で傷をつけた人
それを、鑿で削った人、
言葉に、霊ら魂やらを添わした人
それらが、減り込む。
減算、なにかを知らせるための熱の減産。

老いていくことが、身の芯から抜かれて
わたしにも、軸があるのに、そのあわわの
そのあわわの、なにか、の、の、
から埋められる。

顔色を引かれ、
赤く腫れた、器物が引かれ、
笹が、引かれ
縄が引かれ、
鳥居が引かれ、
神のような、棚の上にあるものも
間引かれて、

空だけになった、赤ちゃんが泣いている。

青空の赤ちゃん。

タレに浸して、杭打ち。

おとわ、か。

昔、高貴であった、紀念の詳細も、
杭打ち、
地誌の暴きは、糊付け。

割烹着を着た、おとなしい人が
「紀念の、写真を、撮りましょうね」
と言って、そこに消えた。

まるい穴の中に、消去された。
まるで、シー・ジーだ。

大根のように、

まるまるの、正円の蕪のように
地面が、ただ、純白に、地底まで抜けている。

石の書の下まで、掘っていく。
すると
水だけがあふれて、
轟々と吹き上がり

文字の書かれていない、石の顏だけがあらわれた。

なあんにも、
埋まっていない。

(連作のうち)

 

 

 

音の羽  @140208

萩原健次郎

 
こんな朝が暴かれると、
知らぬうちに、茶碗は割れる。
斜光に、誘われるままに、吸われる、視界の
乾いた、野の、散らばる陶の欠片を、
ちくちくと音立てて、陽光の食う、その無残な作法に
飽きたのならば、まず滝のある隅の方角から
修行の血汗として、ぼとぼとと降ればいいことだし
それを語る、経を持つ僧の心気も、迸る虚言のようで
吐く川は、削ぐ皮となり、炎暑の鈴虫みたいに
すこし冷気が吹く、土塊の奥に潜んで
土食いに、喰われる。
斜光ちゃんの、茶汁がひびから漏れて
雲母の、急登に、踵がからまって、
それからやわな史蹟となり、
この甘辛さは寿司に巻かれる。

農夫の、濃みどりと
衣に降りかかった粉の白さと、斜光の暴きと、
どのような、誤記の作法で、みすぼらしい沼ができ
そこに汚い鯉を浮かべたのか。

正月も、縄燃える。
祈りの、おまえが、煙に化ければ、溶けるやないか。

巻紙の、水面が夕空の、弱法師、
追いかけてくる足音が、また煙を吸い
混濁は、坂の水を干す。
風を見るために、雲母の坂を降りてきた
猿に殴られ
鹿に蹴られ、
烏に頭髪の根を突かれて

それでも朝に、帰っていく。

 
(連作のうち)